【山賊と檻】
五人組の男達が歩いていた。いずれも体格が良くて、武器を持ち、格好は小汚い。荒くれ者といった言葉がよく似合う。眼帯をつけた短髪の男が先頭を歩き、他は彼についていった。
「おい、村があるぞ」
五人の中で一番背が高い男がそう言った。遠方に目をやると、確かに建造物のような影とひらけた空間が見える。
「行くぞ」
眼帯の男の号令で五人は一斉に武器を抜いた。サーベルが三人に槍が一人。眼帯の男はファルクスと呼ばれる大剣を片手で握る。その人間離れした腕力と握力で彼は荒くれ者達のリーダーにまで上り詰めたのだ。
「さぁ、狩りの時間だ」
武器を携えて村に向かった五人だったが、村の全貌が目に入るや否や肩を落とした。廃村だったからだ。半分近くの家は焼け落ち、残りの家もいい状態ではなかった。薄汚れていたり、砕けている家もある。
だが廃村であっても彼らにとって全く価値がないわけではない。家やフェンスの木材だって綺麗にすれば売れる。家の中にもめぼしい物が残っているかもしれない。村が滅んだ理由にもよるが。
「変異歹っぽいっすね」
男の一人が仲間に言った。彼は家に出来た紫色の染みを指さして言った。
「殆ど跡は消えてるっすけど、間違いなく変異歹の体液っすね」
「いつ頃だ?」
眼帯の男が尋ねる。
「一年前ぐらいっすかね」
それを聞いた男達は肩を落とした。
「じゃあ他の組に既に荒らされている可能性が高いか」
「だな…」
「いいや」
リーダーは注意深く周りを観察しながら呟く。
「人に荒らされた痕跡は見当たらないな。こんな僻地だからそれも十分あり得る」
「ひとまず村の奥の方にも入ってみようぜ。宝探しだ」
五人は空き家をくまなく探しながら少しづつ村の奥へと進んでいく。リーダーの言う通り、意外にも家々には金目の物が残っていた。鍋や農具などの金属もあれば、包丁や斧や武器などもあった。収穫としては十分であり、男達は大層喜んだ。
「おい、なんか少し変じゃないか?」
「ああ」
無精髭を生やした男の呟きにリーダーが頷く。
「金目の物は残っているが、衣類や食料は取られた跡がある。食料なんて綺麗さっぱり無い」
それを聞いた男達は首を傾げる。
「この村、誰かいるかもしれない」
五人がさらに村の奥へと進んでいくと、村の中心と思しき円形の広場があった。当時は村人達の交流の場であったのだろう。その広場に広がる思いがけない光景は男達から驚きの声を出させた。
ずらりと並ぶ数十の木製十字架。その全部の足元には掘り返された跡がある。
「墓だ…」
「おい!」
男の一人が突然声を上げた。
「子供だ、人がいたぞ!」
「捕まえろ!」
見つかった事に気づいた影は慌てて逃げ去ろうと走る。だが四人の男達が脚力と見事な連携でそれを追い詰めていく。
「メスのガキだ」
「縄で縛れ。後は袋だ、袋を使え」
「やめて! 痛い!」
四人は少女の手足を掴むと、慣れた手つきでその体に縄を這わせる。少女はもがくも、次第に体の自由がなくなっていく。終いには頭に麻袋を被せられ、視界と呼吸が奪われた。首まで絞められ、少女が気を失うのにはさほど掛からなかった。
体の痛みで少女は目を覚ます。皮膚が引っ張られているようなつねられているような痛み。暫くして彼女は自分が縄で縛られ、木から吊り下げられている事に気づいた。しかも衣服が剥ぎ取られた素っ裸な状態で。
「目が覚めたか」
近くの岩に腰掛けていた眼帯の男が話しかけてきた。先程少女が見ていた五人組の中にいた一際体格のいい男だ。
「今から質問をいくつかするから答えろ。いいな?」
静かだが、迫力のある声。冷静で知力が感じられる喋り方が一層恐怖を感じさせる。
「…お洋服返して」
「ダメだ。全裸の無防備さと心細さが人を素直にする。それからルールが一つ、質問への答えと返事以外は発するな。わかったか」
そう言って男が剣を見せつける。男の言う通り、恐怖と不安から少女の反抗する気力は失われていた。
「わかった…」
「名前は?」
「アーサー」
「姓はあるか?」
「カタパルト」
「そうか」
男は淡々と質問をしてくる。その冷静な喋り方のせいなのか、アーサーに興味があるようにも無いようにも感じられる。
「歳は?」
「多分もうすぐ十二」
「もう少しガキだと思ったな」
逃げられないこの状況は恐ろしいが、この男が理不尽では無いのだとアーサーは感じ始めていた。何となくの感覚にすぎないが、アーサーは彼から人間味を感じていた。少なくとも癇癪で殺されたりはしなさそうだと思う。
「この村に何があった?」
「…」
少女の顔が曇る。
「変異歹だろ」
「…知ってるの?」
「質問は俺がする。次はないぞ」
圧のある語気にアーサーは萎縮する。巨大な剣がギラリと光る。
「動植物が突然変異した化物の総称だな。体が溶けていて紫色の内臓が見えていたろ」
アーサーは静かに頷く。
「襲われたのはいつだ?」
「この前の秋口」
「じゃあ十ヶ月ぐらい前か。お前それからずっと一人か?」
アーサーの顔は曇ったままだ。当時の事を思い出すのはいまだに苦痛だった。
「生き残った人達も何人かいたけど…」
「死んだか」
眼帯の男は考え事をするかのように空を仰いだ。
「おいヒュース、尋問は終わったか」
無精髭の男が近づいてきた。槍を持った丸鼻の男も一緒だ。
「ヒュースさん、終わったならそいつやっちゃっていいっすか? 俺久しぶりにしたいっす」
「全部終わってからにしろワグ。おいイヒ、家の探索の調子はどうだ?」
「まずまず収穫はありそうだ」
イヒと呼ばれた無精髭の男が答える。
「全部まとめるのに三日か四日といったところだな」
「よし」
眼帯のリーダー、もといヒュースが岩から立ち上がる。
「ワグ。ルイジに頼んで檻を作って貰え。この小さいのを入れておく」
「やるのは…?」
「最後だ。この村や近辺の事で聞きたいことができるかもしれない。それまでは無傷でとっておく。風邪ひかないように服も渡してやれ」
「了解っす。へへ、可愛いお嬢ちゃんこんにちは。後で素敵で可愛い鳥籠に入れてあげるっすよ」
アーサーの顔が青ざめる。人間に対してこのような嫌悪感を感じるのは人生で初めてだった。
「俺とイヒはトビーと共に村の解体と探索だ。売れそうなものを三日で集めきるぞ」
「了解」
暫くしてアーサーは二人の男によって木から下ろされ、手首以外の縄が解かれた。このタイミングに逃走を計ろうとも思ったが、手の拘束から伸びる縄がしっかりと握られていたため諦めざるをえなかった。男達もただの輩や馬鹿ではないという事だ。むしろその流れるような手つきは彼らが手慣れたプロである事の証明である。
彼女は前も隠せない素っ裸の状態で小屋に連れて行かれる。そこには鶏小屋を改造して作ったと思われる檻が用意されていた。錠前の鍵か巨大なノコギリ無しでは中から出られないように徹底されている。彼らの仲間には手先が器用なのがいるようだ。
アーサーは乱暴に檻に押し込まれる。男は彼女が着ていた服と一個のパンも投げ入れると、扉をしっかりと施錠した。
「腕出して」
格子越しにロープが切られた。
「死なれたら困るから寒かったりしたら言って。定期的に食べ物と水を持ってくるから、その時とかに」
髪がもしゃもしゃの男がそう言った。毛量が多すぎて顔の半分近くは隠れて見えない。
「今度一緒に遊ぶっすよ。それまで元気に捕まっててくださいっす」
丸鼻の男がいやらしく笑い、二人は小屋を出て行った。ガチャリという音がしたので、どうやら小屋にも鍵をかけていったようだ。
アーサーはヒリヒリする手首をさすり、服に腕を通した。檻は人が立てない程の狭さで、服を着るだけでも一苦労だ。
(寒い…)
数時間も外で全裸放置され、アーサーの体は冷えていた。体をさすって暖をとったり、気を紛らわそうとパンを齧ったりした。
(なんでこんな事になったんだろう…。私無事で済むのかな…)
丸鼻の男の顔が過り、アーサーは恐怖に震えた。
「助けて、アト……」
誰からも返事はない。