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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第四章】此彼村・村境
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漫画家の痕跡

 老婆を先頭にした映研サークルと別れた私は、一人、廃屋を探索していた。


 どう考えても廃村ビジュアルだが、老婆はどこで暮らしているんだろう。サークルの人間が休むであろう場所で暮らしていて、部外者が来ると案内しているのだろうか。そもそもここは行政的にはどういう立ち位置の場所なんだ。限界集楽として一応村の機能はあるのか、土地の権利もあいまいだが一応土地の権利持ちであろう老婆だけが住んでいるのか。


 ほかの村民の姿が見えないし、空は晴れているのに薄暗くて不気味だ。


 昔は木々の伐採をしながら日の光を確保していたのだろうが、周りの木々は過剰なほど生い茂って、日の光を遮断しているようにも見える。


 昼間なのに、影と光が曖昧だ。気のせいか眼精疲労か分からないけど、視界が霧がかっている気もするし。私は地面を中心に目を凝らしながら歩いていく。


 取材写真を撮影するにあたって心疾患で倒れてたら気付きようがない。


 私はとりあえず一番近い廃屋に入った。山小屋というより年季の入った家だ。レトロをやや通り越したインテリアは、割れた窓から入った砂埃や雨で汚れ、色あせている。床にはガラスが散らばっていた。これは流石に土足じゃないと無理だろ。


「お邪魔します」


 私は一応、一声かけてから玄関に繋がる廊下を進む。ぎし、ぎしと床がきしむ。そばの扉を開けると、トイレだった。和式便所は砕かれたガラス窓の破片が便器の中に入ってしまっている。


 誰も住んでない。もしくは家主が死んでいる。


 トイレの扉を閉め、また廊下を進み、硝子格子の硝子まで砕かれた扉を開けば、台所一体型の居間に出た。


 食器棚の硝子まで割られている。近づいて観察するが、中の食器はすべて無事だった。


 なんでこんな執拗に硝子ばっか狙われてるんだ?

 前に担当作家の「ガラスを割る仕組みを科学的根拠に基づき魔法でやりたいんです」のオーダーに付き合うため、死ぬほど勉強したが、色々条件が重ならないと硝子は自然に割れない。


 なにか災害で外側の窓がおかしくなったにせよ、内側の食器棚までやられるのはおかしい。その一方食器は無事なわけで。


 違和感を覚えながら居間と繋がる障子の戸を開くと、コトン、と何かに引っかかった。


 障子の先は和室だ。私は中に入り、障子のサッシを確認する。


 漫画家の代表作のストラップが転がっていた。どうやらこれが障子に突っかかっていたらしい。


 これはまだ未発売。持っている人間は担当編集、漫画家、制作会社との仲介を担う企画部の人間のみ。漫画家はやはりこの村に来ている。


 私は出版社に連絡をしようとスマホを手に取るが、ワイファイどころかキャリア通信も死んでいた。


 緊急通報ボタンを押すが、効かない。


 ブラウザを開こうとするが開かない。


 私は再起動をかけた。スマホのバックライトが消灯し、ブランド名が浮かび上がる。


 ギィ……。


 なにかの足音が、室内に重く響く。


 ギィ……。


 引きずるような音だ。


 ギィ……。


 なにかは、足音を立てないように動いている。


 私は和室の戸に身を隠しながら息を殺す。


 ギィ……。


 なにかはゆっくりと、確実にこちらに近づいてくる。


 ギ……。


 音が変わった。


 居間にいる。


 私は開いた障子の隙間から中を伺うが、居間の窓割に置かれたドレッサーの鑑はガムテープでふさがれ、鏡越しに様子を確認することができない。


 なんとか今いる立ち位置で今の様子を伺おうとした次の瞬間──私の真後ろでバリバリバリと障子を突き破る音が響いた。真っ白く、ぬめった腕が障子を突き破り飛び出ている。その腕は何かを探るようにしながら蠢き、障子向こうには膝丈ほどの何か白い物体が自分の身体を押し付けるようにしていた。


 私はとっさにその何かがいるほうに向かって、通り過ぎるように強行突破する。身を投げる勢いで居間に出て、入ってきた廊下を駆け抜ける。


 ダンダンダンダンダンダンッ

 先ほどのゆっくりとした足音とは打って変わって、そのなにかはすさまじい勢いでこちらに迫ってくる。玄関から出て、『なにか』の足止めをするべく振り返って扉を閉める。その刹那、屋外の光で『なにか』の姿がはっきりと見えた。


 人間の、頭部がある。


 顔は魚の腹のように白く変色した人間の頭部。首や胴はあるが、目や口、鼻はなく、額から顎まで斜めに黒く切り裂かれている。


 耳と首から下は人間の男性だが、胸あたりで切断されているらしく黒ずんでいる。


 なんであんな状態であんな速度を。


 私はそのまま走り出すが、下肢のない男は腕を足のように使いながら、ありえない速度で接近してくる。リュックから札やお神酒を出す前に確実に突っ込んでくる。足を止めるのは無理だ。私は石や枯葉で重心の取れない山道を駆け抜けていく。


 しかし──、

「逃げるなアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 向かい側から、返り血らしき血染めの作務衣を纏い、鉈を握りしめた男が駆けてきた。


 歯を食いしばり、この世のものとも思えない表情で男はこちらに迫ってくる。


 肩のあたりに黒い霧のようなものを纏っている。違う。身体の一部が黒い霧のようになって溶けている。人間じゃない。


 それが、前から迫ってくる。


 後ろからは下肢のない男だ。道は一本道、右手は登れそうもない急斜面、左手は木々が茂る傾斜。


 片方の相手に札を使う前に片方にやられる。


 逃げ場がない。


 打つ手がない。


 逃げ場がない。


 逃げ場がない。


 腐った水の臭いがする。


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