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鈍い君は知らず知らずのうちに振り回す

 さっきまでいつもと変わらない時間を過ごしていたというのに、フルールやカリマーと別れ部屋に戻ると何か様子がおかしい。特にクイニーにミンスにザック。


 フレッドの隣に再び腰掛けるとミンスはカウチからソファーへやって来てアンリの左側に隙間もほとんど空けずに座り直す。ザックはいつも以上に気を遣ってくれるし、クイニーに関してはずっと微笑んでいるのだ。


「みんな、何かあったの?なんか変だよ」

「僕はアンリちゃんの隣に居たいなって思ったから、こっちに来ただけだよ」


 確かにミンスはいつも通りと言われればその通りだ。こうして五人で集まるとソファーはフレッドに譲り、カウチにザックと並んで座っているが、アンリと二人の時はいつもアンリの隣に座っている。何より甘えたで元気いっぱいな犬のような性格のミンスが甘えてくるのは日常茶飯事だ。

 だからミンスについては理解出来るのだが、一番理解出来ないのは未だに微笑んでいるクイニーだ。


「ミンスくんはいつもと大して変わらないけど、クイニーはずっと笑ってるし…」

「おい、俺だって笑うだろ」

「だってなにも面白い事とか言ってないのに、そんなに私を見て微笑まれてたら不気味っていうか…。まさか、何か企んでる?」

「なんで俺に対してはそんなに警戒心剥き出しなんだよ」

「アンリ様にそう思われても自業自得としか言えないな」

「ザック、お前まで…」


 クイニー、ザック、ミンスの間にはバチバチとした空気が漂うが、当のアンリは気がつかない。

 結局その後、お菓子をお供にお茶を飲んだりゲームをする間、三人は少しでもアンリの気を引こうとするものの、三人の努力は虚しく夕食の時間になるのだった。


      ***


 ザックが朝一番にラウンジの予約をしてくれたおかげで、ラウンジはアンリ達五人の貸し切り状態だ。目の前に並ぶ相変わらず美味しそうな創作料理に目を輝かせながら、一口一口食べ進めていく。


「ほんとアンリ様は美味しそうに食べるな」

「ね!アンリちゃんと一緒にご飯食べるとやっぱり僕まで幸せな気持ちになるよ~」

「さっきまであんなに一人で焼き菓子食いまくってたのに、ほんとお前はよく食うよな」

「だってみんなと一緒に食べると楽しいし、余計に美味しく感じるんだもん」


 この世界に来るまで食事なんて何も考えずに適当に済ませていたし、何かを食べて感動することも無ければ、美味しいと思うことも無かった。でも今なら分かる。何を食べるかでは無く、誰と食べるかで美味しさがこれだけ変わる。そしてこれだけ料理が輝いて見えるのだと。

 おかげでこの世界に来て食事を取ったり、お茶を飲む時間が好きになった。美味しいあまり、食べ過ぎて一年ほどで体重が増えたのも事実だが。


「フレッド?大丈夫?食欲無い?」


 右隣を見るとフォークを持つ手が止まっている上に、お皿の上の食事もほとんど減っていない。そう言えば今日一日、クイニーやミンス、ザックにばかり気を回していたが、それこそアンリがフルールやカリマーと話を終え、部屋に戻った時からいつも以上に静かで、今思えばどこか浮かない表情をしていた気がする。


「ううん、大丈夫。さっき会長さん達がくれたお菓子、食べたでしょう?だからあまりお腹が空いてないだけだよ」

「それなら良いけど…。無理はしないでね?」

「ありがとう、アンリ」


      ***


 食事を終え本館を出ると空には満天の星が輝き、別館まで等間隔に並ぶ電飾で幻想的な雰囲気を思わせる道をのんびりと歩き別館へと戻る。そのまま一階の大浴場へ向かい、フレッド達と別れる。


「じゃあアンリちゃん、また後でね」


 相変わらず学園内にあるとは思えない広い浴場だが、今日は前回利用した時とは違い、他クラブに所属している女学生の先客達がお湯に浸かっている。彼女達はアンリが浴場内に足を踏み入れると一気に視線を集中させたかと思えば特に表情を変化させる事も無く、再び自らの会話に戻る。

 だが、既に完成された空間に足を踏み入れる勇気はアンリには無い。お湯に浸かるのは諦めて、ささっと髪や体を洗うと浴場を出る。


 寝間着に着替えて三階に上がると、さすがにまだ誰も戻って来ていない。一人でソファーに座ると鞄から本を取り出す。これは恋愛モノの小説で先日、フルールに借りたモノだ。


 夜特有の静寂の中、パラパラとページを捲る音だけが響く。だが数ページ読み進めたところで、途端に急激な睡魔に襲われて、本に書かれている文字が頭に入ってこなくなる。


      ***

 

 大浴場からソアラ達と部屋に戻ると本を手にしたアンリがソファーの上で静かに寝息を立てていた。


「あれ、アンリちゃん寝ちゃってる」

「今日は一日無邪気に笑って、はしゃいで疲れていたんだろう」

「ほんと無防備な奴だな」

「ここで寝たら体を痛めちゃうだろうし、ベッドに運んであげようよ」


 ミンスの提案に頷いたソアラは軽々とアンリを持ち上げると寝室へ連れて行き、ベッドに寝かせている。


「ちょっと早いけど、僕達ももう寝る?」

「眠たいなら先に寝れば良い。私は紅茶でも淹れて本を読んでいるよ」

「相変わらずザックは読書が好きだね。でもそういう事なら僕はアンリちゃんと一緒に寝よっと」

「…ミンス、本気で言ってるのか?」

「うん!別に良いでしょ?どうせザックは朝方まで本に夢中になって寝ないんだろうし。って事でおやすみ~」


 ミンスは鼻歌を口ずさみながらアンリとソアラの居る寝室へ向かっていく。そんなミンスの背中をレジスは溜息混じりに見送るとフレッドに笑みを向ける。


「バノフィーくんはどうする?眠るのなら寝室のベッドが一つ空いているだろうから、そこを使えば良いし、起きているのなら私の分と一緒にバノフィーくんの分も紅茶を淹れるから、ここに居れば良いよ」

「僕も今日は疲れてしまったので、早めに寝ておきます」

「そうか、じゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 紅茶を淹れるために動き出すレジスを置いて寝室へ向かうと、レジスの言っていた通り確かに一つのベッドが綺麗に空いている。が、隣のベッドの上ではアンリを挟むようにミンスとソアラが言い合いをしている。


「なんでお前まで同じベッドに入ってるんだよ」

「今日は僕がアンリちゃんと寝るんだもん」

「はぁ?アンリをここまで運んでやったのは俺だぞ。添い寝する権利は俺にあるだろ」

「僕の寝る場所は僕が決めるんだもん。今日はここで寝るの」

「あぁもう勝手にしろ。その代わりお前、寝相悪いんだから今日は大人しく寝ろよ」


 ミンスとソアラが言い合っていても、そんな二人に挟まれているアンリは起きる気配が一切無い。彼女は一度眠りにつくと眠りが深いのか、余程の事が無いと目を覚ましてくれないのだ。本当に心配になるほどアンリは無防備で危機感が無さ過ぎる。


「あれ、バノフィー来てたのか」

「フレッドくんももう寝るの?」

「…はい。今日は少し疲れてしまったので」

「フレッドくんに元気が無かったらアンリちゃんも心配するだろうから、今日はゆっくり休んでね」

「はい、ありがとうございます。お二人も、おやすみなさい」


 綺麗に整えられていた布団を捲り体を滑り込ませると、ひんやりしている。が、しばらくすると体温を吸収した布団は暖かくなっていく。

 隣のベッドの上ではアンリを起こしてしまわないように気を遣ってなのか、僕が眠れるように配慮してくれたのか、二人は声を抑えて話しているが、そんな彼らの姿を目に入れると再び胸の痛みが再燃しそうで、隣のベッドに背を向けて瞼を閉じる。


 どれほど時間が経ったのだろうか。隣の部屋からはレジスが読書に夢中になっているのか定期的に本のページを捲る音が微かに聞こえてくる。隣のベッドで横になるミンスとソアラは既に眠りについたのか、静かな寝息だけが聞こえる。


「うぅ…、暑い。苦しい…」


 うなり声が聞こえ、反射的に視線を向けると二人に挟まれるようにして眠っていたアンリが起き上がり額の汗を拭っている。

 フレッドと目が合うと寝起きで力の入っていない顔でアンリはフニャッと笑うと静かにベッドを抜け出し、隣のフレッドが横になるベッドまでやって来る。


「まだ寝てなかったの?」

「うん、今日はなんだか眠れなくて」

「じゃあ私もこっちで一緒に寝ても良い?」

「ミンスさんやソアラさんは良いの?」

「そもそもなんで二人と一緒に寝ていたのか分からないし、二人に挟まれていたら苦しいんだもん。それにせっかくフレッドが起きてるなら、眠れるまで一緒にお喋りしたいな」


 アンリはそう言うと遠慮がちにフレッドの掛けている布団を捲ると体を滑らせる。


「一緒のお屋敷で暮らしているけど、こうして同じベッドで眠るのは初めてだね」


 無邪気にアンリは笑う。そしてその言葉や表情が狙ったモノでは無いからこそ、彼女の一挙手一投足に心が揺さぶられてしまうのだ。


「ねぇアンリ、あまり男の人の前でそういう事は言わない方が良いよ」

「えー?私は思った事を言っただけだよ?」


 フレッドの忠告の意味が分かっていないアンリは首を傾げながら笑う。そう言う純粋さもアンリの素敵なところだが、だからこそ心配になってしまう。


「ねぇアンリ、アンリは三人からそれぞれ気持ちを伝えられたんだよね?」

「え?どうして知ってるの?」

「さっきアンリが居なかった時に彼らが言ってたんだ。…アンリは彼らのこと、どう思っているの?」


 本当はずっと先延ばしに出来る事なら、先延ばしにしていたい。だがソアラ達は互いに気持ちを伝えた事を告白し合い、それ以降吹っ切れたのか鈍感なアンリの気を引こうと積極的にアピールするようになった。それならば先にアンリの気持ちを知っていたい。


 薄暗い部屋の中でもアンリが顔を赤くしている事は、その表情を見ていれば想像がつく。今頃、脳内では彼らに想いを伝えられた時の事を思い出しているのだろうか。


「もちろん私はみんなの事が好きだよ。…でもクイニーやミンスくん、ザックくんの誰かが秀でて特別なのかって聞かれたら違うんじゃ無いかなって思うの」

「じゃあ気になってる人とかはいないの?」

「気になってる人かぁ…」


 アンリは一人、考える素振りを見せると悪戯っ子のような表情で「秘密」と笑う。


「それにフレッドも時々ご令嬢からお茶会に誘われているんでしょう?気になってるご令嬢とか居ないの?」


 自分で聞いておいて、まさか聞かれる番が回ってくるとは思っていなかった。

 

 確かにアンリの言う様に授業中や移動時間なんかに一人で居ると、タイミングを見計らったご令嬢がやって来てお茶会や舞踏会、散策に誘われることがある。だがそれもおそらくフレッド自身に興味があるというより、フレッドをパイプにしてソアラやレジスと少しでも近づきたいという魂胆だろう。


「僕はアンリ達以外とは必要以上に関わらないから。それに…」

「それに?」

「…ううん、なんでもない」


 僕はアンリが好きだよ。

 …なんて言えるわけがない。


 今思えば去年、アンリの社交界デビューも兼ねて開催された舞踏会。あの頃のフレッドはオーリン家の執事をしていたが、あの頃からアンリに惹かれていた。

 努力家で家柄や地位なんてモノがまるでパスタとスパゲッティの違い程度にしか思っていないようで、誰が相手だろうと分け隔て無く接する。そして時々心配になるほど気遣いなご令嬢。

 無邪気にはしゃいで笑ったり、お菓子を美味しそうに頬張る表情が可愛らしくて…。


 ミンスやソアラ、レジスのように想いを真っ直ぐに伝えられない僕は弱虫だ。それなのに彼らがアンリとの距離を縮めようとするたびに、僕らしくも無く気持ちを揺らされてしまう。


 それでもフレッドはアンリとの距離が物理的に近い。幼い頃からオーリン家で暮らしていて、今ではアンリの隣の部屋を使わせて貰っている。

 それなのに一方的に気持ちを伝えてアンリを困らせてしまったら、距離を置かれてしまったら、耐えられるわけがない。だから内心で焦りつつも、嫉妬しつつも弱虫な僕はいつまでもこの気持ちを表に出せない。


「アンリ…?」


 不意に視線をアンリに戻すと、それまで僕の瞳を見つめていた青い綺麗な瞳は瞼で隠れ、小さな寝息を立てている。


 静かに手を伸ばし、綺麗な黒髪を撫でると眠っているはずのアンリはフニャッと顔を綻ばせる。途端にアンリが動いたかと思えば、フレッドへとすり寄りフレッドの胸元に抱きつく。


「…!!…アンリ?起きてるの?」


 返事は無い。おそらく無意識のまま、フレッドの事を抱きしめているのだろう。


「僕は抱き枕じゃ無いよ」


 そう声を掛けると今度はフニャフニャと口元を緩めながらフレッドの胸にプニプニと柔らかい頬をすり寄せる。


「僕もそろそろ、この気持ちを抑えられないよ…」


 すぐ近くからはアンリの規則的な寝息が聞こえ、ふんわりと柔らかい髪からは甘い香りが直接鼻腔をくすぐる。


 フレッドはその後、結局ほとんど眠れないまま、一晩を過ごすのだった。


      ***


 朝日に照らされた寝室で目元に隈を作り眠るフレッドと、そんなフレッドに抱きつくようにして眠るアンリの事を先に目覚めていたミンス、ソアラ、レジスの三人は眺めていた。


「アンリ様、バノフィーくん、朝だぞ」

「なんで俺らと寝てたアンリがバノフィーに抱きついて寝てるんだよ」

「でも二人とも、すっごい幸せそうな寝顔だよ」

「ミンスは何を呑気なことを言ってるんだ」

「確かに僕はアンリちゃんが好きだけど、でも幸せそうに笑っていてくれるなら、それで良いんだもん」


 そんな話し声にフレッドは目を覚まし、寝起き特有の力の入っていない声を出す。


「あれ…、みなさん…、おはようございます…」

「おはよう、フレッドくん」

「昨夜はよく眠れたか?」

「えぇまぁ…、それなりに」


 寝ぼけたまま瞼を擦り、体を起こそうと力を入れるが上手く起き上がれない。どうやらアンリがまだ抱きついたままだったらしい。


「アンリ、起きて。朝だよ」

「一番早くに寝たくせに、全然起きねぇな」

「いつもは早い時間に起きているんですけどね」

「それくらいアンリ様も疲れていたんだろう」


 優しく肩を揺すりながら「アンリ」と、もう一度声を掛けると、アンリは唸りながらもゆっくりと瞼を持ち上げる。


「えへへ、おはよぉ…」


 寝ぼけて力の入っていない表情と寝起き特有の甘い声で微笑むアンリに、その場に居る全員が心打たれるのだった。

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