第21話 【巨大樹での暮らし】
「ここは今日からあなたの部屋です、ご自由に使いなさい、汚したら殺します」
そういって連れられてきた部屋は一番最初にじょるのが目覚め寝かされていた部屋。
(汚したら殺すって...全然自由に使わせる気なくない?)
汚部屋製造機であるじょるのにとっては、もはや汚したら殺すとかただの死刑宣告でしかない。
というか、なんでこのメイドはずっと自分の大してこうも敵意がMAXなのか。
隙あらばぶっ殺そうとしている気がしてならないが、今の所一方的に拉致されただけで、じょるのが何かしたことは一つもないというのに。
レーヴァは、鋭い目つきでじょるのを睨みつけ嫌悪感丸出しで部屋を出て行くと、すぐに廊下で誰かと話を始めた。
「ここにいましたか、レオス(サンバランド)ちょうど呼びに行こうと思っていたところです」
「え、なんすかメイド長...俺これから新作料理を...」
レーヴァに声をかけられた誰かの困惑気な野太い声が聞こえてくる。
その声で相手が男であることが分かり、じょるのは少しほっとする。
これまで目にした相手の全てが女性しかいないし魔女とか名乗っていたから、この巨大な家には女しかいないのかと思っていたが――違ったようだ。
「今からあなたに仕事を振ります、拒否権はありません」
「はぁ、あの...普通に部下に頼めばいいのでは?...なんでわざわざ俺に振りますかねぇ」
「来週の食品買い出し、上限金額を無制限とします」
「喜んでやらせていただくぜ姉さんッ!!俺はあんたの下僕だッ!!」
「そう、最初から従順にしていなさい」
何やら話がついたようで、今一度レーヴァが部屋に戻ってくると、後ろにはボサボサ天然パーマに無精ひげを生やし、黒のタンクトップ一枚を着た黒髪の大柄で筋肉質な男が立っていた。
「今日からあなたの世話をするレオスです、今後全てこいつに聞きなさい、それでは」
そういって今すぐにでも出ていきたいとでも言うかのように、レーヴァはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
残された男二人は、ただ無言でお互いを見ていた。
「.....(黒髪のヒュギア人ね...)」
「.....(やべぇな...筋肉すげえこのおっさん...)」
お互い無言で視線を合わせながら感想を胸に抱くと、さきに頭を掻きため息交じりにレオスが口を開いた。
「...まあなんだ...お前名前は?」
「...じょるのです」
「ジョルノね、とりあえずよぉ腹減ってねぇか?」
「え...あーまあ減ってる?かも」
「そうかよしッ!んじゃ旨いもん食わせてやるよ、ついてきな」
快活に笑うレオスに連れられるままに部屋を出ると、部屋の外に置いてあった果物や野菜が入った木箱をレオスが持ち上げると先導するように廊下を歩いていく。
その後ろをじょるのは無言でついていくと――連れてこられたのは、最上階から螺旋階段を6階下った先、ピスケスの部屋の真下に位置する扉を開けると、そこはまるで高校にあったような大食堂が広がっていた。
とはいえ学校の食堂とは違い、内装はかなりお洒落だ。
通常の長方形の机もあれば、ソファ付きの楕円形の机や、丸型の机、窓際のカウンターに全て木製で出来ていて、天井からは吊り下げ型のライトが垂れている。
無骨さの中に植物が置かれていたりして...まあ簡単に言えば...
(居心地悪い...東京のお洒落で巨大なカフェって感じで...俺の居場所がないような感じがする...)
今現在この食堂には人が一人もいない、自分一人だけが食堂の席に座っているのになんだろうこの疎外感は...
(人がいないのに疎外感感じるってなんだよ)
優秀なぼっちは、もはや人がいなくても自信を独りに感じることができるらしい。
「待たせたな、これで足りるか?」
「おぉ...」
レオスが机の上に広げたのは、木製の器に盛りつけられた野菜の盛り合わせ、バスケットに入れられたパンに、白い具の入ったスープ。
こんなまともな食事を見るのは久々でじょるのは少し感動を覚える。
筋張って硬いオークの肉や、甘いだけの果物はもう飽きていた。
置かれた銀の食器を手に白いスープを口に含む、少し舌は熱いが手は止まらなかった。
すぐにパンに手を伸ばして白いスープに浸して食べ始める。
「旨いか?」
「ッ!...ん、うまい、マジでうまいッ!」
「ははッそりゃ良かった」
目の前に座りながらじっと様子を見てくるレオスは、がっついてご飯を口いっぱいにほおばるじょるのの様子に思わず笑みをこぼした。
「まあお前も災難だったな、こんな森に捕らわれちまってよ」
そう言いながらポケットから木製の筒をだし口に当て吸い込み息を吐く。
木製の煙管のようなものだろう。
(この世界たばこあるのか...でも匂いしないな...たばこじゃないのか?)
「まあ同じく捕らわれた唯一の男同士だ、仲良くやろうぜ」
「...レオス、さんも捕らわれた、んですか?」
「敬語へたくそだなぁ、別にため口でいいぞ?――まあ、もう10年も前の話だがな」
「10年ッ!?」
囚われてから10年、ずっとここに居続けている、そう思うと流石にぞっとする。
とはいえじょるのにはあまり関係ない話でも合った。
じょるのにそんな長居する気はない、殺される前に速攻逃げ出し悠月と合流して異世界を楽しむ腹積もりだからだ。
「レオスは、どうしてこの森に?」
「あ~10年前にな、ちょっとした傭兵やってて、なんか知らんが高名な貴族に雇われて護衛してたらこの森に入っちまってな...俺以外の奴らは全員殺されたよ」
脅しじゃない、やっぱりちゃんと殺すのだろう
じょるのも下手をすればこのまま地面に埋められかねないという恐怖に、一瞬手が止まるが、すぐに今のうちに美味しいもの食べておこうと食事を再開した。
「...なんでレオスは生かされたんだ?」
「え、あー俺は他の奴らと違って魔女に敵意がなかったのと、料理ができたからだな。ここの魔女共は女として終わっててな、生の野菜かじったり肉は素焼きのみだったり...研究さえ出来れば他はどうでも良い、みたいな人としても終わってて栄養失調でぶっ倒れる馬鹿とかもいる....そこで料理役として拾われた感じだ」
「...そもそもここってなんなんだ?」
「あ~アリスト・キトラ―は分かるよな?」
「......えっと...」
「...12の魔道帯は?」
「.....」
「もしかしてジョルノお前.....何も知らない?」
「......まあ」
少し呆れたようなレオスの顔に、じょるのは返す言葉が浮かばなかった。
まるで常識のように訪ねてきたが、分かるわけがない。
じょるのの勉強不足とかでは決してない、異世界の常識など知るわけがなくて当たり前。
きっと悠月だって分かるわけがないのだから。
「はぁ...なるほどね、まあ逆によかったんじゃねえの」
「え?なんで?」
「今のがほんとならお前が殺されることはほぼねぇよ、魔女共が容赦ないのは意図してここに入ってきた敵、特にフォグ帝国の奴らにだけだ。お前は俺と同じ、ただ知らずに迷い込んだだけの一般人だ」
「...そう言ってもらえるとほっとするよ...」
このままなら殺されない、と同じく捕縛されたこの男が言うならかなり信用できる。
ただそれはこのまま敵意なく過ごしてればってことでもある。
(正直悠月が助けに来たらさっさと逃げ出したいんだけど...)
ただ悠月のことなので、相当あくどいことをやってこの場を大混乱に陥れて助けにくるだろう。
そうなれば魔女たちとの敵対は必至――簡単に人の頭を勝ち割るゴブリンや、首になんか突き刺してくる女にその親玉的な平和の魔女に弟子の魔女、100人近くがここにいるわけで...
果たして逃げ切れるのだろうか?
「お、アルシャ、もう怪我はいいのか?」
じょるのが悩みながらパンを鷲掴みにしていると、レオスが振り返って誰かに声をかけた。
どうやら誰かが食堂に入ってきたようで、あまりじろじろ見るのは失礼だとじょるのは視線を逸す。
「.....レオス...ご飯...」
「ッ!...」
その声に視線を逸らしていたじょるのの体が固まった。
「なんだ、また作り方教えてくれってか?」
「ん...お願い」
聞き覚えのある声、何故かじょるのの頭がズキッと酷く痛んだ。
「はいはい、じゃあ今日はラグーでも作ってみるか」
煙管の火を消しレオスが席を立つと、そのアルシャと呼ばれた女に作る飯の提案をする。
「うん...」
レオスの会話の先に視線を向ければ、あの集落でじょるのを襲ったあの褐色の肌に黒髪の女がいた。
じょるのと同じような色違いの簡素な服を纏っている。
「お前...」
じょるのの口からつい声が漏れると、アルシャと呼ばれた女と視線が合う。
お互い数秒視線を合わせ――アルシャは可愛らしく首を傾げると、困惑気につぶやいた。
「.....?だれ?」
「なッ!?...お前、襲った相手の顔をよく忘れられるなぁッ!?」
じょるのはつい集落を襲ってきた宿敵の顔を見て、しかも本人に忘れられていた事に普段では決して出さないような荒げた声が漏れる。
「...襲った?....あっ...あの時...の?」
「あの時頭かち割られた男だが!?」
もはやぶち切れだった。
あんな目にあわされて、こんな所まで拉致してきといてコイツ!という内心の憤りが表情と言葉にありありと目に見える。
困惑気味なアルシャと感情むき出しのじょるのにレオスが慌てて間に割り込んだ。
「お、おいおい、食堂で喧嘩すんなよ?――それにじょるの、お互い様ではあるだろ?」
「お互い...様?」
「最近までアルシャも寝込んでたし、お前らでやり合った結果じゃねえか...ここは一度お互いさまってことで、水に流そうぜ」
「....は?」
この女が寝込んでいた?その言葉にじょるのの口が止まった。
じょるのは一方的にこの女とゴブリンにぶちのめされただけ(俺何もしてねぇわッ!?勝手に体調崩しただけだろうがッ!!)と、勝手にじょるののせいにされ内心怒りを爆発させる。
「何の話だよッ!?」
「え、あれ...アルシャお前、じょるのにやられたんじゃないのか?」
「.....違う...」
「なんだそうだったのか、じゃあ誰に全滅させられたんだお前ら?」
(全、滅?...この凶悪女とゴブリン共が全滅ッ!?)
耳を疑いたくなるような言葉、この褐色女とあの凶悪なゴブリン達が全滅した。
そんなことができる奴が、この森に潜んでいる。
結局、どこまでいっても自分や悠月はまだまだ弱い、そのことをじょるのは改めて教えられたような気がした。
「...言いたくない.....それより...レオス、速く」
「ん、あぁはいはい分かったよ」
少し機嫌悪そうにそっぽ向いて歩きだすアルシャと、面倒くさそうに頭を掻くレオスは、そんなことを言って厨房へ消えていった。
残されたじょるのは一人、納得がいかない思いを抱きながらも、怒りを抑え、今はただ久しぶりのまともな食事を堪能することを優先した。
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暗く明かりのない地下へと進んでいく、本来はいけない13階層目。
ほとんどが木製の魔術塔内部とは違い、ここは階段も含めて一面全てが石造りになっている。
階段を下って行った先、そこには鉄製の少し錆びた扉が付けられていた。
地面をこする異音を響かせ、扉を開ければそこは石造りの無骨な廊下が奥まで伸びており、両端には鉄格子の部屋、独房が並んでいた。
今はもうほとんど使われていない、古めかしい牢屋。
その廊下を進んだ一番最奥、角部屋の牢屋の中には、一人の男がいる。
凡庸な鉄製の椅子に座らせられ、椅子の手すりと脚に両手足を雁字搦めに封印されているその男。
身体中から血が垂れ、黒髪の男――目には包帯が強く結ばれていた。
「......起きてる?」
「.....」
椅子に座らせられた男は、クロの呼びかけに何も答えない。
「今日は...ラグー、作ってみた...」
そう言ってスプーンで木の器から救った白い液体を、男の口に運ぶ。
最初は少し溢してしまったが、今では慣れたもので口に運んで、男はなんとか飲み込んでくれる。
「美味しい?」
「.....」
声は届いていない、耳には魔術で封印が掛けられている。
どうせ反応が返ってこないのは分かっていた、それでもクロは声をかけ続けた。
「...みず...いくよ?」
ラグーを食べ終えた後、コップに入れた水を男の口にそっとつける、まだ水は少し慣れていなくて口から零れてしまうが、それでもなんとか飲み干してくれた。
「.....ごめん...絶対...出してあげる、から...」
雁字搦めに手すりに結びつけられた、その手にそっと触れる。
皮膚はボロボロ、いまだにぽたぽたと血が垂れ石畳の床に血溜まりを作っていた。
「アルシャ」
そこにまるで最初からいたかのように現れたのは、金髪のメイドだった。
「...レーヴァ...なに?」
「そんなことしても意味はありません、その男は必ず死にます――いえ、殺します。食材の無駄はやめなさい」
「...そんなこと...ない」
「ピスケス様も、私を含め魔女たちは彼の処刑に賛同しています、反対しているのは貴方だけです」
「ん...殺させない、絶対に」
「アルシャ、大人になりなさい。我々の派閥に被害を与え、なおかつ生かしておくなど塔の沽券に関わるのですよ?」
「別に...姉さんは...どうでも良い、って言う」
「だとしても、前例が良くないのは分かりますね?」
「......」
「ではアルシャ、貴方の我儘を聞いてこの瀕死の男を助けたとしましょう、じゃあ次はどうしますか?」
「次?...」
「貴方以外の誰かが、同じように侵入者の男に惚れて「助けてほしい」そう言ってきた時、貴方は言えますか?私はいいけどお前はダメだ、見殺しにしろ、と」
「....」
「逆に、その懇願も平等にすべて聞き入れれば、確実に大きな弱みとなります。今後必ずそれを利用しようとする侵入者が出てくるでしょう、そんなリスクを背負ってまで助けるべきだと、我々家族を危険にさらしてまでするべきだと、本気でそう思っていますか?」
「それは...」
「処刑は1週間後、それまでに少し頭を冷やしなさい」
レーヴァはそれだけ冷たく言い捨てると、石畳の廊下を音をたてて去っていった。
残されたアルシャと雁字搦めの瀕死の男。
「それでも.....私は...」
諦めきれないクロの思いは、もの悲しくも錆びれた独房に響いて虚しく消えた。




