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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第二章】廃村へのバスロータリー
4/15

お父さん


 と、考え事をしていれば、大学生くらいの青年がバスから降りて、こちらへ向かってきた。さっきお婆さんが何で私がよそ者か区別できた理由が分かった気がする。空気が違う。白シャツに大きめのジーンズという当たり障りない格好だがなんとなく場違い感があるのだ。リュックにボストンバッグと大荷物の彼は、西ヶ住希乃ちゃんの父親からチラシを渡され、軽い会釈で断った。嫌がったというより、受け取り方が分からなかったのだろうが、父親は「なんで受け取らないんだよ‼」と怒鳴りつけた。青年は「あ……」と呆然としている。


 私はすぐに駆け出し、青年の元へ向かった。


「あの、すみません、チラシ一枚いいですか」


 西ヶ住希乃ちゃんの父親に声をかける。父親はすっと表情が変わり、私に視線を向けた。


「あ、ど、どうぞ……」

「ありがとうございます。早く見つかるといいですね。まだ夏も暑いので、お父さんも気を付けて。お子さん帰ってくるとき、お父さんが元気なかったら、悲しくなっちゃうだろうから」


 声をかけると、父親は少し泣きそうな顔をしつつも、「よろしお願いします」と頭を下げた。


「いいえ」


 私は会釈しつつ、青年の背中を押す。


「行きましょう」

「あ……はい」


 青年は目をぱちぱちさせながらも、私についてきた。


 私はバス停のそばまで来てから、「さっきの方、チラシを受け取らないと怒るとかで、地元で有名みたいです。さっき、私はお婆さんに声かけられたんですけど」と青年に話しかける。


「ああ、そうだったんですね……」


 青年は後ろを振り返った。はるか後方では、西ヶ住希乃ちゃんの父親がチラシ配りを再開している。


「大事なお子さんみたいですが、まぁ、怒鳴っていい理由にはならないですけど、別に貴方に非があったわけではないと思うので、では」


 私は青年と別れ、此彼村行きのバス停の傍に立つ。


 さっきも一人だったが、相変わらずバスを待つ人間は私以外いない。


 しかし──、

「あ」


 青年が気まずそうに私の傍に近寄ってきた。どうやら青年も同じバスに乗るらしい。


 私は「どうも」と返し、バスを待つ。


「どちらへ」

「此彼村……ってところなんですけど……」

「一緒ですね」

「え」


 青年は驚く。驚くといっても、コミュニケーション的な「ええ」というリアクションではなく、どう反応していいか分からないような反応の仕方だ。


「ちょっと、探し物というか、人探しに行かなきゃいけなくて」


 丁度いい。青年も此彼村に行くのなら、ある程度の情報を流しておこう。見つかったら分かるように。私は出版社で使っている自分の名刺を差し出した。


「書籍、編集……?」


 青年は引っかかりを覚えるように読み上げた。


「書籍って、しょ、小説とかですか」

「はい。小説ですね」

「ぶ、文庫本とかちゃんとしたやつですか?」

「ちゃんとしたやつ?」

「ラノベとかじゃない感じの」


 青年はなんとか言葉を選ぼうとしている。ちゃんとしたやつ、と呼ぶのはラノベサイドだと難色を示す作家さんもいそうだが、世間はこんなものだろう。


「両方やってますね。やることは同じですけど、ターゲットと売り方が違うので」


 素人にこんな話してもあんまり食いつかないだろうな、と見越しつつ話を進める。しかし私の予想とは裏腹に、青年は「売り方」と興味を示した。


「はい。それで今は……作家さん探してて、ドラマみたいなシチュエーションですけど、取材中にいなくなったんで、警察にも連絡入れてるんですけど、一応、探す感じで」

「へぇ」


 青年は先ほどの気まずそうな雰囲気とは打って変わって、どこか好奇心を刺激されたような顔でこちらの話の続きを待っている。


「まぁ編集長に注意されましたけどね。ハハ」


 印象づくりはこんなものでいいだろう。これでそれっぽい漫画家を見つけたら、名刺の連絡先に連絡がかかるはずだ。青年はどちらかというと目の前の非日常ではなく、仕事そのものに興味を示しているようだが。、

「そちらは? なぜ此彼村に」


 青年は地元住民じゃないだろう。ここまで大荷物となるとバックパッカーや旅人、個人ブロガーの可能性もあるが、そのわりには見ず知らずに他人に対しての臨機応変さがない。ソロ生活を堪能している人間特有の、人と距離を置く感じも無い。距離感を掴みあぐね続けているような雰囲気がする。


「あの、サークルで……映像系やってるんですけど、自主制作の村で撮影することになって」

「制作って何? どういう系?」

「ホラー映画、みたいな」


 みたいな、というが特に意味はなさそうなみたいな、の言い方だ。自分の主張を攻撃されないように濁す処世術寄りの言い方に感じる。


「一人で?」

「いや……あと4人いるんですけど、4人遅刻してて、じゃあ先に行くってなったら、三人タクシー使うっていうので、今、こっちが一番遅れてる、みたいな、ハハ」


 青年はあらかじめ用意していたかのように、演技がかった話をする。素人のダラダラした話と違う。就職面接で使うようなテクニックも無い。テレビの芸人のエピソードトークと似た緩急の付け方だ。


 ただ、私に対して良く見せようという見栄も感じない。それより三人を悪く言わないよう配慮している気がする。4人そろって遅刻なんてふざけてるのかとはっ倒したくなるような状況だろうに。


「じゃあ、5人で撮影?」

「あ、えっと、サークル自体は結構人数いるんですけど、主要人物がそんな感じっていうか」


 言い訳するみたいに青年は言う。どこのサークルにもよくあることだ。大規模なのに行動実体は小規模なんて。そもそもサークルだけじゃなく仕事でも多い。


 そして人間を主要人物なんて言葉を伴い説明する青年に違和感を覚えた。物語的だ。作家が自分の物語を説明するみたいな言い方。


「なんか書いてんの?」

「え」


 さっきと同じような返事。バスを一緒ですねと言った時の、パソコンが入力していないプログラムをうち込まれてフリーズしたみたいな、間。


 青年が二の句を紡ぐ前にバスが来た。


 私はバスに乗り込み、小銭を出す。想定通りタッチ決済不可能だった。とんでもない場所である。


「え、あ」


 そして青年は手にしていたスマホを前に戸惑い始めた。小銭を出そうとしているが大荷物すぎるのと焦っているのとで埒が明かない。私は「この人のぶん払います」と小銭を投入口に入れた。


「す、さ、あ、すみません。払います」

「大丈夫です」


 私はバスの最前列に乗り込む。バックミラーで確認すると、青年は一番後ろに乗り込んだ。


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