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第2話 ムカつく男、その名はドーテー君

 また今日も、同じく学校に向かった。朝は非常に苦手であり、毎日アタシを目覚まし時計が起こしてくれる。個人的には人に叩かれて起こされるように感じるほどなのだけれど、そんな極端で分かりにくい表現をしても、到底理解はし難いと思う。


 朝ご飯を食べて、少し休憩してから学校へ向かうために荷物の準備をして、そして玄関の扉を開いて、歩き出す。玄関から出るとすぐに綺麗な街並みが目の前に広がる。マンションはこういうところに利点があると感じる瞬間だ。


 こうしてはいられない。いつもギリギリの始業時間で学校に到着するものだから、流石に先生たちも痺れを切らしたのか、昨日にはきちんと注意されてしまったのだ。そんな遅刻程度で注意をするなら、他の子の服装とか髪色とか注意しろよ、と言ってやりたかったけれど、そこは大人なアタシであるため思いとどまることができた。


 ブレザーのポケットから白色のプラスチック製の箱を取り出す。箱には蓋のようなものがついており、パカッと開く仕組みになっている。その中から二つの左右対称となる小さな部品を、その箱の中から取り出して、自分の耳の形に合うようにして固定した。アタシの持っているワイヤレスイヤホンは意外と耳にフィットしていて落ちにくくなっている。


 スススとスマホの画面を操作して、音楽アプリを起動させた。サティの曲を聞くためのものである。


「ふんふんふーん!」


 マンションに常設されてあるエレベーターを使用してエントランスまで降り、郵便物を確認してからマンションをやっと出た。アタシやアタシの家族が住んでいる部屋の場所は、そのマンションの中でも結構高い位置に存在しているため、エレベーターで降りてくるだけで少し時間をロスしてしまうのだ。


 もうすでに8時20分。ここから始業時間に間に合うのか!? 総武真凛の運命やいかに!?




 結局遅刻してしまい、担任はため息をついていた。呆れているせいでか、怒ったり注意をしたりはしなかった。



 ****



「次は移動教室らしいよー」


「理科室なのかな? でもどっちの? 第一? 第二? 先生はその辺ちゃんと言ってた?」


 紘子の曖昧な発言から、アタシはそう言及する。アタシたちの通っている高校には複数の教室が存在しており、第一理科室や第二理科室といった同時に実験室として利用できるように常設してあるのだ。そもそもこの高校は私立の高校だし、それなりに資金も持っているはずだから、たしかに可能ではあるということだ。


「あ、あー……。いんや、移動教室とだけ言ってた気がするけども……。詳しくはー、あーしは知らん!」


「そんな適当な感じにされても……」


「真凛だけじゃない! あーしも困る! なんなら他の子達もいっぱいお困りの様子なのだー!」


「元気いっぱいにしても変わらないわよ。先生のところにいって直接聞きに行くのは……。まあ、紘子の性格上だとそれは面倒か……」


 教室から半身だけ出そうになっていた時に、紘子の姿を見た。自分の席の椅子に大きく座り、背もたれを十分に活用するようにして、天井を見ていた。アタシが出るのを止める寸前で、引き止める形でこう言った。


「おー! さっすが! 真凛はあーしのこと分かってるぅー!」


 それはもう、長い付き合いなのだから当然だろう。小学校、中学校と続いて、高校。同じ学校で一緒にいるのだ。そのあたり舐めないでもらいたい。


「どうせ他の子が聞いてくれるでしょ。じゃあ先生からちゃんと呼ばれるまでここで待機ってことでー。どうせアタシなんか、勉強したって何も力にならないんだし。好きなことやって暮らしていけたらいいなー」


「それあーしも思ったー。とりま勉強なんて全部やめちゃおうよ。バカは結局バカにしかなれないんだから。どうひたすらに足掻こうと、天才にはなれないのよー」


「それなー」


 ケラケラと教室内で喋っていると、一人の男の子が現れた。扉のところで立ち止まり、アタシたちに向けて言葉を発した。


「総武さんと寿さん。二人とも、ちゃんと理科室に来ないと。みんな待ってるから、早くしたほうがいいよ。先生も困ってる」


「アンタは……たしか……」


 アタシはその男の子を見て、必死に名前を思い出そうとした。誰だったかな? たしか……。だ、だ……。誰だっけ……? 思い出せないや。


「いいから早くして。君たちのせいで授業が遅れてるんだ。みんなにも迷惑かけてるってことを、二人は理解したほうがいい。サボるんだったらサボってもいいけどね」


「はぁー? 何あーしらに向かって……。まじムカつくんですけど……」


「ムカつくのはいいけど、それよりも先に理科室に来てね。ボクはちゃんと注意したことだし、このまま戻らせてもらうよ」


 そうして颯爽と去っていく男の子。結局、あの場にいる間に思い出すことはできなかった。一体誰だったんだろう……。


「まーじでムカつくー! ドーテー君にあんなこと言われる筋合いないっての!」


「ドーテー君? それって、さっきのアイツのこと?」


「そう! ドーテー君だよ! ドーテー君!」


「なんでドーテー君なのよ? まあ、見てそのままの印象なんだと思うけど」


 紘子は踏ん反り返るようにして、鼻息を一回溜めたのちに放出した。


「イニシャルがDTだから、ドーテー君。たしか本名が……」


「だ……だ……。だ、っていうのは出てきてるんだけど、アタシ思い出せないや。記憶力皆無」


「だ……だて! 伊達だて冬助とうすけ! たしか本名がそれだった気がする!」


「伊達……ねぇ。それでイニシャルがDTなのね」


 納得がいき、手のひらにポンっと拳で叩いた。


「と、とにかく! あーしらはサボってるんじゃなくて、少しの間だけ休憩してただけだっての!」


「てゆーか、あの言い方はないよね。まるでアタシたちに教える大人みたいな言い方だったし。正直アタシもムカついたわ、アレは」


「でしょー? 真凛とあーしは波長が合うからねー!」


「そりゃあね。親友だもん」


「やっぱり持つべきは彼氏と親友よねー!」


 その後、一向に来ないため不信感を抱いた先生により、アタシたちは生徒指導室に連れて行かれてしまったのだった。説教はすぐに終わったが、アタシと紘子がその生徒指導の先生に反抗したため、半ば口喧嘩という形となった。大人はやっぱり嫌いだ。




 家に帰ってきた。早速アタシは自分のパソコンを起動させる。


「おぉー! コメントがいっぱいだぁー! やっぱり昨日に公開した新しい動画の方が、視聴者さん的には印象いいのかな……?」


 ここで言う『新しい動画』というのは、先日に公開したものを動画をなんとかして編集し、サムネイルや歌声の調整を行ったもののことである。そのため再生回数は基本的に変わらないはずなのだが、いつもの感じから一転し、アタシの歌を聞きやすくしつつ初見の方も聞いてみたいと思わせる動画にアレンジさせた。すると意外にも再生回数が伸びて、正直びっくりした。


「うんうん! アタシの声をいっぱい褒めてくれて嬉しいなぁー! 学校の生徒なんて比にならないくらいの人に、アタシの声が届いてるんだー……!」


 マウスをスクロールして、数々のコメントを見てみる。


『なんか感じ変わってない!? サムネイルとかも可愛いイラストで最高!』


『これからマリンちゃんが、有名歌い手と肩を並べるほどに、どんどん伸びていくのを確認だー!』


『オススメから飛んできたけど、こんな才能の塊がまだ存在していることに対する驚きを隠しきれない。ありがとうオススメ……』


 やばい。超嬉しい。なんかもう、ものすごく超嬉しい。こんなに視聴者さんがアタシの声を、歌を聞いてくれて、その上褒めてくれて、さらには認めてくれて、これ以上ない幸福感がアタシを包み込んでいく。


 元々はサティの真似事として始めたものだったのに、こうやって視聴者さんも増えていくし、アタシに自信をくれるから、その点を考えるとやはり始めてよかったと思う。インターネットは怖いことがいっぱいなんて先生は言うけれど、あんな大人の言うことなんて本当は全部嘘だったんだ。インターネットはアタシを知ってくれる、アタシという存在を認識してくれる、そんな素晴らしいものなんだから。


「えへへ……えへへ……」


 再生回数やコメントが増えていく一方で、それに比例してアタシのチャンネルを登録してくれていた。登録者数も今日で一気に増えて、すぐに2万人に手が届きそうだった。


 嬉しい。


 そんな中で、少しだけ奇妙なコメントが目に映る。




『まじで勘なんだけど、もしや高校生ですか?』




 そのコメントを投稿している人のアカウント名は『音楽大好きマン』。なんとも不気味で、奇妙なコメントがそこには映っていたのだ。


 体が一瞬だけ震えて、すぐに治った。


「はぁ……はぁ……」


 段々と怖くなっていき、パソコンの画面を閉じて、それからは自分のチャンネルのアカウントから個人的に使用しているアカウントに切り替えて、サティの曲を探し始めた。

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