第14話 【ボコボコ】
集落生活18日目。
(本日はとても快晴で、とても良いボコられ日和だ...)
ぶっ飛ばされたとき視界に映る青空が悠月の心を綺麗に洗い流してくれる。
「...弱い...」
そのクロの呟きに悠月は何も言い返すことができない、というか体が動かない。
あの日、クロと契約をしてから悠月の特訓の日々が始まった。
このロリコンホイホイ女――もといクロの訓練は、基本的に実戦形式。
悠月が気絶したり立てなくなったら一度終わり、目が覚めたら再開、そんな訓練と呼ぶにはあまりに暴力的なものの繰り返し。
しかもそのくせアドバイスは雑。
「攻撃は...避けるか、防いで...反撃する」「魔気は回す...」「...もっと吸って...全身で...呼吸する」
悠月は、最早イライラを通り越して気絶していた。
攻撃は避けるか防ぐ、反撃する、なんて誰でもわかってる。
けどクロは速すぎて回避も危うい、反撃なんてもってのほかだ。
今の所クロの攻撃を防ぐ、もしくは躱せた悠月の最高回数は4回。
必ず5回目の攻撃、視覚外からの回し蹴りで体が反応しきれず一撃を貰い、そのまま気絶するまで滅多打ちにされる。
ただまぁ少しづつ体もクロの速さ(手加減状態)に慣れつつあるし、なんとなく行動も読めてきた。
足技主体で、基本駅に飛び蹴り、回し蹴り、バク転蹴り、足蹴り、まれに距離を詰めての掌底。
軟体生物かと思うほどの柔軟性で、どんな体制からでも蹴りを打ち込んでくる。
まあこれはいい、もう少し殴り合えばもうちょっといけるだろ。
問題はこの魔気とかいうやつだ。
(実の所...魔気の感覚は結構掴めてきた...)
昨日クロに気絶させられ、一度集落に帰った後、木を何度も殴りつけて感覚を掴んだ。
イメージとしては鳥肌に近い、皮膚がぞわぞわする感じだ。
ただ問題はクロのような威力が悠月には全く出ないということ。
(殴っても血は出なくなったけど...折れるどころか少し揺れるだけだしな...)
魔気を拳に纏わせることはできたのだが、本当に纏わせただけ。
木や石を思い切り殴りつけても拳から血が出くなったというだけだ。
(回す...ってのがよく分からないんだよな)
寝転がりながら青空に手を向けて魔気を出す。
目には全く見えないが肌がぴりつく、ただ動いてる感じはしない。
あくまでまとわりついているだけ...
(呼吸ってのも...なんとなく意味は分かるんだけど...)
魔気ことマギアクネは空気中に存在していて、魔性類は呼吸をすることによって体内に取り入れている。
魔気を使うってんだから呼吸が大事なのは分かるんだが...
「はぁ...「バシャッ」ぶッ...いきなりかけるなよ」
「起きた?」
「おかげさまで...」
悠月の気絶したフリはしっかりとバレていたようで、クロに赤い液体を顔面にぶっかけられた。
この赤い液体はかの有名な回復薬らしい。
全身の痣、一見折れてそうなほど腫れあがった腕が急速に治っていく。
「こんなものどこから持ってきたのか」とか「どういった原理で回復してるのか」とか興味は尽きなかったが...
最初の質問には「教えられない」と答え、2つ目の質問には「知らない」と言われた。
(まじでこの師匠、スパルタで説明下手で教えられない事ばっかり...強くて可愛くて素直な所以外良いとこないぞ...)
「じゃ...つづき」
「なあ師匠」
「...なに?」
「師匠はずっとこの森に住んでるのか?」
悠月を起こしたクロはすぐに再戦を始めるような雰囲気を感じ取ったので、悠月は時間稼ぎ兼情報収集としてそんな話題を振ってみた。
「そう...16年、くらい?」
驚愕の事実が発覚した。
どうやら悠月は4歳年下の高校一年生くらいの女子にぼこぼこにされていたらしい。
「へぇ...一人で16年?」
「姉が、家族が一人...いる」
(この化け物レベルの強さがもう一人?)
さすがに勘弁してほしい。
「そうなのか...お世話になってますって挨拶くらいした方がいい?」
「ダメ、絶対ダメ」
冗談のつもりで言ったがとても強い口調で拒否された。
どうやらクロにとって姉は、あまり触れてほしくないものらしい。
「...そろそろ...始めよ?」
「...そうだな」
その後、蹴りの連撃を躱し続け初めて5撃目の回避に成功するが、そのまま調子に乗ってカウンターを入れようとしたら、カウンターにカウンターを返され見事に気絶させられた。
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集落生活22日目
本日はいつも通りに朝の運動を終え、朝飯を食べた後、本当になんとなくじょるのの弓の練習を木陰に座りながら眺めていた。
今日は約50m先の木の上、枝に挟んだ桃味のリンゴが的らしい。
「今日こそ刺して見せる」
どうやら昨日から挑戦していて、結果は惨敗だったらしい。
今日こそはと意気込んでいる。
(そういえば...今日も天気がいい、というかこの世界に来てからずっと青空しか見てない気がする)
空を眺めて雲がぽつぽつとある快晴、さすがに雲があるんだから雨が降らない世界ってことはないと思うけど、実際どうなのか。
ここにきて約3週間、晴れ以外の天気を知らないが、まあいいか、快適だし。
「なぁじょる」
「...なんだよ、今集中してるんだけど」
弓を構えたじょるのがめんどくさそうにこっちに顔を向ける。
「なんだとはなんだよ!弓と俺どっちが大事なんだよッ!?」
「えぇ...そりゃお前だけどさ、でなに?」
「ゲームの敵でさ、速度特化のキャラってどうやって倒したか覚えてる?」
「なんだよいきなり?...なんか素早い魔物でもいた?」
ちなみにじょるのにはクロのことは一切話していない。
理由としては、こいつは案外心配性なので「俺も行く」と言い出しかねないからだ。
一応クロとの取引は相応のリスク、いつ殺されてもおかしくないというデメリットがある。
万が一こっそりじょるのが様子をみにきてクロにじょるのの存在がばれてしまえば、悠月とじょるのは完全な一蓮托生状態になってしまう。
悠月がやらかした失敗と、悠月が強くなるメリットのためにじょるのに命を懸けさせるわけにはいかない。
(一応俺が帰ってこなければすぐに森から出るように言ってあるし...クロのことは言わなくていいだろ)
そういった判断を悠月はしていた。
「もう本当に馬鹿なんじゃねえのこいつ、って呆れるレベルで速いゴブリンがいたんだよ」
一応嘘はついてない。
「んー、素早いキャラは耐久とか火力が低かったりするから耐えて一発逆転...とか?」
「まあそんなとこだよな」
問題があるとすれば、あくまでそれはゲームの話。
リアルな話をすれば、高速で機敏に動き回れるってことはそれ相応のパワーを持っているわけで。
しかもクロはその機動力を生み出すパワーが詰まった足技が主体だ、パワーはグリフォン先生が身をもって実演してくれた。
攻撃を耐えるというのは難しいし、クロの耐久が低いというのも実際は分からない。
なにせ一発もクロに攻撃を当てたことがないのだから。
(...攻撃を貰うこと前提にすれば一撃は返せるが、まず耐えれないし...)
「後は格ゲーだったら、掴みからコンボではめるとか?」
「っ!確かに...掴みは発想になかったな」
蹴りを掴んで即座に反撃する、として、蹴ってくる場所も予測がついたとして。
時分にあの一撃が受け止められるだろうか?衝撃と威力でそのまま腕折られそうだが...
やってみる価値はある。
「ッ!...おしいな」
じょるのが射た矢が目の前を通り過ぎ、リンゴではなくそれを載せている枝に深々と突き刺さった。
その衝撃でリンゴが地面にポトリと落ちる。
(矢って結構早いな...あ)
「じょる」
「なんだよ」
「俺に矢撃ってくんない?」
「...お前は何を言ってるんだ?」
「流石に矢の方が速いからさ、掴めたら一撃行けそうじゃん?」
実際に悠月の予測では、クロ(手加減状態)<弓矢の速度<クロ(本気)、って感じ。
あくまで悠月の体感、パッと見た感じだけど。
「アホかリスクデカすぎ、当たったらどうするんだよ」
「俺に撃てって言っても横から掴めるか試すだけだから、じょるのは普通に後ろの木狙ってくれればいいからさ」
「はぁ...最近お前色々おかしいぞ...まあいい、当たっても恨むなよッ!」
「ばっちこい!!」
俺が的の木から5mほど左斜め前に立つ、じょるのは無言で矢を番え弓を思いっきり引くと、少し緊張した面持ちで「いくぞッ!」と叫び、射られた。
(あれ、思ったより...)
遅いな。
予想してたよりも矢の軌道は目視で捉えられる。
それとなく右手で射線上に手を伸ばして、当たった。
矢は後方にくるくると回転しながら弾かれ地面にストッと突き刺さる。
「...あれ?」
思ってたのと違った、体感はクロの蹴りの方がよっぽど視認しづらい。
いきなり矢を掴むのは無理だったけど射線上に手を置いて弾くことくらいはできた。
というか手の甲で弾いたから血が出ると思ったけど、特に怪我はない。
いや当たり前だった。
ほぼ無意識的に魔気を使って弾いたから、手の甲にダメージはない...
(馬鹿か俺はッ!?そうだッ別に魔気は殴るためだけの武器じゃない、体を守る為の盾でもあるんだから...魔気を纏った手ならクロの蹴りを掴めるッ)
「.....お前まじか...昔から反射神経が良いのは知ってたけど、さすがにやばくないか?」
弾かれて地面に突き刺さった矢を回収したじょるのは、若干苦笑いを浮かべている。
「ありがとじょる、今ならいける気するわ」
「はいはい...」
「じゃあちょっと行ってくるわ」
「...はいよ」
悠月は自信満々に森の中に入っていき――結果。
5回立ち合って、最初の4回は途中で攻撃が回避できなかったり、ちょっとしたミスで気絶させられた。
最後の5回目で、何とかクロの右足の蹴りを魔気を纏った左手で受け止め即座に脇に挟み足蹴りを封じた、と思ったら。
「反撃は?...」
「...ッ!」
クロに指摘され、咄嗟に右手でクロの顎めがけて魔気を纏った拳を打ち抜くが、クロの手にまるで威力がないみたいに簡単に受け止められる。
その後、クロは掴まれた右足を軸に体を回転し拘束をぶち破ると、その勢いのまま悠月の顎を蹴りぬき体を打ち上げた。
(あ...空青ッ...)
結果――惨敗。
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「ん...起きた?」
最早慣れつつある気絶、ただ今回は赤い液体をぶっかけられたことによる不快な目覚めではなく、クロの膝の上での優雅な目覚めだった。
(一番最初の時以来だな...これ)
クロは悠月の顔を覗き込みながら左手で頭を優しく撫でて時折手櫛のように髪を整えてくる。
少しむずがゆい感触だ。
「...成長してる...偉いね...」
普段、ほとんど表情を変えない不愛想で氷みたいな表情なのに、とても嬉しそうに笑っている。
覗き込んでくる妖艶な瞳、垂れてくる髪が視界を遮り、視界にはクロしか映っていなくて...
不気味なほど美しいその笑顔に、その瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。
「ッ...なんだよ急に...」
「...きっと...裏でも...頑張ってる、と思うから...褒めたくなった」
「ッ!...」
その言葉に、撫でられる手櫛の感覚に顔が赤くなるのを感じて、ばっとクロから顔をそらしてしまった。
(絆されるなッ...違う、これは違うッ...)
いつもと違う、畜生みたいな訓練の反動だ。
ただの飴と鞭だ、普段の鞭が苦しすぎて飴が美味しく感じすぎてるだけ、きっとそう。
(褒められて、認められて嬉しいって...そんな幼稚な...)
ただ利用してるだけ、こいつは魔物でゴブリンで...ただの目的のための手段でしかない。
「...もう少し...寝てていい、よ?」
この言葉に逆らえないのも、今魔物に心を許しそうになってるのも...少し疲れただけ。
短いようで長かった異世界生活、死地の連続に驚愕、心を殺して生き物を殺す、ただ明日を生きていくために。
日本とあまりに違う殺伐とした現実、じょるのに置いて行かれないように焦って知識を貪って力を望んで...
(...あぁ...疲れたな...)
撫でられる優しい手櫛の感覚に身を任せ、大自然の木々の葉が揺れる音、風が吹く音に身を任せ意識を手放した。
この2時間後「なに4歳も下の高校生におぎゃってるんだ俺はぁぁぁぁぁあッ!?」
と、目を覚ました悠月は羞恥心に悶えていた。




