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新たな出会いと深まる絆

 テストが終わってからの日々はあっという間で、いよいよ学祭を明日に控えていた。

 看板の製作は数日前に仕上げ作業を終え、乾かしている為、今日の夕方までには完全に乾いているだろう。


 そして舞台本番を明日に控えたアンリ達はいつもの集会室では無く、本番の舞台である大講堂に集まっていた。

 髪のセットまではしていないが、今日は衣装を着ての通し稽古だ。衣装であるドレスはピンク色をメインとしていて、好奇心旺盛で可愛らしい印象の姫にはピッタリだ。何よりこのドレスを構想から作ったのが衣装係の学生だというから驚きだ。


 アンリ達が着替えている間に音響や照明の調整を終わらせたようで、客席に居る先生は舞台監督と共に装置や舞台上の見た目をチェックしている。


 舞台袖に立つアンリの近くには同じく衣装に身を包むキューバとカリマーが立つ。

 王子役のキューバは白色のシングルブレストコートを身に纏い、腰の鞘にはロングソードが治められている。キューバはとても様になっていて、まるでどこか一国の王子のようだ。

 衣装が完成し試着をした際、見ていた女学生がキャーキャーと騒いでいただけの事はある。

 カリマーは平民役のため、シンプルな白いシャツとズボン姿だ。


「それにしてもアンリちゃん、本当によく似合ってるね」

「そうですか?ありがとうございます。先輩方も似合っていますよ」

「ありがとう。…でもカリマー先輩に似合ってるって言うのは少し違うんじゃない?」


 カリマーの服装はこの国では労働者階級が普段着るような装いだ。そんな事を気にせずに似合っていると言ってしまったアンリは途端に弁明する。


「え?あぁ違うんです。なんていうか、シンプルな格好なのに着こなしていて似合っているなと思っただけで…」

「大丈夫ですよ。そんなに慌てなくてもアンリさんに悪気がない事は分かっていますから」

「そうですか、良かったです」


 アンリが一安心していると、面白そうに笑っているキューバに向かってカリマーは声を上げる。


「余計な事まで口に出すのは君の悪い癖ですよ」

「あはは、すいません。でも先輩、私の衣装はどうですか?本当の王子みたいじゃないですか?」

「どうと言われても特に…」

「だってこんな風にアンリちゃんと並んだら、ほらピッタリじゃないですか」


 そう言いながらキューバはアンリを引き寄せ肩を組むとどこか満足そうな表情を浮かべる。そんなキューバにカリマーは呆れたように溜息を吐くと、驚きで固まっているアンリに助け船を出す。


「アンリさん、嫌なら嫌と言って良いんですよ」

「あはは…、えっと…」

「アンリちゃん、嫌だった?」

「いや、あの…、嫌とかそういうわけじゃなくて、その…」


 いきなり肩を組まれ、喜んで受けれているのかと聞かれてしまえば、答えはノーだ。そりゃあ誰だって異性にいきなり触れられたら驚くだろう。

 だがキューバに正直に離れて欲しいと頼んでもおそらく「つれないなぁ」と言いながら笑って終わりだろう。なによりアンリは人に嫌と言うのが苦手だ。


 何も気にせずに肩を組み続けるキューバと苦笑いを浮かべるアンリに、カリマーは「やれやれ…」と言いながら呆れている。


 居たたまれなくなったアンリに再び助け船を出すように、舞台監督との確認を終えた先生が客席から声を張り上げる。


「そろそろ最後の通し稽古を始めますよ!役者は立ち位置について、音響と照明も準備しなさい。舞台装置係は一度緞帳を閉じて、役者が位置についた事を確認したら、本番のように開演ブザーを押して客席の明かりを落としなさい。それを合図に始めますよ!」

「「はい!!」」


 先生の声に舞台袖で和んでいた空気は一瞬にして張り詰める。

 カリマーは舞台上に向かい、他の役者達も慌ただしく移動する。舞台装置係の学生は手動ウィンチを回し、左右斜め上方に向かって開いていたベルベット生地でワインレッドの緞帳を閉じる。大道具や小道具担当も舞台裏でいつでも舞台上を転換できる様に準備を進めている。アンリも舞台袖でいつでも舞台上に出られるように待機する。


 カリマー達が立ち位置についた事を確認すると開演ブザーが鳴り響き、客席の照明が落ちて真っ暗になる。それを合図に音響担当がゆったりとしたテンポの音楽をフェードインしていくと、ゆっくりと緞帳が開いていく。


 そしてアンリは姫役として、最後の練習を終えるのだった。


      ***


 通し稽古を終え、着替えを済ませるとアンリはいつものように別館へ向かう。

 

 クラブには既に全員が揃っていた。フレッドがアンリよりも先にクラブに顔を出すことは珍しいが、クイニー達が芸術科目として選択した絵画は緩いようで、いつもかなり早い時間に終わってクラブに顔を出している。そしてアンリが学祭で舞台を上演するように、クイニー達も一応学祭で作品の展示をするらしい。


「アンリちゃん、お疲れ様」

「みんなもお疲れ様。相変わらず早く終わったの?」

「まぁな。んでアンリの方は順調なのか?」

「今日の通し稽古も問題なく済んだし、バッチリ」

「そうか」

「ついに明日だなんて、時間の進みは早いな」

「みんなも見に来てくれる?」

「…見に行かないといけないのか?」


 アンリが首を傾げると、クイニーは躊躇うように答える。予想外の返答に、アンリは視線を落とす。みんなから見られるのは恥ずかしいが、せっかくの初めての舞台だ。フレッドやお母様、お父様は見に来てくれると約束してくれているが、せっかくなら友人達にも見て貰いたかった。


 肩を落とし、見るからに元気を無くしたアンリにクイニーは口の端を持ち上げる。

 

「あぁもう、クイニーはすぐに意地悪言わないの。アンリちゃん、クイニーはただアンリちゃんに意地悪言っただけだよ」

「え?」

「だってアンリちゃんが主役に決まったって教えてくれてた時から楽しみにしてたんだもん。みんなで揃って見に行くよ」

「本当?本当に来てくれるの?」


 アンリが確認するようにザックに視線を送る。


「あぁ、私達もアンリ様が明日に向けて頑張っていたのは知っているし、なにより友人の晴れ舞台だ。見に行くに決まってる。だろ、クイニー?」

「まぁアンリがどうしてもって言うなら仕方ないな」

「クイニーは本当に素直じゃないな」

「そうだよ、初めから楽しみにしてるよって言ってあげれば良いのに」

「俺は頑固じゃねぇ」

「いや、誰が見ても頑固だと思うよ?ねっ、フレッドくん」


 ミンスに話を振られたフレッドは口の端をあげ、悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。


「はい。それに先日、学祭のパンフレットを見ながらアンリの舞台の始まる時間、調べてましたよね」

「お前…、見てたのか」

「バレないように扉の隙間から見ていました」

「バノフィー、お前やるようになったな」

「やっぱりクイニーもアンリちゃんの舞台を楽しみにしてたんじゃん」

「クイニーはツンデレだな」

「誰がツンデレだ」

「違うよ。クイニーはツンデレじゃなくて、ツンツンだよ」

「なんだそれ」


 アンリ達の間には自然と笑い声が広がる。ツンツンって、ツンデレと違って可愛げも何も無いじゃないか。猫ですら、普段は素っ気ない態度を取っていても時々デレるから愛らしいというのに。


 ミンスは自分で言ったことにツボったのか、誰よりも笑う。クイニーでさえ、初めはムスッとした顔をしていたくせに、今では笑っている。

 やっぱり彼らと過ごす時間は飽きない。そして出来る事ならば、こんな時間が永遠に続いて欲しい。


      ***


 アンリ達が笑い終え、それぞれ定位置に腰掛け紅茶を飲んでいると突如、扉をノックする音が響き渡る。

 アンリが足早に扉の元へ向かい扉を引くと、そこに立つのはカリマーだ。

 ただ、さっき大講堂で共に授業を受けた時と違って、今は眼鏡を掛け仕事モードだ。それでもカリマーの口調はいつもと変わらず柔らかい。


「アンリさん、先程ぶりですね」

「カリマー先輩、お疲れ様です。どうぞ、入って下さい」


 カリマーは部屋の中に足を踏み入れると、それぞれ椅子に座っている彼らに声を掛ける。


「みなさんと直接お目にかかるのは初めてでしょうか。今回は看板の制作にご協力下さり、ありがとうございました」

「いえいえ、そんな」

「僕は生徒会としてサポートする立場でありながら結局最後まで顔を出すことが出来ず、申し訳ありません」

「いえ、会長。この中に一人、誰よりも熱中していた男が居るので、気にしないで下さい」


 頭を下げるカリマーに声を掛けるのは、アンリと共に生徒会長であるカリマーの仕事の一端を見たザックだ。


「ありがとうございます。それで看板の方ですが、早速校門に取り付けたいと思います」

「でもこんな大きな看板をどうやって?」


 ミンスが質問するとカリマーは困ったように眉を下げる。


「実は生徒会のメンバーにこちらに来るように言ってあるのですが、どうやらまだ前の仕事が終わらないみたいで。もうしばらくすれば到着すると思うのですが…」

「そういう事なら僕達で運んじゃおうよ」


 勢いよくミンスが言えば、その場の全員が首を縦に振る。


「よろしいのですか?かなりの重さがありますし、校門まで距離もありますが…」

「どうせ、生徒会の人を待ったところで人の手で運ばないといけないんだ」

「ありがとうございます。ではお願い出来ますか?」


 座っていたフレッドやクイニー、ミンスやザックは立ち上がると万が一にも汚さないようにとダイニングテーブルの上に移動させていた看板の元へ向かう。もちろんアンリも彼らと共に看板を運ぶつもりで手を伸ばすが、止められてしまう。


「僕達で運ぶから、アンリちゃんはここで待ってて?」

「え、でも…」

「この看板はかなりの重さがある。アンリじゃ運べねぇだろ」

「もし万が一、何かあったら困るし、アンリは待ってて?」


 フレッドまでアンリに言い聞かせるように言う。

 そしてそれぞれ看板を囲むように立つと、タイミングを合わせ看板を持ち上げると扉の方へ歩き出す。だが、カリマーを合わせ五人。長方形の看板を持つにはバランスが悪い。


 アンリは何かを言われる前に空いていたスペースに入り込み、看板を持つ。

 確かにズッシリとした重さがあるが、持っていられないほどでは無い。


「もぉ、アンリちゃんも頑固なんだから」

「良いの。それにみんなで持った方が少しは軽くなるでしょう?」

「こうなったアンリ様は意地でも一緒に来ると言うんだろうし、仕方ないな」

「アンリさん、辛くなったら遠慮せずに手を離して下さいね」

「はい、分かりました」


 アンリ達は廊下へ出ると、階段を降りていく。一直線の廊下はペースさえ合わせてしまえば良いものの、階段はそれぞれ立つ場所によって看板が斜めになってしまうし、カーブもある。声を掛け合わないと角がぶつかってしまう。


「うぅ…、潰れる…」

「もうちょっとだから頑張って」


 看板を持ち階段を降りようとすると横幅はギリギリで、カーブで曲がるときは冗談抜きで潰される。それがとてつもなく痛いのだ。しかも背後は壁で体を動かして避ける余裕も無い。


 今思えば、このカラフルに色づいた看板がただの木の板だった時、生徒会の人達は同じような思いをしながら、わざわざ三階まで運んでくれたのだろう。そう思うと感謝しかない。


 別館を出て校門へ歩いて行くが、看板を運ぶ集団はただでさえ目立つ。おまけに運んでいるメンバーがメンバーだ。さすがに声を掛けてくる学生は居ないものの、遠くに居る学生ですらアンリ達に視線を向けている。


「では、ゆっくり降ろしますよ。…はい、オッケーです。お疲れ様でした」

「んー、疲れたぁ」


 ようやく校門前に到着しカリマーの声に合わせ看板を壁に立てかけるように下ろす。

 普段重たい物を運ぶ事の無いアンリ達の体には、かなり応えた。それぞれ腕を伸ばしたり、腰を動かす。

 そんなアンリ達と違い、カリマーは平気そうな素振りを見せるが、絶対にキツかっただろう。なんせ、体力はアンリより無いのだ。


「カリマー!…じゃなくて会長!」


 離れた場所で明日の学祭に向けて模擬店の準備をしている学生達に指示を出していた眼鏡を掛け、髪を三つ編みのおさげにした女学生がカリマーを見つけると小走りでやって来る。確か生徒会の副会長を務めていると言っていた人だ。


「フルール、お疲れ様。他の生徒会は?」

「それがまだ集まっていないの」

「そうか」

「まさかカリ…、じゃなくて会長が看板を運んで来たの?」

「いいよ、カリマーで。そもそも会長と呼ばれるのはあまり好きじゃ無いと言っているだろう?」

「そうだった、ごめんね」

「それで看板は彼らが運ぶのを手伝ってくれたんだ」


 その一声でようやくフルールはアンリ達の存在に気がついたらしい。カリマーのすぐ近くに居たクイニーやミンスを視界に入れると、少し照れたように頬を赤らめながら「ごめんなさい」と声を出す。


「私、全然気がつかなくて」

「目の前に居る俺らに気がつかないとか、普通あるか?」

「こら、クイニー」


 カリマーから副会長であるフルールとは幼馴染であり、婚約者だと聞いていたし、カリマーがフルールをどれだけ好いて大切に想っているのかはカリマーの表情を見れば一目瞭然だ。

 だがフルールも負けず劣らず、カリマーの事を好いているのだろう。実行委員会で前に立っていた時はただただ真面目な印象だったが、カリマーの前になるとお喋りになって笑顔がとても可愛らしい。


「みなさん、協力して下さりありがとうございます。みなさんの作って下さった看板、想像以上に素敵です!」

「ありがとうございます」

「デザインを考えていた時はなかなか配色まで決められなくて…。でも、みなさんにお任せして正解でした」

「もしかしてデザインを考えたのって…」

「はい、私です」

「そうだったんですか」


 ミンスやザックと会話していたフルールと突如目が合う。フルールは眼鏡の奥の瞳を宝石のようにキラキラと輝かせると、アンリに駆け寄りいきなりアンリを抱きしめる。


「わぁ、可愛いですぅ!」

「えっ?えっと副会長さん…?」

「副会長じゃなくて、フルールと呼んでください」

「じゃあフルール先輩、これは…」

「ごめんなさい。貴方がものすごく可愛くて、抱きしめたい衝動を抑えられなかったんです。貴方のお名前は?」


 身長がアンリの胸元辺りまでしかないフルールは上目遣いでアンリのブルーの瞳を見つめ、コクンと首を傾げる。


「えっと、アンリ・オーリンです」

「貴方がアンリちゃんだったんですか!」

「私を知っているんですか?」

「もちろんです!明日の舞台で主役を務めるんですよね。カリマーからいつもお話は聞いていました。でもこんなに可愛らしい女の子だったなんて!」


 フルールは小さく華奢な体全身で喜びと興奮を表現する。

 そしてなかなか離れようとしないフルールにカリマーは溜息を吐くと、アンリからフルールを引き離す。


「ほら、アンリさんも困っているから」

「うぅだって…」

「初対面でいきなり抱きしめられたら、誰だって驚くだろう?」

「うん…」

「ほら、そんなに落ち込まないの」


 カリマーは普段キューバに対して注意する時と違って声が数段甘い。彼女であるフルールにだけに見せる一面を見ていると、なんだかこっちが恥ずかしくなる。

 アンリの視線に気がついたカリマーは咳払いすると弁明するように声を出す。


「あ、えっと、アンリさんごめんなさい。別にフルールも悪い奴じゃないんです。ただ可愛いモノを見ると衝動的に抱きしめてしまう変な癖があるから僕も困っているんですけど…」

「確かに驚きはしましたけど大丈夫です。それより先輩も好きな人を前にすると、甘い表情になるんですね」


 アンリが少し揶揄うように言ってみるとカリマーは顔を真っ赤に染める。髪で耳は隠れているが、きっと耳まで真っ赤なのだろう。

 それにしてもカリマーが表情をコロコロと変え、感情を表に出す姿は珍しい。それこそ、会長室で爆笑していた以来。

 恋をするとこんなにも人を変えてしまうのか。恐るべき、恋のパワー。


 赤くなるカリマーを見たフルールは照れるどころか、嬉しそうに目を緩める。


「あ!カリマーが照れてる、可愛い!」


 フルールは悶えると、我慢できなかったのかカリマーに勢いよく抱きつく。


「あぁ可愛い!ここはたくさんの可愛いが溢れていて、溺れちゃいそうですぅ」

「こら、フルール。この間、人前では我慢するように言ったばかりじゃないか」

「だってぇ、この衝動を抑えたら死んじゃう」


 カリマーは顔から湯気が出そうな勢いだ。

 でも確かにこれまで眼鏡を掛けた仕事モードの時には落ち着いていて仕事の出来る人を演じていたというのに、想いを寄せる異性の前になると無意識のうちに甘くなり、おまけに弱くなってしまう姿を公衆の場で晒しているのだ。見ているアンリですら恥ずかしいのだから、当事者であるカリマーの恥ずかしさと言ったら何倍、何十倍にもなるだろう。


 それまで動向を見ていたフレッドやクイニー、ザックは目を逸らしたり、見て見ぬふりをして誤魔化しているが、一人俯くミンスはまるで当事者のカリマーのように顔を真っ赤にしている。


「ミンスくん、顔真っ赤」

「いつもすぐ抱きついたり、くっつくくせに、見るのは恥ずかしいのか?」

「だって…」


 ミンスは小さく唸ると、隠れるようにザックの背中の陰に隠れる。確かにアンリ達もカリマーやフルールを見ていて照れていたのは事実だが、ミンスにとっては余程恥ずかしかったのだろうか。


 甘さと恥ずかしさの入り交じる空間を正すように「会長!お待たせしました!」と男女それぞれ二名の学生達が走っている。

 カリマーはそんな彼らを見るとまるで救世主が現れたかのようにホッとした表情を写す。


「丁度良いところに。ほらフルール、仕事だ」

「じゃあまた後で、お屋敷に帰ったら抱きしめても良い?」

「それは仕事を頑張ってくれたら、だよ」

「うん!私、頑張る!」


 フルールはカリマーの背に回していた腕を解くと、緩んでいた頬を引き締め真面目な表情になる。カリマーも同じく、一瞬にして仕事モードへ変わる。


「すごい、会長さんも副会長さんも一気に顔が変わった」


 四人組が到着するとカリマーはそれぞれに指示を与えていく。そして無駄の無い指示に生徒会の四人は動き出す。


「さぁ、ここからは生徒会が責任を持って作業します。みなさん、改めてご協力ありがとうございました。それとアンリさんとレジスさん、明日の見回りもよろしくお願いしますね」

「はい、お疲れ様です」

「アンリちゃんの舞台、私も絶対に見に行きますから」


 アンリ達は一度カリマーやフルールと別れると、別館に戻る。そして部屋に置きっぱなしにしていた鞄を持つと扉を施錠し、再び校門へ戻る。

 普段は屋敷でやる事が無い限り、夕暮れ前までクラブで過ごすことが多いアンリ達だが、今日は明日忙しくなる事を見越して早めに解散しようと事前に決めていたのだ。ルイにもその事を話していたため、アンリ達が校門へ戻ると黒塗りの馬車が停まっている。


 アンリとフレッドがクイニーやミンス、ザックと別れ馬車に乗り込むと、カリマーと仕事の話をしていたフルールが笑みを浮かべて手を振ってくれる。アンリも遠慮がちに手を振り返すと、フルールは満面の笑みを浮かべる。


 馬車はゆっくりと動き出すと、屋敷への道を走って行く。フレッドと二人、馬車に揺られる時間は心地良い。一人で馬車に揺られていた去年と違って、喋り相手が居てくれる事が嬉しいのだ。


「アンリ、明日はいよいよ本番だけど緊張してる?」

「ううん、実はまだあまり実感が無いのか緊張とか全くしてないの」

「アンリってもしかして、そこまで緊張しないタイプなのかな」

「ううん、そんな事無いよ。この世界に来る前とか、何をするにも緊張して、人前に立つ時なんて、声とか手が震えて大変だったもん」

「でもこっちに来てから、そこまで緊張していないよね」


 フレッドの言うとおり、こっちの世界に来てから昔ほど緊張する事が無くなった。去年、社交界デビューを兼ねて開かれた舞踏会、あの時は舞踏会前日の夜までは緊張していたものの、当日になると不思議と心が凪いでいた。

 少し前に行なわれたソアラ家での舞踏会では緊張する事は特になかったし、授業でグループワークがあったり、教室の前に立って発表する機会があっても、人見知りは相変わらずあるものの、鼓動が早くなったり手が小刻みに震える事も無くなった。

 そもそも暗璃の頃なら何かの間違いで配役についたら緊張云々の前に、台詞のほとんど無いモブ役でも自ら降りているだろう。


「でも一つ思い当たる事があるとすれば、今の私はあの頃違って自信を持てている事かな」

「自信?」

「この世界に来るまでの私の周りには認めてくれる人が居なかったっていうのもあって、私自身が新しいことに挑戦する事を避けてきたし、何をするにも怯えて、自分に自信なんて持てなかったの。でもこの世界に来て、少しでも自分を変えたいって逃げずに色々な事に挑戦してみた。そしてそんな頑張りを認めている人達がいる。だからあの頃と違って、今の私は自分に自信を持てていると思うんだ」

「うん、確かに身近に認めてくれる人がいるって安心するし、徐々に自分自身を肯定出来るようになるよね。僕も最近、それが分かってきたかもしれない」


 この世界で目覚めて容姿が変わっても、アンリは暗璃だ。もしこの世界で目覚めて、フレッド達のようにアンリを受け入れて、認めてくれたり褒めてくれたり、共に笑い合う人達がいなければ、あの頃と考え方や生き方は変わらなかっただろう。


      ***


 フレッドと一緒の登下校は本当にあっという間だ。

 屋敷の敷地内にはお父様やお母様の使っている馬車が既に停まっていて、どうやら今日は珍しく早い時間に帰って来ているようだ。

 フレッドに続いてアンリも手を引かれ馬車を降りると、どこか機嫌の良さそうなルイに呼ばれる。

 

「アンリ様、フレッド様、今日はルエがお菓子を焼いていましたよ」

「そうなの?」

「実はお二人を迎えに行く前にこっそりと厨房を覗いたら唸りながらお菓子作りをしていたんです。良かったら一緒に行きませんか?」


 ルエが唸りながらお菓子を作っていたと言うのは引っ掛かるが、そんな誘いを断る理由も特にない。アンリとフレッドがともに頷くと、ルイは鼻歌を歌いながら馬車に繋がれていた馬を厩舎へ連れて行く。


 ルイを先頭に厨房に入ったアンリやフレッドに、シーズやルエは作業していた手を止めたが、シーズはこの場をルエに任せると再び作業に戻る。


「えっと…、皆さんお揃いで、どうしました?」

「ルイさんにルエさんがお菓子を焼いていたから一緒に厨房に行かないかと誘われたんです」

「えっ…」


 フレッドの説明にルエは前髪にギリギリ隠れずに済んでいる目を見開くと、顔を逸らしているルイを睨む。


「なんで勝手に言っちゃうの?」

「だっていつもお菓子を焼いても分けてくれないじゃん。でもアンリ様とフレッド様が一緒なら、分けて貰えるかなって」


 ルエは肩を落とすとアンリ達には聞こえない程の声で「いや、でも…」と独り言を喋る。突如ルイがやって来た事に対して文句を言っているのではなく、もしかしたら今日は都合が悪かったのかもしれない。


「都合が悪いなら、私達戻ろうか?」

「いえ、その…、お菓子は焼いていたんですけど、まだ試作中のモノで。お二人には完成したら出そうと思っていたので、兄に予定を狂わされて混乱してしまっただけで…」

「そうだったんだ。試作中って、どんなモノを作っていたの?」

「えっと、試作段階のモノで良ければ食べてみますか?」

「いいの?」

「はい、今から用意するので、お二人は食堂の方で待っていてくれますか?」

「あれ、ルイは?」

「ルイには少し、話があるので」

「えー、嫌だよ」

「嫌じゃない。ルイに拒否権は無いよ」


 紅茶もルエが淹れると言ってくれたため、フレッドと共に厨房から食堂に移り、並んで腰掛ける。


 しばらくすると扉を閉めているにも関わらず、ルエがルイを叱っている声が微かに漏れ出す。静かに怒りを表す事があっても大きな声で怒るルエは珍しい。アンリとフレッドは目を見合わせると微笑む。

 なんだかんだ言いながら、お互いに思ったことを言い合えるルエとルイは本当に良い兄弟だ。


「お待たせしました」


 厨房から現れた二人は面白いほどに正反対の表情を浮かべる。ルエは怒りを吐き出しスッキリとしたのか爽やかな表情、ルイは犬が悪い事をして飼い主に叱られた時に見せるようなショボンとした表情。


 ルイはティーポットから紅茶を淹れると、それぞれの席の前に置き、アンリ達と向き合う席に静かに座る。ルエはワゴンからスイーツの乗るお皿を取り出し、銀色に輝くデザートフォークやデザートナイフと共に並べていく。

 皿の上にはまるで宝石のようにキラキラと輝く小さなタルトが二つ、並ぶ。一つは艶々にナパージュが施されたブルーベリー、もう一つには粉砂糖の掛けられたイチゴ。


「え、可愛い!」

「大きな型で焼き上げるタルトと違って、この小さいサイズのモノはタルトレットと言うんです。他にも季節のフルーツやチーズクリーム、キャラメリゼしたナッツを乗せたり、タルトと違って好き嫌いを気にせずにそれぞれが好きなモノを食べられるのが良い所です」

「もしかしてルエが考えたの?」

「先日料理関係の本を読んでいる時にレシピを見つけたんです。ただ、実際に作ったのは初めてなので、味の保証は出来ませんけど…」

「もう見た目から美味しいのが伝わってくるよ。いただきます」


 フォークでブルーベリーを押さえ、デザートナイフを入れる。力を入れるとサクサクとしたタルト生地が綺麗に切れる。それを口に運ぶと酸味もありながら甘みの強い爽やかなブルーベリーとタルトの甘さや食感、全てが計算され尽くしていてルエのこだわりを感じる。


「ルエは天才だよ!すっごく美味しい」

「本当ですか?」

「うん!フレッドはどう?」

「アンリの言ったとおり見た目はもちろん、ブルーベリーの爽やかさがタルト生地に合っていてとても美味しい」

「ルエも食べてみなよ」


 アンリやフレッドが頬を緩めながら食べるとルエは安心したように一息吐く。そして同じようにブルーベリーのタルトレットを一口食べると満足したように頷く。


「…確かにいけるかも」

「ルエさんの作って下さるモノはどれも美味しいですね」

「フレッドさん…、ありがとうございます」


 和やかな空間に一人、ルイはまだフォークを持たずに、チラチラとルエの表情を伺っている。ルエに叱られたのが、余程効いたのだろうか。


「ルイも食べたら?とっても美味しいよ」

「えっと…」


 アンリが促すとルイはジッとルエの顔を見つめる。そして横目にルイの顔を見たルエは大きく息を吐き出すと観念したように肩を落とす。


「食べたら良いよ。今回は試作品も成功していたから許す」

「ほんと?やった!」


 ルエが許すと、あんなにも落ち込んでいたのが嘘のようにルイはいつものお喋りなルイに戻る。そこからは基本的にルイがメインで話す事となり、しばらくするとルエは溜息を落とし項垂れる。


「はぁ、こんなに騒がしくなるなら、もう少し反省させておけば良かった…」


 元気が良くて気さくで太陽のようなルイの性格は素直に素敵だと思う。だがそんなルイと正反対の性格のルエからしてみれば、ルイのような陽気な性格の人間とずっと一緒に居る事は疲れるのだろう。満面の笑みを浮かべるルイと、肩を落とすルエ、そんな二人にアンリは苦笑いを浮かべるしか出来ない。


 紅茶をお供にタルトレットを楽しんだ後、ルエは夕食を作る時間になり疲れ切った表情で厨房に戻っていき、ルイは満足そうな表情でどこかへ出掛けていった。そんな二人を見送ったアンリとフレッドは二階へ上がり、共にアンリの部屋へ入る。


「こんなにルエさんやルイさんと仲良くなれると思ってなかった」

「そう?でもルエやルイとお話するのも楽しいよね」

「うん、楽しい。でもルエさんがこんなにも僕達の前で心を開いてくれるようになったのは、アンリのおかげだね」

「私?」

「シーズさんからルエさんは人間不信の節があるって聞かされていたんだけど、それも影響してか僕達と話す事ってほとんど無かったし、感情を露わにする事も無かったんじゃないかな」


 アンリがこの世界に来た日、フレッドからルエは人見知りがあると聞かされていた。そしてそんなルエに親近感を抱いたアンリは厨房に通うようになり、ルエと話すようになった。

 初めはアンリが話し掛けても頷いたり、か細い声で返事をするくらいで、目線が合うことは無かった。だが徐々に慣れてくれたのか、信頼を寄せてくれたのか、目を見て会話してくれるようになり、徐々に笑顔を見せてくれるようになったのだ。

 そんな日々は今ではすっかり打ち解け仲良くなったルエとの懐かしく、大切な思い出だ。


「アンリのおかげでルエさんだけじゃなくて、屋敷で働く人達も周囲の人達も少しずつ変わってる」

「そうなのかな。私は私の思うままに過ごしているだけなんだけど…」

「そんなアンリだから、周りも惹かれていくんじゃないかな」


 アンリが周りの人を変えていると言われても自覚が無ければ、イマイチ分からない。ただアンリに対し良くしてくれている人を大切にしたいという一心で彼らと向き合っているだけで、何か特別な事をしているわけじゃない。


 フレッドの言葉の意味が分からずに首を傾げるアンリにフレッドは微笑む。


「アンリはアンリのまま、そのまま居てね」

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