顔
平野マナは、山道を駆けていた。
先輩の堀井ユリを追うためだ。
ただの映像研究サークルの仲間だが、シチュエーションは山の中。それも男といたところ悲鳴をあげたのであれば、女である自分が追うべきだ。
老婆に通された宿のどこかにいる可能性もあるが、そうだった場合は辺見ハヤトが見つけるはず。ならば自分は可能性潰しの為に宿の外を探す。平野マナは村に入って来た道を戻るようにして堀井ユリの姿を探していた。
「ユリせんぱーい‼」
平野マナは声をあげる。
すると、雑木林がガサガサと響いた。堀井ユリかと近づいていくが、重力に沿いしなだれる枝をかき分けるように現れたのは老婆だった。
「どうされましたか」
「あの、えっと……髪の毛、ふわふわした、あの、私と一緒に来てた女の子が、いなくなっちゃって……」
「いなくなった? それはどうして」
「わ、分からないです。同じサークルの男が、何かしたのかも」
平野マナは心に留めていた疑いを口にする。辺見ハヤトと映画の詳細を詰め、橋本ヒロキの休憩の長さから橋本ヒロキの喫煙時間の総合計を計算し、くだらなさを論じていたら、堀井ユリの悲鳴が聞こえた。すると、ボンヤリした調子の福爲が立っていたのだ。
福爲は何のために映像研究サークルに入ったか分からない男だった。サークルの温度感としては、平野マナのように映画に情熱を注ぐもの、平野マナ程度ではないが辺見ハヤトのように自分の作品を作ることに意欲を注ぐもの、堀井ユリのようにいずれ女子アナウンサーになりたい、同時にエンタメが好きというふんわりしたもの、橋本ヒロキのようにとりあえずなんとなくで入ったやる気の程度が低いものと、多層である。
しかし福爲はそのどれかにもカテゴライズ不可能な、読めない男だった。
映画の知識は感じるが、どんなことがしたいか聞かれれば「まぁ、なんでも」と当たり障りのない反応を示す。普段の活動にはあまり出ないが、緊急招集をかければ必ず出席する。一番最初にどんな役割が持ちたいか聞いたとき、福爲は「まぁ、話に関わる感じの」と言葉を濁していた。
橋本ヒロキほどどうでも良さそうではない。ただ、普通の映像研究サークルの人間の熱意には満たない。何をしたいのか分からない。辺見ハヤトはあれこれうまい具合に仕事を振っていて、そこまで雑な仕上がりでもなかったが、やる気があるのかないのかはっきりしないので、平野マナにとってはとにかく扱いづらく、不信も信用も向け辛い男──それが福爲だった。
そんな福爲は、堀井ユリを追わなかった。堀井ユリは福爲が雑用を任されると時たまついていっていたが、悲鳴をあげておいて追わないというのは一体どういうことなのか。
何かしたから、追わないんじゃないのか。
これで福爲が無実なら申し訳ないが、無実だったとしたら猶更、追わないことに憤りが募る。
「それは……大変ですね。この辺りは荒くれ者がよそからやってきたりしますから。何かあってからではいけない」
老婆は心配そうに言う。
「私は、山の上のほうを探してまいりますので」
「でも」
平野マナの心配に、老婆はゆっくりと首を横に振る。
「山に慣れて無い若者よりも、山に慣れたおいぼれのほうが、ずっと早い」
「……」
平野マナはなんて返していいか分からなかった。頼りになるが、老婆の言葉が卑下なのか自負なのか、いまいち判断が出来なかったからだ。戸惑う平野マナに老婆は慈母のような笑みを浮かべ、力強い足取りで上を目指し歩いていく。平野マナはその姿を見て、自分を奮い立たせながら山道を下る。
「ユリせんぱーい‼」
平野マナは必死になって叫ぶ。
荒くれ者が他所からやってくる。
平野マナには思い当たるフシがあった。
今から五十年前のこと、この辺りで凄惨な事件が起きた。よそから来た村の男が、村人を襲ったのだ。村の権力者を次々殺してしまったことで、この村は途川村から此彼村と名称を変えてしまったらしい。映像づくりの研究の為、たまたま購入した、各地のいわくつきの場所について記載された本に載っていて、その話をしたところ辺見ハヤトが面白そうと食いつき、撮影場所がここになったのだ。
その後、ネットで調べていくうちに、近くで行方不明事件──西ヶ住希乃ちゃんが行方不明になっていた事件を知って、平野マナは「良くないのかもしれない」と辺見ハヤトに伝えた。
家族の感情もある。元々平野マナは、「こういう事件があった」と読んだ本の話として伝えただけだった。しかし辺見ハヤトは、「だって平野が場所について言ったんじゃん」「行方不明になった土地だからじゃなくて、五十年前の事件に着想を得たんでしょ?」と返してきて、結果、此彼村が撮影場所に選ばれてしまったのだ。
ネットでは、西山希乃ちゃんが行方不明になったことを利用してか、はたまたこの村が本の特集の中では比較的訪れやすいからか、村に行くという書き込みを残した読者がそこから消息不明になったとか、自分の本で事件を起こしてしまったことを悔いた著者が村で自殺をしたとか、自分の本の謎に魅入られ村に入った結果、著者は行方が分からなくなったなど、卑劣な書き込みが横行している。
福爲が何をしたかは分からないが、この場所に来るきっかけとなったのは自分。焦燥にかられながら駆けると、堀井ユリの棒立ちの背中が見えた。
「ユリ先輩‼」
平野マナは堀井ユリの背中を思い切り掴んだ。「大丈夫ですか」と彼女の顔を覗き込み、絶句した。
顔が、無かった。
のっぺらぼうのようなものではなく、顔全体が真っ黒な空洞になっていた。




