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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第一章】異変の起きた出版社
2/25

エレベーター

「編集長、作家さん此彼村ってところに行って、更新途絶えてます」

「此彼村? なんで知ってるんだ」

「投稿画像拡大しました。カーブミラーに移ってます」

「お前そんなストーカーみたいなこと……」


 編集長が呆れてくる。画像はしっかり確認してから投稿するようにと指導してきたのは編集長だというのに。


「此彼村?」


 同期が呟く。なにか引っかかってるような雰囲気だ。


「どうした」

「此彼村って……たしか一番最初の献本の時、送付した住所が……その近くだったような。なんか調べて、出てきたんですよ。怖い事件があって」


 編集は作家に出来上がった本を送る。送り先は大抵、その作家の住んでいる住所だ。


 私はすぐに此彼村を調べる。


 ヒットするのは、心霊スポット特集サイト、旅人系ブロガーによる廃村紹介、そして──行方不明事件がヒットした。此彼村付近で西ヶ住希乃ちゃんという六歳の女の子が行方不明になっているらしい。捜索が開始して、もう一年が経つ。


「因習村のお手本みたいな場所じゃないですか」


 呟くと、編集長が「荒破」と怒鳴ってくる。不謹慎な発言だった。編集者として以前に良くないと思う。でも、どう見ても、安全そうな村ではない。


「私、この土日に行ってきますよ。寄り道しても、明日の夕方には着くでしょ」


 二人に声をかけた。編集長も同期もぎょっとした顔をするが、次に反応したのは編集長だ。


「行くな。編集がそこまで踏み込むべきではない。警察に任せる」

「警察に任せながら、ですよ。私この土日、このままだと最悪な土日になりそうなんで。実家からの地獄召集もあるし」

「それならなおさら自分のことをしろ」


 編集長が冷静に突っ込む。まぁ、編集長として正しい返事だ。


「危ないですよ編集長、こっちは業界歴四年の若手なんですから。土日の過ごし方について発言するのって、中々危ないんじゃないですか?」

「お前なぁ……」

「多様性の社会とは反した御家庭なので、行かないという選択肢を提示してね、人々の暮らしの選択肢を広げるスローガンにでもなろうかなって」

「荒破さん、私が普通に、行きます。担当編集なので」


 同期が割り込んできた。私は「結構でーす」とすぐに断る。


「そっちは今、別の担当作家との新シリーズ発売の準備でしょ、作家の行方不明で別の作家の新シリーズ刊行に影響出たら、新シリーズの作家さんも浮かばれない。自分が作家だったら最悪ですよ~? 担当編集が行方不明事件で気もそぞろで、新シリーズないがしろって。それで売れなかったら作家さんなんて思うんだろう。編集長、普段から作家さんに言ってますよね。作家さんの立場に寄り添って制作に取り組めって」


 私の言葉に、同期は、ぐ……と言葉を詰まらせた。


「私は今月刊行なし、タスクも完了済み」


 編集長も同期も黙る。反論は出せないはずだ。論理的に正しいから。


「一般市民である私に何か言う暇あるなら、さっさと警察に連絡してくださいよ。これで、この村になんかあって、私がいなくなれば、警察は事件性があるで動くでしょ。民間人一人が行方不明より、捜索人員も増やせる」


 補足すれば、編集長が険しい顔をした。しかし反論は出来ない。行くなと言っても私は行くし、私を物理的に押さえ込むことはできない。同じ会社で働く上司と部下。エンタメお仕事ドラマではないので、腕を掴むも指導対象だ。


「もしも、私の担当作家が飛んだか分かんない状態になって、私が動けなかったら、探してくださいよ。同レーベルの刊行に穴開かないように」


 私は編集長と同期に言い残し、荷物をまとめていく。


「荒破さん‼」


 フロアを出てすぐのエレベーターを待っていると、同期が追いかけてきた。


「警察に連絡は」


 同期が何か言う前に問いかけると、同期は「今、編集長がしてます」と、振り絞るように言う。


「あの……私……」


 どうしたらいいか分からない様子だ。同期入社とはいえ、私と違いずっと編集職をしている。担当作家と連絡がつかない解像度が違うのかもしれない。


「お祓いとかした?」

「いや……」

「ホラーやるならしたほうがいいよ。私この間、初めてのホラーだったけど神社にも寺にも行ったから。お守りとかお札とか買えるし。何なら今から行ってくるし」


 初動が良かったホラー作品。売る準備も確かにしたけど、一応、お祓いしてお守りを用意してと、刊行にあたっての準備もした。正直、意味あるかどうかなんてサッパリ分からないけど、万が一があるし。備えあれば憂いなしだが、実際功を奏したかは分からない。


「荒破さんは、そういうの信じてるんですか」

「なにが?」

「見えないもの、みたいな」


 同期は視線をさまよわせながら言う。遭難、害獣に襲われた、犯罪に巻き込まれた可能性のほうがずっと高いだろうに、今はその線しか見えないのだろう。ずっと編集者として生きているからこそ、非現実的なことのほうが身近に感じるのかもしれない。


「私は、最悪想定の可能性を潰すだけだから」


 科学的だろうが非科学的だろうが、どうでもいい。最後に作家が勝てばいいだけの話。勝利条件は作家による。そして今、それが揺らいでいる。対応が必要で、最高効率の選択肢は私が村に行くこと。


 丁度エレベーターが到着した。中には誰もいない。私は普通に中に入り、一階のボタンを押す。


「そっちはそっちのやるべきことして。こっちはこっちで出来ることするから」


 私は閉じるボタンを押す。ゆっくりと扉が閉まる。


 しかし、扉の隙間が完全に閉じる一瞬、同期の顔が怯えた顔に変わった。


 ふっと、視界の隅が薄暗くなる。


 背後に、なにかの気配を感じる。


 エレベーターの現在地を示すパネルは順当に5、4、3と数字を変えていく。


 カウントダウンのように。


 目的地の1階に到着し、ポーンと軽やかな音が響く。


 しかし、扉が開かない。


 ポーンと到着の音が響く。


 なのに扉が開かない。


 ポーン。


 ポーン。


 ポーン。


 到着音がけたたましくなる。


 私は非常ボタンを連打する。一切通じない。スマホを取り出せば圏外になっていた。打つ手がない。


 私はペンケースを取り出そうと、背負っていたリュックに手を伸ばすが──、

 ポーン。


 到着の音が響き、扉が開いた。


 営業か企画部か分からないが、社員が不思議そうな顔でエレベーターの中に入ってくる。私は「このエレベーター壊れてますよ、出れなくなる」と声をかけ、エレベーターから急いで出た。


 足音は私の分だけ。


 入るときは社員証が必要だけど、出るときはいらない。自動ドアを通り、会社を出る。


 振り返ると、さっきの社員はこちらを警戒しながらも別のエレベーターを待っていた。


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