第2話 【ステータスってテンション上がるよね】
「お前が酔っ払って、仕方ないから俺が担いで家まで送ってこうとした」
「うん」
「途中、あれ?なんか見たことない道だなぁ...って思ってたら、気づけばここにいた」
「そう...か...」
「......ああ」
「.....俺明日から塾の新規店舗で一発目の大仕事なんだよね、社長にめっちゃ笑顔で任せたぞ、って言われてたんだけど」
「俺も明日から就活の予定だったわ、これ以上妹にニート扱いされるわけにはいかねぇのに...」
「......」
「......」
大自然の青空の下、とりあえず近くにあったいい感じに手頃な岩に腰を下ろすと、なんでこうなったのかじょるのを問い詰めた。
けれど帰ってきた言葉はなんとも雑な説明で要領を得ない。
お互いその会話から、しばらく現実逃避でもするかのように、無言で空や平原を10分ほど眺めて.....そして――
ついにぶちぎれた。
「...お前ぇぇぇぇぇぇぇえッ!!家に帰ることすらできねぇのかよぉッ!!」
「元はと言えばお前が、酔い潰れたのが悪いんだろうがぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「お前まじ俺がこれまでコツコツ稼いできた社会的信用どうしてくれんじゃぁぁあ!!」
「んなこといったらお前ッ!!俺なんか就活嫌で逃げ出した完全社会不適合者なんだよぉぉぉぉおッ!!もう家に帰れねぇだろうがぁぁぁあッ!!妹に合わせる顔ねぇぞくそがぁぁぁぁぁあッ!!」
お互いが胸倉をつかみ上げ、力の限り不満を爆発させた怒りの咆哮を上げた。
閑話休題
「はぁ...で、どうするこれ」
「どうするも何も...とりあえず、衣食住どうにかしねぇと...さすがに異世界来て飢え死には笑えんぞ」
お互い胸倉をつかみあいながら文句をぶちまけあうこと数分、流石に言うこともなくなり石に腰を下ろす。
文句を言いあっていても仕方がない、お互いにそう結論づけた。
無理やりだが、一旦心の整理がついたので、この後どうするのか相談を始める。
「とりあえず、川沿いに歩いてみるか?もしかしたら町とか集落が見つかるかも」
悠月が指を指した先。
目の前に続く雄大な平原の少し先には少し大きな川が一本流れている。
橋とか看板とか、人工物的なものは目につかないので正直あまり希望は持てない、が何もせずにここに留まるよりはよほどマシなはず、そう悠月は考えての発言だった。
ただじょるのはその提案にあからさまに嫌そうにげんなりとした表情を浮かべた。
「えー、歩くのしんどい...」
「じゃあこのまま飢え死にする気か?ほら行くぞニート」
「ぶん殴っぞ」
なんだかんだ言いながらも歩き出し、平原の芝を踏み越えて、無駄に大きな雑草を払いのけながら川の近くまできた。
川は日本では見たことがないほど綺麗に澄んでおり、悠月が川の近くでしゃがむと手で軽くすくってみる。
(普通にただの水っぽいな...変な生物とかもいない、かな)
川の水は健康的な冷たさで、感触も本当にただの水といった感じだ。
異世界と日本でそこまで水に違いはなさそうだな、と悠月は少しほっとしたように胸をなでおろした。
「おい悠月、いくら水が好きでもそのまま飲むなよ?」
「さすがに飲まねえよッ!」
「どうだかな、ラーメン屋でスープだけじゃなくポッドの水まで飲み干すのに?」
「あれでラーメンの濃さを胃の中で中和してんだよ」
「きっしょい理論だな」
悠月は水が好きだ、人の何倍もの量を飲む癖みたいなものがある。
じょるのはそれを理解しているため、こいつ直接川の水飲むんじゃないか、と少し心配だったらしい。
実施悠月は腹半分はご飯で埋めて、もう半分は水で埋めて満腹になっている。
親に水中毒一歩手前だとよく注意を受けていたのも、じょるのは知っていた。
(まあ飲めそうな水があってよかった....俺が水なしで生きていけるわけないしな)
とはいえまだ水は飲まない、正直アルコールのせいで悠月の喉はカラカラだったが、万が一腹を壊したら終わる、流石の水ジャンキーもそこら辺の分別はついていた。
ある程度下流の方に歩いて何もなければ、どうにか火を起こして煮沸してからこの水を飲もう。
「どっちいく?上流か下流か」
上流の方に視線を向けると平原を越えた少し先から奥の山へと続いているようだ、下流の方も上流と同じく途中から森へと続いているが、それ以上先はどうなっているか目視での確認はできない。
「上流は山に続いてるし、下流の方が可能性高そうじゃないか?」
これだけ広い森や平原という恵まれた土地がある中で、わざわざ住みずらい山岳地帯の方に人が住み着くとは悠月には思えなかった。
「ん、おっけー」
じょるのの軽快な返事に頷きながら、川沿いに下流に向かって歩き始める。
「なぁてかさ、ここ本当に異世界なのか?」
平原から歩き続けて気づけば森の中、嫌そうに歩きながらも頭の後ろで手を組んだじょるのは疑わしそうにあたりを見渡し始めた。
「ん?」
「別に今の所原っぱに森だけで別に日本にないものってわけじゃないだろ?異世界に来たってより神隠しにあったって方が納得できるんだけど」
「空にトンボの最終形態みたいなやつ飛んでるの見ただろ?」
「あれは見間違いかもしれん、飛行機雲にこう光の反射がいい感じに当たったとか」
「馬鹿か、あんなミミズみたいな挙動で雲は動かねぇだ〔ズニュ〕ろ?...ん?」
「ワンチャン外国の新型戦闘機説もあると.....お?悠月?どうした?」
木々の隙間から陽の光が差し込んできて森の中を照らしている。
あまりそこまで背丈の高い木々ばかりじゃなくて安心だ、しっかいりと明るい、樹海みたいなところじゃなくて良かった。
そう安心して森の中を歩いている時だ。
「いや...なんか足に...」
足元に何か違和感を感じた、やわらかいゼリーのようなこんにゃくのような何かを踏みつけた不快な感触に悠月は顔をしかめながら右足をゆっくりと上げた。
足の裏には何か、形容しがたい緑色のゼリー状の物体がもぞもぞと蠢いていた。
「うげッ!?...な、なに?...これ」
「うわぁ...潰れてんじゃん」
「...もしかしてスライムか?」
「え、まじ?...おお、言われてみるとそんな感じするな」
悠月はすぐに足をどけて後ずさり確認すると、まるで沸騰しているかのようにぶくぶくと気泡が浮かび上がり、ゼリー状の物体は急激にしぼみ始めた。
ゼリーが少しづつ消えていき、残されたのは緑色の液体溜まりには何か欠けた赤いビー玉のようなものが液体の中にぷかぷかと浮かんでいる。
あまり液体には触れないようにその赤いビー玉だけをつまむように手に取った。
触ってみると固くほのかに暖かい、お湯につけてたビー玉って感じがした。
「スライムの核...みたいなもんか?...」
「.....よく素手で触れるなお前」
「ん?ああ。でも安心した、最近のスライムって強いのが定説だからなぁ」
物理攻撃が効かず、冒険者を窒息させる怪物。
某有名なRPGなどではファンシーな見た目の雑魚扱いされているが、最近のアニメとかでは化け物が多い。
転生してスライムになってるやべぇ人とかもいたりするのだ。
「スライムの強さもピンキリではあると思うが...ん?まだなんか...」
じょるのがスライムの死体に手を伸ばすと液体に容赦なく手を突っ込み、小さくぴょこっと出ている古ぼけた和紙のようなものを引っ張り上げる。
半分以上が地面に埋まっていてかなりボロボロだ。
「ドロップアイテム的な奴か?...いや偶然地面に埋まってただけか?」
土とスライムの粘液がへばりついた古ぼけた紙、汚いものを触るみたいにじょるのがつまみ上げると、紙の裏面が仄かに発光していた。
「スクロール?...お前それ、なんか裏側光ってないか?」
「...汚れてて何も見えん」
嫌そうに顔を歪めながらじょるのはスクロールの裏側の土をはたき落としていくと、そこにはインクがにじむように、鈍い光と共に文字が浮かび上がってきた。
-------------------------------------
『西条 じょるの(人間)』Lv3
HP :38/38
MP:120/120
スキル
・毒生成Lv1
-------------------------------------
「お、おいこれッ!!ステータススクロールじゃねぇか!?」
「キタぞコレッ!!さすが異世界!!楽しくなってきたなッ!!」
二人して盛り上がって謎にハイッタッチをして雄叫びを上げる。
しばらくハイテンションのままに喜んだ後、今度は冷静にステータスを見始める。
「なんかHP少なくないか?」
「.....基準が分からんから高いのか低いのか分かんないが、低い気はするな」
「まあニートだもんな」
「ぶっ飛ばすぞ」
HPが38にMPが120という表記。
まあ日本にいた時のじょるのは運動嫌いだったし、もし数値で出したらHPが低いのは妙に納得ができててしまう。
だが一旦それは置いておく、悠月が気になっているのはステータスの下に出てるスキルだ。
ゲームとかではよくありがちだけど、この世界にもスキルは存在しているらしい。
「毒生成って、お前毒の知識とかってあったけ」
「いや...特にないけど」
よくありがちな異世界転移の特典、だとしてもなんで毒なのだろう、と悠月は首を傾げる。
悠月が知っている限りじょるのには薬学や毒物に関する知識はない、あるのはゲームとアニメの知識、あとは銃器や戦車に関する変態的な知識だけだ。
本人の好きなもの、関心のあるものをスキルにして貰えてる、としたらまあギリギリ理解はできる。
(...毒とか陰湿な武器大好きだからなぁこいつ)
「これって使い切りか?悠月のも見れれば比べれるんだけどな」
「裏面と表面で使えたりしないかな...お?」
スクロールを受け取りじょるのが手を放すと、紙から文字が一斉に薄くなり消えていった。
そして数秒後、鈍い光と共に今度は別の文字が浮き上がり始めた。
-------------------------------------
『森竹 悠月 (人間)』Lv9
HP :76/76
MP:140/140
スキル
・飴玉Lv1
-------------------------------------
「なるほどな、持ってる人のステータスが浮かんでくる感じか...使いまわしができるのは便利だな」
「...で、ステータスはどんな感じだ?」
じょるのがスクロールを覗き込み、悠月も冷静に自分のステータスを眺める。
(じょるのと比べるとステータスは強い気がするな)
じょるのと違って悠月は運動が嫌いじゃない、中学から高校時代は剣道部に所属していた。
大学生から社会人になるまでは軽く運動してる程度だったが、じょるのとのステータスの差を見る限り、日本での身体能力がそのまま引き継がれてる、と考えていいだろう。
(てか...剣術とかはないのかぁ...)
スキルの欄には剣術や刀術は一切発現していなかった。
もし好きとか関心、本人が望んでいたものだったなら、きっとこのどっちかだと予測していたが...全くの想定外だ。
――てか飴玉ってなに?
「え、強くね?レベルたっか...俺雑魚すぎるって」
「スライム倒しただけでレベル上がったとは思えないし、多分レベルも身体能力の総合値から参照してるってところじゃないか?あとは、武道の経験とか?」
「ああ懐かしいな、お前剣道やってたっけな」
懐かしそうにじょるのはぼやくが、悠月は少し不満外だった。
あれだけ苦しかった剣道を6年間やってきて、一般人のじょるのとのレベル差がたったの6しかない事に少なからずショックを受けていた。
単純計算で、日本での1年間の努力はこの世界の基準で表すならたったの1Lv分にしかなってないってことだ。
(1LV上げるのに一年の修練が必要だとしたら...結構ハードだぞこの世界)
かなり幸先不安、だが悠月はそんな不安な内面を一切見せることなく強がって見せた。
「ま、俺みたいに運動しとくんだったなヒョロガリ」
「うっせぇよ、で悠月のスキルは?」
「.....」
ステータスの下、スキルの欄に視線を向けると、目を疑うような文字が視界に入る。
『飴玉Lv1』
まじで一体どうしてこんなスキルになったのか、最早言葉が出てこなかった。
さっきから見えてはいたのだが、本能的に思考に入れないようにシャットアウトしていた。
「なんかしら戦闘系ではあるだろ?」
「.....玉」
「え?....なんつった?」
「飴玉だよ」
「は?あめって雨?それともまさか舐める方の飴?」
「舐める方」
「......」
「......」
「...え、お前異世界舐めてる?飴玉でどうやってモンスターと戦う気だよッ!?」
「俺が知るかぁッ!?てかなんで剣術じゃなく飴玉なんだよ!?てか飴玉スキルってなにッ!?別に飴そんな好きじゃないんだけどッ!?」
このほぼ遭難と同じ状態で、一切役に立ちそうにないスキル。
苛立ちと焦りに悠月はグッと強く拳を握りしめる、すると拳に何かを握り込んでいるような違和感を感じた。
開いてみれば、手のひらからコロンと球体の何かが転がり落ちた。
その球体は薄いピンク色で、手のひらから転がり落ち、その勢いのままコロコロと地面を転がり、こつッ、とじょるのの靴に当たった。
「.....」
「.....」
2人で無言でその様子を見つめると、悠月はしゃがんでそっと手を伸ばし地面に転がるその球体を手に取った。
見た目は武がよく食べている飴玉そっくりで、多分ピンク色なので桃味だろう。
「.......食うか?」
「いるかぁッ!?なぁ!?このスキルいるッ!?」
悠月がすっとじょるのに差し出した飴玉を、勢いよくはたき落とすとじょるのがまた森の中で声を荒げ始めた。