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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第三章】此彼村行きのバス
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みしゃわ様の警告


 バスはゆっくりと発車していく。車線に沿って大きくUターンしたバスの窓からは、西ヶ住希乃ちゃんの父親がチラシを配る様子が見える。周りの地元住民は顔を合わせない。やがてその姿が小さくなり、とうとう雑踏に紛れた。


 此彼村は4時間に1本しかないようなバスの最終停留所だ。始発は駅で此彼村までのバス停は8本ほどあるが、その距離は長い。駅を出てしばらくしてからお婆さんが乗り込んできたけど、私や後ろの青年を見てギョッとしていたし、その次の停車で降りていくときは、警戒を隠さない視線で、バスが走り出すまで止まってこちらの様子をうかがっていた。


 要するに、地元の人間以外、ここに寄らないらしい。


 スマホで改めて調べようとすると、一番前の座席だというのに真横におじいさんが立った。


 私が座っている席は、他の座席より高く降りるときに段差を使うことから、高齢者と子供は座れない席だ。一応「ここ座りますか」と訊ねるが「落っこちて死んじまうよ」と返された。自覚があって何より。


「他の席に座らないんですか」

「この年になってくると痛いんだよ座るのも立つのも。それよりあんた、見ない顔だけどどこに行こうとしてる」

「此彼村に」

「死ににでも行く気か。おい、運転手、バカ、何でこんな女乗せたんだよ。警察に連れてけ」


 とんでもない言い方である。運転手はおじいさんと知り合いなのか「いやぁ」と苦い顔をした。


「いや、死にに行くわけじゃないですよ。人探しをしてて」


 でもおじいさんのこの口ぶりだと、自殺の名所にでもなっているのだろうか。此彼村の記事を読む限り、そういった記事はない。


「死にに行った人間を探してんのか。なら警察いけ」

「いや、死にに行ったのではなく、取材」

「取材? お前あれか、テレビか」

「編集者です。取材に行ったのは漫画家です」

「漫画ァ?」


 おじいさんは怪訝な顔をした。おじいさんは見たところ七十代。漫画を全く知らない世代でもなさそうだが。


「絵描きですよ」

「あぁ……絵描きかぁ……いつからいないんだ」

「一週間前です。23歳くらいの女の子」

「そんな女が行くような所じゃないぞ。悪いことは言わない。戻れ、警察に行け。諦めろ」


 おじいさんは首を横に振る。


「なんか治安が悪いとかですか? 熊が出るみたいな」

「そういうんじゃない」

「ならどうして警察すすめるんですか」

「よそ者はみしゃわ様が嫌うんだよ……ああ、ボタン押してくれ、次で降りる。届かない」


 私はおじいさんの指示通り降車ボタンを押した。


 ピンポーンと軽やかな音色が響き、『次、停まります』と機械音声が流れる。


「助かった」

「いいえ。それよりみしゃわ様ってなんなんですか?」


 因習村の標本みたいだなと思っていたけど、シャレにならない単語が出てきた。様付の存在なんて嫌な予感どころではない。危険の塊がゴロゴロ転がってきてるような気持ちだ。


「神様だよ」

「どういう」

「豊穣の。それをよそもんが荒してから、あの村はおかしくなった。だから何にもないし、行くような場所じゃない。景色はいいが遠くから見るくらいがちょうどいい場所だ。絵描きは諦めろ。このままバスに乗ってれば駅に折り返す。此彼村には降りるな。帰れそのまま」


 おじいさんは吐き捨てるように言うと、バスを降りていく。


 乗客は青年と私のふたりだけになった。


 窓は青い空が広がり、大きな山々や田畑が広がっている。


 やがてバスは、雑木林に入っていった。ガサガサと窓に枝がぶつかる音が響く。バックミラーで確認すれば青年はノートパソコンを取り出し何かを打ち込んでいた。


 私はスマホで検索する。

『みしゃわ様』

 検索にヒットしない。SNSも何もない。カルトや新興宗教の類でもなさそうだ。というかみしゃわ様は平仮名なの漢字なのか分からない。私は行方不明の漫画家のアカウントを調べる。


 みしゃわ様が何かわからないけど、霊的案件ならお札やお神酒が多分効く。


 リュックの在庫を確認していれば、スマホが震えた。編集長からだ。


≪荒破翼様≫

 お世話になります。株式会社守本(もりもと)出版の花見(はなみ)です。

 漫画家さんの件ですが、担当編集へ共有済みのファイルを送付します。

 休日ですので、ご無理はなさらないようお願いします。

 よろしくお願いします。



 脅迫じゃんこんなの。


 メールを見た瞬間笑いそうになってしまった。叙述トリックかと思った。編集長のほうがよほど怖い。今までの編集長との関係値があるからこそ分かる脅迫文だ。ファイルは送るが余計なことをするな。むしろ余計なことはするなと言いたいからファイルを添付しているまである。


 私は添付のPDFファイルを開いた。地図だ。


 正方形の図面には、上に向かって山を描くようになっている。地図の上部はお屋敷みたいなものがあり、屋敷の少し前には、井戸の絵。何か出てきそうだ。


 その下には家がぽつぽつ描かれている。これが多分居住区域だろう。


 左斜め下には祠がある。


 赤字で実在の地図なのでぼかします! と注意書きがあった。プロ意識がある。参考も度合いというか、そっくりそのまま使っていいものと使ってはいけないものがある。フリーの背景素材は問題ないけど、レシピサイトのレシピはちょっと……というようなものだ。そういう区別を編集がしなければいけない面もあれど、コピペはなしだよねという最低限の常識すら悪意無く無い場合もあるので、ありがたいなと思う。


 こういう作家の真面目さは、作家自身を追い詰める

 でも、飛ぶようには思えない。同期はホラーが苦手だった。同じ編集部でホラーが売れたからも勿論あるだろうけど、漫画家のやる気に触発されたはずだ。作家は書きたいものが出せるかもしれないと思った瞬間をみすみす逃すようにも思えない。


 昨晩、寺と神社の移動中、こんなもん経費でいいだろとタクシーに乗り中で消えた漫画家の作品を読んでいたが、あとがきも帯コメントも明日を見ているような内容だった。


 担当してないし、どんな人か作品を通してからしか分からないし、殺伐とした作風の人間がほのぼのしていて趣味がガーデニングだったりするのがこの業界だ。


 まぁ、私が勝手に信じたいだけかもしれないけど。


 夢を見る人間が、夢を与える人間が、絶望して世を離れるのは構造として間違っている。


 その間違いを受け入れたくない。


 メールの返信をして、送信をタップする。


 ワイファイは死んでいるがキャリア通信は生きていた。矢印のマークがぐるぐる動いている。送信済みフォルダにもメールが追加された。念のため、編集部の共有フォルダにもメール内容のワードファイルを保存し、連絡代わりにする。なんか規約違反な気がするけど、非常事態だ。

『次は終点、此彼村、此彼村です。バスは此彼村より外回り循環となります。お降りの方は降車ボタンを押してください』

 車内アナウンスが響く。私はボタンを押した。


 しかし、降車メロディが鳴らない。


 カチ、カチ、と押すが反応しない。さっきのお爺さんは鳴っていたのに。


 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。


 一切、反応しない。


 サイドミラーで運転手を確認すると、運転手は帽子を目深に被り、ただ前を見据えて運転していた。


「あの」


 運転手に声をかけようとしたその時──、

 ピンポーン。


 車内に降車メロディが響く。

『次、停まります。お降りの際は必ずバスが止まってから立ち上がってください』

 私はボタンを押してない。あっと思い振り返ると、青年が降車ボタンを押していた。


 青年は不思議そうにこちらを見ている。なんで押さないのかと言いたげだ。


 バスは緩やかに減速し、さびれた山道の半ばで止まった。

『お降りの際はお忘れ物が無いかご確認ください』

 乗務員がマイク越しにアナウンスする。私の座席のボタンだけ突然壊れたのか。


 そもそも会社から出てすぐのエレベーターでも閉じ込められかけたし。


 お札とお神酒はリュックに入れてるだけじゃ効果ないのだろうか。


 お神酒はともかくお札は5枚。あまり無駄打ちしたくないが……、使ってみないと効果が分からないし使うような状況になりたくもない。


 リュックを抱えなおし、踏み台に軸足を置き席から降りる。


「ありがとうございました」


 私はバスの運転手に声をかけた。


「ありがとうございました」


 バスの運転手はこちらに一切視線を向けない。青年はもう後ろの降り口から降りていた。


 私もそれに続き、後ろの降り口に向かう。


「お気をつけてー」


 乗務員が抑揚なく、独り言のようにつぶやく。


 その一言で空気がすっと冷えたものに変わるようだった。


「はい。ありがとうございました」


 私は再度礼を伝え、バスを降りた。


 終点だからなのか、バスの扉はいつまでも開いている。循環と聞いていたが、いつ発車するのだろう。そばのバス停を見ると、既に発車時刻を過ぎている。バスの扉は閉じない。発車する気配もない。


 さっきバスで一緒になったおじいさんの言葉が頭をよぎる。


 ──あの村はおかしくなった。


 ──此彼村には降りるな。帰れ。


 まるで帰るなら今のうちと言わんばかりのシチュエーションだ。


 帰りはしない。漫画家を見つけるまでは。


 私はバスに背を向け、山道を進んでいく。


 振り返ることはしなかった。


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