第3話 大嫌いなドーテー君
「はぁぁぁ〜! やっぱり『ナギ』ちゃんの歌声最高ぅ〜! アタシもこんなふうに歌ってみたいなぁ〜!」
透き通るくらいに綺麗な声。力強いところと弱めるところがはっきりとしていて、抑揚が得意だと本人が言っていた。サティのボーカルを担当している『ナギ』の歌っている場面を、アタシは何度も再生していた。
そもそもサティには六名のメンバーが存在している。そのうち三人が男性。三人が女性という構成となっている。それぞれ五人には担当している楽器、役割を持っており、曲を作る際にはリーダーの采配によって仕事をしているのだという。
古参であるアタシはサティのメンバーについては熟知している自信がある。
先ほど紹介したように、ボーカルの『ナギ』ちゃん。女性。年齢非公開。彼女に憧れを抱いているアタシは、同じ女性であることを意識して、友達であるかのように呼んでいる。だからちゃん付けの『ナギ』ちゃんといつも呼んでいる。
次にベース。『カナデ』さんという方らしい。こちらも年齢非公開。というか、全員が年齢を非公開としているため、この辺りは基本的に知ることはない。またまた女性らしく、ベース以外にもギターを弾けるのだとか。作曲はあまり行わないが、一応できる模様。
そしてドラム。こちらも女性。名前は『ユリ』という方。ベースのカナデさんと同じだと思うけど、おそらく本名をそのまま使用していると思われる。ネットの世界だから確証はないけれど、多分そうだと思う。リーダー曰く、サティのメンバー内で唯一ドラムが演奏できるらしく、作曲をする際は非常に助かっているとのこと。
その次はギター。ナギちゃん、カナデさん、ユリさんの女性陣が三人紹介したということで、つまりここからは男性ということになる。名前は『コガ』。リーダー曰く、この方はメチャクチャ頭が悪く、元々ギターは弾けなかったらしいが、リーダーが厳しく教えたところみるみるうちに上達していき、その辺のギタリストは超えてるほどの腕前だとか。ちなみに作曲は一ミリもできない。
そして最重要なポジションを担っている、サティのリーダーである『Ryo』さん。読み方は『りょー』さんで合ってるのかな。この方はサティの曲の全てを作成しているらしく、サムネイルや歌詞の挿入、もう全てのことをできるのだ。今のメンバーを探し出してスカウトしたのも全てこの方。なんか神みたいな人だけれど、さらにすごいことがあるのだ。なんと担当している楽器はピアノやエレクトーンなどのキーボード類で、ピアノに至っては世界的に有名な国際ピアノコンクールで最優秀賞を受賞した経歴を持つという。とにかくすごい方なのだ。
最後は『DT』という方。この方は最近になってメンバーに加入したらしく、担当する楽器は未だに分かっていない。新曲の概要欄に名前が書いてあるのだけれど、音響担当としてその名前が書かれているのみ。素性は分からない。
とにかくこの六名でサティは構成されているのだ。年齢は全員非公開にしてはいるけれど、実は歳は全員近いらしく、仲もいいとのこと。
「いいなぁ……」
羨望の目を向けて、明日に体育座りをする。膝を腕で抱えて、ちょうどよく顔が隠れるくらいの高さにした。
「でも……メジャーデビューはしてないんだよね……」
そう。あくまでサティはネット上で活動している音楽グループ。事務所になどは所属していないし、なんなら事務所からのお誘いを断っていると、ナギちゃんがSNSで呟いてた気がする。だがしかし、なぜ断る必要があるのだろう、とは思う。
もしかしたら……断らなければならない事情があったり……。事務所に所属することができない理由があるのかもしれない……。その辺はよく知らないけど……。
変なことは考えずに、アタシはサティの曲を聞きまくった。
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学校にて。休憩時間でのことだった。
「なあ真凛。今日、二人で帰らねーか? 途中で色々と寄り道したいところもあるしよ」
「アタシと!? な、なんで……って、あ、あぁー……」
そういえば、時也とはお付き合いをしているのだった。それにしてもなんだか変な感じである。流れで付き合うことが決定したということなので、自覚は全くと言っていいほどないし、それほど付き合い始めて恋人同士でするようなことをやっていない。時也はイケメンだからやたらとモテるし、ガツガツ踏み込む肉食系。付き合った人数は多いことだろう。まあ、アタシも同じですけど。
自分で言うのもなんだが、アタシはすごくモテてると思う。小学校や中学校、高校において、告白されなかったなんてことは一度もなかった。それはつまりアタシがモテているという確固たる証拠であり、揺るがない事実ということになる。
クラスでも中心的で、髪の色も金髪。見るからにギャルっぽい見た目なのだろう。ま、まぁ、紘子ほどではないけれど。ネイルも長いし、みんなからチヤホヤされるのが当然だと思うくらいに、決定的に顔が可愛い。これはもう自分でも思う。顔面偏差値がとにかく高いと思う。
それに比べてクラスの男子はなんなのだろう。根暗なポジションの人間がウジャウジャと集まっている。虫のように、ウジャウジャと。彼らはスクールカーストというものを意識していないのだろうか。自分がクラスではどのような立ち位置で存在しているのか、自分はどのような性格の人間であるかなど、それらを全く気にしていないのだろうか。
いいや、考えていてもキリがない。アタシはアタシで、こんな根暗な人間なんて気にせずに、ただ毎日を楽しく過ごしていればいいのだから。自分はクラスでも中心的な人間、『総武真凛』であるということに誇りを持てばいいのだから。
だから……こんな人たちのことなんて、気にしなくて……。
『ガンッ!』
「きゃっ……!」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。机が急に揺れて、その振動がアタシの体に伝わってきただけ。びっくりした。
「あ、ごめんなさい」
「ごめんなさい、じゃないわよ! アンタ何したのよ!」
「いやぁ、歩いてたら机にぶつかってしまっただけだよ……」
そんなことを抜かす男がいた。ボサボサな髪の毛。目元まで前髪が伸びていて、顔がしっかりと見えない。明らかに陰キャな人間。
そう。この間、アタシや紘子に対して失礼な態度をとってきた男。伊達冬助……通称『ドーテー君』。そのドーテー君がアタシにぶつかってきたのだ。アタシというよりは、アタシが座っているところの机にだけれど。
「は、はぁ? 机にぶつかっただけ? アタシがここに座ってるの分かってたわよね? それをぶつかっただけって片付けるのは流石にないでしょ……」
「うーん……。総武さんがいたことに気づいてなかったよ……」
「え……?」
え、え? は、え? 何言ってんのよコイツ。アタシがいることに気づかなかった? アタシのことに? アタシに? こんな陰キャなドーテー君が、アタシに気づかなかった? なにそれ。何そのつまらない冗談。
だ、だってアタシは、クラスの中心人物で、いろんな男から声をかけられて……。《《親以外》》だったら、誰でも気づいてくれる、そんな女の子なのに……。
このアタシを……いないものみたいに……扱った……。
この、アタシを……。
「真凛、大丈夫ー?」
「おい大丈夫かよ、真凛」
「ひ、紘子……。時也……」
「またドーテー君に嫌なこと言われたのー? ホントにまじで、一回しばいた方がいいんじゃないー? 真凛もこのままだと嫌でしょー?」
「う、うん。そうだね。今日はちょっと本当にムカついたかも……。でも、大丈夫よ……」
「よし! じゃあ帰りに真凛が食べたいって言ったスイーツ、全部奢ってやるよ。あのクソ童貞をぶっ飛ばすのは、また今度ってことで。嫌なことを忘れるのが先だろ?」
「うん! それが一番ね! ありがとう時也!」
とりあえず、分かったことが二つある。一つ目は、時也はアタシのことを大切に思ってくれること。二つ目は、アタシはドーテー君が大嫌いだということだ。
その日の帰り、大量のスイーツを食べて時也の財布をすっからかんにさせてしまった。でも嫌な記憶を忘れられたから、アタシとしては全然オッケーだ。