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此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第一章】異変の起きた出版社
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消えた漫画家のSNS

 ちゃんと現実を見なさい。


 幼少期から続く当然のライフハックに背いた仕事をしていても、生きているだけで疲れる。


『この間の帰省は見送りになったけれど、お盆に家族そろってご先祖様を迎えることは日本人として当然のこと。旦那様を未だ見つけられない娘であっても、あなたは家族です。きちんと帰って親に顔を見せるように。いつまでも仕事仕事と言っていないで、ちゃんと現実を見なさい。明日は土曜、出版社は休みのはずです。お彼岸くらい一度顔を見せなさい。結婚のお話をしましょう』


 小休憩中、うっかりスワイプして目に入れてしまったスマホ画面に、午後の気力全てを吸い取られる。ブロックしておけば良かったと一度白目をむいてから、「カス」と呟くと隣のデスクの編集長から「荒破(あらは)」と名を呼ばれた。


「言葉遣い、編集の基本以下だぞ」

「今、休憩中です。編集の荒破翼ではなく個人の荒破翼(あらはつばさ)です」

「就業時間外の不適切な言動を許容する法はない」

「何でそんな法律知ってるんですか」

「編集者は大抵のことに詳しくなる。詳しくならないと仕事にならない」


 編集長は冷ややかに告げてから、A4コピー用紙の束を捲り、赤鉛筆で書き込みをいれていく。


 ここは出版社、書籍編集部のフロアである。私が在籍しているのは文芸編集部だ。この仕事を一言で例えるなら、読者と作家を繋ぐ橋。橋をしてる。


 編集長は、大学卒業からずっと編集者をしているこの業界のベテランだ。


 大学は文学部だったらしいので、いわばずっと言葉の世界に身を置いている。だからか、私の口の悪さを都度注意してくる。私は大学卒業後、いくつか仕事を変え現在、二十八歳、編集歴四年になるので、編集長の警告は教育の一環かもしれない。


 私は小説サイトを開き、新規更新ページを覗き、光る小説がないか探す。


 私以外書籍化の打診をしなそうな、それでいて、実は大売れするんじゃないかと夢が見れる話。


 生きていれば、嫌でも現実を見なければいけない。しかし直視し続けまともでいられるほど、この世界は優しくない。


 現実が優しくないからこそ、人はエンタメを見る。


 自力で夢を見るのが苦手な人間にも、夢を見せてくれるのがエンタメだ。


 

「漫画家が飛んだ?」


 あってないような退勤時刻間際、編集長が声を荒げた。薄暗い夕焼けが窓を染める絶好のロケーションをすべて無にする恐怖の言葉──飛ぶ。編集長を前に絶望的な顔をしているのは、同世代の編集だ。


「れ、連絡がつかなくて……」


 クリエイターと連絡が付かなくなることは案外珍しい。


 エンタメで作家は締め切りを破り、編集者が追う光景はあるだるだけど実際は逆。作家は編集と原稿のやり取りをするが、編集はその原稿をイラストレーターや写真家と共にカバーを作っていき、デザイナーからデザインしてもらい外装を整えながら、校正や校閲者の力を借りて中身を整える。一冊出す中で関わる人間は作家一人ではない。ゆえに連絡は膨大で、他意なしにメールは遅くなる。いつもお世話になっておりますから始まる業務連絡より、作品に時間をかけたい。


 とはいえ、作家の連絡がつかないとなると焦る。


 仕事に影響が出る、というのも勿論あるけど、締め切りを破るにせよ連絡はつく。本気の音信不通となると、世の中のサラリーマンや会社員と同じく心身の不調になるし、作家は昼夜逆転生活を送る人間も少なくない。日がな家を出ません、運動なんてしませんと不健康街道を突き進む人間もいるので、死がチラつく。


「ネットは?」


 あくまで編集長は冷静に問う。編集者と連絡が付かずともSNSは更新している、なんならゲームやってる、という作家さんも中にいる。その場合生死の心配は若干柔くなるが、同期の編集の表情は固いままだった。


「先週の土日から更新無くて……そもそも、アシさんから連絡つかないって、心配みたいな感じでこっちに連絡来たくらいで……」


 アシさん、というのはアシスタントの意だ。漫画家によっては一切アシスタントをつけない人もいるけど、背景や髪の色の処理スタッフを別に設ける人間がいる。ただ、アシスタントさんが編集部に連絡を入れるのはすごく珍しい。事態はかなり深刻なようだ。


「その漫画家、デジタル作画だよな」

「はい。アシスタントさんは全員リモートで、家に電話しても出ないみたいで」

「同居家族は? 何歳?」

「一人暮らしです。年は……たしか、23歳? だったと思います。女の子で……なんか、変な村に行ったみたいなんですけど、帰ってないっぽくて」


 私は開いていたスケジュールアプリを閉じ、SNSアプリを開く。該当作家のアカウントを調べると、確かに一週間前で投稿が途絶えていた。それまでは定期的に投稿がある。内容は、作品の更新告知と、当たり障りない呟き。本を買ったとか、何のゲームが楽しかったとか。フォローしているアカウントが出版社のアカウントとご当地銘菓のアカウント、ゲーム会社のアカウント、投稿もファン向けなので、交流は見られないどころかプライベートすら分からない。


 そして最近の投稿は──、


『ちょっと取材に行ってきます。和風ホラー好きだから嬉しい』


 添えられているのは、青空の写真。


『本当の田舎を知っているか。バスが、四時間に、一本しか、ない』


 次に添えられているのは古びたバス停の写真だ。


『川の音が聞こえる。めっちゃ車道なのに』


 のどかな、いかにも田舎の道という景色が添えられている。


『田舎の息苦しさと、都会の人の田舎の憧れみたいなものを上手く合わせた話って、多分私にしか描けないと思うんですよね。ホラーならいけそうだなって、頑張って、勉強するぞ。終わったらご褒美にハンバーガー食べよ。ポテトのキャンペーン来週からだし』


 ここで投稿が終わっている。


「他社の案件で手ふさがってる可能性は? 和風取材行くって言ってるけど。先生今やってるの異世界転生でしょ?」


 同期はホラーが苦手だ。私が先々月、担当作家との初のホラーを刊行した時、怖がっていたしイヤそうだった。


「それは……」


 同期が不自然に言いよどむ。「なんだ」と編集長が問えば、「いや」と言葉を濁しながら口を開いた。


「荒破さんが先々月、ホラー出したじゃないですか。ああいうの興味あるって、前から言ってて……初動良かったじゃないですか、だから、いいんじゃないって……」


 確かに私は先々月、担当作家とホラーを出した。


 初動、というのは刊行してすぐの動き。


 初動が良かった結果、別の編集の担当作家が行方不明になるとは。


 私はのどかな田舎道の写真を保存した。カーブミラーの部分を拡大して、ズームのショートカットキーを連打する。


 此彼村(こがれむら)、とバス停に書かれていた。


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