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狂おしいほど

 今日はフレッドと二人、フルールのお屋敷へとやって来ていた。

 カリマーからフルールの体調が優れないという話を聞いた数日後、どうしてもフルールの様子が気になってしまったアンリはお見舞いのフルーツバスケットを片手にお屋敷へお邪魔することにしたのだ。


 クナウティア領のメドウ家に着いてすぐアンリとフレッドを迎え入れたのはティリーと呼ばれていたメイドとカリマーだった。

 どうやら話を聞くと、カリマーはフルールの体調が優れないこの数日間、ほとんど付きっきりでフルールの元に居るらしい。


 そんなカリマーは今、さすがに顔見知り程度のご令嬢の寝室に入る訳にはいかないと自ら遠慮するフレッドと一緒に応接室で待っている。そしてアンリはティリーに案内され、フルールの自室にやって来ていた。


「アンリちゃん、来てくれてありがとうございます」

「体調は大丈夫なんですか?」

「はい、ようやく熱も下がりましたし、明日からはいつも通り過ごしても良いと許可を貰いました」

「そうですか、良かったです」

「それよりアンリちゃん!」


 フルールは体調不良で寝込んでいたとは思えない勢いで飛び起きるとアンリの手を掴み、キラキラとした瞳でアンリを見つめる。


「フルール先輩、まだ起き上がらない方が…」

「その事なら大丈夫なのです。アンリちゃんの可愛い可愛いお顔を見たら私はすっかり元気になりましたから。それよりも!今日、私の所に来たのはお見舞い以外にもお話したい事があったからですよね!」


 もちろん今日ここに来た第一の目的はお見舞いだ。だが確かにフルールの言う様に、アンリがここに来たのはフルールに伝えたい事があったからだ。


「フルール先輩、先輩のおかげで自分の気持ちに気づくことが出来ました」

「わぁ本当ですか?ちなみにアンリちゃんは誰のことを…?」


 そしてアンリはフレッドと想いを伝え合った日の事を話した。あの日、アンリが自分の気持ちを自覚出来たのは、間違いなくフルールのおかげだ。だからこそ、今日はそのお礼と報告をしておきたかったのだ。


「まぁ!彼もようやくアンリちゃんに想いを伝える事が出来たのですね!」

「彼もって…、もしかしてフルール先輩はフレッドの気持ちに気づいていたんですか?」

「アンリちゃんやお友達は気づいていない様でしたけど、周囲から見ればバレバレです。バノフィーさんのアンリちゃんを見つめる瞳はいつも温かく優しい眼差しでしたから」


 そう言えば以前、フレッドからブローチを貰ったのだと話した際、フルールは「ついに彼も動き出したんですね」と言いながら瞳を輝かせていた。あの時はその言葉の意味が分からず仕舞いだったが、少なくともそれ以前からフルールはフレッドの気持ちに気づいていたという事だろうか。


「では他のお友達へは?」

「長期休暇中な事もあって、しばらく顔を合わせていないので何も言えていないんです。今度、私のお屋敷でお茶会があるので、彼らには早くてもその時に伝える事になるのかなと…」


 正直なことを言うと不安だ。フレッドとの事を話すという事は同時に彼らへの想いに応えられないと伝えるという事。それによってもしクイニーやミンス、ザックとの関係性が変わってしまったらと想像すると怖い。でもだからといって、嘘偽りなく真っ正面から想いを伝えてくれた彼らに何も言わないままなのはズルいだろう。


「アンリちゃん、きっと大丈夫なのです。彼らはきっとアンリちゃんの気持ちを聞いても、今まで通り、アンリちゃんと一緒に笑ってくれるはずですよ」


 フルールはアンリの不安を見越したように、微笑みながら言う。


「…そうですよね。あの、フルール先輩。良ければ先輩もカリマー先輩と一緒にお茶会に来ませんか?」

「良いんですか?えへへ、とっても嬉しいのです。絶対に参加させて貰います!」


 体調が万全では無いフルールを長時間拘束してしまうのは忍びないと言うことで、惜しむフルールにお茶会の招待状を渡すとアンリはフルールの自室を後にした。


 廊下で待ってくれていたティリーに案内され、フレッドとカリマーの待つ応接室に入ると二人は意気投合したのか、すっかり打ち解け、しばらく扉を開け室内に入ったアンリに気がつかないほど、話し込んでいた。

 確かにフレッドとカリマーは性格や趣味も似ていることが多く、互いに一度打ち解けてしまえば相性が良いのだろう。


「あれ、アンリもう良いの?」

「うん、一応お話したかった事はお話出来たから。それより二人はずいぶんと打ち解けたみたいだね」

「カリマー先輩、僕と同じ本を読んでいるんだって。それで話が盛り上がっちゃって」

「僕もフルール以外で同じ趣味を持つ方と初めて出会えました。お二人はそろそろお帰りになりますか?」

「フレッドとカリマー先輩はまだお話の途中ですよね。今日は特に急ぎの予定も無いので、二人さえよければお話の続きに戻って下さい」


 アンリの一言にやはり二人は話し足りなかったようで、再び二人は会話の続きに戻る。

 アンリはというと、残念ながら二人の会話に混ざることは出来ないため、ティリーが用意してくれた紅茶と焼き菓子を食べながら様子を眺める傍観者だ。だが、いつも消極的な二人が素でこんなにも楽しそうにしている姿を見ているだけで十分幸せだ。


      ***


「ついお話に夢中になってしまいましたね。フレッドさん、是非またお話しましょう」

「はい、もちろんです」

「ではお二人とも、お気をつけてお帰り下さい」


 馬車が出発しても隣に座るフレッドは口角を上げ、どこか嬉しそうな表情だ。余程、カリマーとの会話に花が咲いた事が嬉しく、楽しい時間だったのだろう。


「よかったね、気の合うお友達が出来て」

「先輩のことを友達って言っても良いのかな」

「友達になるのに年齢なんて関係ないよ。私だってフルール先輩はもちろん、カリマー先輩の事もお友達だと思ってるし、フレッドだって年齢が違っても私とお友達でしょう?」

「アンリ…、それ本気で言ってる?」


 それまで頬を緩めていたフレッドは途端に拗ねた表情を見せると、アンリの瞳をまっすぐに見つめる。

 まさか気づかない間に何か変な事を言ってしまったのだろうか…。


「え?私、何か変な事言っちゃった?」

「僕達、お互いに気持ちが通じ合ったのに”友達”なの?」

「え?あ…」


 揶揄うように珍しく意地悪な少年のような笑みを向けるフレッドを前にアンリの頬は真っ赤に染まる。


「アンリ、顔真っ赤。可愛いね」


 耳まで赤くして真っ直ぐにフレッドの顔を見られないアンリと対照的に、フレッドは涼しい表情で微笑む。

 これじゃあ私ばかりが動揺しているようで、悔しい。


 話を変えるために思考を巡らせ、気になってはいたものの、なんとなく聞けずにいた事を思い出す。


「…そう言えば、この間の女の子ってフレッドとどういう関係だったの?」


 フレッドは空気を変えるために話題を強引に変えたことに気づいているようだが、これ以上はアンリを揶揄おうとはせず質問に答えてくれる。


「図書館に行った時に僕がお話してたご令嬢のこと?」

「すごく楽しそうに話してたから気になって…」


 アンリが自分の気持ちに気がつけたのは、図書館でフレッドがご令嬢と楽しそうに話している場面を目撃し、嫉妬したのがきっかけだ。あの時はフレッドが他の女の子の元に行ってしまったらという事ばかりを考えて詳しく知ろうとしなかったが、今思えばあの女の子は誰で、何をあんなにも楽しそうに話していたのだろうと気になってしまう。


「あぁ、あの時はアンリのことを話していたんだよ」

「え?私?どうして?」

「あの子、僕と同じ一年生らしいんだけど、学祭の舞台を見てアンリのファンになったんだって。だけどアンリに直接声を掛ける勇気は無かったから、普段アンリと一緒に居る僕に声を掛けて、オーリン様に素敵な舞台でしたって伝えて下さいって頼まれてたの。僕も色々あって、今の今まで伝言を頼まれてたことすら忘れちゃってたんだけど…」

「そうだったの?」

「そうだよ、だからあのご令嬢と話したのは僕もあの日が初めてだし、楽しそうに話しているように見えたのはアンリのことを話していたから。まぁそんな事実を知らなかったおかげで、アンリは嫉妬した勢いで気持ちを伝えてくれたんだよね」

「揶揄ってる…?」

「勘違いでも嫉妬してくれたおかげで両思いだって分かったんだし、僕は感謝してるんだよ」


 両思いだと分かってからフレッドは肩の力が抜けたのか、時々こうしてアンリを揶揄ったりアンリが照れるような事をわざと言って、アンリが顔を赤くする姿を見ては楽しんでいる。


 アンリがこの世界にやって来た頃、フレッドはアンリの執事だった事もありアンリの事を”アンリ様”と呼び、常に敬語で声を掛けてきていた。そして時々何かを思案する様に暗い表情を浮かべることも多々あった。

 そんなフレッドと友人として、そして今は恋人として、こうして時々揶揄いながらも笑って過ごせているのは心を許して貰っている何よりの証拠だろう。

 だが、そう分かっていても、やられてばかりで悔しさは拭えない。


 アンリが一人の世界に入っていると、冷たくなっていた手が途端に温かい温もりに包まれる。


「アンリの手、冷たくなってる。僕の手は温かいから、こうして体温分けてあげる」

「私はこんなに動揺しちゃうのにフレッドばかり余裕そうでズルい…」

「僕が余裕そうに見えるの?そんなわけ無いよ。いつだって不安はあるし、照れるし、アンリの一言で動揺する事もあるんだよ」

「本当に?」

「僕はアンリに比べたら思ってる事が顔に出るタイプじゃ無いから、アンリが気づいていないだけで僕も内心では色々な事を思ってるんだよ。なにより告白はアンリからさせちゃったから。これからは思ってる事をちゃんと伝えて、アンリを不安にさせないくらい愛情表現もちゃんとしていこうって決めたの」


 そんな気遣いが温かく嬉しい反面、やはり直接お礼を言うのは気恥ずかしい。何を言うわけでも無くこの気持ちが伝われと願いながらアンリの手を優しく包み込む手を強く握り返せば、気持ちに応えるかのように同じだけ強く優しく握り返してくれる。


 一度好きだと自覚してしまえば言葉を交わすだけで、顔を見るだけで、手が触れ合うだけで狂おしいほど愛おしく好きだという気持ちが溢れてくるのだ。

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