第19話 【終わり方】
紫の肌に悠月の四.五倍はある巨大な体躯。
凶悪な様相に口元の牙、今回はあの巨大な槌は持っていないようだが、それでも肉弾戦において悠月よりも目の前のゴブリンロードに分がある。
戦いたくない、そう思った相手程殺しあう、もはやこれは必然だった――悠月にはもはやそう思えてしまう。
(決めるなら顔面か鳩尾...一発で仕留める以外に勝ち目はないッ)
悠月を体格差的に上から睨みつけるこのゴブリンロードに、悠月は右腕を上げて、構えた。
ロードも当然構える、その立ち姿には慢心も侮りもありはしなかった。
悠月からすれば実にやりにくいが、仕方ない。
「ま...待って.....」
そんな一触即発の空気を遮ったのはクロ。
確実に殺しに来ていたロードの歩みを静止させ、なんとか立ち上がろうとするクロ。
ロードの足を掴み支えのようにしながらなんとか立ち上がった。
「まだ...決着、ついて...ないッ!」
「ッ!?」
折れていない右足を強く踏み込むと、クロは悠月に肉薄――なんと、そのまま折れた左足で蹴りを放ってきた。
流石に折れた足で攻撃してくると思わなったが、さっきよりも格段と動きは鈍い。
普通に攻撃を躱すと普段の癖から左足で地面を踏んだ瞬間、そのままガクッとクロは地面に膝をついた。
(...クロは終わったな)
悠月が左足を狙ったのは、これまでの模擬戦闘の経験から知っていた。
クロの攻撃の全ては左足を軸としていた、クロは左利きであると。
ずっと確証はなかった。
ただ漠然と思っていただけ、受けた時の蹴りの重さや、悠月を気絶させに来るときの、決めは絶対に左足だ。
右足は一度もなかった。
正直、聞き足に関しては確証はなかったが、単純な話、足が速く攻撃手段のほとんどが足技、そんな相手を無力化するなら足をへし折るのが一番手っ取り早い。
「グルゥオ?」
「黙っ、てて...!」
ロードの心配そうな言葉に強気に返したクロは、よろけながらももう一度立ち上がって、右足の力だけで跳躍した。
そしてそのまま右足で悠月に向けて踵落としを打ち込んできたが、やはり威力が足りない。
魔気を使った防御で平然と受け止められる。
(痛み、で...魔気が上手く...練れないッ!)
(この状況でまだ手加減してる?...スキルも足技由来で使えない、ってところか?...)
未だにあのグリフォンの首をどうやって落としたのか見当はつかないが、あの威力を今のクロは出せないらしい。
どちらにしろ好都合だ、スキルや手加減がなくなった時点で悠月の負けは確定する。
本気のクロに勝てると思うほど悠月はうぬぼれてはいない。
言葉で相手の力量を制限させて、卑怯な手と何度も見て何度も気絶させられた経験、クロの知らない隠し玉――これらがすべて揃ってやっとクロに一勝できたのだ。
(今のうちに決めるッ)
右足の踵落としを防いだ後、地面に着地したクロはまたもや体勢を崩し――
「ふッ!!」
そのタイミングに合わせて、魔気を纏い軽く回転させた右足で、回し蹴りを放った。
「ぁぐッ!?」
普段のクロなら平然と躱しカウンターすら入れてくるが、今回は動けてすらいない。
悠月の放った渾身の回し蹴りはクロの首に直撃し、クロの体を軽々と吹き飛ばし、木に当たってついにクロは動かなくなった。
(よしッ!これで後は――ぶッ!?)
「グォオオッ!!」
完全な不意打ち。
クロを蹴り飛ばした、その直後突如横っ腹に鋭い衝撃を受けた。
なんとか踏ん張って体勢だけは維持したが...
「うぇッ....げほッ」
口から血が零れ落ち、脇腹からとんでもない鈍く身が竦むような痛みが響いてきていた。
(折れたかッ!?...やべぇ、こっちは普通にめちゃくちゃ痛ぇッ!.....)
へし折れぐちゃぐちゃな左腕の痛みは、戦いの興奮か、それとも痛すぎたせいなのか最早痛みを自覚していない。
けれど、この脇腹にもらった一撃はちゃんと痛く苦しい、体の動きが阻害される。
(どうせ殴るんならぶっ壊せやッ!!)
意味の分からない怒りを脳内で叫びながら、歯を食いしばりロードを睨みつけた。
ロードの体をよく見れば、グリフォン戦での怪我は全快していない。
明らかに怪我の跡や裂傷の跡が目立ち――そこで今だに左手で無造作に掴まれているじょるのが目に入り、悠月の頭に血が昇っていく。
「...そいつ、置けよ...邪魔だろうがッ...」
「....グルオォ?」
「あん?何っ言ってか分かんねえよ。...そいつは俺の大親友だ、丁重に扱えクソボケがッ!!」
じょるのを前に突き出したロードに、まるで馬鹿にされたような気がして――頭に血が昇った悠月はロードの腹部を狙った前蹴りを一発。
そのまま蹴りぬいた足で地面を踏みこみその勢いのまま飛び上がり反対の足でもう一発前蹴りを叩き込む。
(硬ッ...こいつやばい...な)
蹴った足が若干しびれ、ロードが怒りの声を上げる。
「グガァアッ!!」
「ッ」
ロードに向けて蹴りこんだ箇所は、若干傷がつき紫色の血が流れ出るが、本体にそこまでのダメージはない。
ロードからの反撃の拳が襲い掛かってくるが、クロの方が圧倒的に速い。
今の怪我の状態で何とかぎりぎり避けれはするが...
(早く決着...つけないと、やばい...)
さっきから動かなくても息切れと動機が収まらない。
立ち眩みにめまい、頭痛、ごまかしていた左腕の痛みも少しづつ戻ってきている。
こんな無駄に硬いタンクキャラを長々と相手にしていたら、殺す前に悠月が貧血で死ぬ。
(――一撃で決める、しかない...)
あまりこいつに時間は使ってられない。
右腕の魔気の回転を開始しながら、最高速に至るまでロードの攻撃を躱し続ける。
(大丈夫、クロの速さに比べれば...いける)
普段なら簡単に距離を取れただろうが、現在の身体の負傷具合だと、それもギリギリ。
そのまま後ろに下がりながら、できるだけ体の負担を避けつつ躱しこいつの隙を探す。
(槌持ってたら即死だったな...)
それになんだかんだ、怒りのあまり置け、と言ってしまったが。
ロードがじょるのを持っているおかげで左手を使ってこない事に悠月はとても救われていた。
(ッ痛ぇ...最高速だ、決めろ――必ず一発でッ)
隙を見極めながら距離を取ていた、その時――
「ア――グガッ!?」
ロードの体が不自然に固まった。
右腕を振り上げた状態で体を不自然にピクピクと小刻みに痙攣させている。
(なんだッ?...誘いか?...いや、これ――)
わざと隙を見せて誘っているのかと思ったが、この症状には悠月はとても見覚えがあった。
じょるのの毒スキル。
毒を飲んだオークと同じ症状を、目の前のゴブリンは引き起こしていた。
「ッ!!!」
その瞬間、どうやって毒を盛ったとか、なんで遅効性で発動したとか、やるじゃねぇかクソニートとか。
疑問も賞賛も、余計な考えは一切をかなぐり捨てて地面を蹴りとばし、ロードに肉薄。
左足を強く地面に叩きつけ、悠月は歯を食いしばり右腕を引き絞る。
「くたばれぇぇぇぇえええッ!!!!」
「グウガッ!?!?」
狙うは骨に守られていない腹部の内臓。
悠月が最初に前蹴りで作った傷をえぐるように右拳を叩き込んだ。
ロードの腹部に悠月の拳が深々と突き刺さり、そのまま思いっきり振りぬいた。
「ッくあぁぁぁあッ!!!」
「グガァァァァアッ!!??」
ロードは悠月の一撃を吹き飛ぶことなく気合で耐え抜き、数歩あとずさった。
(倒れろッ...倒れろッ!!)
これ以上、悠月にできることはない。
両腕をズタボロに使い物にならなくして、痛みのあまり半泣きの悠月は強くロードを睨みつける。
後ずさった、ロードはしばらく固まり右手で腹部を押さえ、口から大量の血液を吐き出した。
数秒後、力なくじょるのを左手から落とすと、ロードは大きな音をたてながら仰向けに――地面に沈んだ。
「....はぁ...おえッ...はは」
悠月の口から笑えない量の血と乾いた笑みがこぼれた。
両腕はすでに動かない、下手したらもう一生動かないかもしれない、そんな風に思ってしまうような有様。
ロードを殴り飛ばし、力尽きるように膝をついてそこから体が動かない。
血を流しすぎたのか、脳みそも働かず考えがまとまらない。
「.....」
その瞬間、何かの衝撃音が頭に響き、悠月は力なく地面に倒れた。
まるで大きな石で左目をぶん殴られたような、そんな気がした。
(..........見えない)
もともと歪んでいた視界はさらに狭く、左目が何も世界を映さなくなった。
【..ぼたい....否...母体の損傷が著しい、補わねばこのまま滅びを共にする】
血を流しすぎたせいか頭の中に変な声まで聞こえてくる始末だ。
ああ、きっと俺はここでこのまま死ぬ、なんとなくそんな気がする。
(.....シャーマン)
地面の血だまりに沈みながら残された右目に映るのは、近づいてくるゴブリンシャーマンと槍を構えた青いゴブリン達。
【命を繋げ、例え我々が滅ぼうとも】
何かゴブリン達は会話をしているようだが、変な頭の中に響く謎の声のせいで一切外の音が耳に入ってこない。
【これは、あたらなる世代へ残される種子だ】
うるせえよ、なんだよこの声。
どうでもいいけど、きっと俺は死ぬ。
身体の指先は冷たくて、小刻みに震えてる。
――けど、じょるのはまだ軽傷だ。
ああ...このまま死ぬ、そう死ぬなら...
じょるののために、全部殺さなくちゃ。
もうこれで最後なら、黄泉への道すがら最後の運動をしよう。
【や...辞めろ!?俺の指示を書き換えるなッ!】
最後くらいかっこよく締めてやろう。
じょるのはきっとそのうち起きて一人で生きて俺の分までこの世界に行ってくれるはず、そのために邪魔なものは今ここで排除する。
【死ぬ...本当に死ぬぞ!?やっと貴方の声を理解したのにッ...このまま終わらせる気かッ!?】
うるせえ黙ってろ、意味分からない声が喚くな。
これは、俺の物語だ。
結末は俺が決める。
【...ッ!?......なら、せめて....約束を...――――】
(うるせぇ....勝手にしろ――俺も勝手に利用する)
一人の亡者は、その死に体でなお立ち上がった。
顔には死をさまよってなお消えぬ狂気の焔を張り付けて...
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「はぁ...全く、引火しないよう気を付けて、と言ったろうに」
その日、轟々と燃える森に全てを洗い流すような慈愛の雨が降り注いだ。
これにて、やっと実質1話が終わったぁぁぁぁぁあッ!!
やっと物語を進められるッ!!てかさ!!こんなに長々と19話かけて1話書く奴なんていないよ!!
きっと作者は馬鹿なんだと思うッ!!




