管理者の鬱憤
仕事に疲れてぼんやりしながら浮かんだネタです。
『悪役令嬢』に救いはありません。
やあ! 僕、世界の管理者!
君達が「神」と呼ぶ存在も含めて、この世界を管理している存在さ!
さーて、今回の『悪役令嬢』は何タイプかな?
ん? 『悪役令嬢』とは何かって?
この世界の衰退や滅亡に繋がる大本で、何度も与えられた変化や成長のチャンスを尽く無視してタイムリミットを迎えた若い女性達に僕が付けた便宜上の呼称だよ。
なるほど。今回の『悪役令嬢』は「真面目で優秀な努力家型」か。珍しくもない量産型だなぁ。
最近は「ツンデレ型」とか「初心ゴリ押し型」がこの場所に来てたんだけど、原点回帰ってとこなのかな。
ん? 「真面目で優秀な努力家」が『悪役』なのはおかしいって?
初心やツンデレが世界の衰退や滅亡の原因になるほどの悪な訳が無いって?
分かってないなぁ。
じゃあ「ツンデレ型」から解説しよう。
アレは百五十年くらい前に、君の生まれた国とは別の大陸の大国の王太子の婚約者だった公爵令嬢だったかな。
当時、大国の維持の為には、その公爵家との連携がどうしても王家には必要だったから結ばれた婚約で、王太子は国の安寧の為にも国民の幸福の為にも納得して王命での婚約を受け入れていたし、婚約者にも誠実に対応して大切にすることを心掛けていたんだ。
けど、この『悪役令嬢』は、初めての顔合わせで王太子に一目惚れしたことを知られるのが恥ずかしいからと、徹底的に王太子を受け入れない姿勢を崩さなかった。
酷い態度だったよ。仏頂面の挨拶以外は顔を背けて口もきかない。
通り一遍の定型文以外の手紙は送らない。その手紙だって自分から送ったことは無くて、王太子からの手紙への返信だけ。
社交の場でのダンスでも目を合わせることさえ無く、王太子に触れられている間は強張った表情を隠しもしない。
まぁ、当然、不仲説は出るし、王太子は自分が嫌われてると思うよね。
そこに他国や国賊が付け込んで衰退?
いいや? その程度なら世界は衰退しない。せいぜい国が衰退する程度じゃない?
君は「優秀」だったんだから歴史で学んだよね?
百四十年ほど前の別大陸の王国の国王に、思い当たる名君が居る筈だよ。
そうそうソレ!
通称「海賊王」と固い絆で結ばれ、一つの大陸と三つの海域を平定して平和な時代を築き、世界の文明や技術の発展に大きく寄与した偉人。
件の『ツンデレ型悪役令嬢』の婚約者だった王太子は、それを成し遂げることが可能な運命を持っていたんだ。
何故なら、当時「海賊王」と呼ばれていた怪物じみた軍事力を持った島国の王と、その王太子は前世で戦禍の中で互いを守り合って死んだ、亡国の双子の兄弟王子だったからさ。
運命では、二人は出会った瞬間に前世の記憶を甦らせて、「今生こそ平和な国を」と誓い合い、手に手を取って周囲の国と海を平定し、世に平和を齎すことになっていた。
だけど『ツンデレ型悪役令嬢』な婚約者のせいで、王太子は自己評価や自己肯定感がガンガン削られて、魂まで傷を負い始めていた。
僕は世界の管理者だから、「このままのルートで辿り着く未来」というものが見える。
婚約者が王太子の自己評価や自己肯定感や自尊心をゴリゴリ削って心をぶっ潰し続けて時が過ぎれば、王太子は婚姻を結ぶことになる王立学園卒業の直前に、事故を装って自殺してしまうところだった。
婚約者は、王太子の弟とは真っ当な淑女の態度で接していたからね。婚約者に嫌厭されている自分のせいで公爵家との関係が悪化して国が乱れる可能性を考え、追い詰められていたんだよ。
だから僕は、王太子を救う力を持つ『聖女』を作って派遣した。
ああ、作ったと表現したけれど、粘土細工で人形を作るような真似をした訳じゃないからね。
王太子と同世代の女性の中から、王太子の伴侶となる素質を持ち、彼に寄り添って支えながら癒やすことに適した魂を選び出して、神の幾柱かに加護や特別な力を授けさせ、それらの神々から神殿に神託を降ろさせたんだよ。
あの時は、「心の闇を晴らし身体の傷を癒やす光の聖女」だったかな。
君も歴史の授業で習った覚えがあるよね?
史上最も人類の発展に貢献した名君の最愛にして唯一の妃である『光の聖女』って。
その聖女によって立場を追われたのが、『ツンデレ型悪役令嬢』ってこと。
死因は刑死。公爵家の権力を使って『光の聖女』を謀殺しようとしたことが露見したからね。冤罪なんかじゃないよ。ガチで謀殺しようとしたんだ。
自分は何一つ反省もしなければ変わろうともしないまま、ただただ自己憐憫に耽って聖女を恨んで憎んで暴走した。
実に醜いね!
王太子が心に傷を負って病んで行っていることなんか、全然知ろうともしなかったくせに。
不貞行為なんか何一つしていない、婚約を維持する為に治療行為に縋っていた王太子を、不実と決めつけて逆恨みまでしてさ。
あの『悪役令嬢』は、ここに来ても反省なんかしなかった。
持ち越したのは他者への恨みつらみと自己憐憫ばかり。
悔い改めることを促して輪廻の輪に放ったけど、碌な人物に生まれ変わらなかっただろうね。
さて次は「初心ゴリ押し型」の解説ね。
飽きてるみたいだけど今後の君にも関わる話なんだから、ちゃんと聞きなよ。君って「真面目」なんでしょ?
およそ五十年前の「偽勇者事件」は知ってるよね?
君が生まれた国も在る大陸に出現した「勇者」を自称するバケモノの話。まだ五十年そこそこしか経ってないから、平民の子供でも親や祖父母から伝え聞いてるだろうからね。
お勉強に熱心で高等な教育を受け放題だった君なら、知らない訳が無い。
コレは人間は知らない話だけど、この世界みたいに「ほどほどに治安が良く、それなりに文明が発達し、かと言ってガチガチに規律や理が固まっているほどまでは熟し切っていない世界」って言うのはね、もう世界としては熟し終わって現行以上の成熟は望めない世界から、たちの悪い魂が飛び込んで来ることが間々あるんだ。
見下せる環境に行けば自分でも一旗挙げられるだろうと思い込んで、都会から田舎に蹂躙行脚に行くゴロツキみたいなモノだと思えばいいよ。
で、僕みたいな管理者は、そういうのが来るのを予見して、この世界の人間が解決出来るように準備しておくのも仕事なんだ。
そう。気付いた?
あの「偽勇者」は熟し切った異世界から飛んで来た魂だったってこと。
そして僕が準備しておいた対抗策が、この世界の魂を持って生まれた人間である「本物の勇者」ってこと。
準備の甲斐あって、出現して暴れ回って大陸を震撼させた「偽勇者」は、程無くして「本物の勇者」に討伐され、被害は出現した国一つが滅んだだけに抑えられた。
言っておくけど、「本物の勇者」が存在してなかったら、あの「偽勇者」は欲望のままに大陸全土を蹂躙しつくして、男は虐殺か奴隷、女は若い美人だけ性奴隷で残りは虐殺か奴隷って未来が来てたんだからね?
最初に現れた国一つの滅亡で済んだのは僥倖だよ。
で、この「本物の勇者」は君も知ってる通り、或る王国の王子だった訳なんだけど。
この王子の母親ではない、父王の最初の妃が『初心ゴリ押し型悪役令嬢』だったのさ。
訳が分からない?
『初心ゴリ押し型悪役令嬢』の生まれた時からの婚約者で当時王太子だった男が、世界を管理する僕が用意した、この世界で唯一の「勇者の種を持つ男」だったんだよ。
と言うことで、彼の種を胎に受けた女性は誰でも「勇者の母」になる可能性があった訳だ。
僕が「勇者の種を持つ男」に彼を選んだのは、あの国は男性王族が妃の人数制限を設けない一夫多妻制で、国王は代々大きな後宮を持ち、男性王族は十五で成人扱いになって正妃を娶る前でも後宮に女性を迎えられる、そういう法や慣習のある国だったから。
それに、偽勇者が出現してから別大陸から船で駆け付けるんじゃ手遅れになるかもしれないじゃないか。
あとは、偽勇者の来襲時から逆算して、十五歳以上三十歳未満の子供を沢山産ませて育てられる身分と立場と年齢の男が彼だけだったからね。
ん? なんで勇者を直接指定せずに「種の持ち主」の方を指定したのかって?
リスク分散の為だよ。
唯一の勇者じゃなく「種の持ち主」の方を指定しておけば、「種の持ち主」の子供は全員、暫定的に「勇者」の資格を持たせておくことが出来る。
だから、適性が最も高い方から「勇者」の運命と力を発現するようにしておいて、もしもその「勇者」が役割を果たす前に死んだとしても、それ以外の子供の中から次点の適性の者に「勇者」の力と運命が発現するようにしたんだ。
けれど、その彼の生まれながらの婚約者であり、最初の妃だった『悪役令嬢』が原因で、偽勇者の来襲時に勇者が存在する未来が確実とは言えなくなった。
王太子だった彼の一つ年下の婚約者は、同じ国の公爵令嬢で、非常に愛らしい見た目で庇護欲を唆り、また非常に甘え上手でもあった。
彼は幼い頃から年下の婚約者に夢中になり、脇目もふらずに彼女を愛でていた。
仲睦まじい二人の様子は、周囲からも好意的に捉えられて微笑ましく見守られていた。
王太子が成人扱いとなる、十五歳になるまでは。
甘え上手で王太子への好意を隠さず表現し、王太子に他の女性の影を見れば直ぐに不安を覚えて大きな瞳を潤ませる婚約者に、王太子は盲目的なまでにド嵌まりしてしまっていた。
婚約者を不安にさせないように、悲しませないように、泣かせないように、王太子は『悪役令嬢』から願われるままに、自身の後宮を開く前に閉鎖してしまったんだ。
当然、周囲からは苦言があった。王太子へも、『悪役令嬢』へも。
だって、あの国の後宮や一夫多妻の制度って、所謂「悪しき慣習」や「好色王の嗜好」ってヤツじゃなく、正統な王家の維持には必要な制度だったし、寧ろ人道的な理由によって伝統として守られてきたものなんだから。
君も他国の地理か歴史で習ったんじゃない?
あの国は、魔素や風土の影響で女性の出生率が男性の三倍でありながら、産出される資源や土地の状態から、国家の主産業は腕力を要する類のものに偏っている王国だって。
生まれる人間は女性がずっと多く、必要とされる労働力は男性がずっと多い。
そんなバランスが歪な国ではあるけれど、労働力は国外からの出稼ぎに頼り、女性は国の主要産業と直接関わらない分野で働いたり、家庭を守り次代を産み育てるという役割分担が成立して国が回っていた。
けれど外国から流入する腕力自慢の労働者には、ならず者も紛れ込みやすい。
流れ者で地元民への愛着や罪の意識の低い悪党どもからは、若く美しい女性や裕福な家の女性は特に狙われやすい。
だから、親や本人の希望で、未婚の若い女性を厳重な警備が敷かれる王族の後宮に保護する慣習が昔からあったのが、あの国。
後宮の女性達は、後宮内で職業訓練や花嫁修業を受けることも出来るし、内職で稼ぎながら将来の為に貯金することも出来る。
後宮に長く留まり王族の手付きになって子を産むか、王宮に仲介してもらった見合い相手に「下賜」の形で嫁ぐかも選べる。
女性に比べて男性が産まれにくいから、男性王族の数の維持の為に複数の妃が必要という事情もあるけれど、あの国の後宮は、若い女性が独り立ち出来る、もしくは嫁ぎ先が見つかるまでの育成保護機関のようなもの、という側面も強いんだ。
どうして、あの国の公爵令嬢だった『悪役令嬢』は、そんな常識を理解しようとしなかったんだろうね?
自分の感情だけを大事にして、護衛の集団を常に侍らせられる公爵令嬢な『悪役令嬢』とは違う、自力や自分の家の力だけでは身を守り切れない立場の数多の女性達に、伝統的に確立していた安全な避難場所を失わせてさ。
ん? それはただの「我儘娘」で「初心」とは言わないって?
まぁ待ってよ。これからだから。
あの国の男性王族は十五歳で成人扱いだ。でも王族に嫁ぐ女性の結婚可能年齢は違う。
そう、正解。十八歳。
男性王族は一夫多妻だから、妃各人が安全に子供を産める身体が出来上がる年齢まで待ってから迎えても問題無いからね。
因みに、あの国の女性の成人年齢は? うん、十六歳だね。
嫁ぎ先が王族でなければ、あの国の女性は十六歳で婚姻が可能な大人だ。
ともかく、婚約者の『悪役令嬢』に絆されて後宮を一度も開かず閉鎖した王太子は、一度も貴重な種を放つチャンスを得られないまま十九歳を迎えた。
しかも、『悪役令嬢』のせいで婚姻後も一夫一妻の形態を譲らないならば、タイムリミットまでに勇者が誕生して成長する確率はグンと減る。
それでも、僕もギリギリまで見守るつもりだったんだよ?
自分の恋心ばかりを優先して、高位貴族や王族の妻候補としては、あまりにもお粗末だとは思ってたけど、「ツンデレ型」とは違って人が裁ける内容の処刑相当の罪は犯していなかったからね。
けどさぁ。ここからが「初心ゴリ押し」なんだけど。
あの『悪役令嬢』さぁ、十八になって王太子と婚姻して、初夜に何て言ったと思う?
『お願い、もうちょっと、もうちょっとでいいの。その・・・、あのね? 心の準備が、しっかり調うまで、あともう少しだけ・・・待って?』
だってさ!
はぁ⁉ だよね!
お前、生まれた時から十八年間王太子の婚約者として、閨教育含む妃教育を受けて来ただろうが!
嫁ぐのが王族だったから、成人してからだって二年も猶予があっただろうが!
十八で婚姻するのは決定事項として婚約時の契約書に記されていたし、婚姻式の準備も何年も前から進めていたのに、これ以上お前の心の準備に時間が必要だと本気で宣っているのか⁉
ああ、失礼。
当時を思い出したらブチ切れそうになっちゃった。
でさぁ、それで僕も余裕ブッこいていられなくなったんだよね。
僕も通常だったら、世界の様子や世界の盛衰に関わる人間の監視観察はしても、まだ生きている人間の心の内なんか覗かないんだよ?
でも対策を講じないと、勇者の誕生と成長が偽勇者の来襲に間に合わなくなるからさ。
やむを得ずってことで、仕方無く『悪役令嬢』の心の中を覗いたんだけど。
あ゛ー・・・。
あ、うん。ちょっと思い出しムカつきで闇に堕ちかけちゃった。
その『悪役令嬢』が、「初心な女」のキャラクターをゴリ押ししてたのはね?
勿体ぶることで、王太子を転がして心を操り、いつまでも自分に夢中でいさせる為。
だったんだよ。
あの『悪役令嬢』は、「初心なア・タ・シ♡」をゴリ押しして、し続けて、引っ張れるだけ引っ張るつもりだったんだ。
特に「初心なア・タ・シ♡」を止める期限も決めず、延々と。
待った無しで排除って言うか、もう駆除したかったんだけど、流石に僕や神の力で直接ソレをヤルのは、世界にとって不健全だから、緩やかな退場に追い込むことにしたんだ。
先ずは、あの国の当時の国王と「勇者の種の持ち主」である王太子に、『勇者が現れなかった場合の偽勇者に蹂躙される世界の未来』を夢で見せて、強く意識に刷り込んだ。
夢では一緒に、「勇者は王太子と『救世の乙女達』の間に出来る子供の内の誰か」だという認識を持たせた。
同時に、偽勇者が出現する大陸の神殿には神々から『救世の乙女』に関する神託を降ろさせ、健康な身体と健全な魂を持つ、同大陸の十二人の若い女性に『救世の乙女』の印を与えた。
神殿は神託に従い、『救世の乙女』を保護して「勇者の父となる運命の王太子」の元へ送り届けた。
印は見えやすく分かりやすいように、額に神木の花弁を一片浮き上がらせ、「勇者の父となる運命の王太子」が印に触れると神々しい感じで真珠色の光を放つようにしておいた。
盲目的に『悪役令嬢』を寵愛して自国の女性を蔑ろにして来た王太子だけど、流石に大陸蹂躙の未来から目を逸らすほど愚かではいられなかった。
婚姻後も妻の役割を拒む妻に、無意識下で不満も湧き始めていたからね。
国王からの説得もあり、王太子は「『救世の乙女』を後宮で大切に遇し、世界を救う子を成す」という神託に従うことを決めた。
まぁ、それに『悪役令嬢』は反発するよね。何しろ『悪役令嬢』なんだから。
被害者ぶって王太子に泣き縋ったけど、王太子は『悪役令嬢』の願いを叶えなかった。
と言うか、叶えられなかったんだよ。
だって、その時もう王太子は、人として真っ当な心を取り戻していたんだから。
それまでは、自国の若い未婚女性達が親の代までは保証されていた避難場所を失い、危険と隣合わせの暮らしに不安を感じていたって、それによって「不幸で悲しい事件」が起きたって、『悪役令嬢』の気持ちの方が大事だった王太子。
けれど、比較対象が「自国の若い未婚女性達」から「大陸全土の全ての人々」になって、迎える未来が「酷い目に遭うかもしれない」から「確実に虐殺か奴隷か性奴隷」になってまで、『悪役令嬢』の気持ちの方が大事なんだと選べはしなかったんだよ。
それって当然の心の動きだと思わないかい?
だけど『悪役令嬢』は納得しなかったし、不満を露わにした。
それが、より王太子の目を覚ます振る舞いだと考えもせず。
ずっと簡単に転がせて来た王太子を、チョロい男だと見下していたから、考える必要を感じなかったんだね。
どうせ自分が泣いて甘えれば、いつものように思い通りになるんだから、って。
しかし、覚醒した王太子は『悪役令嬢』の思い通りには動かなかった。それどころか、今まで可愛くて愛しい存在だった妻を恐ろしく感じた。
まるで彼女が可哀想であるかのように聞こえる言葉を選んで話してはいるが、『悪役令嬢』が王太子に要求してる内容が、「大陸全土の人間の悲惨な未来を回避する方法があっても、私の気持ちを優先して大陸全土の人々を見捨てろ」って意味だったんだから。
王太子の目が覚めたと見るや、国王主導で『悪役令嬢』と王太子の引き離し作戦が敢行された。
子供の内は微笑ましく見ていたけれど、幾つになっても、成人しても、婚姻してさえ、成長せず学ばない妃など王族妃として不要だと、王太子以外の王族も、『悪役令嬢』の親以外の国内貴族も考えていたからね。
機を見た家臣達も動いた。
盲目的に『悪役令嬢』を寵愛していた頃の王太子は聞く耳を持たなかったけど、今ならば耳に届くかと、嘗てまとめた報告書を王太子に提出した。
それは、過去に『悪役令嬢』が「彼女に虐められたの」や「あの人が怖いの」などと王太子に告げたことで、王太子権限で解雇された使用人や、遠方の修道院に追放された下位貴族の令嬢達が無実であった証拠と、実は当時『悪役令嬢』が彼女達に望んでいた処罰が、国外追放や処刑や奴隷落ちのような、残虐で不必要に重い、恐ろしい内容であったという証言集だった。
公爵家や王太子に忖度した家臣達は、「冤罪」という言葉は使わなかった。
ただ、『悪役令嬢』の勘違いや気の所為で、王太子から、本来必要ではなかった処罰を下された不幸な女性達が実在することを伝えるに留めた。
報告書と共に彼らの想いを受け取った王太子の中に、『悪役令嬢』に対する疑心暗鬼が生まれた。
振り返って考えてみれば、『悪役令嬢』には、不確かで曖昧な物事や単なる個人的な主観を針小棒大に王太子に訴え、国王以外は物申せない強い権力を以て罰を与えさせるという行為を、幼少期から当たり前に繰り返して来ていたのだ。
自分はずっと、一つ年下の『悪役令嬢』から良いように使われて来たのではないか?
幼少期からごく自然に行われて来たことであり、年齢が上がっても自然に続けられたことで、自分は洗脳に近い状態だったのではないか?
王太子は、心の底からゾッとした。
自分が恐ろしい毒婦に誑かされることで、とんでもない暴君になりかけていたのだと、漸く思い至ったからね。
王太子と国王の判断で、即刻『悪役令嬢』の幽閉が決定した。
過去の実例から、彼女を自由にさせておくと『救世の乙女』に危害を加えられかねないと告げれば、『悪役令嬢』の親の公爵も黙った。
そうして、『初心ゴリ押し型悪役令嬢』は生者の世界から退場したのさ。
死因は餓死だよ。
王太子に愛されることしか考えてなかった『悪役令嬢』は、常識すら学ばず愚かなままで、幼子と同じ精神性で欲望を全て叶えようとし、「王太子の寵愛」によって、それを可能にしていた。
本当に幼子の内は許せても、そんな生き方をする王族妃を成人後や婚姻後まで許せる人間は、当人達を除けば、あの国に存在しなかったんだよ。
そして、目を覚ました王太子も『悪役令嬢』から離れた。
だから、官吏や使用人や衛兵達からも嫌われていた『悪役令嬢』は、幽閉後に食事を運んでもらえず飢えて死んだんだ。
王太子の寵愛を一身に受けていた『悪役令嬢』は、実は国一番の嫌われ者でした、って話!
当然じゃない?
だって『悪役令嬢』の「勘違い」や「気の所為」で、職や自由や健康や名誉を失った女性が大勢居たんだよ?
その家族や親戚や友人や同僚、密かに慕っていた人間から恨まれない訳が無いでしょ?
彼女も、この場所に来ても一切の反省をしてなかったなぁ。
ずーっと、なんで、どうして、途中まで上手く行ってたのに、って結局自分のことばっか。
一応、きちんと悔い改めなさいって諭して輪廻の輪に放ったけど、やっぱり碌な人間に生まれ変わらない気はしてたかな。
さて、お待ちかね!
君のような「真面目で優秀な努力家型」の『悪役令嬢』の解説をしよう!
ぶっちゃけて言うと、君が婚約者の王太子にしてたことって、毒親が息子を管理支配する遣り口と同じだったんだよね。
ネチネチネチネチ、ダメ出しばかりしてさ。会話は必ず否定から入り否定で終わる。頭から押さえ付けて、型枠に無理やり嵌め込もうとして、頭や心の中まで束縛してコントロールしようとする。
ん? 『毒親』が何か分からない? あー、「子供にとって毒になる親」かな。ニュアンスで理解してよ。君、「優秀」なんでしょ?
君は真面目な態度で教育を受け、努力を厭わず、周囲の大人達からも「優秀である」と評価を受けていた。
それ自体は素晴らしいことだ。
僕だって否定する気持ちなんか無い。
けれど君は、常に、「自分が正しい」という強固な思い込みを、譲ることも変えることも無かった。
は? 本当に自分は正しかったのだって?
言ってるでしょ。それは「思い込み」だったって。
責任ある立場の者に真面目さは必要で、責任を全うする為に努力するのは当たり前。
それはそうだね?
けれど、誰もが君と同じ努力の仕方を最適とするとは限らないし、真面目な態度の有り様だって人それぞれだ。
それを、君を手本として君に倣い、君と同じように振る舞い生活することが絶対的な正しさだと、どうして言えるのかな?
それに、君は自分が垣間見た場面だけで全てを知ったように勘違いして、彼らを「不真面目で努力が不足」と断定して見下し、王太子と側近達を「未来の王妃として正しい道に戻す」なんて、酷く上から目線で導いてやろうとしていたね。
同年代の女の子からソレをやられた、生まれの高貴な男の子達が、君を嫌いながら成長して行ったのは、ものすご〜く自然な流れだよね!
悪いのは不真面目で努力してない彼らだって?
敢えて言うけど、
君、馬鹿じゃない?
神の視点で、彼ら全員の生活を全て一瞬すら見逃さずに見聞して判断した訳でも無いくせに。
たかが人間の一貴族の令嬢ごときが、毎日会う訳でも無い、会った、いや、見かけただけの時間もオマケして加算してあげるよ。嫌われて避けられてた君が憐れだからね。
えーと、会った、もしくは見かけた合計時間は・・・っと、平均すれば一日212秒。
君が婚約者として王太子と側近達に正式に紹介された日から、死ぬまでの間のことね。
一日平均、「見かけただけ」の時間まで合わせて、たったの212秒!
これで、彼らの何が分かるのかな?
一日は86,400秒。君が見ていない残りの86,188秒の間に、彼らが真面目に努力してないと、何故、君は自信満々で言い切れるのかな?
大体、前提から君は分かってない。
女性に王位や爵位の継承権の無い国の令嬢である君と、次期国王と側近かつ高位貴族の次期当主である彼らの教育が、何故、内容やレベルが同じだと思ってたの?
次期王妃なら適当な家に嫁ぐ令嬢よりは多くを求められるけど、あの国なら基本は同じだよ?
必須なのは、「貞淑さ」と「愚かではないこと」。以上!
最初から、君に求められていたのは、公爵家の血筋と馬鹿にされない程度の教養。
女性に継承権がある国や実力主義の国と比べて、「王妃の素養」のハードルが低〜く設定されてたってこと。
そもそも血筋が求められたのだって、王太子の祖父が国王だった時代に継承争いで王子が軒並み暗殺されて、残った王子が最低位の側室だった没落男爵家の娘を母に持つ現国王しか居なくなったからだ。
王子の間は婚約者の居なかった現国王には後ろ盾が無さ過ぎて、下手に他国の王女を妃にすることはリスクが大きいからと、国内の貴族令嬢から王妃を迎えただろう?
けど、継承争いに参加してた家を避けたら、最高でも伯爵家の令嬢しか未婚の娘が居なかった。
それだって、婚姻直前だった伯爵令嬢の婚約を解消させて妃にしたんだから、かなりの無茶だ。
しかも、現国王が「後ろ盾の無い弱い王子」だった頃、しゃぶり尽くしてやろうと狙っていたのに婚姻を断られた周辺国の王家は、為政者として力を付けた国王への意趣返しで、王太子との婚約の打診を断って来た。
遠回しに装飾した文言で、王太子の血筋の価値の低さを揶揄してね。
だから、国内の公爵家で年回りの合う君が婚約者に選ばれただけなんだ。
君に求められていたのは、尻軽じゃないことと、公の場に出して恥をかくほど無教養で下品ではないこと。
極論、王家の血の価値さえ回復出来れば、もし君が見てて恥ずかしいくらいのおバカさんでも、「病弱」とでも理由を付けて人前に出さず、監禁して子供を産ませる道具にしたくらい、君には何も求められていなかったんだよ。
ひどい?
まぁ、人道的とは言えないねぇ。
でも、「国のため」や「王家のため」の政治的判断でもある。
時に非情になり、最小の犠牲で最大の効果を求めよ。って、君の好きな言葉じゃなかったっけ?
よく、下位の身分の者達と親しく交流して、彼ら彼女らが困っていれば手を差し伸べる王太子や側近達に、得意満面の高慢面で滔々と言ってたじゃないか。
君は、君が受けていた授業の試験結果を見れば、国一番の才女だろうね。
王太子とも側近達とも授業が重ならなかったことを、単純に「性別が違うから」だと思ってたみたいだけど、将来担う役割も、期待され求められる能力も君とは違う、彼らと君の授業が同じ訳が無いでしょ?
遠目で楽しそうに笑っているのを見たから?
学友達と出掛けたと噂を聞いたから?
王太子でありながら、冗談で場を和ませたと人伝に聞いたから?
君が入れなかった生徒会の役員達と、学園の行事の打ち上げをしたという話が耳に入ったから?
だから、王太子も側近達も、不真面目で努力をせずに遊び呆けているに違いないと?
君、馬鹿じゃない?
そう言えば、高等部では生徒会長の指名で役員が選ばれるから君は外されたけど、中等部までは生徒会役員は教師からの指名制だったから、君でも生徒会に入れていたんだっけ。
君は、生徒会に自分が居ることで、適度な緊張感が生まれて弛んだ気持ちが引き締まり、仕事の能率が上がる。なんて、ひどい勘違いをしていたみたいだけどさ。
君以外の皆が分かっていたよ?
君が居ると、下位の身分の生徒達が可哀想なくらい萎縮して、普段ならしないミスを誘発されるから、君がその場に居るだけで作業効率が落ちるって。
自分の能力不足を人のせいにするなって?
まぁ、相手が大人だったら、そう言ってもいいかもね。
でも彼らは、十二歳から、年長でも十四歳の中等部の生徒、それも伯爵以下の家の子だった。
そして、初等部で君が作った『伝説』を知っていた。
怯えて萎縮して当然だと思うけどねぇ?
まさか、あの『伝説』も自己正当化しちゃう?
君、初等部の生徒会の役員だった頃、生徒会が学園に正式に提出する前の書類の中に、ちょっとした誤字があっただけで、書類を書いた生徒に対して人間失格みたいな、彼のこれまでの人生全否定な扱き下ろし方をして、伯爵家の嫡男を不登校にして出家までさせたよね?
あの子、「僕は家の恥です。生きていてごめんなさい」って書き置き残して夜中に一人で家を出て、偶々神殿で保護されたけど、かなり危ない状態だったんだよ?
他にも子爵家の嫡男や、他国の高位貴族から婚約の打診が来ていた伯爵家の令嬢にも「無能」の烙印を押して、生徒会から追放したね。
子爵家の子は、棚に戻したファイルの位置が君の決めたルールに沿っていなかったから、だっけ? 伯爵家の令嬢は、生徒会室に飾った花の活け方が下手で見苦しいからだったかな?
君、嫁イビリするクソ姑みたいだよね。
イビるのが年下の女性に限らないだけで、姑根性で常に他人の粗探しをしている。
いくら女性に継承権の無い国だからって、将来王妃になるであろう公爵家の令嬢から「無能」と公言されて、国内貴族が必ず通うことになる学園の生徒会を追放された貴族の子供が、どんな風に手に入れる筈だった未来を絶たれるか、君は考えたことも無いんだろうね。
君は、いつも自分のことだけだからね!
さぁ、ここまで話を聞けば、君から「王太子の婚約者」の立場を奪ったのが僕が用意した人間だって気付くよね?
そう。『先見の巫女』を用意したのは僕だ。
彼女は「偽勇者」の影響で滅亡した王国の唯一の生き残り王族の末裔。
当時、留学中で災禍を免れた王女は、留学先の国の神殿に保護され、そこに療養の為に長く逗留していた侯爵家の息子と出逢って結ばれた。
その王女の孫に当たる令嬢に、僕が、ごく弱いけれど人の身には奇跡に見えるような『先見の力』を与えたのが『先見の巫女』。
亡国とは言え王族を祖母に持ち、父は侯爵、母は元公爵令嬢。
彼女は君の国の王家の血の価値を上げる為の王太子妃として、十分な血統を有していた。
僕が選んで力を与えたくらいだから、当然、魂も健全だったしね。
しかも、亡き祖国を悼み、最愛の夫との出逢いが神殿であったことで、彼女の祖母は神殿との関わりをとても大切にしていた。
幼い頃から祖母に手を引かれて神殿に通い、奉仕や慈悲の心を身に付けた彼女は、年齢の割りに落ち着いていて抱擁力があり、忍耐強く他者に寄り添うような為人でもあった。
彼女は『先見の力』で自分の役割を理解すると、事前に神々が神託でフォローをしておいた神殿に相談し、祖母を味方にして家族も説得して、「神殿の後ろ盾を得た、亡国の王族の血を引く侯爵令嬢でもある『先見の巫女』」として君の国へ留学した。
あとは知っての通りさ。
え? 端折り過ぎだって?
なんか、君を見てたら面倒になって来ちゃってさぁ。
はいはい。えーとね、僕が『先見の巫女』を作り出さなければ迎えた結末ね。
君の婚約者だった王太子と彼の側近達は、昔からずーっと嫌いで嫌いでたまらなかった君と婚姻しなければならなくなる学園の卒業前に、国王夫妻の不在時を狙って君に冤罪をかけて断罪し、そのまま処刑する、という未来に辿り着くところだったんだ。
そんなことしたら、王太子達が破滅しちゃうでしょ?
だから、僕は彼らを破滅の未来から救う為に『先見の巫女』を作ったの。
神殿からの申し入れで国王との面会を取り付け、神託で遣わされた『先見の巫女』からの預言として、「『悪役令嬢』によって追い詰められた王太子達が自ら破滅に向かう未来」を国王の耳に入れると、国の上層部は非公式の会議を重ねることになった。
会議に並行して調べてみれば、王太子と側近達は、既に冤罪の内容や捏造する証拠について吟味をし始めていたのだから、王や側近達の親は血の気が引いたものさ。
今後の方針の概要が決まってから、王は王太子を呼び出して預言の内容を教え、王太子達が先走って再び妙なこをと考え出さないように、『先見の巫女』を王太子の側に付けた。
王太子達に、また「破滅の未来」が見えるようになったら、直ぐに報告するように『先見の巫女』に依頼してね。
だから、王太子と行動を共にしていた『先見の巫女』は、「浮気相手」なんかじゃなくて、「お目付役兼カウンセラー」みたいなものだったんだけど。
君、誤解して『先見の巫女』を侮辱しまくって、王太子にも上から目線の不貞疑惑を声高に糾弾して、周囲から顰蹙を買っていたねぇ。
ん? なんで王太子を救う為だったのか? どうして君を救う為に動かなかったのかって?
それは、あの王太子も側近達も本当に優秀で、君という不確定要素さえ無ければ、あの国の「黄金時代」と呼ばれる繁栄を導いて、歴史に名を残す名君と側近達になる筈だったからだよ。
何よそれって言われてもなぁ。
君、本っ当に嫌われてたから。
何度も機会はあったのに、君は自分を絶対に変えなかっただろう?
君の両親だって、王妃だって、妃教育の教師陣だって、視察先の神殿の神官長だって、君に言っていたのに。
君の言っていることは、間違いではないけれど、人に伝える際の言葉や態度の選び方をもう少し考慮しなさい。って。
それを君は、無視し続けた。
内容を咀嚼して熟考することも、理解に努めることも、裏を読むことも無くね。
両親の言葉は親だから口うるさいのだと聞き流し、王妃の言葉は元の身分が伯爵家だからと見下して聞く耳を持たず、教師陣からは学習に関しては褒められているのだからと苦言を黙殺し、神官長の言葉は内心で鼻で嗤って「くだらない綺麗事」と切り捨てていた。
ホント、君、何様?
君、改心のターニングポイントをどれだけ不意にしたか、全然分かってないもんね。
好感度ゼロどころかマイナスに振り切ってるのに、なんで自分は全く変わらずありのままで、いつか周りが自分に合わせて変わって愛されるようになるって妄想を抱き続けてるわけ?
君の死因が暗殺なのは自分でも分かってるだろうけど、犯人は君が考えてる人じゃないからね。
君に刺客を送ったのは、君の国の国王だ。
非公式の会議で決まっていたんだよ。暗殺計画には王妃と宰相、騎士団総長、君の父親である公爵も関わっている。
君の父親は、国のためだと了承していたよ。何度諌めても変わろうとせず、次代を担う国内貴族からの人望が皆無なのに、それを気にもしていない君を、国母には出来ないと納得していた。
だって、公爵家の君の血が入っても、「王家の血の価値が上がった」とは言えなくなるくらい、君は嫌われ捲っていたんだから。
さてと、あぁ、まだ文句と不満しか出て来ないんだね。
君って本当に救いようが無い。
可哀想なのは自分だけ。
不幸なのは自分だけ。
頑張ってるのも自分だけ。
辛いのも自分だけ。
興味があるのは自分の幸せだけ。
自分さえ満足すれば他はどうでもいい。
ホント、君ってずっとそうだよね。
ここは『裁きの間』。
神々や僕みたいな世界の管理者が介入しなければならないほど、世界へ悪影響を及ぼした魂を召喚して、犯した罪を聞かせる場だ。
ここに三度呼ばれて尚、反省の兆しも見えない魂は、僕の力での消滅が可となる。
初めから、やたらと自己愛と承認欲求の強い魂だとは感じていたけどさ、輪廻の輪に乗せる度に、『特別な運命を持った魂』や『神々に目をかけられた輝く魂』の近くにベッタリ張り付いて、そういう魂と「運命共同体」になれる立場に割り込んで生まれ変わっているよね、君。
記憶は消してから輪廻の輪に放ってるんだけど、何となく「次こそは」って思いは残るのか、前回の失敗を踏まえたキャラになってるんだよね、君。
ツンデレで愛されなかった次は甘え上手。大人になっても常識すら学ばない「可愛さ」で破滅したら、次は頭でっかちな努力家風。
けど、いつも魂の段階から寄生する気満々だから、本質は毎回変わらないまま。
他人の人生から搾取した養分で「キラキラしたアタシ☆」になって、称賛を浴びてチヤホヤされたいんでしょ?
一応ね、一回目と二回目は、僕もしっかり君と向き合って、君が二度とこの場所に呼ばれることの無いように、誠心誠意、君を諭していたんだよ。
でも君は今回で三度目だ。
そうだね。三度目だから、僕は君の魂を消滅させることが出来るようになったけれど、必ずしも消滅させなければならない訳では無い。
でも、僕は君を消滅させるよ。
だって、君ってば本当に救いようが無いんだもん。
僕だって、もう疲れたよ。
二度と君の相手をしたくはない。
ここでいくら諭して再び輪廻の輪に放っても、君はまた、『輝く未来を持った魂』に寄生して搾取を目論み、自分のことだけを大事に考えて破滅して、またここに来るだろう?
もう嫌なんだよ。
だから消すね?
────君が、ようやく本当に消滅したから言うけど。
さっき、僕は一つ嘘をついたんだ。
本当は、君が此処に来たのは五回目だった。
約四百年前、本当の一回目でも、君は公爵家の令嬢で王子の婚約者で、「真面目で優秀な努力家型」だった。
そして、やっぱり本質は同じだから、「自分が一番で他者への思慮に欠けた嫌われ者」だった。
いつでも自分が一番じゃなければ許せない君は、人から好意を寄せられやすい妹を妬み、憎んだ。
妹が誘惑した訳ではないけれど、君の婚約者の王子までが妹に懸想し始め、更に、外遊に来ていた豊かな帝国の皇弟から妹が見初められて求婚を受けたことで、君の憎しみは殺意に化けた。
君が屋敷の階段から突き落として殺そうとした──いや、一度殺した妹は、帝国に嫁いだ後で園芸の趣味が高じ、当時は死病であった疫病の特効薬の原料となる或る花の変異種の安定的な栽培に成功する未来を持っていた。
当時、他の『危険な魂』の監視に注力していた僕は、妹が君に殺される前に介入することが間に合わなかった。
だから、緊急措置で禁じ手を使ったんだ。
──もう五十年残っていた君の余命を取り上げて、殺されたばかりの妹の命を繋いで蘇生した。
君は心臓発作で倒れて死んだことになった。
妹は君が倒れたのに巻き込まれて階段から落ちたけれど無事だった、ということになった。
その後、妹は本来辿るべき未来を辿り、世界から「死の疫病」が一つ消えた。
あの時から君は反省の気持ちなんか持ち合わせてなかったけれど、僕も禁じ手を使った負い目があったし、君の性格や言動にも問題はあったけど、婚約者の王子が不誠実だったのは事実だから、同情出来る点もあった。
だから猶予をあげた。
本当の二回目は約三百年前。
やっぱり君は、王子の婚約者の高位貴族の令嬢だった。
婚約者の王子は、魂の段階で目を付けた『特別な魂』だったんだろう。
彼は王族として芸術の保護に力を入れ、それまでは経年劣化で失われる運命だった古い美術品の修復技術を開発して歴史に名を残す人物になる筈だった。
記憶は無くても、前回の婚約者から、「堅物で面白みが無く、女としての魅力に欠ける」と言われて妹と比べられていた悔しさは覚えているのか、二回目の君は派手で煽情的な装いを好み、男に媚びるタイプの『悪役令嬢』だったね。
婚約者の王子にも身体を擦り寄せて付き纏い、相手の都合も考えずに押しかけて、いつでも好意を押し付けていた。
そのせいで疲弊し、憔悴する王子は、子供の頃から好きだった芸術に関わる時間も取れず、それならと公務に出来そうな展覧会や鑑賞会に行く予定を組もうものなら、「婚約者を同伴するのは常識よ」と、鑑賞の邪魔しかしない君に時間いっぱい纏わりつかれて気持ちが塞ぐ羽目になる。
同様の事態が繰り返される日々に、王子の中で「苦手な君」と「大好きな芸術全般」が繋ぎ合わされて思い浮かぶようになって来てしまった。
誰に何度諌められても変わらず、行為がエスカレートするばかりの君から王子の辿るべき未来を守るために、僕は君の隠し事が露呈するような偶然を手配した。
愛されたいという欲求の強かった君は、派手で煽情的な装いの二回目では、多くの不埒な男に誘われてチヤホヤされることに快感を覚え、「最後の一線」だけは守っていたけど、隠れて不純異性交遊を繰り返していたね。
その姿を隠していた筈の植込みを突風でずらしたり、閉めていた筈の扉の鍵の掛かりが甘かったり、後ろに隠れていた衝立が不意に倒れたり、不幸な偶然が重なれば、口封じ出来ない数の目撃者の証言によって君は王子との婚約を破棄され、修道院へ幽閉された。
二回目の終わりは穏やかだったと思うんだけどな。
七十歳を超えるまで修道院で静かに暮らして、肺炎で息を引き取ったんだから。
死ぬまで毎日、修道女として神に祈って暮らしていたけど、君の本質は結局変わらず、此処で悪態をついて自分の不幸だけを嘆いていた。
それでも、長く神に祈る暮らしをしていた君へ慈悲を与えたいと願う神も居たから、その回もまた、僕は猶予を与えることにした。
その次が「ツンデレ型」だったのは、好意の押し付けで疎まれていた反動だったのかなぁ。
まぁ、本当の三回目からは猶予を与える必要も感じなかったし、何処までも君は変わらなかった。
五回目で最初と同じタイプに生まれ変わった君を見て、「もうダメだ」と思ったよ。
君には猶予も慈悲も必要無かった。
無償の愛を望みながら、自分以外の誰も愛することの無かった君は、何度生まれ変わろうと、どれだけ素晴らしい未来を辿る者の近くに生まれ変わろうと、君の本当の望みが叶えられることは無かったんだから。
さようなら、『悪役令嬢』。
もう二度と会うことは無いけれど、君のような魂をも救えるような世界を、いつか、どこかで、見出だせるなら、僕も『管理者』として一段成長が出来るのだろう。
ああ・・・、魂を消滅させる感覚は、何度やっても慣れないなぁ。
テンション高くヤケクソに語ったって、後味の悪さなんか変わらなかったよ。
───お休み。『悪役令嬢』。
11月15日、誤字を見つけて一箇所修正しました。