村から出る方法
「ひっ」
平野マナは思わずしりもちをついた。ずしゃ、と尻にじめついた落ち葉や土の不快な感覚が伝う。
「マナちゃん」
堀井ユリはゆっくりと平野マナに振り返った。その顔は、いつも通りの堀井ユリの顔だ。
「え、だ、大丈夫、マナちゃん」
戸惑いがちに堀井ユリは平野マナに手を差し伸べた。しかし、先ほどの空洞の顔が頭に過り、その手が取れない。
今目の前にいるこの女は、果たして本当に堀井ユリなのだろうか。
この山には何か霊的なものがあって、堀井ユリは別の存在に成り代わっているのではないだろうか。
「……」
確かに守りたいと思っていた存在の手が、取れない。
平野マナが堀井ユリをじっと見つめていると、後ろで「平野、堀ユリ」と辺見ハヤトの声が響いた。彼は福爲を伴い、平野マナたちのいるほうに駆けてくる。
「……っ」
堀井ユリは怯えた顔をした。平野マナが視線を追うと、その先にいたのは福爲だった。
「何があった……?」
「いや、その……」
辺見ハヤトの問いに堀井ユリは言いよどむ。しばらくして、「ハヤトがいなくて」と、懐から電子タバコの機械を出した。
「え? あいつどっか行ったってこと?」
「う、うん。これが、廊下に落ちてて……だってヒロキ、煙草吸うんだよ? 落とすわけないじゃん。それに……」
「それに? なんだよ。ハッキリ言えよ」
「出られないの」
堀井ユリが深刻な顔で続けた。
「出られない?」
辺見ハヤトがやや苛立った調子で聞き返す。
「この先に、行けない。進んでも、無理で」
「は?」
「み、見てて」
堀井ユリは山道を進んでいく。姿が見えなくなったところで、「ねえ」と声が響いた。
さっき、自分たちが見送ったはずの堀井ユリの姿が、背後の道から現れる。
「え」
辺見ハヤトが眉間にしわを寄せた。「どういうこと?」とまるで責めるように戻ってきた堀井ユリに問う。
「分かんないの。山の中を歩いていたら、来た道に戻ってきちゃって……」
「……待って」
辺見ハヤトはスマホアプリを取り出し、カメラを前に向けながら、さっき堀井ユリが通った道を進む。しかし堀井ユリと同じように後ろから戻ってきた。
「マジだわ。帰れない」
辺見ハヤトが愕然とした顔をする。さっき平野マナと二人で話をしてた時、彼は橋本ヒロキが帰ってこないことについて、「取れ高としてはアリ」と若干嬉しそうにコメントしていた。その調子に平野マナは温度差を感じていたが、今の彼は明らかに調子が違っていた。
「ちょっと、福爲、行ってみて」
「え」
「他の奴が行ってるのも撮りたい」
「でも」
「行けよ。お前だけ行かないのおかしくない?」
自分はまだ行ってない。平野マナは思うが、福爲を積極的に庇いたいとも思えなかった。それに辺見ハヤトがいたとしても、堀井ユリが福爲に怯えた以上、女として離れるのは無責任に思う。
「……」
福爲は納得していない雰囲気を出しながらも、山道を進んでいく。
しかし──、
「え」
福爲は何故か、来た道から戻ってきていた。
「何してんのお前」
辺見ハヤトがスマホのカメラを福爲に向ける。福爲は「分かんないけど、出れそうで……分かんないから、戻ってきた」と答える。
「は? 意味わかんねえ。行くぞ」
辺見ハヤトは福爲の肩を掴み、強引にもう一度、堀井ユリが進んだ道を辿る。しかし──、
辺見ハヤトだけが、後ろの道からやってくる。しばらくして、福爲が来た道から戻ってくる。
「なんで?」
平野マナはとうとう疑問を口にした。意味が分からない。堀井ユリは村から離れようとして、戻ってきてしまった。辺見ハヤトもだ。まるで連れ戻されるように。なのに福爲だけは、自分の意思で村から逃れることが出来て、怖いからという、自分の意思で戻ってこれる。
「ちょっと福爲札出せ」
後から戻ってきた辺見ハヤトは、帰ってきた福爲を詰めた。
「え」
「いいからだ出せ」
「あ……」
福爲はポケットから札を渡す。辺見ハヤトはそれを握りしめると、山道の奥へ走っていく。そしてしばらくして、福爲と同じように帰ってきた。
「札だわ。札があると帰れる。で、さっき俺は福爲と出ようとしたとき、こいつだけ出れた感じだから──一人一枚で、多分、村から出られるし、逆を言えば──札がないと村から出られない」
福爲が、編集者から貰ったらしい、札。
その一枚が、この気味の悪い村を出ていく鍵になる。
しかし、辺見ハヤト、堀井ユリ、福爲、そして自分。
ここにいない橋本ヒロキが無事だったとしても、五枚必要になる。
目の前にある札は、一枚のみ。
誰かが札を使って出て、警察を呼ぶ。しかし、警察を呼んでも怪異に対応できるだろうか。
「札五枚、見つけて、全員で出よう」
辺見ハヤトが宣言した。




