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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第五章】此彼村・中央屋敷
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荒破の札

 映研サークル一行は、老婆を先頭に此彼村の中央へと歩みを進めていた。


 老婆の後には映像研究サークル三年の橋本ヒロキだ。彼はキョロキョロとあたりを見回しながら歩き、平野マナが規則的な足取りで追う。ただ、橋本ヒロキのどこへ向かうか分かりづらい無作為な進み方に苛立ちを覚えるようで、「橋本先輩」と注意した。その後ろにいる堀井ユリは「なんか歩きづらいんだけど~」と自分の靴が汚れないことに必死になって、前方を見ない。その様子を、「移動中で~す。これから宿に向かいまーす」と、辺見ハヤトがスマホのカメラで自撮りをしながら残していく。


 被写体に、列の最後尾を陣取る福爲浩一は映らない。


 元々福爲が映像研究サークルに顔を出すことは、そう多くなかった。中学高校と帰宅部ではなかったが、その理由は進路選択で不利になるのでは、学校に馴染めなくなるのでは、という無所属への恐れだ。


 何にも所属していないと周囲から変な目で見られる。いじめられる。無所属への不安は尽きないが、交流への熱意は無い。ただその時間、やり過ごせればいいだけ。ゆえに卒業後部活仲間と連絡を取ることもなければ、部活に関するテレビが放映されていたところで気にも留めない。


 大学も同様、サークルに一切入らなければ就職に不利なのではと考え、映画好きだったことも高じ、映像研究サークルを志願した。


 ただ、少しだけ期待はした。


 映画を好きな人間は地味そう。派手な体育会系の人間は、それこそスポーツ系のサークルや、傍目に見てもわかるような飲みサーに所属しているはず。


 自分と似たような人間同士で、ゆるく、お互い干渉しすぎないような距離で、ほどほどに制作できれば。自分が関わったものが、なにか形になる。さして役に立てるとも思っていないし、所詮大学の映像研究サークルでしかないが、退屈で天井の見えた人生がほんの少し変わったら。


 そんな希望はサークル活動が開始してすぐに砕かれた。


 映像研究サークルは二種類に分かれていた。福爲のように派手さから距離を置き、今こうして最後尾で荷物を持ちながら被写体に映ることなく使われる層。そして辺見ハヤトのように、映画監督など将来のハッキリとした展望を持ちつつ、周囲を巻き込みどんどん物事を進めていく、使う層。


 三年の辺見ハヤトはいつだってサークルの中心にいた。彼は経営学部専攻で、高校時代や中学時代、委員会や部活に所属をすることはなかったというが、福爲の想像する無所属のまま、皆を仕切る。四年は稀にサークルに顔を出すが、目的は就職活動やそれに伴う人間関係の愚痴。それを酒や後輩で解消しようとし、辺見ハヤトもそれに乗る。「じゃあこれから飲みに行こう」「ラーメンに行こう」との一声で、飲みもしない酒代の入った割り勘を強いられ、興味のないラーメン屋に並ばされ、胃の不快感を抱えながら電車に揺られ、何度サークルを抜けようと思ったか分からない。


 でも、辞めたら最後どこにも所属できず、どこにも馴染めず、この先仕事も上手くいかないんじゃないかという想像が抜けない。


 たかがサークル。されどサークル。人生の一瞬だろうにそこの人生に躓いたことを認めるようで、辞めきれない。それに映像についての憧憬が滲む。高校の受験は推薦だったので、論文の提出があった。その経験から元々喋るよりも文章にすることのほうが得意な気がしていた。脚本はどうか。映像研究サークルに入った動機は、どこかに所属したかったからに変わりはないが、僅かに、そこまで高望みはしていないけれど、文字を書いて表現することに可能性を感じたのだ。


 しかし辺見ハヤトのもとでは、それはかなわない。


 辺見ハヤトはサークルの制作すべてを決める。最初に意見出しを行うが、あくまで名目上だ。二択があれば辺見ハヤトの希望するほうになる。たまに反対意見を出す者もいるが、「俺はこう思うけど」と辺見ハヤトが簡単に論破してしまうし、もっともらしい根拠を用意して対論を行う者は「考えすぎ」「そこまでは誰も考えないと思う」と却下された。


 そうして、何人もの人間がサークルを去ったが、辺見ハヤトは「やる気なくなっちゃったんだろうな」と一言で済ませる。辺見ハヤトに原因があると考える人間はみんな辞めていったし、今いる人間はそこまで興味ないか、自分のように何も言えない人間だろうと福爲は考える。


 考えるだけで、今日も異論は唱えない。


 それでもこうして映像研究サークルの撮影合宿に参加したのは、家にいたくなかったからだ。


 両親は福爲が入学した大学を快く思っていない。元々親は福爲の内向的な気質とは対照的に活動的な生活をしていて、福爲は幼い頃から息を潜めるように暮らしていた。経済的に国から支援が必要なほど貧しくもなく、奨学金を借りバイトに明け暮れながら働く苦学生よりは恵まれた位置にいると分かってもいるが、家で安らぎを感じない。


 一人が楽だが、一人暮らしをして今の生活の安定を崩す度胸も無い。


 サークル合宿は、ある種の現実逃避に近かった。


 そして福爲は今、突然手元に現れた非日常をじっくりと見つめる。


 悪霊退散と隅で記された札。


 小学校の頃に習字の授業で使った半紙のような手触りだが、厚い。画用紙ほどの固さではない。


 こんなもの現実にあるんだ、と、手にしているのに実感がわかない。


 もう片方の手には、お神酒。つるつるした陶器は、中に液体が入っているのが感触で分かる。札を持つ手で軽く蓋をずらそうとしてみたが、固かったので漏れるのも嫌だしとそのままにした。


「何それ」


 さっきまで撮影に集中していた辺見ハヤトが福爲に振り返る。


「さっきの編集者さんに、五枚あるからあげるって言われて」


 なんで貰ったと言えないのだろう。福爲は自分に嫌気がさした。


「やば、スピ系じゃん。大手だとやっぱ病むくらい残業あんのかな」


 辺見ハヤトは馬鹿にしたように笑ったあと、カメラを向け「お神酒とお札貰いました~」と先ほどの態度とは打って変わって笑みを浮かべる。ひとしきり撮影した後、「はーあ」とため息を吐いた。


 カメラの前ではいつもこんな感じだ。メイキングと称し撮影された動画はサークルのSNSアカウントで投稿されるが、それはすべて辺見ハヤトの就職活動用のメイキングだ。自分はこんなことをしました。こういう実績があります、という証拠固め。


 堀井ユリなどの顔はぼかされていないが、福爲の顔や他の映像研究サークルの人間は巧妙にぼかされていた。傍目に見れば許可しなかった人間の顔を映さない配慮と見えるが、「俺別にぼかさず映しても大丈夫だよ」と言った人間たちが、以後も顔をぼかされ続けていることを福爲は知っている。


「何してんの~」


 堀井ユリがこちらに振り返る。


「いや、なんか福爲が編集者から札貰ったって言ってて」

「へ~意外。なんかきつそうな感じだったからそういうの馬鹿にしてる系だと思ってたけど」


 堀井ユリは笑いを交えながらお神酒を一瞬のぞき込み、「てかさ~」と話を変える。


「あの人、女の子探してるって言ってなかったっけ? 23とかの」

「確かに、福爲なんか聞いてんの? あの編集者と来たんだろ。札まで貰って」

「なんか、漫画家さんがいなくなったとかって」

「漫画家さん、はっ」


 辺見ハヤトは福爲の言い方を復唱する。


 こういう瞬間が福爲はたまらなく苦手だった。頭を掻きむしって逃げ出したくなるほどの拒否感ではないが、夜に思い出して眠れなくなる。後々そうなるのが分かっているので、人間関係を築くのが苦手であり、一人が嫌なほど寂しがり屋でもないので、積極的に間に入っていくのも苦しかった。


 あの人は、そういうこととは無縁そうだと、福爲は荒破の姿を思い出す。


 漫画家を探して一人でこんな山にやってくる行動力には、ただただ感服した。自分は、どんなに大切な人間であれ、その人を追って山に入るとは思えない。薄情と罵られるだろうが、怖いものは怖い。そもそも、ホラーだってそこまで得意ではないのだ。映画館で映画を見ることは好きだが、演出とはいえ大きい音も苦手だし、グロテスクな描写はもっと無理だ。そう考えると、やっぱりサークル合宿ではなく、なにか泊まり込みのバイトのほうが良かったのではないかと今更ながらに福爲は悩む。


「ってかさっきの習わし? 全部覚えきれないんだけど、なんか鏡使っちゃだめって言ってたけどさ、自分にはいいの?」


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