生贄の条件
年季の入った廊下を、堀井ユリと歩いていく。たまにこうして二人で歩くことがあった。福爲が頼まれごとをしていると、堀井ユリが自販機で飲み物を買うと言ってついてくる。
たまにジュースをおごってもらうこともあった。その後、堀井ユリはお手洗いに行くと言い離脱し、後から合流する。身だしなみを整えることも兼ねているようで、普段纏っている柔軟剤のような香りが濃くなる彼女に、マメさも感じていた。
「この村、あのお婆さんだけなのかな、住んでるのって」
堀井ユリが呟く。福爲は「ああ、どうなんですかね」と答えた。映像研究サークルにいる学部の割合は教育学部が多い。教育の道に行きたいものが映像に焦がれるというより、大学内の学部の割合がそのまま投影されている。
そして福爲は政治学部の人間だった。地方自治に関しての知識なら教育学部の人間よりはある。この村はどう見ても過疎地域であり、限界集楽に該当する。
所有者や管理者が不明な土地は手出ししづらく、そもそも所有者がいる場合、税周りがきちんと整理されていれば行政として介入しづらい。税務署はあくまで税金の管理をする場所だ。荒れ果てた場所を整える役割は無く、荒れ果てた場所でも所有者がいれば、その権利を尊重しなければならない。大雨等で土砂崩れが起きる危険があるなど、よほどのことが無い限り。
そしてその「よほど」は、一人一人の権利の尊重のため、行政は慎重になる。
……が、ここまでの説明を堀井ユリは欲していない。説明して変な空気にしたくない。福爲は堀井ユリの次の手を待つ。
「ってかさ、変な習わし? あったじゃん。あれなんなんだろうね」
「ああ」
福爲は村の習わしを思い出す。
ひとつ、みしゃわ様に無礼が無いように。
ふたつ、鏡など、反射するものを使わないこと。
みっつ、これは女は煙草を吸わず、男にみだりに触れず、夜に屋外に出ない。
「みしゃわ様? って女の子なんだよね? なんで生贄求めてる花嫁みたいにしてるんだろ」
「え」
「だってさー最後の煙草吸うなとか男に触るなってさ、なんか生贄に対する条件みたいじゃない? 亭主関白みたいな。今さー漫画とかであるんだよね。生贄になったけど、めっちゃイケメンでさ、神様が」
「ああ」
漫画。福爲は読まないが、最近ネットを見ていると高確率で漫画の広告が出てくる。閉じるためのボタンが小さいので、ミスると読みたくもないあらすじが羅列された商品ページに飛ばされる。不幸な境遇の主人公がイケメンと結婚して、それまで主人公に不幸を敷いていた人間が幸せになる話だ。
エンタメとして楽しめるが、女はそういう道があって羨ましいとも思う。冴えない女はぎりぎりでも守られるけど、冴えない男はそもそも透明にされてる気がする──なんて、普通は楽しむような話を見て嫌気がさすので、あまり触れない。いい兆候ではないなと自分でも感じる。
「習わし全部、みしゃわ様関連だと思うんだよね。鏡とか反射するもの駄目みたいなさ~なんだろ。口裂け女系だったりして、みしゃわ様って」
堀井ユリはスマホを見ながら言う。電波も通じないのに何を見ているのだろうかと注視すれば、スマホの自撮り機能で身だしなみを整えていた。
「反射って……」
思わず福爲は呟く。鏡や反射するものが駄目。光の屈折の可能性もあるが、鏡のような機能そのものを持つものを差す可能性もある。しかし堀井ユリは「え、スマホも駄目なのかな」と顔をしかめつつ、しまうことはない。
「まぁ、姿……うつるから、どうなんだろう。スマホダメとは言ってなかったけど……」
「でもみしゃわ様がおばけだったら、スマホで対抗できるってことじゃない? 鏡持ってくればよかったなー」
「持ってきてないの?」
「福爲の持ってくれた撮影用鞄にメイク用のがあるけど、自分では持たないよ。スマホあるし。なに福爲、みしゃわ様怖いの?」
堀井ユリはくすくす笑う。
「怖い……でも、神様なんだよね? ホラー系じゃないなら……」
正直なところ、村そのものの雰囲気がホラーじみていて怖かった。しかしそれをすんなり言えば馬鹿にされるのが目に見えている。
「私怖いから触っておこ」
きゅ、と堀井ユリは福爲の半袖に触れた。袖から出た二の腕と肘の間の微妙なラインを、柔らかな感触が包む。
「え」
「男に触ったら駄目なんでしょ。これで生贄に選ばれない」
ふふ、と堀井ユリは笑う。堀井ユリはこうしたスキンシップを厭わない人間だった。べたべたした、ショート動画のネタになりがちなスキンシップではなく、あくまでラフな、こういう人だからなで済むスキンシップだ。
それでも、意識はする。辺見ハヤトや橋本ヒロキに肩を叩かれたり、逆に彼らの腕をぱっと掴む彼女であっても。
「まぁ……」
福爲はとっさに視線を別のほうへ向けた。堀井ユリは笑ったまま。撮影に参加した後悔の濃度がわずかに下がる──その時だった。
「あれ?」
堀井ユリが足を止める。何かと思えば彼女は突然しゃがんだ。
「どうしたの」
何かを拾う堀井ユリに福爲が問うと、彼女は何かカタカナめいた言葉を言い、「落ちてる」と続けた。
「なにそれ」
「煙草だよ。電子。これヒロキのじゃん」
堀井ユリは当然のように言うが、見せられた小型機器を見ても福爲はピンとこなかった。もしかしてさっきのカタカナ語がそれだったのだろうかと聞けば、彼女は「うん」と頷く。




