花時雨
この小説は、以前短編連載として上げていた話の一つです。
連載を外し、短編として上げ直したものになります。
大人が15人で手を繋いで輪になるくらいの直径をもち、王城の敷地と同じくらいの面積まで枝を広げる巨木。それは、常春の街の最北端に立ち、一年を通して美しい花を咲かせている。
その中でも特に美しい時期が花替わりの時。巨木は常春の街が一年で一番寒くなるその手前の時期(四季がしっかりある地域でいうところの秋)に花を落とし、見た目の違う新しい花を咲かせる。
その花の生え変わりの時期に舞う花弁はまるで花の雨のようで、いつしかそれは「花時雨」と呼ばれるようになった。
花時雨を浴びれば悪い気を流して幸運を呼び込むとされ、神事にもなっている。
そんな時期に、一人の精霊学士が巨木の元を訪れた。ヘレニウムに似た花弁をもつ青い花を咲かせた巨木を見つめながら、友人である植物学士との会話を思い出す。
この巨木が去年咲かせたのはヒヤシンスに似た紫色の花弁の花で、一昨年はアリウムに似た花弁の紫色の花、その前はルリタマアザミに似た花弁の青い花だったとか。
4年前に初めて花時雨が起きなかった年以降暗い色の花ばかりを咲かせている巨木が気になった友人が樹木医を連れて巨木を診察したらしいが、巨木に異常は見つからなかったらしい。
精霊学士の自分が巨木を見たところで「花が美しい」という凡庸な感想しか浮かばないなとぼんやりしていると、ふと隣から神聖な気配を感じた。
「君も花時雨を見に来たのかい?」
そこには、可愛らしいと美しいの中間に位置するような容姿の女性が立っていた。
一目で分かった――彼女は巨木の精霊だと。
「自慢だけど、私の降らせる花の雨はとっても綺麗だからね。しっかりと目に焼き付けて帰るといいよ」
そう言って得意げに笑う彼女の深緑の目は、どこか凪いでいた。
***
生温い風の吹く夜だった。
その日の夜、散歩に出かけていた精霊学士はたまたま目撃した。目撃してしまった。
神主が巨木の精霊に暴行をはたらいているところを。
「花時雨の無い年は凶年と言われてしまう。今年もしっかり花を落としてくれよ」
神主の暴行がいっそう激しくなる。
衝撃的な光景に、精霊学士は目を見開いて陰から覗くことしかできないでいた。神に仕えている者の、冒涜的な行為。信じられなさすぎて開いた口が塞がらない。見開いた目は瞬かない。そんな精霊学士の瞳は、巨木の精霊の姿を一瞬も見逃すことなく映していた。
深緑の目から涙が零れる。はらり、はらり。
巨木からヘレニウムに似た花弁をもつ青い花が落ちる。はらり、はらり。
花時雨。雨のように花が降る。
花時雨。巨木が涙を落としてく。
花が全て落ち、巨木に新しい花が咲いた。
ヘクソカズラに似た花弁の、赤黒い花が咲き誇った。
花言葉
ルリタマアザミ:傷つく心
紫色のアリウム:深い悲しみ
紫色のヒヤシンス:哀しみ(許してください)
ヘレニウム:涙(他にも意味は存在します。ちなみに青いヘレニウムは恐らく存在しません。巨木の精霊の深い悲しみを表現するために青色に設定しています)
ヘクソカズラ:人間嫌い