蔵の中の輪
老婆の姿はすぐ見つかった。
軒が大きくせり出た縁側を歩いていると、庭先で焚火をする老婆の姿があったのだ。玄関に靴を置いておくと煙草を吸うのに手間、靴があれば縁側で吸えた、と反省していたので、橋本ヒロキはあらかじめ靴を持つことにしていた。
靴を履き庭に出て、すぐに老婆に声をかけた。
「あの」
「はい」
老婆は振り返る。驚く素振りは無かった。少し不気味に感じつつも、橋本ヒロキは「なにか手伝うことないっすか?」と本題に入る。
「手伝うこと……」
「はい。なんか出来たらなって」
「ああ……」
老婆はうすぼんやりした返事をする。
「お友達は、もう離れて良いのですか?」
「ああ、実は、台本が駄目みたいで、時間空いてるんですよね。準備が出来るまで、本当にすることないっていうか。暇? 酒飲んで待ってようかなって思ったんですけど、コンビニとかもないし」
こんな感じでいいだろう。あまり本意を伝えても、警戒される。橋本ヒロキはさりげなく老婆の様子をうかがう。
「さようでございますか。ならば、お願いしましょうかね」
老婆はさっと焚火の始末をした。何かの布や、筆箱らしきもの、水筒まで燃やしている。こんなことをしたら変なガスが出そうという心配と、さっきの紙をこれに紛れ込ませて燃やせばいいのではというひらめきがせめぎ合う。
「あ~何でもいいっすよ。バンドでめっちゃ機材運ぶんで。そういうほうが向いてるまであるんで、あはは」
「では、こちらへ」
老婆はゆったりと進んでいく。辺見ハヤトたちが待機している場所とは反対の方角だ。屋敷を囲う塀の中は、彼岸花こそ咲いているが、整えられているとは言い難い。風で飛んできた落ち葉や枯れ枝がそのままにされ、人間が住んでいるとは到底思えなかった。
老人一人だしな、と橋本ヒロキは納得し老婆の後を追う。
「ってかあの、儀式とかあるじゃないですか」
今は平野マナがいない。ギャアギャア怒られずちょうどいい機会なので、邪魔された質問を聞きなおすことにした。
「はい」
「あれなんか、生贄とかやってたんですか?」
「生贄」
老婆は平野マナのように怒ることはしない。どうでも良さそう──いや、意味が通じてい無さそうだった。物忘れの亜種かと、橋本ヒロキは思い出させようとする。
「ほら、清らかな女とかって、言ってたじゃないですか」
「ああ。それが何か」
「若い女、生贄にしてたのかなって」
「いえいえ、ひとつしかないものをお供えにはしないでしょう? 供物は、あるものの中から、良いものを差し出すだけでよいのです。結局は、気持ちですから」
「なるほど?」
「不作ならば、不作の中で供え物を、豊作なら、よいものを。それでよいのです。あるものを使う」
「深いっすねぇ~」
ややあって、蔵に到着した。蔵は外側から取っ手に鎖がかけられ、南京錠で施錠されている。鎖は太く、茶色くさび付いていた。
「古、やば」
「古くから使っているものなので、そろそろ新しくしなければいけませんよね」
「ですねー台風とか来たらやばそう」
「何事も、新しく、代えがあればそれにしたほうがよい」
「本当っすよ。スマホも電子のこの機械も、古いのは全然ダメっす。スマホのバッテリーパックとかも火出て危ないみたいなの言うし」
橋本ヒロキは話をしていて、あれ、駄目かもと不安がよぎった。老婆が返事をしない。スマホのバッテリーパックについて伝えたつもりだったが、電子繋がりで煙草を危険視されたかもしれない。
ガチャン、と南京錠の鍵が開いた。同時に重い鎖が、地面に叩きつけられる。突然の激しい音に一瞬不快感を覚えるが、鍵開けに集中してたのかと橋本ヒロキは納得する。
「全部を新しくするのは大変ですが、少しずつ、出来る範囲で、新しくしていきたいですね」
老婆は優しい笑みを浮かべた。「っすね~」と返事をし、促されるまま蔵の中に入る。
「くっさ」
想像通り、臭かった。南京錠も扉を閉める鎖もかなり錆びていたので、ある程度覚悟していたがそれでも鉄臭い。カビと埃を集めたような、明らかに掃除をしていない部屋の臭いがする。その割に中の空気は乾いていて、汚い部屋特有の、空気の温い感じや重さが無い。
「何を、すればいいんですか」
掃除とかだったら嫌だなと警戒しながら周囲を見渡す。老婆が明けている扉付近の光源しかないので、部屋の中が良く見えない。
老婆が、ギィと音を立てて扉を閉じた。臭いんだから閉めないでくれと思うが、流れ的に突然声出すのもおかしいかとやめる。
「暗いですか」
「はい」
今はスマホもない。どうせすぐに戻ると置いてきてしまったが、持ってくればよかったと少し後悔をした。ただ、こういう話もネタになるしとすぐに気分を切り替える。
「では、明るくしましょうか」
暗闇の中、老婆の声が響く。その後、マッチの擦る音が響いた。小学校の頃、理科の実験で使ったなぁと思いだす。あのあたりから自分は変わった気がしない。それはたぶん、これからも。
「……は?」
マッチの灯りで照らされた、部屋。
中には、輪が飾られていた。
男女問わない、人間の右の手のひらを、別の人間の左足の足の裏に繋げていって出来た輪だ。
どうやって繋げているかは、暗がりで見えづらい。
しかし、それが途方もなく悍ましい手段で出来上がっていることは、橋本ヒロキにも分かった。
「これ……なんなんですか」
「贄です」
老婆は即答した。逃げなければと思うのに、一歩でも動けば殺されそうな気がして、一歩も動けない。
「さっき、贄とかないって、言って」
「無いとは言っておりませんが」
「ええ?」
そんなこと、確かに生贄なんてしないみたいな話をしていたはずだ。
「わ、若い女じゃ、贄は」
「清らかな女性は贄ではありません。身捨輪様の依り代でございます。贄なんてとんでもない」
若い女は、贄じゃない。
なら、自分の役割は?
橋本ヒロキは問う。
「……えっと、殺すの手伝えとかじゃない……」
「もちろん」
老婆の声が、すぐ近くで響いた。
橋本ヒロキはおそるおそる振り返る。
老婆は橋本ヒロキの真後ろではなく、扉の背にして、適度な距離で立っていた。
少しほっとした。完全に背後をとられたならまだしも、この距離なら最悪老婆を突き飛ばして逃げればいい。そう安堵したのもつかの間。
背中に、バサッと上着でもかけられるかのような何かの重みがかかった。
二度目は無い。振り返る勇気が出ない。
そのなにかはじめついていて、肩にじんわりと、それからもたらされた水分が滲む。
「ありがとうございます」
老婆は礼を言う。
「……は?」
それが、橋本ヒロキの最後の言葉だった。
嫌を言う暇もなく背後から目を髪の毛のようなもので覆われ、彼はそのまま輪の中に引きずられていった。




