祭りは夜更けまで
「アンリ様、お疲れ」
衣装から制服に着替え、大講堂を出る。中央広場でみんなと食事を取っていた時は青空だった空はすっかりオレンジ色に染まっている。
ザックは壁に寄り掛かるように立ち、常に鞄の中に入れて持ち歩いているらしい本を読みながらアンリを待っていた。
「待っててくれてありがとう」
「舞台、みんな絶賛していたよ」
「ザックくんはどうだった?」
「良かったよ。それに普段のアンリ様とはまた違う新しい一面だったな」
先生に続き、ザックにも褒められるとアンリの頬は素直に緩む。
「疲れていると思うが、行けるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあさっさと終わらせるか」
舞台が無事に終わり一安心だが、まだアンリには仕事が残っている。仕事と言っても校内を一周歩くだけで、途中で何かあればその都度声を掛けたり、注意する程度のモノで、今朝貰っていたバインダーに挟んであるチェックリストを元に見回りするのだ。
模擬店が建ち並ぶ中を歩いて行くが、今朝に比べると活気は少なくなっている。
それもそうか。あと一時間もすれば模擬店の営業時間は終わり、後夜祭の準備の時間になるのだから。
「そこ、ゴミはゴミ箱に入れるように」
「ちぇ、めんどくせぇ」
「…おい、眼鏡の奴の隣に居るの、オーリン様だろ」
「マジか…。すいませんでした…」
学生への注意はほとんどザックがしてくれる。大抵の来場客や学生は大人しく従ってくれるが、時々反論したり無視する人もいる。だが不思議とアンリの顔を見るとハッとした表情で慌てると、大人しく従ってくれる。そのおかげでこの見回りも穏便に終わるだろう。
本館に足を踏み入れると教室によっては既に片付けを始めている所もあるようだ。
「特に問題なく、見回りも終わりそうだな」
「うん、そうだね」
「にしても学祭に一日参加するなんて、去年の私達なら想像できなかったな」
「ザックくん、改めて舞台見に来てくれてありがとう。それと、実行委員にザックくんが一緒に選ばれてくれて良かったよ」
「いきなりどうしたんだ?」
突如、改まって礼を告げるアンリに驚いたザックは足を止める。だが何か特別な理由があって礼を告げたわけじゃ無く、ただ正直に思った事を言っただけだ。
もし実行委員に選ばれたのがアンリだけなら、今頃見知らぬ学生達と見回りをする事になっていた。それどころか実行委員に選ばれても遠慮していたかもしれない。もし一緒に選ばれたのがザックでは無くクイニーやミンスなら、それはそれで楽しめたかもしれないが、仕事はまともに進まなかっただろう。
「特に理由は無いんだけど、急に言いたくなったの」
「そうか。でも確かに私もアンリ様が同じ実行委員で良かったよ。短い時間だけでも二人で居られるのが嬉しいよ」
「ザックくん?」
足を止めたまま、窓の外を見るザックは一呼吸置くとまるで過去を思い返すように語り出す。
「私は自分で言うのもアレだが、幼い頃から冷静で落ち着いた子供だと言われていたんだ。子供に似合わず大人びていると。ミンスや周りの子息達がはしゃいでいても、私だけはいつも冷静で大抵は彼らの仲裁役に回っていた」
「でもそれもザックくんの個性でしょう?」
「…あぁそうだな。でも子どもは正直だ。ミンスやクイニー以外の奴らは退屈だと言って去って行ったよ」
「…」
ザックは淡々と告げるが、きっと幼い頃のザックは少なからず傷ついたことだろう。ありのままの姿で過ごしていたら退屈だと言われ、見捨てられるなんて…。ザックの過去を知らなくても、想像しただけで胸が苦しくなる。
「悪い、別にこんな話をしてアンリ様にそんな顔をさせたいわけじゃ無いんだ。ただ一つ、伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?私に?」
「不思議なんだ。アンリ様と一緒に居ると皆達と一緒に居る時とは違った楽しさがある。もっと側に居たいと思うんだ。こんなに心を揺さぶられる事、初めてだよ」
ザックは真っ直ぐにアンリのブルーの瞳を見つめると静かに名前を呼ぶ。
「アンリ様。どうやら私はアンリ様に一人の女性として惹かれているらしい」
***
「ザックくん、改めて舞台見に来てくれてありがとう。それと、実行委員にザックくんが一緒に選ばれてくれて良かったよ」
「いきなりどうしたんだ?」
「特に理由は無いんだけど、急に言いたくなったの」
改まって礼を告げてくるアンリに驚いてしまう。むしろお礼を言いたいのはこっちだ。
アンリの初めての舞台は本当に素晴らしかった。昔、舞台の題材となった小説を読んでいたし、物語の展開もある程度思い出していた。だがそんな事は関係なく、途中からはただただアンリ達の創り出す舞台に引き込まれていたのだ。
実行委員についてもそうだ。もし共に引き受けていたのがアンリで無ければ、形だけで仕事を進めるだけで、楽しさを感じる前に淡々と終えていただろう。
「そうか。でも確かに私もアンリ様が同じ実行委員で良かったよ。短い時間だけでも二人で居られるのが嬉しいよ」
「ザックくん?」
「私は自分で言うのもアレだが、幼い頃から冷静で落ち着いた子供だと言われていたんだ。子供に似合わず大人びていると。ミンスや周りの子息達がはしゃいでいても、私だけはいつも冷静で大抵は彼らの仲裁役に回っていた」
実行委員の件だけでは無い。昔からこんな性格だったザックには幼い頃から友人と呼べる人はミンスとクイニーだけで、それ以外の子息達とはその場限りの関係だった。
まぁでもそれもそうだろう。ミンスのように愛嬌も無いザックと、社交の場で最低限関わる必要があっても、それ以外の場面で私的に関わりたいなんて思わないだろう。
「でもそれもザックくんの個性でしょう?」
「…あぁそうだな。でも子どもは正直だ。ミンスやクイニー以外の奴らは退屈だと言って去って行ったよ」
「…」
アンリは過去のザックを想像し、想いを馳せたのか、顔を歪め悲しそうな表情を浮かべる。
本当に優しい方だ。だが同情を貰おうとしたわけでも、そんな顔をさせたくて過去を話したわけでは無い。
「悪い、別にこんな話をしてアンリ様にそんな顔をさせたいわけじゃ無いんだ。ただ一つ、伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?私に?」
この見回りが終わってしまえば、アンリと二人っきりで過ごせる時間は滅多な事が無い限り、無くなってしまうだろう。それならば今だけは正直に気持ちを伝えておきたい。
「不思議なんだ。アンリ様と一緒に居ると皆達と一緒に居る時とは違った楽しさがある。もっと側に居たいと思うんだ。こんなに心を揺さぶられる事、初めてだよ」
ずっと不思議だったんだ。あれだけ冷静で、どんな時でも淡々としていて一緒に居ても退屈。何を考えているのか分からないと言われていたザックがアンリと居るとちょっとした事で心動かされる。
いくら勉強が得意でも、目に見えず計算も出来ない人の気持ちというモノを理解することは苦手だ。それゆえ自分の気持ちに疎いザックはつい最近までこの気持ちの正体に気がつかなかった。
でもようやく分かった。
「アンリ様。どうやら私はアンリ様に一人の女性として惹かれているらしい」
一息に告げると、徐々に言葉の意味を理解したアンリの顔は耳まで赤く染まる。そんな表情を見せられると期待してしまう。
だがアンリがザックを異性としてでは無く、友人の一人として大切にしてくれている事はザックでも残念ながら分かっている。
馬鹿だな、そこまで分かっていて困らせるような事を言うなんて。
「悪い、アンリ様。いくら友人とはいえ、分を弁えない事を言ってしまった。今のは私の気の緩みだと思って、忘れて欲しい」
そうだ、自分の気持ちを理解してもアンリに気持ちを伝えるつもりなんて無かった。ただ学祭というイベントに気が緩んでしまった。なにより変に気を遣われて関係があやふやになるより、告白なんて無かった事にして今まで通り接して欲しい。
「アンリ様、ここらで見回りも終わりだ。この後、行きたい場所があるんだが、付いてきてくれるか?」
***
ザックに付いてきて欲しいと言われ、どこに行くのかも分からないまま上階へと上がる。
まさかザックに想いを寄せられていたなんて思わなかったし、告白されるなんて想像もしていなかった。だがザックはアンリが戸惑っている間に「悪い、アンリ様。いくら友人とはいえ、分を弁えない事を言ってしまった。今のは私の気の緩みだと思って、忘れて欲しい」と言って一方的に話を終わりにした。
最近はすっかり忘れていたが、クイニーからの告白の返事も未だにしていない。それどころか、ザックやクイニーはアンリからの返答が欲しいと望んでいない。
クイニーの時はひとまず様子を見る事にしたが、本当に無かった事にして良いのだろうか。だからといって、ザックやクイニーがアンリに向ける好意と、アンリが彼らに向ける好意が同じ種類のモノなのかと言われると、何も言えない。
どこに行くのかも分からないまま、到着したのは本館最上階のラウンジだった。しかもラウンジにはフレッドやクイニー、ミンスだけで無く、カリマーやフルールを初めとした生徒会メンバー、そしてお母様やお父様まで揃っている。
「え?なんでみんな揃っているの?」
理解が追いつかず間抜けに口を開くアンリにミンスとフレッドは微笑む。
「えへへ、アンリちゃん驚いてる。サプライズ大成功だね」
「実は副会長さんに親しい人を呼んでお疲れ様会をやるから、アンリや僕達を招待したいって伝言を預かったんだ」
「そう、それでせっかくならアンリちゃんには内緒にしてサプライズにしようって僕が言ったんだ~」
離れた席でカリマーと笑い合っているフルールに視線を送ると遅れて気が付いたフルールは席を立つと、カリマーを置いてアンリの元まで走って来る。勢いのままフルールはアンリを抱きしめると上目遣いでアンリの瞳を見つめる。
「アンリちゃん、来てくれたんですね!舞台、とっても感動しました!」
「フルール先輩!ありがとうございます」
「えへへ、やっぱりアンリちゃんに抱きつくと癒やされますぅ」
カリマーは相変わらずのフルールに呆れながらも遅れてやって来ると頭を下げる。
「アンリさん、舞台に続き、見回りもお疲れ様です。レジスさんもご協力、ありがとうございました」
「カリマー先輩!お疲れ様です。でも先輩、私達がここに招待して貰って本当に良かったんですか?」
「えぇ、もちろん。それにこれはアンリさんの初舞台に対してのお疲れ様会でもあるんですよ」
「私の?」
「今朝、フルールが提案してきたんです」
視線をフルールに向けるとスリスリと頬ずりしていたフルールはアンリの方を再び見て笑う。
「えへへ、だってアンリちゃんは私に初めて出来た女の子のお友達ですから。そんなお友達の初舞台、しかも主演を演じきったアンリちゃんの為に私も何かしてあげたかったんです」
「そう言う意味も込めて、勝手ながらアンリさんのご両親にも声を掛けさせて貰いました」
カリマー曰く、舞台が終わり楽屋に戻った後、一度席を外したカリマーはキューバの絡みから逃げたのだと思っていたが、あのタイミングでアンリの両親の座るボックス席まで走り、ラウンジでお疲れ様会をやるからと招待していたらしい。
「カリマー先輩、フルール先輩、本当にありがとうございます!」
「いえいえ、今日は軽食も用意して貰っていますから、みなさんでごゆっくりしていって下さい」
「アンリちゃん、今日はまだまだ楽しみましょうね」
フルールはカリマーに引き離される形で惜しみながらもアンリから離れると、席へ戻っていった。そして入れ替わるように今までアンリ達に温かい微笑みを向けていたお母様とお父様がやって来る。フレッドやクイニー、ミンスやザックは空気を読み、一度離れていく。
「アンリ、舞台とても良かったよ。よく頑張ったね」
「私も感動して涙が止まらなかったわ」
「ありがとう、お父様、お母様」
「それにアンリにはたくさんの素敵なお友達が出来たみたいね」
「うん!みんな優しくて私と仲良くしてくれるの」
「貴方が幸せなら私も嬉しいわ」
「それにフレッドもずいぶんと馴染んだようだね。アンリ、ありがとう」
「ほらアンリ、みんなが貴方を待っているわ。行ってらっしゃい」
お母様達に見送られながらフレッド達の元へ戻ると、彼らはアンリを笑顔で迎え入れると、揃って舞台を絶賛してくれる。
「アンリ、色々な人から既に言われたと思うけど舞台、とっても面白かったよ」
「お前、本当に今回が初舞台なんだよな。あれだけの人の前で堂々と居られるんだから、さすがとしか言えねぇよ」
「それにそれに、ピンク色のドレスもすっごく似合ってて可愛かったよ!」
「ありがとう、みんな」
満面の笑みで礼を告げると彼らは口々に褒め続ける。すると話を聞いていたフルールがカリマーを連れてやって来ると、アンリの隣に腰掛ける。
「アンリちゃんの天真爛漫なお姫さまもとても可愛らしくて、お姫さまの為に奮闘するカリマーも格好良かったのです」
フルールの言葉に共感するように、フレッドやクイニー、ミンスやザックはカリマーの事も絶賛し出す。
アンリやカリマーは初めはお礼を言っていたものの、あまり褒められ慣れていない為、次第に恥ずかしくなって来る。
「会長、そろそろ時間ですよ」
助け船を出す様に声を掛けてきたのは生徒会のメンバーの一人だ。カリマーはホッと息を吐くと立ち上がる。
「みなさん、そろそろ花火が上がる時間ですよ。バルコニーの方に出ましょう」
揃ってバルコニーへ出ると校庭ではキャンプファイヤーが出来ていて、周辺には学生達が集まり語り合ったりしているが、雰囲気が良いからか、カップルの姿が目立つ。
学生達のカウントダウンに合わせヒューと笛を鳴らすような音と共に光の球が打ち上がると、大きな破裂音と共に大輪の花が夜空に咲く。色とりどりの花火はアンリ達の視線を集めるには十分だ。
まさか私の人生、こんな風に大切な人達と一緒に花火を見られる日が来るなんて思ってもいなかった。
最後に思い出す花火の記憶と言えば、五畳ほどの部屋の小さな窓から遠くの夜空に見える小さな花火だ。
アンリが沢木暗璃として過ごしていた頃、近所ではそれなりに有名な花火大会が行なわれていた。だが残念な事に沢木暗璃には友人と呼べる人もおらず、そういったイベントとは無縁だった。そして花火が上がっているからといって、特に特別味を感じる訳でもなく、ただただぼんやりと見える花火を横目に見ていた。
そんな暗璃が今では友人や両親と共に目の前で咲く美しい花火を見ている。花火は次々に上がるが、一つの花火が綺麗に咲いていられる時間はほんの一瞬だ。そんな儚さが余計に綺麗で、この時間を愛おしく思わせる。
「アンリ…?」
この場に似合わず怪訝そうに名を呼ぶフレッドに目線を向けると、アンリを見る瞳が揺らいでいる。遅れてアンリとフレッドに視線を向けたみんなもハッとして目を見張る。
「フレッド?どうしたの?」
「なんで泣いてるの…?」
「え?」
伺うように遠慮がちに声を出すフレッドに言われ、手を目元へ持って行くと、確かに目元は濡れていた。
でもこの涙は悲しさや苦しさ、恐怖から流れるモノじゃないとハッキリと分かる。
「私、今とっても幸せだなって思ったの」
花火の光が反射するキラキラとした涙を流しながらアンリが笑ってみせると、心配の顔を見せていた彼らは揃って頬を綻ばせる。
「ほんと、紛らわしい奴だな」
「でもそういう素直なところも、アンリ様の良い所だ」
アンリ達はフィナーレの花火が上がり、ラウンジに戻った後も軽食を取りながら時間が許すまで語り、笑い合うのだった。




