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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第四章】此彼村・村境
8/9

村の老婆・村の習わし

 私は黒い塊にじっと目を凝らす。


 老婆だ。八十歳くらい、髪はほぼ白く、骨ばった手にこけた頬と、不健康そうな老婆がこちらにゆっくりと歩いてきた。


「ようこそ、此彼村へ、私は三戸志斐(みとしふ)と申します。はるばる遠方からお越しいただき、誠にありがとうございます」


 どうやら、映研サークルが手配した人間らしい。橋本ヒロキが「あ、よろしくお願いしゃーす」と崩れ敬語であいさつした。


「本日は撮影をなさると……」

「ハイ‼」


 橋本ヒロキは快活に返事をする。運動部の挨拶っぽい雰囲気だ。中学高校は運動部でキツい顧問か先輩にしごかれたタイプだろうか。


「それでは、お休みになられる場所にご案内いたします。こちらから少々歩いた村の中央にございますので、お足もとにはお気を付けくださいね」


 村の中央──ということは、この民家の先を抜けた祠のあるところだろうが。さっき福爲と手を合わせたのと、違うほう。あれ、絶妙に祠か屋敷か分からないマークだった。


 老婆は大学生たちを案内するように進んでいく。福爲は立ち止まる私に視線を向けた。


「あの、23歳くらいの女の子、こっち来てませんか」


 私はその場に立ったまま、老婆に訊ねる。


 こちらに背を向けていた老婆は不自然に止まった。


 少しの沈黙の果てに、ゆっくりとこちらに振り返る。


「全く、存じ上げておりません」

「色々、お忙しいとは思うんですけど、見たら連絡ください。警察にも一応、連絡してるんですけど、全然、見つからなくて」


 私は老婆に名刺を渡す。「え、俺も欲しい‼」と橋本ヒロキが声を上げ、平野マナに「バカ」と注意された。


 老婆は名刺を一瞥もせず受け取った。名刺でも私でもなく、視線を一点集中させている。


 就職ライフハックで視線を合わせるのが苦手な人間は相手の首の第一ボタンを見よう、というものがあるがそれとは違う。私の……下腹部のあたりだ。特に何もない。健康診断の叱責とは無縁。医者に日々の生活習慣を指摘されるような状態にはなってないが。


「じゃあ」


 私は会釈して、その場を離れようとした。その時──、

「どちらへ‼」


 老婆が声を荒げた。さっきまでぬるくはしゃいでいた大学生が、「何?」と奇異の目を老婆に向ける。


「女の子探さなきゃいけないんですよ。私、名刺の通りそこのサークルとは無関係なので」


 即答すると、老婆は「さようでございますか」と先ほどの大声とは打って変わって静かに返答した。


「村の中を自由に散策して頂くぶんには構いませんが、三つお願いがございます」

「はい」

「ひとつ。この村にはみしゃわ様という古くからこの村を導いてくださる大切な神様がおります。みしゃわ様に対して、決してご無礼がないようお願い申し上げます。ふたつ、反射するものを使わないこと……鏡などですね。木々に囲まれた立地故、火事などあってはなりませんから。みっつ、これは女性のみとなりますが──煙草を吸わず、男にみだりに触れず、夜に屋外に出ることは無いようというものです。まぁ、昔ながらの古びた習わしではございますが、この辺りは自然豊か、動物もまたおりますからねえ」


 昔の習わし。


 まぁこの辺りで煙草の不始末なんか起きようものなら辺り一帯焼けるだろうし、熊や猪も出そうな立地なので、そういう習わしは理に適っている。


「煙草吸わないので、大丈夫です」


 彼氏もいないし。夜に出かけるは、分からないけど。漫画家が見つかればすぐに出るつもりだし。


「どうかお忘れなきよう、お願い申し上げます」


 老婆はそう告げて、村の中へといざなうように進んでいく。


 私は会釈してから、なぜか私を見て立ち止まっている福爲に近づいた。


「丁度いいや、これあげる」

「え」


 またこの「え」だ。


「五枚あるから、一枚あげる。なんかあったら使って。お札は退散用? とかで、自分に貼ってもいいみたいな話は聞いてるから」


 私はリュックから五枚セットになっているお札の一枚を引き抜き、福爲に渡した。


 札は残り四枚。


 福爲は一度受け取ってから「え、これ」とどうしたらいいか分からない顔をしている。


「で、お神酒は……十九かぁ……未成年飲酒……」

「あ、大丈夫っすよ」


 まるで未成年ではないような口ぶりだった。私はしばらく思案したあと、「じゃあこれも持ってけ」と、白い陶器に入ったお神酒を渡す。


 お神酒は残り三つ。


 私の身の安全だけなら単純計算で七回の危機に対抗可能だけど、漫画家と折半なら約三回、他に人間を見つけたらもっと割れる。


 まぁ、目の前で誰かに死なれるくらいなら、ある程度怖い目に遭うなり手間かかるほうがマシ。


「非常時、かけるか、口に入れるだけにして。飲む用じゃないから」

「あ、ああ、はい」

「じゃ」


 私は老婆と大学生たちから離れる。福爲は急いでサークルの人間の後を追うが、福爲が送れていることに気付かない。


「ってか行き一緒だったおっさんマジでどこ行ったんだろ」

「調査するとか言ってなかった?」

「撮影許可下りてるんですかね……とか色々気にしてたけど」

「公務員だからじゃん? でも役所とか絶対ヤダわ。毎日ジジイババアに怒鳴られそう」

「ヒロキ‼」

「あ、全員が全員じゃないっすよ」

「あははははははは」


 しかし老婆だけが、一度ゆっくりとこちらを振り返る。


 遅れてきた福爲ではなく、まるで私を見張るような目だった。


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