第100話 沈みゆく城と、地元民の怒りの水漏れ
東のタヌキ親父と一時同盟を結び、いざ中央の関白を挟み撃ちにするため進軍を開始した矢先のことやった。
うちらの陣に、西の海将である森の長兄が、血相を変えて早馬で駆け込んできたんや。
「静江殿! 薩摩の皆々様! 恥を忍んでお願い申し上げる。我らと一緒に中央へ進軍する前に、どうか我が森領の東の要衝、『高松城』を救ってくだされ!」
「なんや、急に。関白の先発隊なら、この間の海戦で丸焼けにしたやろ?」
うちが特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎながら尋ねると、森の長兄はギリッと唇を噛み締めた。
「……海戦には加わっていなかった、関白軍の『もう一つの顔』が動いているのです。……関白の懐刀であり、この大和郷で最も恐ろしい頭脳を持つ、黒衣の天才軍師・黒戸。奴の計略により、高松城は今……『水』の底に沈みかけております!」
その言葉を聞いて、うちらは急ぎ森領の東の国境へと軍を進めた。
そして、小高い丘の上から高松城の全貌を見下ろした瞬間、アレンも、狂気じみた薩摩の若殿・久義も、一斉に言葉を失った。
「……なんだ、これは。城の周りが、完全に『湖』になっている……!」
アレンが震える声で呟く。
本来なら平野に建っているはずの城の周囲数キロが、巨大な人工の堤防(土嚢)でぐるりと囲まれとったんや。
そして、近くの川から無理やり水を引き込み、城は文字通り、泥水の中にポツンと浮かぶ「孤島」になり果てとった。
城の一階部分はすでに水没し、兵士たちが屋根や物見櫓の上で、飢えと疲労に顔を歪めているのが遠目にも分かる。
「……見事な戦術だ」
久義が、悔しそうに、だが戦術家としての感嘆を込めて呟いた。
「力攻めにしてこちらの血を流すのではなく、莫大なカネと人手をかけて地形そのものを変え、城を水没させる。……あの黒衣の軍師・黒戸……人の心を完全に『数字』と『合理』で割り切っている」
「なるほどな。頭のええエリートが考えそうな、チマチマした計算高いやり方や」
うちは、ヒョウ柄のポンチョをバサッと翻し、サングラス越しにその「人工の湖」を睨みつけた。
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その時、うちらのいる丘に、森一族の兵士に連れられて、泥だらけの男たちが数人、怒り心頭で怒鳴り込んできた。
「森の旦那! 頼むからあの黒衣の軍師をどうにかしてくだせぇ! わしらの田んぼが、あんな泥水の下に沈んじまっただ!」
「夜通しこき使われて、無理やりあんなでけぇ堤防作らされて……。これじゃあ、秋の米が全滅だべ!」
彼らは、この辺りの村の農民たち(人夫)やった。
天才軍師・黒戸の「完璧な計算」を物理的に実現させられたのは、他でもない、この土地で暮らす地元民たちやったんや。
うちはズンズンと彼らの前に歩み出ると、アイテムボックスから色鮮やかな「メロン味」の飴ちゃんを取り出し、怒りと疲労で震える彼らの手に強引に握らせた。
「おっちゃんら、えらい災難やったな。とりあえずこれ舐めて、落ち着きなはれ。……で? あの黒戸とかいう兄ちゃんに、相当無茶な働かされ方したんか?」
農民たちは戸惑いながらも飴を口に含んだ。
途端に、強烈な甘さと満腹感が彼らの疲れを癒やし、怒りで凝り固まっていた頭が少し冷静になっていく。
「……あ、あぁ。あの軍師、図面ばっかり見て、わしらの疲れなんかちっとも気にしねぇんだ。……だからよ、わしらも意地張ってやったんだ」
「意地?」
「ああ! 東の角っこの方の土嚢積む時よ、みんなクタクタだったから、わざと隙間だらけの適当な積み方してやったんだ! いくら頭のいい軍師でも、現場の『手抜き工事』までは気づかねぇだろ!」
その言葉を聞いた瞬間。
うちは、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「……アレン! 久義! 聞いたか! お手上げなんは城の連中やのうて、あの天才軍師の方やわ!」
「なっ……! どういうことだ?」
久義がポカンと口を開ける。
「どうもこうもあるかいな! あんなバカでかい堤防作ってもな、現場の不満を無視したら、そこに必ず『綻び』ができるんや! 完璧な数式でも、生活者の怒りが混じれば一発で計算狂うで!」
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うちは丘のギリギリまで進み出て、遠くの対岸にある関白軍の本陣を睨みつけた。
あそこにはきっと、黒戸が「自分の計算通りだ」とふんぞり返って、城が沈むのを涼しい顔で待っとるはずや。
「……アレン! あんたの神速で、おっちゃんらが言うてた『東の角の隙間』に向かいなはれ! そこだけ、水圧で必ず微かに膨らんどるはずや!」
アレンが『刹那の観測』の鋭い目で、数百メートル先の堤防の東側を凝視する。
「……はい! 静江さんの言う通り、あの一点だけ、土嚢の積み方が歪で、泥水がじわじわと染み出しています!」
「せや! それが超特大の『水漏れトラブル(弱点)』の引き金や! アレン、あの一点に、あんたの全力の斬撃を叩き込みなはれ! 堤防全部を壊す必要はない。水漏れの『穴』を一つ空けるだけで、あとは水圧が勝手に全部ぶっ壊してくれるわ!」
「承知しました!」
アレンが地を蹴り、水面を滑るような神速の跳躍で、堤防の「急所」へと迫る。
対岸の関白軍の本陣では、アレンの動きに気づいたのか、慌ただしく法螺貝の音が鳴り響き始めた。だが、もう遅い。
「遅ぇよ、軍師殿」
アレンが空中で体を捻り、西の大陸の長剣に全魔力を込めて、その「手抜き工事の土嚢」めがけて、容赦ない一撃を振り下ろした。
ドゴォォォォンッ!!
たった一箇所。そこに生まれた小さな亀裂に、何万トンという泥水の水圧が一気に集中する。
メキメキッという嫌な音とともに、黒衣の天才軍師が築き上げた「完璧な数式の堤防」は、おばちゃんが見抜いた「現場の不満(水漏れ)」によって、今まさに大音響とともに決壊しようとしとったんや。
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