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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第五章】此彼村・中央屋敷
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通信遮断

「ってかさ~酒飲めんくない? こういう田舎って酒屋みたいなのあるんじゃないの」

「あったって感じじゃない? 見た感じあのお婆さんしか住んでないでしょ今」

「お祭り出来ないとか言ってたっけ。あぁくっそ……コンビニ寄っておけば良かった‼」


 橋本ヒロキはわざとらしく身体を揺らす。


「でも、ワンチャンお神酒みたいな感じで、日本酒みたいなの貯めてるかも。運んだりもきついだろうしさ、なんか手伝えば分けてもらえるんじゃない? そういうのあんじゃん。田舎ドキュメンタリー」

「ワンチャンある⁉ ワンチャンある⁉」

「いや分かんないけど……ハハ」


 辺見ハヤトは「ってか撮影なんだけど」とポケットからスマホを取り出した。こういう時だけ、辺見ハヤトの時だけ、橋本ヒロキは話を中断する。引きずらない。人を選んでいる。福爲は気になりはするが自分も同じように人を選ぶので、橋本ヒロキの選別に、気にしないふりをする。


「通信死んでるじゃん。やば」

「マジ⁉ うっそ‼ マジだ‼」


 橋本ヒロキは自分のスマホを確認し「だっる‼」と声を荒げた。福爲が不安になって自分のポケットのスマホを調べると、同じように通信が不可能な状態になっていた。


 なにかあったらどうしよう。福爲はスマホを握る手から力が抜けそうになり、画面に触れているはずの親指の爪先の感覚が曖昧になる。「はーまじか……台本クラウドなんだけど」と、辺見ハヤトは憤ったようにスマホを持ちながら床をトントン打つ。


「動画見る?」


 橋本ヒロキが少しいたずらっぽく笑いながら、辺見ハヤトに近づく。


「ネット死んでんじゃん」

「高校のバスケ部でめっちゃでかい奴いたって言ったじゃん。それととその元カノのヒストリー」

「なんでこんな時に知らない奴と元カノの動画なんて見なきゃいけないんだよ」

「違うそっち系じゃないんだって。まじまじ、見ればわかる」


 橋本ヒロキが辺見ハヤトにスマホを見せる。福爲は排除されている形だが、混ざりたいとも思わなかった。「お前何でこんなん持ってんの」と、辺見ハヤトは呆れた顔をするが、視線はスマホから離さない。


「普通に回ってくんだって」

「お前の高校治安悪すぎじゃない? 絶対そのうち炎上するでしょ」

「まぁまぁまぁまぁ、でも女系じゃないから、俺は。なんか普通にノリで、試合負けたら一年脱げみたいな感じだったし? あんじゃんそういう洗礼。そういうやつよ。伝統っていうか」

「じゃあお前全裸動画撮られてんの?」

「いや俺普通に撮影側だから。今と一緒。メインじゃない」

「メインって」


 辺見ハヤトは小馬鹿にしながら、橋本ヒロキのスマホを見る。


 辺見ハヤトは監督権プロデューサーで、脚本家。


 橋本ヒロキは、カメラマンと音声。


 今回福爲に与えられた配役は無い。配役どころか、役割も与えられていない。いつもない。福爲は演者志望ではなく脚本家をやる機会があったらで入ったが、入って第一声の「めっちゃアシスタントっぽい顔」という橋本ヒロキの言葉で、小道具大道具の補助、撮影交渉、手が足りないスタッフの増員と、その時々の『丁度いい』にあてがわれていた。


 そうした仕事に、酷い不満があるわけでもない。これと一つの大きな仕事を任されてもプレッシャーだし、果たせるか不安だ。将来、映像の仕事をする気はない。才能もないし、そういう仕事を選ぶ人間はもっとスタートダッシュが早い。それに、スタッフロールに記載されずとも、自分がこの作品に関わったという実感は持てる。自分ですら分からない自分の輪郭に触れられるような気がして、福爲はこのサークルにとどまっている。


「ん?」


 橋本ヒロキが扉のほうへ振り向く。


「なに」

「足音する」


 ややあって、辺見ハヤトが「確かに」と周囲の様子をうかがう。


 バタバタとした軽い足音は、福爲の耳にも届いた。


 足音はどんどん近づいてくる。


 何者かがこちらに近づいてきている。福爲の頭の中に、老婆が走ってくるような映像がよぎる。悪いことをしたわけではないが、なにかとんでもなく恐ろしいことが起きるのではないか。


 不安を胸に札を握りしめていると、やがてバン、と思い切り障子が開いた。


「ねぇ、ネット死んでない? ネット死んでるよね?」


 別室に案内されていた堀井ユリと平野マナだった。


 堀井ユリはショックそう、平野マナは辺見ハヤト同様、苛立ちを抱えているような表情をしながら、部屋に入ってくる。


「今日ちゃんと充電してきたんだけど何? 充電器も持ってきたんだけど」

「バスまでは使えたからいけると思ったんだけどなー……」


 辺見ハヤトは、「台本むりかも」と続ける。


「台本無かったらどうするんですか」


 平野マナが冷静に問う。


「どうするもなにも、どうしようかなって。まぁ堀ユリが逃げる場面と、幽霊が出る場面の撮影が出来ればいいから、それに幽霊のあれはAIにCG合成してもらうのもありだし、台本のない体当たりの舞台って、パブリック系のコンテストは駄目だけど、新設の審査員特別賞は狙えそうじゃない」

「ああ」


 辺見ハヤトの提案に、平野マナが納得する。結局、辺見ハヤトは正しいのだ。悪意もないし、我儘で個性的なものを進めるというより、基本的に満場一致のものを提案してくる。 

「ありのままとかそのままとか、飾らないとかみんな好きじゃん? そういう系のプロモで行こ」


 そこに完全適応することが、生存政略としては最も安全。しかし、その安全策を完全に選びきることが出来ない。存在感を消しながら心の中では何か違うんじゃないかと疑う。意味が無いと分かっていても。それがささやかな抵抗だった。


「じゃあ、色々決めるまで自由行動でいい?」


 橋本ヒロキはバッグから電子タバコを取り出す。「タバコ駄目って言ってなかった? あのお婆さん」と堀井ユリがたしなめると、「だって女だけっしょ」と返す。


 老婆が「女性のみとなりますが」と前置きしていたことは、福爲も記憶していた。


「女だけって何って感じ」


 平野マナは喫煙者ではない。しかし、性別だけで定められることが不愉快なようで、「出歩くなみたいなことも言ってたよね」と続ける。


「酒はありじゃん? 言ってなかったし。だから許されたヤニカスとして酒探してくるから、あはは」

「スマホは」


 辺見ハヤトが訊ねると、「ネット通じないしこっちのが大事なんで」と橋本ヒロキはは電子タバコをちらつかせ、部屋を出て行った。


「さすが」


 辺見ハヤトは鼻で笑い見送った。持ち主が消えたスマホを放り投げるようにして机に置く。


「雑過ぎ、壊れちゃうよ?」


 堀井ユリが突っ込む。辺見ハヤトは「本人もやってるでしょ、っていうか本人のほうが酷そう」と笑う。橋本ヒロキに限らず、その場にいない人間はサークルでの尊厳を失う。参加者でいるうちは最低保証の人格権を担保されるが、消えた瞬間素材やネタ枠として人間枠から降格する。


 どことも繋がらなくなったスマホを見る。さっきまでは突発的事態に不安を覚えたが、よくよく考えてみれば、異常事態に連絡をしたい人間も、助けを求める人間もいなかった。


 辺見ハヤトたちは通信遮断に焦っているが、自分は断たれて困る繋がりは無い。そもそも結べてない。



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