標的
「良ければなんですけど、これ貰ってください。お札。ご利益というより護身用なんですけど、一応、有名なお寺のなんで」
「ええ……ありがとうございます。玄関に置いておきますね」
山田さんは帰宅前提で話す。お正月の御符じゃないんだからとツッコみたくなるが、関係値的に違うなとやめる。それを使うことになるのは、多分この村の中だ。
「変なのが出てきたら、使う感じで。使えるかどうかは分かんないんですけど」
「ああ……でもいいんですか、荒破さんは」
「私、あと三枚持ってるんで。まぁ、あと一枚くらいはギリ無くなっても」
「貴重な……ありがとうございます」
山田さんはお礼を言う。公務員だから民間人から何か貰うのは横領とか癒着って返されたらどうしようかと思ったけど、受け取ってもらえてよかった。
「鉈の男とか、いるのでね」
私は伸びをしながら腕を回す。
腕力で追いかけてくる下肢のない男は、追いかけてくるだけの可能性もある。
ただ鉈の男は明らかに武器を持っているので、確実に殺しに来ているだろう。
「そのことなんですけど……ゆ、幽霊だとしてもその……見間違えだとしても、危険な可能性があって……」
鉈を握る男に危険じゃない可能性なんかないだろう。
反論が喉元まで湧くけど、山田さんの真意は違う気がした。
「どういうことです」
「その、五十年前にこの村で、事件があったんですよ。それで、ちょっと……活気がなくなってると言うか……行政として今、動くことになってるんですけど……」
「どういうことですか」
「鉈を持った男が、村人を殺してしまって……」
五十年前。
福爲が確か、事件があったからこの村を撮影場所にしたようなことを言っていた気がする。
「元々、その男は、村とは無関係で、自分の娘を……この村の人間に殺されたと言って」
「それは、本当にそうだったんですか? この村の人間が、その男の娘を?」
「はい……元々、この村で処刑することが決定した記録が、ありました。で……その村の人間を、鉈を持った男は殺したあと、最後……自殺したんですけど……その」
山田さんはそこで言葉を止めた。
「なにか、あったんですか」
「処刑が決まっていたのが、村の有力者と言いましょうか、元々ここは、途川家という元を辿れば武将の血筋がまとめていたんですけど、途川家の補佐をする家の人間が、途川家や村の発展のために、勝手に……人を攫って生贄にしてたという記録があって……男の娘は、それに」
つまり、自分の娘を殺された父親が犯人を殺そうとしたら、犯人は既に死刑囚だった、ということか。なら、私が挟み撃ちされた下肢のない男を、鉈の男は狙っているのだろうか?
「その死刑囚って、顔はめった刺し、胴を切断されるみたいな感じだったんですか?」
「いえ、鉈の男は刺した、と記載がありそんな残虐な記載は……」
山田さんが私の言葉に引いている。下肢のない男の特徴を言っただけなのだが。
「その、高齢者だったんですよね。死刑囚。それも女性だったので、今は年齢関係なくですけど、当時は、村のことですし、ある程度の融通というと、あれですけど、否定できないかもしれない……」
高齢女性。
聞いて嫌な予感がした。そもそも鉈の男や下肢のない男が追っかけまわしてくる村で、まともな婆なんているはずないのだ。
「三戸志斐って名前だったりしますか。その老婆」
訊ねると、山田さんはふっと目を大きくする。
「そ、そうですけど……三戸です。途川家のもとで、代々、この村で……み、みしゃわ様という神様を讃えているのですが、それの生贄を勝手に、人間で行ってしまって……」
「その婆、まだ村にいますよ」
「え」
「たぶん、大学生を狙ってる」
◇◇◇
「橋本遅くない?」
室内で待機していると、平野マナが呟いた。福爲はぐ、と胃の中が縮こまるような感覚に襲われる。
「悪いけど福爲呼んできてもらっていい?」
案の定、それまでスマホを操作していた辺見ハヤトが福爲を指名した。
大抵、お使い事があると福爲に集中する。学年のこともあるが、本来三年の辺見ハヤトや橋本ヒロキが適切なことでも、二人が面倒だと思ったことは福爲任せになりがちだった。
役に立てることは嬉しい。それは本心だった。しかしその親切心を利用されているのではと疑うこともままあるし、そうした疑いがよぎる瞬間がたまらなく嫌いだ。自分がいい存在でないことは分かっているが、いい存在ではありたい。
「じゃあ、私も行こうかな。自販機探したんだけど、見つからなくてさ」
堀井ユリが鞄から花柄のポーチを取り出し、立ち上がる。
「まじか」
辺見ハヤトは予想外だったようで、やや驚きながらも「いってらっしゃい」と見送る。平野マナは「悪いけど私もお水いい?」と堀井ユリに聞き、堀井ユリは「おっけー」と返した。
「お金、ここ多分タッチ系無理だと思うから、おつり大丈夫だから」
平野マナが堀井ユリに硬貨を渡す。
「後で返すからね~」
慣れた調子で堀井ユリは受け取った。女子同士のやりとり。福爲が見てきたこうした流れは、高校では「いいよ」「悪いよ」が繰り返される印象だった。無いなら無いで図々しいなと感じるが、あったらあったで面倒くさいなと思うので、女子同士のそういうのは好きではない。好悪以前になるべく関わらないようにしているが、堀井ユリはそういう関係の調整が上手いなと、尊敬もしていた。
「返さなくていいよ」
「あはは」
堀井ユリは気にせず和室を出ていく。福爲はその後に続いた。




