第1話 【おはよう異世界】
子供のころから何か特にやりたいことがあったわけでもなく、なんとなく生きてた。
何か高尚な目的とか夢とか目指したい者も特になく、とりあえず仲間外れになること、皆と違うことに恐怖を感じていた。
気づけば周りに合わせることだけ上手くなっていた。
中学から高校、大学と進学して、気づけば20代で就職して塾の講師になった。
本当にそれ以外何か言うこともない人生だ。
そんな平凡な人生の中8月16日の夜21時頃。
その日は俺こと森竹悠月が、地元である静岡県静岡市の新規店舗の塾長になった記念、兼友人の西条じょるのが仕事をクビになった記念による、むさ苦しくも気楽ないつ面男4人のカラオケ会だった。
小学生からの付き合いであり4人共就職する際、誰も地元の実家から離れようとしなかったので、全員近所。
歩いて5分もかからない所に住んでいる。
近場のコンビニに徒歩で集合した後、適当にアルコール類とおつまみを買って、そのままご近所のカラオケ屋に入った。
「悠月塾長就任と、じょるの会社クビおめでとう!乾杯!」
「「乾杯ッ!!」」
「クビになったんじゃなくて自分から辞めたんだよッ!!」
部屋に入った後、とりあえず各々がアルコールを手に持つとまず初めに乾杯、その後じょるのが腹立たし気に反論する。
そんな様子も慣れ親しんだもので、ほろ酔いを片手に持つ下迫武はにやにやと揶揄う様に「意味は同じだろ?」と笑いながら酒を流し込んでいる。
「不名誉すぎるんだよッ!!」
「おめでとうじょる!とりあえず歌えよ!」
そんな一連の流れを果たして聞いていたのか、聞いていてワザと言っているのか、天然パーマにタンクトップを着た筋肉、丸山秀人は「小さな恋の歌」を曲で入れると、タッチパネルをじょるのに手渡した。
「まる話聞いてたッ!?おめでたいの悠月だけだろ!」
騒がしくてカラオケや以外だと追い出されそうなこいつらとは小学生からの付き合い。
気づけばこんな社会人になっても、休日が合えば飯行くか一緒にカラオケ行ったり誕プレ渡したりする腐れ縁になっていた。
「じゃあ初手はこれで...ほい武」
「俺はもう曲入れたぞ、ん、あと悠月はもっと飲めッ!」
「分かってるよ」
らき☆すたの『もってけ!セーラーふく』を初手に入れたじょるのは、武にデンモクを渡すとそのまま俺の所に流すように渡してくる。
ついでとばかりに自分の目の前に置かれたサントリーやほろ酔い等の缶類を早く開けろと進めてきた。
(こいつらと飲むと...ついペース間違えるんだよな、酒クソ雑魚なのに)
とりあえず、いったん酒は保留にしてデンモクには米津さんの『LOSER』だけ入れた。
そんなこんなでカラオケ開始から5分経過。
「曖昧3センチそりゃぷにってコトかい?」「「「ちょっ!」」」
じょるのの熱唱に俺らも声を上げる。
くだらないやり取りに、皆でふざけて馬鹿なことをする。
周りの視線とか、立場とかそんな煩わしいものがない、素でいられるこの時間が俺は好きだった。
最近は各々仕事が忙しくなってきて大学時代と比べると、こうやって集まれる時間も少なくなってきた。
こんな風に馬鹿笑いして、くだらない話して、アニメとか漫画、ゲームの話をする。
会社の女性社員と雑談するときは、今時の韓国アイドルとか、恋愛相談だとか気を使った話題ばかりしていて肩がこるが、こいつらにはそんなことしなくていい。
だからだろう、ほろ酔い一缶でガチ酔いできるくらいお酒に弱いのに、ペースも考えずガバガバ飲みまくって...カラオケ開始から約2時間。
「ははッ!☆僕は夢の国のユッキー!!ミュニーへの愛を歌っちゃおうかなッ!!」
「お!やれやれぇ!!」
「ミュニーは僕のものだッ!!!(ドナルド声)」
「ぶはははははははッ!!!!!」
某夢の国のスターの声真似をしながら、某ヒロインに向けた『ドライフラワー』を歌い始めたところまでは覚えている。
場が混沌を極め始め、そして――
そこからの記憶があやふやだ。
日付をまたいで深夜3時にはカラオケ屋から解散して、そこから揺られながら...誰かと肩を組みながら歩いていたような気がする。
「おい大丈夫か?」
誰かの聞き覚えのある声が聞こえた気がして...
その時、お酒に溺れた脳みそでちょっとした夢を見た。
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ガキの頃の思い出だ。
中学時代宿題を提出してなくて、じょるのと一緒に放課後居残りさせられた時の思い出。
本来真面目に取り組むべきところだが、結局、教師の言う通り真面目に宿題をやるほど精神的に成熟していなかった俺たちは、荷物だけ二階の窓から外に放り投げ、トイレの振りをしてなんとか教室から脱出した。
外に投げ捨てられた青色のバッグを拾い――その帰り道、夕暮れ時のグラウンドから野球部の打球音や、うっすらと響いてくる吹奏楽の練習音を耳に流しつつ、こんな馬鹿げたことを言った。
「じょる、もし俺らが異世界に行ったら、楽しいかな?」
「ん、そりゃまあ楽しいだろ...まあ俺らは勇者とかって柄じゃあないと思うけど」
「分かる、俺とか勇者の最初の当て馬のチンピラAくらいが似合ってる気がする」
「じゃあ俺はチンピラBかよ?」
そういってくくくッと笑うじょるの。
「いや、じょるのは違うだろ。お前はなんだかんだ、勇者側にいる気がする」
「はぁ?俺がそういうタイプに見えるか?」
「まぁ見た目以外根暗でコミュ障で、ゲームでも陰湿な武器ばっか好きなお前が勇者には見えないけどさ」
「おい」
こいつは俺とは違う。
実は人が好きで、ただコミュニケーションが苦手なだけな奴なんだ。
きっとこいつの気持ちを汲む、ふさわしい奴が現れたら.....なんて子供心ながら真剣に考えてしまった。
「もし異世界に行ったら、お前が勇者で俺が魔王になってたり.....なんてな!」
そんな言葉を口にした俺に、急に手を伸ばして肩を組んできたじょるのは、「くくくッ」とイケメンな顔面に似合わない陰湿な笑い方をして...
「はッそん時は俺も一緒に世界でも滅ぼすさ、魔王様」
そのあと、二人で「まあそんなことあるわけないけどな」「そういやこの前PSストアで新作の無料FPS出てたぞ、帰ったらやろうぜ」「いいけど...またクソゲーじゃないだろうな?」なんて笑って帰宅した。
あの時、じょるののその言葉が妙に嬉しくて、同時にきっとそれはないんだろうな、なんて少し残念な気持ちにもなったのを覚えてる。
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※※※※※※※※※
ああ、なんで今こんなことを思い出したのか....そんなこと現実に起こるわけないって分かってたはずだろうに。
あの頃のガキだった自分はフィクションとノンフィクションの境目が分かっていなかった。
現実的に無理だと言われても、その願いを抱き続けていればもしかしたら....
万が一億が一起こるかも...なんて儚い妄想を夢描いていた。
高校に入って、すぐに現実を知った。
中学時代の遅れを取り戻すように真面目に勉強してじょるのとゲームする機会もほとんど無くなって、気づけば夢のかけらも抱いていない、社会の歯車という自分が出来上がってた。
きっとこの先、適当な女の人と結婚して子供ができて、それで社会でそこそこの地位について人生が終わるんだろう。
ああくそ、俺は間違えてたんだろうか?
なんでこんなにも、後悔ばかり浮かんでくる?
日本に生まれた一人の人間として間違ってないはずなのに、こうやって生きて死んでいくのが大多数のはずなのに...
ああ胸の奥底から滲んでくるこの思いは――
「お、おい悠月...なぁおいッ!起きろって!!」
その何かに焦ったような言葉と、瞼越しにでもわかる眩しい朝日のような光に、俺は目を開けた。
「ん......おはよう...あれ、カラオケは?...」
「...そんなこと言ってる場合じゃねえよ...どこだよここ」
そんな驚愕の声にじょるのに担がれていた腕を解く。
まだ残る酔いのせい足取りも不確かなまま、ずきずきと痛む頭を押さえ反対の手で寝ぼけ眼を擦った。
あくびを噛み殺しながら日差しに歯向かう様に目を開けた――そこに映ったのは
あまりに広く雄大な大自然。
一面に広がる草原に、無限に続いているのではないかとすら思える広大な空。
そしてそのはるか上空にはいくつもの羽の生えた巨大なトンボのような化け物が大空を舞っていた。
日本では絶対に見られない光景に現実を疑うが、強い朝日がこれは現実だと突きつけるかのように爛々と俺たちを照らしている。
「はは.....まじかよ...」
ああ、こんなことあるわけないと思っていたのに...
どうやら俺たちはカラオケ帰りに異世界に迷い込んだらしい。
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