映像研究サークルの大学生
「え、その人、どちらさま?」
柄Yシャツ短パンとサークル幹部標本みたいな男が私に視線を向けた。
好奇心を隠さない瞳、薄く上がった口角。どこにでもいるようなリーダータイプ。彼の後には三人が控えている。彼らが映像研究サークルの面々らしい。周りは空き地とも民家とも言えない景観だ。
古民家──いや、ほぼ廃屋だろう。建物が並んでいて、多分ここは村の居住区域の丁度隅のあたりだ。私はスマホのPDFファイルを確認する。左下の祠があったところから歩いてきたと考えると、丁度建物が描かれている場所のあたりと整合性が取れるので、まぁ、既定路線。
「なんか編集者さんで、あの、書籍の、出版社の、人を探ししてるみたいな」
「どこの出版社さんですか」
アッシュボブに丸眼鏡と独自の世界観を持ってそうな女子大生が値踏みするように訊ねてくる。
「守本です」
答えると、バンド系Tシャツを着たジーパンの男と、女子アナっぽい清楚な雰囲気の茶髪女子大生が「大手やば」と声を揃えた。
「福爲いつのまにそんな人脈広げてんだよ」
リーダー格らしい柄シャツの男が福爲の肩を拳の横でどついた。
「あの、書籍編集って……担当作家とか、一番出た部数ってどうですか」
そしてこちらには改まった仕草で聞いてくる。
大学生のくせにそこまで気にしてどうするんだよと内心突っ込む。
担当作家が誰であれ編集者そのものの評価は関係がない。転職だって担当作家ではなくその担当作家と何をしたか、どんな状態の本をどんな売り方で数字を伸ばしたかが見られる。
有名な作家の担当になれば編集部内の注目度は上がるが、問題はその後。運がいいだけ、気に入られただけだと足元を見られる。売れなければ露骨に手腕が問われる。結局、地道にコツコツものを作っていく世界だ。派手さは演出として必要な時はあっても、人間そのものに派手さはいらない──と説明しても、意味がないのでやめた。
「会社の許可がないとそういうのは公表できないんですよね。漫画家さん探してるんですけど、担当じゃない作家さんなので」
編集が勝手にこの作家の担当ですと言うことを嫌がる作家もいるかもしれないし、どんな業界であれ口の軽い人間は信用されない。
人脈として有用な編集者は、映研サークルの大学生を前に担当作家でマウントを取らない。
しかし大学生たちは目に見えてがっかりしていた。
「え~あ、俺、辺見ハヤトって言います。福爲、映研ってのは言った?」
「あ、はい」
柄シャツリーダータイプの短パン男が福爲に訊ねる。短髪とも言い難い、おぼっちゃんカットの亜種みたいな黒髪だ。小学校の頃に無限に見て、中高でいったん見なくなり、大学で舞い戻り就活で絶滅するような髪型。この男が辺見ハヤト。
「監督とプロデュースと諸々の仕切りやってます。あと、たまに脚本も、将来映画監督目指してます」
「結構兼業してるんですね」
「はい、そこの橋本がカメラと音響両方やってて、サークル掛け持ちでバンドしてるんですよ」
柄シャツ短パン監督の辺見ハヤトが、バンドTシャツの男に話をふる。茶髪で、大学生の面々の中で一番背が高く、チャラそうな男は「下の名前はヒロキでーす」と付け足す。
「で、女の子たちが」
「女の子ってやめて、気持ち悪いから」
柄シャツ短パン監督の辺見ハヤトの言葉をぴしゃっとはねのけたのは、先ほどどこの出版社か問い合わせてきた女子大生だ。
「平野マナです。演出と映像編集担当です。ベースは編集です。監督の辺見の補佐で脚本に入るときもあります」
アッシュボブの根元は黒くなっている。男子大学生たちはラフだが、オフィスカジュアルとして通しても差し支えないような服装だった。
「私は、堀井ユリって言います。堀ユリって呼ばれてます。役者兼、SNSの告知とプロモーション担当です! 毎日投稿中なので良ければ見てください」
そう言って、女子アナの雰囲気を持つ女子大生は、私にカードを差し出してきた。大学名に、学校の紋、映像研究部公式アカウントというゴシック体に、QRコードが記載されている。
「ありがとうございます」
「とんでもないです! お時間あるとき是非‼」
役者兼プロモ担当らしい堀井ユリが一番場慣れしているように思う。バンドTシャツチャラカメラマンの橋本ヒロキと共に私の大手勤務について俗っぽい反応をしていたが、カードを出してくるあたり、完全な素人でもない。何も考えてない可能性もあれど、計算なら大学的にも女子アナを進路選択に持っているのかもしれない。
「もしかしてミスコンとか」
「えー‼ なんで分かるんですか⁉ 一位の子は芸能系で……私は二位だったんですけど……二位、取ってます!」
堀井ユリは大きな反応を示しながらも、少し誇らしそうに状況を説明した。一般人なら一位が芸能関係者ならモデル、アイドル、女優などなどラベリング名称を出す。芸能系とくくったのは、テレビ業界──報道系を視野にしている証拠だ。
「へぇ、全員同じ大学?」
「もちろん、もちろん、俺が3年、橋本ヒロキが3年で、堀ユリが2年、演出の平野と福爲が1年でやってますね」
柄シャツ短パン監督の辺見ハヤトの説明に、チャラバンドTシャツカメラマンの橋本ヒロキが「なんで俺だけフルネームなんだよ」とツッコむ。
監督志望、バンド系カメラマン、クリエイター、女子アナ志望仮、会って間もないがこの四人は一斉に遅刻した訳で。
福爲のほうを見ると、四人の紹介に対して輪に入っている雰囲気を出しているが、とても所属しているようには思えなかった。
「で、福爲は大道具と小道具とアシスタントプロデューサー兼マネージャーで、今回ホラー撮ることになってて、」
辺見ハヤトがわざとらしく福爲の肩を叩いた。福爲は会釈で返す。平野マナや堀井ユリがうっすらと笑みを浮かべた。
サークルの人間と比べ、福爲は若い雰囲気だ。1年生だからだとは思うが、彼と同い年らしい平野マナと落ち着きの種類が違う気がする。平野マナはアッシュヘアにボブと、去年高校生でしたというパブリック的な『らしさ』を消している気がするが、福爲は去年高校生だった『らしさ』を感じない。基本及び腰なのに、騒ぎすぎない妙な落ち着きも相まって、どこか読めない感じがする。
私が福爲を見ていると、ガサガサと民家のほうから何かが近づいてきた。
黒っぽい、塊。
「なに」
堀井ユリが怯え、辺見ハヤトの柄シャツを掴んだ。




