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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第六章】此彼村・裏村境
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脱出不可


 太ももが痛い。


 背中も痛い。


 私は雑木林に沈み込みながら空を仰いでいた。


「えっと……ああ、荒破翼、O型、よし、脳は多分大丈夫……」


 一応セルフで意識確認をしてみる。


 下肢のない男と鉈を持つ男に挟み撃ちにされた私は、このまま死ぬよりはと急斜面に飛び降りた。


 リュックを背負っているので頭は守られたものの、代わりにハリウッド版大玉ころがしの玉役の如くアクロバティックに転がったので、代償がデカい。一段に厚みのあるタイプの階段を一回踏み外しお尻だけ連打されたみたいなあの痛みがずっとある。それかロードローラーで背中轢かれた感じ。


 そしてリュックが雑木林の枝や木の根っこに最悪な挟まり方をしているためか、動けない。


 殺虫スプレーでひっくり返りながらも最後の抵抗をしている蝉みたいな状態で、私は奮闘していた。


「あのぅ……大丈夫……ですか?」


 編集長と同じ、五十代くらいの男性が突然カットインしてきた。編集長と比べておっとりした面立ちで、攻撃性を感じない。私と同じく大きめのリュックだが、ハイキングにしてはラフすぎるし、ラフというにはフォーマルな格好だ。私服勤務のオフィスの50代男性の平均値みたいな。遊びすぎているわけでもなく、形式すぎているわけでもなく。


「すいません。抜けなくて」

「あ」


 男性は手をしかしてくれた。すぽん、とリュックごと引っこ抜け、脱出が完了した。「ありがとうございます」とお礼を言えば、男性は「救急車呼びましょうか」と心配そうに私を見た。


「通信効きますか、ここ」


 私はポケットに入れていたスマホを確認する。大玉転がしみたいに急斜面を滑り落ちたけど、ちゃんと入ってた。画面は再起動状態からしっかり復帰しているが、通信もしっかり死んでいた。


 男性はスマホを確認しながら「え、電波……え、ど、どうしよう」と戸惑っていた。福爲とは別パターンの気弱男性だ。


「ここ電波全部死んでるみたいで」


 そういうと男性は「えぇ……」と困った顔をする。その手には西ヶ住希乃ちゃん捜索のチラシが握られていた。


「それは」

「あ、ああ、駅で貰って……」


 男性は何かあるのか話しづらそうにしている。


「もしかしてなんですけど、駅で……カート引いたお婆さんに会ってませんか」

「え、そ、そうですけど……あれ、どこかに、いらっしゃいました?」


 男性は驚いている。よそ者仲間っぽいし、チラシ持ってるし。そのチラシも、握らされたみたいにボロボロな一方、丁寧に折り畳まれていた。こういうものを大事にしないタイプなら最初から適当に折っているだろうが、四隅までキッチリ重なっている。


「私もバスロータリーでお婆さんに声をかけられたんです。さっきも、みたいなこと言ってたんで」

「なるほど……それで……」

「そしてここは、あまりよそから人が来ないようなので……」


 そう言うと男性は、「確かに、そうですね……というかあの……た、立ち入り禁止区域……でして」と、おそるおそる話す。


「立ち入り禁止区域?」

「あ、はい、部分的に……というか私有地の部分とそうでない部分があってですね、私有地の部分もかなり縮小されているというかほぼ居住実態はなく、その……お住まいの方ではないですよね」


 この、相手の立場に最大限配慮しながらものごとをすすめてくる話し方……。


「もしかして、民間ではない……」

「あ、はい。市の職員として調査をしており、まぁ、あの今日は部下が発熱で一人なんですけれども、えっと、こちらを」


 男性は名刺を差し出してきた。山田(やまだ)(しげる)──公務員だ。しかし、名刺に記された部署は地質調査をするようなものではない。


「普段はその、窓口業務をしているんですけど、ちょっと色々あって……」

「人材不足ですか」

「あ」


 山田さんはその通りと言わんばかりの顔をした。表情に出るタイプだ。


「どこの業界もそうなんですね」


 私は名刺を差し出す。


「編集者さん……がなぜ、こちらに」

「漫画家さんが取材をしてるうちにいなくなっちゃって、確保に」

「け、警察には?」

「連絡済みです。ただ、刊行とかもありますし、年間の行方不明者考えると、ちょっと」

「事件性の有無関わらず、民間の方が探しに行くというのは……その、ここにいるか、分かりませんよね……? ひ、広いですよ、ここ、だいぶ……」


 山田さんは顔つきを変える。


 私は「発売のグッズが村の中の建物にあったんです」と、証拠としてストラップを見せた。


「あの、市区町村のキャラ物グッズって、発注してすぐは、一部の関係者しか配られないですよね? 試作段階では」


 その言葉で山田さんは「たしかに」と納得する。


「まぁまぁまぁ……事件にせよ、ホラーじみた展開は警察の管轄外だと思うので」

「ホラー?」

「さっき、腕の力だけで高速で走ってくる化け物に追っかけられたんですよね。明らかに人間の速度を超えてるんで、バケモンだと思うんですけど。あと鉈持った男いて、黒い霧みたいなのが肩に溶けてたんで、そいつもバケモンかなって、それに挟み撃ちにされて、転がってきたって感じで」


 説明をしていると、穏やかだった山田さんの表情が変わってきた。やがて──、


「……大変申し訳ございません!」


 山田さんは私の腕を掴むと、ずんずんと村から逃れるように山道を降り始めた。


「どうしたんですか突然」


 慌てて問いかけると「どうも何もないですよ、危ないじゃないですか」と山田さんは早口で返してきた。


「あの、待ってください。漫画家を見つけなきゃいけないんです」

「警察に行きましょう。あとは行政に任せるべきです。通信が戻る場所まで……」

「大学生もまだ村にいて」

「なおさらです。荒破さん民間の方なんですよ? 救助者が多いならば、すぐに警察に──」


 山田さんが、ふっと立ち止まった。


 一瞬鉈の男や下肢のない男が現れたのかと警戒するが、違う。


 目の前には、何もない。


 ただただ、山道が続いている。


 しかし右手に看板がある。


 先ほど見た『此彼村へようこそ』という看板だ。


 完全にこれ帰れないパターンでは。


 山田さんの様子を伺うが、彼はしばらく悩み、私の腕を握りしめたまま引っ張るように無言で山道を突き進む。


 でも、右手の看板が消えたところでまた看板が現れる。


 山道が続くだけでずっと同じ道をぐるぐる辿っているようだった。


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