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変わらない絆

 今日はオーリン家の庭園にてお母様主催のお茶会の日だ。アンリは瞳と同じブルーのアフタヌーンドレスに身を包み、会場である庭園に立っていた。


 今日のお茶会のために噴水の周辺にはいくつものテーブルと椅子が並べられ、今はメイド達が最終調整を行なっている。そして今頃、キッチンではルエとシーズがお茶会用のケーキや軽食の仕上げの工程を行なっている頃だろう。


 アンリの隣に立つフレッドはベストにブルーブラックの髪に良く似合う最近仕立てたばかりの紺色のスーツを身に纏っている。


 招待客がやって来るまであと一時間ほどあるにも関わらず、アンリとフレッドが二人並んで庭園に立っているのには訳がある。それはお茶会の始まる前の時間、彼らときちんと向き合うためだ。


「アンリちゃん、お待たせ~」

「アンリ様、バノフィーくん、待たせてすまない」

「オーリン家の庭園に来るのは久しぶりだな。確かガキの頃にアンリと遊んで以来か」


 今日は一日、客人対応を任されているルイに案内されてやって来たクイニー、ミンス、ザックの三人はフレッド同様、それぞれオーダーメイドのカラースーツでオシャレをしている。

 しかしそんな事を冷静に観察している余裕も無いほど、アンリの心臓はバクバクと嫌な音を立てている。


「お嬢様、庭園の準備は終わりましたから、よろしければお席に案内致しましょうか」


 メイドに案内され、アンリ達は七脚の椅子が並ぶ純白のテーブルクロスの掛けられた丸テーブルに移動し、それぞれのネームプレートの置かれた席に腰掛ける。アンリの右隣はフレッド、フレッドの右がミンス、クイニー、ザックの順だ。ザックの右隣でありアンリの左隣に当たる場所には二脚分の空席がある。


 三人に向けてお母様が用意してくれた招待状には、お茶会の始まる前に話したい事がある為、この時間に来て欲しいという旨を書かせて貰っていた。しかし何を話したいのか内容まで示していない故、どう話を切り出すべきなのか分からない。

 おまけに告白されたことも無かった私に、好意に応える事は出来ないと伝える方法が分かるわけもない。


 なにより出来る事ならこれからもクイニーやミンス、ザックとは変わらず仲良くしたいと思っている。だからこそ、余計にどう伝えるべきなのか分からなくなるのだが…。


「アンリ様、どうしたんだ?」

「アンリには似合わない浮かない表情だな。体調でも悪いのか?」


 普段と違い口数も少なく、晴天の空には似合わないアンリの表情にザックやクイニーは顔色を伺っている。


「アンリ…、僕の方から言おうか?」


 隣に座るフレッドはそう提案してくれるけど、これは私が自分で言わないといけない、向き合わないといけない事だ。フレッドに頼るわけにいかない。

 静かに首を振ると「分かった…」とだけ言うと、フレッドは黙りアンリを見守る。


 クイニー、ミンス、ザックの顔を順に見ると、大きく深呼吸してゆっくり重たい口を開く。


「クイニー、ミンスくん、ザックくん。私ね、みんなから気持ちを伝えて貰って、すごく嬉しかった。でも…、ごめんなさい。私、みんなからの気持ちには応えられない」


 そう言い切ると、三人の反応や表情を見るのが怖くて俯いてしまう。緊張や恐怖から手足は一瞬で氷のように冷たくなり、小刻みに震えてしまっている。


 だが、そんな不安を打ち消すようにミンスはいつも通りの声で「アンリちゃん」と呼ぶ。

 恐る恐るミンスに視線を移すと、可愛らしい笑顔でアンリの瞳を見つめ笑っている。


「アンリちゃん、もちろん僕達は今でもアンリちゃんが大好きだよ。その気持ちは変わらない。でもね、僕はアンリちゃんが笑っていてくれる事が一番なんだ」


 ミンスの言葉に同調するようにクイニーとザックは頷く。


「実のところ、私はお茶会の招待状が届いた時から、こういう事を言われるんじゃ無いかって想像はしていたんだ。クイニーもそうだろ?」

「あぁ、まぁな」

「え…、どうして?」

「一時間も前に来て欲しいなんて、他の奴らに聞かれたくない話をしたいって事だろ。まぁだから俺もザックと同じように覚悟はしてた。だからお前はそんな顔をしなくて良いんだ。分かったか?」


 クイニーやザックは振られる事を覚悟した上で、それでもわざわざお茶会のお誘いに乗ってくれたというのだろうか。

 クイニーとザックはご令嬢からの人気は相変わらずだ。それでも言動や態度から時々勘違いされがちな二人でもあるが、不器用なだけで本当はこんなにも優しい人だったのだと改めて実感する。


「それにその様子だと、フレッドくんと両思いになれたんだよね!」

「え、なんで?」


 突如、嬉しそうに指摘してくるミンスにアンリは驚きで目を見開いてしまう。

 確かに三人からの想いには応えられないとは言ったが、まだフレッドとの事は言っていない。私からしてみれば、三人へは落ち着いてから話そうかと考えていたというのに、なぜミンスはフレッドとの事を知っているのだろうか。


「なんでって聞かれたら難しいけど、二人を見てたら伝わってくるよ。もちろん悔しくないって言ったら嘘だけど、同時にアンリちゃんとフレッドくんならすっごくお似合いだなって思うし、僕は二人の事を応援したいな。ね、ザック」

「あぁ、そうだな。それに相手がバノフィーくんというのなら、文句の付けようが無いよ」

「…みんなはこれからも、私と友達で居てくれる…?」


 顔色を伺いながら聞くアンリに、クイニーは溜息を落とした後、不器用に笑ってみせる。


「アンリ、お前はこれから俺らの関係がギクシャクするんじゃ無いかって心配しているんだろうが、何一つ変わる事は無いからな。言っただろ、俺はこのメンバーで過ごしている時間が一番好きなんだ。一度振られたからって、俺らの今まで積み上げてきた日々が終わるわけじゃ無いだろ?」


 その言葉に同調するように精一杯頷くミンスと、ゆっくりと頷くザック。それぞれがアンリに向ける微笑みは、アンリの抱えていた不安を一気に吹き飛ばすのだった。


「でももしアンリを泣かせる様ならバノフィー、お前が相手だろうが俺は遠慮しないからな」

「クイニー、バノフィーくんがアンリ様を泣かせるわけが無いだろう」

「まぁ確かにそうだな」


 そしてその場は自然と笑い声で溢れるのだった。


      ***


 庭園の準備が整い、テーブルごとにケーキスタンドが置かれていくと徐々に招待客の方々が乗る馬車が屋敷前に到着し始め、ルイやメイド達に案内されオーリン家の敷地内に入ってくる。そんなお客様方をアンリはお母様と二人、並んで迎え入れていた。


 しばらくお母様に続いて挨拶をしていると、見覚えのある二人組が仲良く腕を組み敷地内に入ってくるのが見える。

 いつも通り髪をおさげにしているフルールも今日はアフタヌーンドレスを身に纏い、そんなフルールの隣を歩くカリマーはブラウンのスーツ姿だ。


 アンリを視界に入れると、ヒールを履いているにもかかわらず小走りで駆け寄ろうとするフルールと、そんなフルールを慌てた表情で引き留めるカリマー。そんな二人を見ていたアンリはクスリと笑みをこぼす。やっぱり二人は相変わらず仲良しだ。


「アンリちゃん、今日はご招待ありがとうございます。ドレス姿のアンリちゃんもとっても可愛らしいのです」

「フルール、さすがに今日は抱きつきたい衝動は我慢するんだよ」

「分かってるもん。私にだって、それくらいの常識はあるもん」

「フルール先輩、カリマー先輩、今日は来てくれてありがとうございます。フルール先輩もドレス、とても良く似合っていますね。とっても可愛いです」

「えへへ、ありがとうございます」


 フルールとカリマーと話していると他のお客様に挨拶をしていたお母様がアンリ達の元にやって来て微笑ましそうな優しい眼差しを浮かべる。


「あら、貴方達は生徒会のお二人ね。ごきげんよう」

「オーリン様、ご機嫌麗しゅう存じます」

「ご無沙汰しております。本日はご招待、ありがとうございます」

「二人とも、いつもアンリと仲良くしてくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ。アンリさんにはいつもお世話になっています」

「今日は是非、楽しんでいってね。アンリ、もうここは良いからお二人を席に案内してあげて」

「うん、分かったわお母様」


 お母様はアンリの返事を聞くとメイドに連れられ新たにやって来たお客様を出迎えに向かう。

 アンリは二人を連れ、みんなの待つテーブルに戻るとアンリの隣にフルールを、その隣にカリマーを案内する。


「お二人はこちらの席におかけ下さい」

「私達までみなさんの輪に入っちゃって良いんですか?」

「あ、会長さんと副会長さん!お久しぶりです」

「お二人が良ければ、今日はみんなでお話出来たらなと思いまして」

「そういう事ならフルール、アンリさんの好意に甘えさせてもらおうか」

「うん!」


 フルールとカリマーは仕事をしている時は堂々としているが、普段は内気な性格で人見知りな節がある。だからこそ、最初は緊張していたようだが、カリマーと打ち解け仲良くなったフレッドや生まれ持った人懐っこい性格のミンスが間を取り持ってくれたおかげで、気がついた時にはすっかりフルールとカリマーもこの場に打ち解けているのだった。


「みなさん、私主催のお茶会に来て下さり、ありがとうございます。本日はお日柄も良く、晴天に恵まれ喜ばしく思います。そして…」


 招待客が揃うとお母様の挨拶の後、お茶会が始まった。お茶会と一言で言っても、特に堅苦しいモノでは無く、ケーキや軽食、紅茶を楽しみながら、ゆっくりとお話をするのがメインだ。そして私が招待したクイニーやミンス、ザックにフルールにカリマー以外の招待客は全員、お母様の友人や親しい人達だ。


 お母様は色々な席を回り、その場その場で会話を弾ませているようだが、アンリは席を立つこと無く、みんなとの会話を楽しんでいる。それはアンリ自身が人見知りだからという事もあるが、お母様から事前に「せっかくの機会なのだから、お友達と楽しい時間を過ごしなさい」と許可されての事だ。


「こんな風にみんなで集まって、ゆっくりお茶を楽しめるなんて思わなかった。みんな、今日は来てくれてありがとう」

「どうしたの?アンリちゃん」

「こうしてみんなでお茶を飲んだりケーキを食べながらお話出来るって幸せだなって思って」

「なに言ってんだ。それも全てお前自身が掴んだ事だろ」

「そうだな。クイニーとは幼馴染だったとはいえ、ミンスや私と仲良くなったのはアンリ様自身が私達と仲良くなろうと心を開いてくれたからだ」


 そう言われて思い出すのは、暗璃がこの世界でアンリとして目覚めた日の事だ。


 いきなり見知らぬ部屋で目を覚ましたと思ったら、自らを執事だと名乗るフレッドと出会った。そして何も分からないまま、いきなり学園の入学式に出席することになり、目の前に現れたのは幼馴染だというクイニー。

 初めて会ったとき、クイニーは威圧感が強く、思った事を良い意味でも悪い意味でも全て口に出すタイプという事もあって、怖い印象で正直に言えば苦手意識すら芽生えていた。


 そして次に会ったのはミンスだ。ミンスは教室でアンリが孤立している際、声を掛けてくれた。そして持ち前の愛嬌の良さや明るい性格のおかげで、あっという間に打ち解け、仲良くなったのだ。


 そんなミンスに勢いのままザックを紹介して貰った。ザックは初め、アンリを伯爵家のご令嬢という看板を気にして堅苦しい印象だった。


 しかし、そんな彼らと日々を過ごすようになり、クイニーは一見すると怖い印象だが、実は不器用なだけで友達想いの良い男だった。そして子犬のようだと常々思っていたミンスは可愛いだけでなく、時には男らしい一面もある男の子だ。ザックも一緒に過ごしてみると性格や考え方もバラバラなアンリ達を陰でまとめ、時に見守ってくれる面倒見が良い兄気質の優しい人だった。


 そしてそんな彼らが居なければ、こんなに楽しい日々を過ごす事は出来なかっただろう。


「アンリちゃん、私とカリマーの事も忘れないで下さいね!私達がこうして今みなさんと一緒に居られるのはアンリちゃんのおかげなんですから」

「アンリさんが僕やフルールを受け入れてくれたこと、感謝しています」


 カリマーと出会ったのは選択科目である演劇の授業だ。初対面では大人しく弱々しい雰囲気の人だなと思っていたが、舞台に立つと人が変わったように役に入り込む。そして生徒会室に初めて呼び出された際、眼鏡を掛け生徒会長としてアンリを迎える人物がカリマーと同一人物だと気づけなかったほど、良い意味でオンとオフが激しい人だ。そしてアンリがフルールと親しくなった事で、よりカリマーと言葉を交わすようになった。


 フルールはアンリとザックが学祭の実行委員に選ばれた事をきっかけに出会った。初めて姿を見た時は副会長としてキリッとした瞳でアンリ達の前に立っていたため、真面目な女子生徒だと思っていた。だが話してみると、可愛いモノが大好きなようで、可愛いモノを見ると抱きつきたい衝動を抑えられなくなるという一見変わった癖があり、最初は驚いたが、そんなところもフルールの可愛いところだ。

 なによりフルールとアンリはお互いにとって初めてできた女の子の友人でもある。


 そしてそんなカリマーとフルールは互いを誰よりも大切に想い、支え合っている素敵なカップルだ。


 本当に私は良い友達に恵まれている。この世界に来るまで、あんなにも窮屈で灰色の日々を過ごしていた私がこんな風に大切な友達や家族に囲まれて笑える日が来るなんて想像もしていなかった。


「私、みんなに出会えて幸せ」


 満面の笑みで笑ってみせれば、そんなアンリを見ていた彼らもそれぞれ笑みを返してくれる。


      ***


 楽しい時間はいつもあっという間に過ぎてしまう。庭園は先程までの賑わいが幻かの様に静かで、メイド達がテーブルの上に置かれた空のお皿をまとめていく音、そして噴水が流れる音が静かに響く。


「アンリ、お屋敷の中に戻る前に少しだけ座ってお話していかない?」


 みんながそれぞれ迎えの馬車に乗り帰って行くのを見送った後、アンリと共に見送りをしていたフレッドに声を掛けられた。

 アンリとフレッドは庭園へ戻り、お茶会をしていた噴水前から少し離れた場所にあるガゼボ内のベンチに並んで座っていた。


「ほんと、アンリはたくさんの素敵な人達に囲まれているんだね」

「フレッドもそのうちの一人だよ。だって多分、この世界に来て一番最初に出会えたのがフレッドじゃなかったら、私きっとこんな風に笑って過ごせていなかった」


 この世界で目を覚まし、一番に出会ったのがフレッドだ。

 今でも忘れない。自分ですら何がどうなっているのか理解できない中、拙い言葉で自らが置かれている現状を話すとフレッドは疑うこと無くアンリを信じ、どんな時もアンリを陰でサポートし支え続けてくれた。アンリが恥を掻く事がないように令嬢としての立ち居振る舞い、マナーを去年は休日のたびに少しずつ教えてくれたりもした。


 そんなフレッドも内心では自らの過去に悩みを抱えていたようで、数日間屋敷から姿を消した事もあったが、何がきっかけだったのか心の整理がついた様で伯爵位を継ぐ決心をし、アンリと共に同じ学園に通うことになった。


「フレッドはこの国の事やダンスや勉強、それ以外にもたくさんの事を教えてくれて、私の過去も笑わずに聞いてくれた。それに私が悩んでいる時、フレッドだけは私の異変に気づいて、泣き崩れた私の事を抱きしめてくれた。私にとってフレッドは心の支えなんだ」

「僕は当たり前の事をしていただけだよ」

「前にもフレッドは同じように言ってたけど、その当たり前が私にとっては特別で嬉しかったんだよ」

「アンリ…」


 フレッドは静かにアンリの手を握ると温かい手でアンリの小さな手を大切なモノを守るように包み込む。そして一度頷くと、その綺麗な瞳はアンリの青い瞳を真っ直ぐに見つめる。


「これからはもっともっと幸せになろう。二人で一緒に」


 この世界に来るまでの暗璃はいつも一人だった。家族からは疎まれ、友人関係はなかなか上手くいかない。外に出れば、見知らぬ人達に目を付けられ絡まれる事もあったし、実際に怖い目に遭った事もある。

 そんな日々にひたすら怯えていたし、自分らしさや個性なんてモノは幼少の頃に置いてきた。人の顔色をうかがい、ただ毎日を何事も無く無事に終える。それだけが目標だった。そしてそんな風に過ぎていく日々に行き先も無いというのに、どこかへ逃げ出してしまいたいと思う事もあった。


 そしてそんな日々の記憶はすぐに消えるモノでは無かった。この世界に来たばかりの頃は悪夢にうなされる事もあったし、ふとしたタイミングで過去を思い出し苦しむこともあった。


 それでもフレッドやクイニー、ミンスやザック、お母様やお父様、屋敷で働いているルエやルイ、ジーヤやディルベーネやメイド達。そして今年になり友人になったカリマーやフルール。そんな彼らと過ごす毎日はこれまで諦めていたようで心の底では欲していた愛情や優しさで溢れていて、アンリの深く傷ついていた心を徐々に癒やしていった。


 本当にこの世界に来られて良かった。

 この世界に来て繰り返しの事のように思っている事を改めて実感する。


 アンリは瞳をキラキラと輝く雫で潤ませながら満面の笑みで頷く。

 そして優しい風が頬を撫でる中、アンリとフレッドは初めての不器用で甘い口づけを交わすのだった。

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