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どうか、決してほかの誰もこの可愛さに気づきませんように…

作者: 山本 歩乃理

 神社までの道のり。

 すごくうれしい一方で、ツラくもある。


 うれしいほうの理由は、決まりきっている。

 ユカリが俺のすぐ隣を歩いているからだ。

 町内だから片道わずか7分。

 とはいえ、こんなのまるでデートみたいだ。


 ……はっ! 『みたい』じゃなく、これはデート と言いきってしまっていいんじゃないか?

 たとえユカリにそんなつもりはないとしても、俺がデートだと思えば、少なくとも俺にとってはデートだ!


 はああ、俺の幼なじみで、誰よりも可愛いユカリ。

 今日も最高に可愛い。

 白いダッフルコートの裾に付いている泥はね汚れさえも!


 ユカリのことだ。

 どうせ、雨の日になーんの頓着もせずに着たんだろうな。

 おばさんに『また汚して!』と文句を言われても、『気づいたときには汚れてたんだよね』と、ケラケラ笑うユカリが目に浮かぶ。

 そんな想像のユカリすらも愛おしい。


 なら、どうしてユカリとのデート(と呼ぶことに決めた!)がツラいのか……

 それもわかりきったこと。

 これから高校受験の合格を祈願するつもりだからだ。


 お互い違う高校を志望しているっつーのに!

 何が哀しゅうて、ユカリと違う高校に行くことをお願いしないといけないんだ……


 せめて、ユカリには女子高に行ってほしかった。

 けれどもユカリの志望校は、滑り止めも含めて全て共学だ。


 だったら、俺はユカリと志望校をそろえたかったよ。

 でもそんなことが親に許されるはずもなかった。


 それもこれも、俺が勉強をがんばってしまったからで……

 くっ、自分が憎い!


 でも、仕方ないじゃないか。

 お年頃の俺は、ユカリに少しでもいいところを見せたかった。

 そして、俺にはそれぐらいしか取り柄がなかった。


 テストの結果が返ってくるたびに、ユカリは『さっすがー』とか『すごいねー』と、お世辞なんかじゃなく心底感嘆してくれた。

 けれど、それだけだった。


 『私に勉強教えて』とやってくるのはユカリ以外の女子ばかり……

 小学生の頃はとにかく足が速くないといけなかったのに、中学では足が速くなくても構わないもんらしい。

 中学ではなぜか勉強ができることを評価してくれる女子も現れて、それなりにモテるようになった。


 俺のほうは、中学に上がったところで気持ちが変わることはなかったってのに。

 俺の心を占領するのは相変わらずユカリだけだ。


 ユカリに見直してほしくてがんばった挙げ句、ユカリと高校は別々だなんて世話ないよなー。


 勉強だけの俺に引き替え、ユカリは中学に入ってからはバレー部でがんばっていた。

 キャプテンとして弱小だったチームをまとめ、そして引っ張り、この夏には県大会にも出場した。

 『たぶん10年以上振り(顧問すら正確なことは知らない)』の快挙だったらしい。


 カッコよかったユカリ。

 カッコよすぎて、男女どちらからも女子認定されていなかった。


 実際、部活を引退するまでは、ユカリのほうが俺よりも女子からモテたしな。

 だから、幼なじみとはいえ性別の違う俺とユカリが一緒に行動していても、みんな気に留めることがない。

 お陰で、ほかの男子からユカリをがっちりガードすることができている(しめしめ)。


 ユカリはユカリで、俺のことを好きだという女子からやっかまれることもない。

 中学生活は、思う存分ユカリと過ごせている。


 だというのに、高校ではそれが叶わなくなるなんて!



 何とも寒々しい砂利道……


「相変わらず誰もいないねー」


 神社の鳥居をくぐりながら、ユカリがそう言って笑った。


「それを狙ってたんだろ?」

「そうそう」


 普段は寂れた神社だけれど、夏祭りの期間中と正月三が日はウソだろ!? ってほど混む。

 かき氷を買うにも参拝するにも、神社がまだ見えてこないようなずっと先から並ばないといけない。


「受験生が風邪ひくわけにはいかないじゃない?」


 ユカリの提案で、1月末にこうして初詣、兼合格祈願にやってくることにしたのだった。


「一拝二拍手でいいんだっけ?」

「ニ拝二拍手じゃないか?」

「そっか」


 素直に2回お辞儀をするユカリを横目で見た。

 部活を引退して、髪もずいぶん伸びた。

 部活引退前までは、俺も安心しきっていたんだけどな……


 現役だった頃のユカリは、ベリーショートにしていて、背はひょろっと高いのに幼く見えた。

 ベリーショートにする理由を、『部活のとき邪魔にならないし、朝が楽だから』と説明するユカリは色気ゼロだった。

 いかにもユカリらしかった。


 それでも、頭の形がいいユカリにはよく似合っていたと思う。

 はっきり言って、俺は好きだった。


 それと、ほかの男子たちからはウケが悪かったのも、俺にとっては都合がよかった。

 ほかのやつらは、風に揺れたり、さらっと流れる長い髪ばかりを追っていた。


 それでいい。

 ユカリの可愛いさは、俺だけが知っていれば充分だ。


 そう思っていたのに……


 実のところ今、由々しき事態になりかけている。

 夏までベリーショートだった髪が、今やショートボブにまで伸びてきているのだ(でもはっきり言って、こっちも好きだ!)。


 ユカリは渾身の力を込めて手を叩き、パンッ! パンッ! と気持ちのいい音を境内に響かせた。

 真剣な顔で祈る横顔。


 頬もふっくらしてきたなー。

 あっ、やべえ。これ以上見ていたら、本気であの頬に触れたくなる。

 あー、俺がそう思うってことは、ほかのやつらも同じことを思う可能性があるんだよな……


 運動量が減っているのに、受験勉強の合間に甘いものを口に入れているに違いなかった。

 それでもまだ標準体重には足らないだろうから、もっと丸くなってもいいはずだ。

 というか、健康ならどんな体型だろうが構わない。俺から見たら、どんなユカリもユカリだ。


 だけど!

 ほかのやつらはそうじゃない!

 そして、少しふっくらしてきた途端、ほかの女子に向けるのと同じいかがわしい視線でユカリを見始めた。

 ユカリを見守る俺のセンサーがすぐさま感知したから、俺はそのことに気づいている。


 許せん! 俺の……おおっと、思わず『俺の』と所有格を付けてしまったが、これはマズいな。

 こういうのはユカリに嫌われそうだ。

 気をつけねば。


 ええっと……

 そうだ、俺の大事な幼なじみ!

 これなら『俺の』でも問題ないだろう。


 俺の大事な幼なじみを、そんな汚れた目で見るな!

 俺なら! ……あー、いや、俺は……その……

 ま、まあ、俺だってちょっと(?)はそういう目で見てしまうんだけど……


 だ、だけど、俺はいいんだよ。

 何でって、俺はいかがわしいっていっても、下心オンリーじゃなくて、あくまで純粋な気持ちがベースにあるんだから。

 他のやつらとは決定的にそこが違うんだ!


 それに、俺は誓ってユカリだけをいかがわしい目で見ている。

 その他大勢の女子とひとまとめにしているやつらとは、訳が違う。

 ユカリとその他大勢の区別もできないような輩が、ユカリにいかがわしい視線を投げつけるな!


 しかし、だ。

 考えようによっては、それはまだマシなのかもしれない。

 今後は俺のように、この唯一無二の可愛いさを見つける男が現れるとも限らないじゃないか。

 高校では俺がガードできないんだから。

 そうなってしまったとき、俺はどうしたら……


「トモキの番だよー」

「うおっ!」


 不意に覗きこまれて、心臓が跳ねた。

 ユカリの顔が間近に迫っていた。


 咄嗟に目を逸らそうとして、視線がユカリの口元にいった。


 あっ、やべえ……


 その小さな唇に自分のそれを重ねたい衝動が全身を駆け抜けた。

 俺は、バクバクする心臓を必死になだめた。


「ぼーっとしてたね。神様へのお願いをどうするか考えてたとか?」


 そうか、神様がいたんだった!


「でも、『第一志望校に合格できますように』の一択じゃないの?」


 違うっ!


 財布から賽銭用のお金を抜き出した。


「えっ、博士!?」


 そう、俺が手にしているのは北里柴三郎博士だ。

 俺はもう神様にすがるしかない!


「やめときなって! 神主さんだって常駐してないような神社で!」


 確かに神主は神事のときだけ、隣の市にある大きな神社からやってくる。


「神主はいなくたっていいんだよ。神様さえいれば」

「神様もイベントのときに出張で来てくれるだけで、今日だって不在かもよ?」

「んなことあるかっ!」

「ねえ、トモキは何がそんなに不安なの? 普通にやれば……っていうか、ちょっとぐらいミスしたって平気なぐらい安全圏なんじゃないの?」

「そうだけど……」


 俺の願い事はそれじゃない。


「と、とにかく俺はこの千円札を納める!」


 そうして、何が何でもこの願いは聞き入れてもらうんだ!

 『あちゃー』という顔のユカリ(その顔も力いっぱい抱きしめたくなるほど可愛い!)を尻目に、俺は祈った。

 それはそれは真剣に!


 どうか、どうか! 俺のいないところで、決してほかの誰もユカリの可愛いさに気づきませんように……



 これでいい。

 ユカリを守れるなら、博士のひとりやふたり、財布からいなくなっても痛くない。


「ずいぶん熱心に拝んでたね」

「当たり前だろ」

「そうなんだ。じゃあ、そんなトモキには……」


 ユカリが突如コートのポケットに手を突っ込み、モゾモゾと探り始めた。


「あった、あった。これ、トモキにあげる」


 ユカリが俺の手に何かを握らせてきた。


 くっそー。

 何で俺、手袋なんかしてきた?

 まあ、仮に俺がしてなくても、ユカリはつけているから意味ないんだけど……それでもこの手袋1枚分の厚さが悔しいっ!


 ユカリがにっこにこで、俺の手から自分の手を離した。


 俺の手のひらに残っていたもの……

 それは手作りのお守りだった。


「もしかして……ユカリが?」

「手芸屋さんでキット買って作ったから、簡単だったんだけどね。へへっ」

「刺繍も入ってんじゃん」


 俺の名前と“合格”の文字は明らかに手刺繍だった。


 ユカリは体育会系だが手先が器用で、手芸も好きなのだ。

 そのことを知っている男は俺だけ。

 そう、俺だけが知っている(ここ、重要!)。


 ああ、堪らん!

 受験が終わったら、ユカリに告白して付き合いたい!


 まあ、その勇気が出せれば、の話だけれど……


「中には、『トモキが第一志望校に合格しますように』って書いた紙を入れただけなんだけど。念はたっぷり込めておいたよ」

「うわー、俺受かる気しかしないわ」

「大袈裟。でもこの神社って、普段はお守りとかの授与はないでしょ? 私が作ったのでも、ないよりはマシだと思って。一応ね」


 これ以上ご利益のあるお守りなんて存在しねーよ!


「トモキなら大丈夫に決まってるし、それよりも自分の心配してろって感じなんだけどね」

「そんなことない。うれしいよ。俺、がんばるわ」

「私もがんばろっと。お互い第一志望に受かったら、学校が近いから一緒に登校できたりするかな?」


 な、何だと!?


「そっか、そんなことできるんだ。ユカリ、賢いな!」

「それと、たまには放課後に待ち合わせとか。高校生っぽくてよくない?」

「いいな、それ……」


 高校の制服を着たユカリが、俺に手を振る……

 俺はユカリを抱き上げ、クルクル回る……


 おおっと、いかん!

 このままだと、うっかり目の前のユカリを抱き上げてしまいそうだ。

 妄想の続きは家に帰ってからだな。


「で、でも、ユカリは高校でもバレー部に入るつもりじゃなかったか?」

「入るよ。だから『たまには』って言ったの」

「そうしたら、また髪は短くすんの?」

「うん。今は防寒としていいけど、春になったら切る、切る」


 よっしゃー! これはさっそく賽銭の効果か?


「あっ、でも高校は“ポニテ禁止”っていう謎ルールがなくなるだろうから、このまま伸ばそうかな?」


 なぬ? ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ポニテ!?


「トモキはどう思う?」

「俺っ!?」


 見たい! ポニテのユカリをひじょーに見たい!

 だけど、見せたくない!

 ああ、どうすれば……


「やだ、そんな悩まなくていいよ。ちょっと聞いただけだもん。どんな答えをもらっても、どうせ私は自分がしたい髪型にすると思う」


 ユカリは昔からそうだった。誰から意見されようともブレない。


「そうだよな。高校でも我が道を突き進んでてくれよ」


 ユカリはユカリでいてくれ。


「ふふん、もちろん。トモキはどんな高校生になるんだろうね? あー、ちょっと心配かも。トモキ、高校に行ったらますますモテそうだもん。彼女とかできたら、幼なじみなんてどうでもよくなりそう」

「はああ? ならんわ!」


 てか、俺の彼女になれるのはユカリだけ!

 いつか勇気が出せた暁には、速攻で俺の彼女にユカリを指名しに行く! 


「でも、トモキは年上がタイプなんでしょ? 高校に行ったら、美人な先輩がいっぱいいそうじゃない?」

「へっ、年上……?」


 一瞬何のことだと戸惑ったけれど、すぐに思い出した。

 あれは、3年になってすぐのことだった。

 ユカリが休み時間、唐突に俺を廊下呼び出し、聞いてきたのだ。


 ──トモキはどんな女子がタイプ?


 あのときの俺は、心臓がどうにかなりそうだった。


 ──な……何で?


 質問に質問で返しながら、頭の中で絶叫していた。


 『どんな女子』って聞かれても、『どんな』の意味がわかんねーよ!

 『どんな』なんてねーし!

 もちろんユカリ! ユカリがタイプ!


 ──あー……


 ユカリは気まずそうに言い淀んだ。


 えっ、これってもしかして期待しちゃっていいわけ?

 そんな質問をするってことは……


 ユカリは顔の前で小さく手招きをしてきた。

 俺がそれに応じると、ユカリは俺の耳元に口を寄せてきた。


 俺の体は期待でパンパンになった。

 ユカリの息が耳にかかって、はち切れる寸前まで膨らんだ。


 ──あのね、誰かは教えられないんだけど、友達から頼まれて


それを聞いた瞬間、一気に体中の空気が抜けてしまった。

ガッカリするにもほどがある……


 ──幼なじみがモテると、私も鼻が高いな。トモキは優しいから当然なんだけど


 俺が……『優しい』……?


 それは大いなる誤解だった。

 はっきり言う。

 俺の優しさの対象は、ユカリだけ。

 つーか、女子はユカリ以外まともに見えてもいない。

 でもユカリに悪く思われたくないから、ユカリの友達にまでついでにいい人ぶりたいと思っている。


 問題は、ユカリは友達が多く、誰がユカリの友達なんだか判別できないことだ。

 結果として、女子全員にいい顔をしている。

 それだけに過ぎない。


 脱力しまくってやる気のなくなっていた俺は、そのとき『年上』とだけ答えたのだった。

 3年生なのにそう答えておけば、後々面倒がなくていい。

 そんな打算も働いての回答だった。

 それに俺より2カ月とはいえ、年上は年上だ。ウソは吐いていない。


 ユカリはあのときのことを覚えていたんだな。

 少し意外な気がした。


「高校は違っても、私とはこれからもよろしくね」

「当ったり前だろ」


 おれの中学の思い出はユカリだらけ。

 なんなら小学校時代や幼稚園時代だって。

 いや、俺の人生、ユカリしかいないんだ。

 これから先だって……



 ユカリを家まで送り届け(というか神社から俺ん家までの途中にある)、ひとりになったところで、もう一度お守りを確認した。

 そうして、“合格”の文字をひと目ひと目、指でなぞる。


 俺の合格を祈りながら、丁寧に刺してくれたんだよなー。


 30分足らずのデート。

 それでもユカリを独り占めできた。


 もしユカリが俺の彼女になってくれたなら、もっと長い時間ユカリを独占できるんだろうな……

 デート中は手もつないで……

 あー、帰り際にキスとかしてみてー!

 ロマンだ、ロマン。


 ユカリと付き合いてーよ。

 でも『好き』って言うのって、めちゃくちゃ恥ずかしくないか?


 彼女がいるやつら、どうやったらそんな勇気を出せたんだ?

 もしかして彼女のほうからか?

 だとしたら羨ましすぎる!


 ユカリから告白してくれるなんて奇跡は、これから先も起きようがないだろうな。

 それと、ユカリのほうから俺の気持ちに気づいてくれて、『彼女になってあげよっか?』って線もないだろうな。

 何せユカリは最強に鈍感だから(そんなところもまた可愛いんだから仕方ない)。


 何かの拍子に、俺のなけなしの勇気をぎゅうぎゅうに絞り出して、


「ユカリが好きだ」


 そう言えたとしよう。

 どうせユカリのことだ。


「私だって好きだよ」


 そんなふうに、ケロっと答えてきそうだ。


 となると、そこから俺の『好き』は幼なじみとしてじゃなくて(それもあるんだけど)、恋愛的な意味なんだってことをいちいち説明するハメになる。

 それは、さらにこっ恥ずかしい。


 正直なところ、自分でも『好き』だと伝えるのがどうしてこんなに恥ずかしいのか、よくわかっていない。

 でも、とにかく恥ずかしい。


 気合い充分な“合格”の次に、小さいのに形の整っている“トモキ”をゆっくりなぞった。

 ふと……本当にふと……


 このお守り袋の中に入っている紙が見たい。


 そう思った。


 いやいやいや、お守りの中身を開けて見るなんて……

 でも、これは神社で授与してもらったお守りとは違うし?

 中身は何なのか聞いて知っているんだし?


 だけど、『トモキが第一志望校に合格しますように』って、それはつまり、俺への激励メッセージだろ?

 俺が見てはいけない道理がないではないか。


 もちろんユカリの筆跡は熟知している。

 ユカリの字なら、ひと目でそうだと判別できるほどに。

 それでも、どんな字で書いてくれたのか無性に見たい!


 もしもお守り袋が縫い閉じられていたら、ここで思い止まっていたと思う。

 いくら中を開けたくても、ユカリが縫ってくれた糸を切るようなことはできないから。

 しかし、紐で結んであるだけなのだ。

 しかも結び目を完全に解かなくても、緩めるだけで中身が取り出せそうだ。


 これはむしろ見てほしいんじゃないか?


 後ろめたさを感じないように、俺自身を説得した。


 急ぐ必要もないのに大慌てで手袋をはずして、ポケットの奥に詰めた。

 お守り袋の口をそうっと開くと、出てきたのは折り畳まれた小さな白い紙。

 かじかむ指先では広げるのに苦労するほどの小ささだ。


 完全に広げてもまだ小さかった。

 片方の手のひらに、はみ出すことなく完全に乗る。

 その正方形の真ん中には、


『トモキが第一志望校に合格しますように』


 と、力強く横書きされていた。


 けれど、それだけではなかった。

 その下、紙のギリギリ下端に、よくもまあこんなちっちゃい文字が書けるな、と感心するような極小の文字が並んでいた。


『そして、トモキがいい加減、私の気持ちに気づきますように』


 心臓が震えた。


 どっちが最強に鈍感なんだよ?

 あれだけユカリのことを見ておいて!


 俺の羞恥心なんて、木っ端微塵に弾け飛んだ。

 お守りを握り締めて、全力で駆け出した。

 俺はユカリの家に引き返していた。



おしまい



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