第1話 彼氏ができた
初めてなろうにて連載します。よろしくお願いします。
「———……でさぁ、向かいの道路にいたあーしのことを変な目で見てきたのよ! 当然あーしは睨むじゃん? そしたらその男がこっちに向かって来てね、それであーしあのお店に入って隠れたの!」
隣で意気揚々と仲のいい友達の寿紘子は、昨日に自身にあったことについて話していた。教室内は比較的静かだったため、その紘子の声は結構うるさかったと思う。いつもこんな感じだから、別に大したことでもないし誰も注意などしなかった。
「あぁー……。だからあの時、更衣室でずっとこもってたんだ。納得納得」
「マジで怖かったんだからー! 真凛がいなかったらどうしようかと思ってたんよー! 最悪あのまま、あーしはメチャクチャにされてた可能性もあったんだからねー?」
「でもさ、今こうして学校に来てるわけなんだし、一件落着ってかんじじゃない? 嫌なこととか、怖いこととか全部一旦忘れなよ」
「賛成賛成、大賛成ー! じゃあ今日の放課後はあーしとカラオケ行くってことで決定ー!」
紘子は人差し指でアタシを指し、決まったことをアピールした。その人差し指をそのまま前に突き出すようにして、アタシの首元の辺りで止めた。その首元で指をチロチロと動かしてくる。少しくすぐったい。喉に刺激が送られる。
「はぁー! 今日も真凛の綺麗な歌声を聞いて、嫌なことを全部全部忘れちゃおーっと! 真凛は歌がお上手だからねー!」
「ありがと、紘子。他にも誘う? 例えば植木っちとかは? あとは男子陣とか」
「植木っちも放課後は何も予定が入ってないと思うから、多分オッケーぽいねー!」
「じゃあ植木っちも参加ってことで……。男子たちはどうする? 紘子の思う候補は?」
「時也と大地とー、あとはあーしの彼氏でおけ?」
「うん、いいと思う! これなら男子3、女子3でいい感じに数が合ってるからね!」
学校のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。紘子はそんな先生など気にかけていないくらいの大きな声でこう言った。
「合コンっぽいねー!!!」
先生は驚いた表情をした後、チョークを手に取って授業を始めたのだった。
授業が終わり、帰りのホームルームの時間。担任が何やら大事な話があると取り仕切っていた。そのため下校する時間が遅れてしまい、それに対応し放課後のカラオケの時間も短くなる。
学校から出て、すぐにいつも遊んでいるお洒落な街に入った。そこは学校とは世界が違う、アタシたちの住んでいる世界とは全くもって天と地の差があるくらいの場所。キラキラしたイルミネーションが光っており、ブランド店を装飾している。いわゆるセレブ街というところだ。その場所に存在する、行きつけのカラオケボックスで遊んでいた時だった。
「あの時、担任なんて話してたっけ?」
植木っちが唐突に話題を出してきた。担任が話している最中、アタシと植木っちと紘子は騒がしくしていたから、あんまり内容を把握していない。毎日そんなふうに帰りのホームルームの時間が過ぎていく。それを注意しない担任も悪いけど。
紘子が答える。
「たしかー、最近学校の生徒が色々問題起こしてて、校則とかも厳しくするとか言ってた気がするよー。あーしはそんな校則とか守らないタイプだから、あんまり気にはしないんだけどねー」
「例えばどんなことを厳しくするの? ほら、服装とか髪の色とかさ」
「分かんなーい。それは後々から分かってくるんじゃないかなー?」
「そうなんだ……」
そもそもアタシたちの通っている学校は、ものすごく校則が緩いわけでもないのだけれど、それなりにガバガバなものだとは思う。平気で髪を染める子はいるし、パーマとかも普通にかけている子もいる。そんなレベルである。
……いや、緩すぎる。
「気にしなーい気にしなーい! どうせ変わったところで全然改善されるとは思わなーい! あーしらはいつも通りに過ごしてればいいのー!」
「そうよね。紘子の言う通り! 大人にアタシたちの自由を奪われてたまるかっての!」
「おー! 言うねー真凛ー! やっぱあーしの親友だよー!」
「えへへ、ありがと」
紘子はアタシに抱きついて、ほっぺたをすりすりとしてきた。植木っちが見てる前だから、恥ずかしいんだけどな。でもこれが紘子の愛情表現だと思うと、可愛く感じた。
「それにしても、男子たち遅いねー。どこで道草食ってるんだか……」
植木っちが不満を漏らす。男子たち三人。同じクラスでアタシたちとは仲のいいイケメンの時也、植木っちとは中学校が同じであり、彼女と幼なじみでもある大地。そして紘子の彼氏の柱野くん。柱野くんは違う学校の同級生だが、以前に紘子が合コンでゲットした男子らしい。ちなみに時也と柱野くんは友達で、紘子が参加した合コンは時也がセットしたものだったとか。
合コンかぁ……。やっぱり紘子はやることがアタシとは違うなぁ……。知らない人とそのまま付き合うこととかって、少し抵抗があるとアタシは感じる。
「ん? あ、来た」
「おそーい!」
三人の男子がゾロゾロと室内に入ってくる。やっと到着した男子たちは、アタシたち女子に向かい合うようにして座った。
「紘子、あと何時間なんだ?」
「二時間くらい? あーしらは一時間も待ってたんだからねー。あとでお金払ってよねー」
にこやかな笑顔で会話をしている紘子と柱野くん。
「どこで道草食ってたのよ。三人でずっと待ってたのよ?」
「いやー悪い悪い。普通に寄り道してたからさ」
「だからどこでよ」
その横で微笑ましくイチャイチャしている幼なじみコンビ。
そして……。
「今日も真凛のあの綺麗な歌声を聞けるなんて、俺メチャクチャ嬉しいぜ」
「あ、ありがと、時也」
別に接点も何も持っていない。ただ同じクラスで仲が良いというだけ。時也とは結構話したり、一緒に行動することもあったりするけど、こうしてガッツリと遊びに行くというのは、今日が初めてだと思う。
「俺の顔見て、どうしたの真凛?」
「う、ううん! なんでもないわよ……!」
見惚れてたのがバレたかと思った。イケメンなのは分かってたけど、こうして見るとやっぱり綺麗な顔立ちをしていて、アタシの目に狂いはなかったというのが証明された。
「……」
「え、植木っち、アタシたちのこと見てるけど、何か変なところでもあるかな? もしかして顔に……」
「その、あのさぁー。二人とも付き合えば?」
「えぇっ!?」
「いや、『えぇっ!?』じゃないでしょ。真凛と時也くんは結構お似合いだよ? どっちもイケメンと美少女だから、全然余裕で釣り合ってると思うんだけど……」
「あ、アタシが時也と……!? でも時也、なんて言うか……」
「別に良いよ」
咄嗟に時也の方を向く。今まで生きてきた中で、一番反射神経が機能した瞬間だった。
「え、えぇ!? い、いいの!?」
「ああ、良いぜ? なんなら乗り気だよ、俺」
「そ、そっか……。じゃ、じゃあ、よろしくお願いしようかな……」
カラオケボックスの個室の中で、拍手が起こった。恥ずかしくてやめてほしいと訴えたが、それでも紘子たちはアタシをからかうようにして、止める仕草など見せなかった。
今日、アタシ……総武真凛に彼氏ができた。それもイケメンで頭脳明晰で、運動もできる完璧な男の子。クラスからの信頼も厚く、常に中心にいるような男の子。アタシに、陽キャの彼氏ができたのだった。
これから、いっぱい遊びに行って、仲を深めようと思う。彼氏との時間も自分の時間も大切にして、長くお付き合いをしようと思った。
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「あ! 『サティ』が新曲出してる!」
家に帰ってすぐに、動画サイトを開いた。自分の登録しているチャンネルから、新しい動画が上がるたびに通知が送られてくることで、いち早くその動画を閲覧することができるのだ。今では全世界に普及し、一つのエンターテインメントとして成長したこのサイト。さまざまな人がこのサイトを使用している。
その中でもアタシがマイブームとして追っているのが、『サティ』というグループだった。つい、昨年から活動を開始したこちらのグループは、作曲をしたりそれらを歌ったりと、サイトで音楽活動をしているのだ。『サティ』の制作する曲はどれも心地よくて、聞いていて飽きないものばかり。中毒性が非常に高く、それが人気を博したのだった。
半年前に公開された曲がきっかけで、人気が大爆発。一気に登録者数を伸ばし、一気に日本のトップアーティストの仲間入りをした。
「まぁ! アタシは活動初期から知ってる古参ですけどねー!」
一人、部屋で自慢をした。アタシ以外には誰もいない。
「さーてと、こっちはどうかな……」
開いたのは同じ動画サイト。しかしアカウントが少し違う。先ほど『サティ』のチャンネルを開いていたのはアタシの裏垢。現在開いているのはもう一つのアカウント。
「『マリン』の歌ってみた動画はどんな感じなのかなー。チェックチェックー」
画面には『マリン』という名前のアカウント。そして自分のマークとしてアルファベットのMの文字。複数の動画が公開されている。
「登録者数が相変わらず一万人、か……。二ヶ月前がたしか八千人くらいだったから、二千人増えたのねー。それでも一万人突破してからは停滞っと……」
椅子の上で体育座りをしてみた。膝にちょうど顔が隠れるくらいに丸くなって、ジーッと画面を見る。
「もう一本歌ってみた動画、あげようかなー」
半年前のことだった。『サティ』の凄まじい人気に押されて、アタシも何を思い立ったのか、何を考えていたのか分かんないけど、突然『サティ』の曲で歌ってみた動画を作った。自分の声を褒めてくれる友達はいたけど、その歌声は世間からすればどうってことないんだろうと、たかを括っていた。だからこそ最初は期待なんかしなかった。
『声が綺麗!』
『この歌唱力はすごい!』
『初めての歌ってみたでこのクオリティ!? ヤバすぎる! 今後絶対に伸びる!』
そのコメントにびっくりした。自分が思っている以上に、アタシの歌声は評価されたのだった。嬉しかった。だからこのことを家族にも伝えようと思った。しかし思いとどまったアタシ。舞い上がっていたのを強制的に静止させ、冷静に考えた。
恥ずかしい、と。
とにかく恥ずかしく思った。初めて投稿した動画は全くと言っていいほどの無編集。サムネイル、および背景画像もカラオケボックスのもの。歌ってみたというよりは、カラオケで歌った動画をそのまま投稿したに過ぎない。それを家族に見せるとなると、結構な羞恥心だった。
そこでアタシは一人だけで、細々と活動しようと思ったのだ。誰にも教えずに、誰にも応援されずに、されるとしてもインターネットの方のみで。
それでもこうして楽しく活動できているから、全然いいと思っている。ほとんど自己満足投稿みたいなものだし、『サティ』には憧れてるけど、しかしあんな大物アーティストに手が届くわけがない。対して目立つような活動もしていない。好きなことをしていれば、ただそれでいい。
「でも少しくらい背景とかの編集はできるよね……。やり方とか調べようかな……」
静かにサイトを閉じ、ヘッドホンを耳に当て、『サティ』の新曲を聞きながら、検索エンジンから編集の仕方について調べたのだった。