第9話 【変わる覚悟】
悠月は藁の中で目を覚ました。
目を開けて顔の上の藁をどかすと、ゆっくりと体を持ち上げる。
(.....体...痛ッ...)
床についた手に力を入れると腕が酷く痛んだ。
腕にも頭にも何か黒い布のようなものが巻きつけられていた。
視線を逸らすとすぐ近くでじょるのが猫のように体を丸めて寝ている。
「......」
起こさないように悠月はそっと立ち上がり、寝床から外への扉を開けた。
外はまだ暗く、暗闇の空には満月が浮かんでいた。
日本と同じように、この世界でも月の色も見た目は変わらないらしい。
とても心安らぐ月を見上げるが、少し見づらい。
右手で顔を触ってみると顔が酷く腫れていた。
オークとの闘いは悠月の全身に酷くダメージを残した――けどそれよりも、胸にこびりつくズキズキとした感情が1番苦しい。
「.....あぁ...ちくしょう」
気づけば声が漏れていた。
(変われた、変わらないと、と思ったのに、俺は日本にいた頃と何も変わってない)
ずっと無力な、人の顔色伺って自分を貫けない、嫌悪して壊してしまいたかったあのガキの頃のまま。
頭を使って、卑怯な手も強さだと割り切って、生きるためだと感情を殺して生き物を殺した、それで強くなったつもりだった。
全て勘違い。
俺は弱い、弱すぎる。
結局、俺が今生きているのは全てじょるののおかげ。
じょるのの毒がなければ戦いは成り立たず、あのオークに殺されて終わっていた。
俺がしたことはなんだ?
ただ走って逃げ回っただけだ、こんなこと誰にでもできる。
その程度のことしか出来な奴が、今後この世界で生きていけるのか?
(あのオークのように...ならないと...)
仲間の為に囮になり、孤軍奮闘し最終的には仲間の仇を命懸けで殺しにきた、あの勇敢なオーク。
あいつは確かに最初はただの無力なオークだったが、仲間が死に、危機に瀕して、憎しみを燃やしてあいつは変わった。
進化した。
この世界じゃ変わり続けなきゃ、進化し続けなくちゃ生きてはいけない。
「...今からだ、今から変わってやる」
俺は今日負けた、そして実質死んだ。
進化するなら今しかない。
俺達が生き残るために、平和に暮らせるように...邪魔する魔物も人も、敵対する全てを殺せるように。
力を手に入れよう...
満月の月光が照らす良夜にて、月下の元失意の中で悠月は誓った。
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集落生活3日目。
その日じょるのは目が覚めて、一度起き上がってもう一度寝転がろうとして――慌てて立ち上がった。
「ッ!?...は?あいつどこに?」
すぐ隣で寝ていた重症患者の悠月がいなくなっていた。
藁には血の跡だけがこびりついている。
「あのバカ...」
オークを倒した後、じょるのはなんとか意識のない悠月を背負って寝所に移動し、藁の上に寝かせた。
頭からは血がダラダラと流れていたし、オークの拳を受けた左腕は今までで見たこともないほど変色していて、じょるのはなんとなく折れている気がした。
とりあえず応急処置に使えるものはないかと、他の家と小屋を探していたら、まず黒いローブのような服を見つけた。
それをナイフで無理やり切って、数本用意したら包帯の代わりに出血した所に巻きつけて縛った。
その後は小屋に革製のリュックサックのようなものを見つけ、中を漁った。
中からは鉄製の鍋のようなものに、薄汚れた本、何か粉の入った瓶、それと赤色の液体の入った小瓶――
(...回復薬...とか?...んんむ...)
それはゲームなどでよく眼にする回復薬、に色合いが似ていた。
これを見つけてじょるのは正直、かなり迷った。
オークの集落から見つかった謎の赤い液体なんてぶっちゃけやばい気もしたが、これで何もせず死なれるよりはまし、とじょるのは判断した。
一応毒の可能性もあったから一滴だけ、じょるのは味見として口に含んだ。
「ぶふッ...うぇ...」
口の中が最悪な気分になる、舌を洗浄したいほど超苦かった、つまりこれは薬だ。
(薬は口に苦し、と言うからな)
悠月の口を無理やり開けて、謎の赤い液体をぶち込んでおいた。
その後は寝所で悠月の様子を見ていたら、いつの間にかじょるのも寝てしまった訳だが...
(あの傷で出歩いてたら流石に死ぬってッ)
寝所から外に出れば、井戸のすぐ近くで、ハチマキみたいに頭を布で縛った悠月が昨日なんとか倒したあのオークを解体していた。
「おはよじょる、昨日は助かった」
「いや...お前、それはいいけどッ.....もう動いていいのか?」
「まぁ大丈夫だろ」
いや絶対大丈夫じゃない、と流石のじょるのでも一目でわかった。
無理やり結んだ頭の布からは赤い血が垂れて、右腕の怪我もさらに変色している気がした。
(てかなんでこいつこんな状態で解体作業してんの?休んでろよ、頭おかしいんじゃないか?)
「それより見ろよ、これ」
解体されたオークの上には、まるでラベルのように紙が貼られている。
その紙は、俺たちがよく使っているステータスの用紙で、そこには文字が浮かんでいた。
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『怒レッドオーク(オーク[覚醒種])』Lv32
HP :0/892
MP:32/240
スキル
・槍術Lv3
・建築Lv3
・投擲Lv2
・肉体操作Lv3
・憤怒Lv1
・痛覚鈍化Lv3
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「魔物にもステータス用紙反応したんだよ」
「...なんだこの化け物...なんで勝てたんだ俺ら」
ああ悠月が死にかけるわけだ、この絶望的なステータスをみてじょるのは一人納得してしまった。
Lv32という圧倒的格上、それに6個というスキルの数。
たった1つのスキルしか持ってないじょるの達がよく勝てたなって感じだ。
「お前の毒スキルのおかげだろ、それがなきゃ俺は死んでた」
「まあなぁ〜でもほぼお前が時間稼いだお陰だろ?」
「違うよ、勝てたのは8割は毒スキル、もう2割は状況の運だ」
悠月のそのセリフにじょるのは(こいつは何言ってるんだ?)と思っていた。
毒スキルの存在は確かに大きかっただろうが、手傷を与えた続けたのは悠月で、じょるのに攻撃を向かせないよう常に敵からのヘイトを受け続けていたのも悠月だ。
(俺がしてたのは、安全地帯から弓パスパスしてただけだぞ?)
どうしてこいつは自分の存在をそんなに軽視することができるのだろう。
ある意味現実を正確に認識できていない。
「俺が役に立たなかったのは悪かった、理解してる。それよりも、俺が今1番嬉しかったのはこれだ」
悠月が指で示しているのはステータス用紙のスキル、槍術の箇所。
「これで武器スキルがある事が確定したッ!これはかなりでかいッ!!じょるのも集落を出ていくまでに必ず弓術のスキルを入手してくれ」
「...分かったよ、とりあえず弓の練習しとけばいいんだろ?」
「それだけじゃなく体力もな」
「はいはい」
「とりあえず、昨日飯食いそびれただろ?解体しておいたから焼いて食って弓の練習するといい」
「お前は...そろそろさすがに休んどけよ」
「え?....あー、分かってるさすがに休むよ」
そう言って悠月は血を垂らしながら、なんでもない、まるでいつも通りの感じで寝所へと入っていった。
もしかして本当に元気なのだろうか、もしかしてあの回復薬みたいなやつにかなり効果があったとか...?
なんてじょるのが思案を巡らせながら焚き火に火をつけて、生肉を焼いていく。
「んー...さすがにこのままじゃまずいよなぁ」
悠月が重傷を負ってじょるのは少し焦りを感じた。
ぶっちゃけ今の状況は悠月の負担が大きすぎる。
このままだと、本当にそのうち悠月が死にかねない。
「はぁ...もっとこう、物語の異世界ならなぁ」
毒スキルとかじゃなく、もっと主人公っぽい強力なチート的なスキルがあれば...
悠月に負担をかけなくてすむ。
悠月が作戦を考えて、じょるのが戦う、そんな一緒によくやっていたFPSのような状態がじょるのにとっては理想だった。
けど、理想は理想。
ゲームのキャラのようにじょるのの体は動かないし、強力な武器もなければ能力もない、これが現実だった。
せめて(悠月が飴玉とか意味分かんないスキルじゃなければ...)そう思ってしまったが、すぐに考えを改める。
(いやあいつは今できることを十分やってる、それにあいつのことだ、自分の問題は自分でどうにかするだろ...それよりやっぱ俺だよな)
じょるのの視点からは、これまでの戦いは全て悠月におんぶに抱っこだ。
このままじゃ不甲斐なさすぎる。
(少しでも戦力になるよう、戦えるようにならないと...)
オークの肉を平らげてお腹いっぱいになると、柵に立てかけてあった弓を手に外に出た。
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(まさか魔物にもステータス用紙が使えるとは...思いつきでもやってみるもんだな)
悠月が強さやスキルに悩んでいるとき、ふとした思い付きでなんとなく試してみた、おかげで大きな収穫があった。
寝所で藁の上に寝転がりながら、飴玉を口に入れてボリボリと噛み砕きながら思考を整理する。
あの怒レッドオークのステータスにはかなり気になる所があった。
まず覚醒種という表記。
魔物は成長する、当たり前ではあるのだがゲームやフィクションとは明確に違う。
こいつらは感情があり知性があり適応生がある、ただの動物とは違う比較的人間に近い生き物だと言える。
まあそれはいい、覚醒種も正直どれほどのものなのかは分からない。
ただ通常個体よりも強い亜種的なものである、とひとまず悠月はそう判断した。
そんな強化個体と戦って運よく勝てたのは、元々ゴブリン軍団と戦ったおかげでオークが疲弊、弱体化していたこと、それと槍じゃなく斧を使っていたことだ。
斧では槍スキルは発動しなかったはずだ。
本当にその場の運に救われて勝った感じだ。
こんなやり方を続けていくのはまずい、いつかこの運も底をつき悠月達に牙をむくだろう。
(俺に足りないのは...やっぱりスキルだな)
じょるのは毒スキルなんて破格のスキルを持っている。
作戦を考えるうえで現状を打破するための主軸として組み立てられる、そんな強力なスキル、悠月が欲しいのはそんな力だ。
槍術スキルも当然必要だが、そういうものじゃない、何か別のもっと明確な決定機にできるスキル。
(飴玉じゃなぁ...一応レベル上げはするけど)
悠月は暇な時があったらとりあえず飴玉を出して舐めているが、今だにLvは上がらない。
この飴玉スキルがいずれぶっ壊れスキルになる可能性を一応信じていた。
(そもそもなんでじょるのが毒スキルで俺が飴玉のスキルなんだ?...)
そこが分からない、理由が分からないとスキルを入手する方法も浮かばない。
流石に毒関連で毒キノコを食べてみる、とかは無茶だ。
(どうするかなぁ...)
体は痛いけど、とりあえず動くか...
左手はまだ少し動かせないけど、右手は動く、それなら少しでも体を動かすべきだ。
片腕で素振りでもしよう。
そう思い立ち寝所から外に出て倉庫に向かう。
じょるのが片付けてくれていたようで直剣と槍が倉庫の入り口近くの壁に立てかけられていた。
(てか槍が血まみれなんだが...できればついでに拭いといて欲しかった)
倉庫の床には何かを破いた布切れ...と思ったら、3人の死体のうち魔法使いらしき人が着ていた黒いローブだ。
じょるのはこれを破って包帯の代わりにしたようだ。
とりあえず、そのローブの一つを持ち上げて、槍にこびりついた血を拭いていく。
丁寧に槍を拭いていたその時、ふと悠月の目に入ったのはあの革製のリュックサック。
「そういえばこれ...すっかり忘れてたな」
初日に見つけて結局中を確認していなかったのだが、なぜか荒らされた跡がある。
じょるのが何かしたのだろうか...?
乱雑に突っ込まれた中をそれとなく見てみて――衝撃的なものを見つけた。
「は!?...え、いやなんで...日本語だよなこれ...」
[原点回帰]
豪奢な革製の表紙の本、書かれている四文字にかなりぶ厚い本だ。
(あいつ一言も本の事言ってなかったよな...?)
じょるのから何も聞いていないが、もしかして見ていないのだろうか。
(忘れてんのか?てか日本語なら普通気になる...てか疑問に思うよなッ!?)
「いや待て待て...落ち着け俺」
少し落ち着いて冷静に考えてみる。
そう、今考えると今更だがおかしなことがあった。
(今まで俺も気づいてなかったけど、よくよく考えればステータス用紙も日本語だったよな?)
意味が分からない。
どうなってんだこの世界、いやそもそも異世界なのだろうかここは?...そこから分からなくなってきた、と悠月は頭を悩ませる。
頭が痛い、たった一つの情報に何脳みそが焼かれそうだ。
搔きむしるように手で頭を触って、その手にはベットリと血がつく。
(あ、実際に頭痛いんだった...)
思わぬ情報に興奮しすぎて、本当に体調不良になりかける、とりあえず落ち着けるように深呼吸。
落ち着いてリュックサックを背負った。
(中身も本も寝所で休みながら確認しよう)
飴玉をガリっと噛み砕きながら悠月は寝所に向かった。




