表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夜の人〜お茶とお菓子の話〜

作者: y.k.

はじめまして!わいけーと申します!

拙くはありますが、呼んでいただけると嬉しいです!

日は落ち、森の管理者の梟が鳴く頃。

私は1つの灯りを見つけた。

(夜の更けた森で、誰かに会えるのは幸運だ)

護身用にライフルを持っていても、夜の森では何が起こるかはわからない。

1人で火を絶やさぬようにしていても、動物以外のモノは容赦なく襲ってくるからだ。

それが人間相手だと、尚タチが悪い。



私は、できる限り物音をたてながら灯りに向かう。

灯りを灯してる主は、まるで夜のように黒い髪をまとめるでもなく、毛先が地面に着いていてもお構いなしのようだ。

着ている服も黒く、肌が出ているのは顔くらいで、長く少し湾曲してる剣を肩に立てかけている。

灯りの主はこちらの足音に気がついていたようで、少し警戒した眼差しで私を見ている。


「今晩は、脅かすつもりはないです。ライフルを所持していますが、これは護身用であなたに何かするつもりはありません。夜も深け、寝床を探しているところで灯りを見つけまして、よろしければ1晩火を共にしたいのですが、いいでしょうか?」


できるだけゆっくり、でもハッキリと私の目的を伝えると、灯りの主は身構えるのをやめ、少し身体の力を抜いたのが伺えた。

灯りの主は、言葉の代わりに身振りで『どうぞ』と座ることを促してくれた。



灯りの周りには1晩は足りそうな薪が置いてあった。


「お湯をわかしても?少し茶葉を持っているので、あなたも如何ですか?」


そう聞くと主は、顎に指を当て少し考え始めた。

少しの間があった後『いただきたいです』と、声枯れをしているような、少しか細い返答が返ってきた。

見た目と声からでは、男性か女性なのかはわからない。

黒い服を着ているのもあり、主の体格は火の灯りがあっても判別はできなかった。

だが、お茶のお誘いには乗ってくれ私は少しほっとした。

断れれば気まずい雰囲気でいたたまれなくなるからだ。

私は背負っていた大きな荷物を下ろし、湯を沸かす用意を始めた。



主は、木に背を預けた姿勢から、腿の裏に手を回し足を抱きしめるようにし、私の手元を中心に観察をしているようだ。

私は、ことある事に何をするのか主に伝えた。

いたたまれない雰囲気は回避できたものの、こちらに対しての警戒はまだしているように感じたからだ。

火力がある程度あったお陰か、数分足らずで水はお湯に代わり、鉄製のお茶専用ポットに茶葉とお湯を入れる。

少し香りは飛んでいるものの、香りを嗅げば鼻腔に花の香りが溢れる。


「開けてから少し時間が経っているので、香りが少し飛んでしまっていますが、私が最近手に入れた茶葉の中でお気に入りの茶葉です。」


そう言葉にして説明をし、私は茶葉を蒸らす。


「茶葉の大きさによって、待ち時間が変わるのをご存知でしたか?」


と話題を振ると


『書物で読んだ事がある程度で、自分でお茶を入れたことはない』


と返答はすぐに返ってきた。

書物を嗜むとは、読書家なのだろうか?

自分でお茶を入れたことがないと言うことは、旅をしていてもあまりお茶には詳しくないのだろうと思った。



私は茶葉を蒸らしてる時間で、ここ最近楽しんだお気に入りの茶葉について話をした。

花や花の花弁が混ざっている物や、雑穀や干した果物が入った茶葉の話をした。

灯りの主は時折相づちを打ちながら、私の話を聞いてくれた。



そうこうしているうちに茶葉が程よく開いてきた。

私は鞄の中から、折り畳み式の鉄製のカップを2つ取り出した。

たまにこうして人と一緒になる事や、食事の際1つはスープを、もう1つはお茶を飲むのに使うため、私はカップを2つ持ち歩いている。

茶こしを取り出し、ゆっくりとカップにお茶をそそぐ。

カップには華やかな花の香りがするお茶が入った。

1つを持ち主の近くまでより、1歩離れた位置に置く。

相手がどれ程の手練なのかわからないうちに、踏み込むのは危険だからだ。

それを察してか、私がカップ置き元いた位置に戻るまで主は私の行動を見ていた。



私が座り、カップの中を冷まそうと息を吹きかける。

主は立ち上がらず、少し這うような格好でカップを手に取る。

そして、私と同じようにカップに息を吹きかける。


「ズズズ…」


と、先に私が口にする。

灯りの主は、目線はコチラを向きながらも、カップに息を吹きかけている。

もしやと思い尋ねた。


「もしかして、猫舌でしたかね?」


そう聞くと、息を吹くのをやめ少し止まる。


『…わからないの。』


とポツリと呟いた。


「わからない…とは、何がでしょうか?嫌でなければお聞きしてもよろしいですか?」


丁寧に、それでいて低姿勢で私は質問してみた。


『私には、暑いも寒いもわからないの。人肌も痛みも感じる事ができないの。だから、熱い飲み物は気をつけて飲むようにしているの。』


女性か男性かもわからないか細い声で、何となく幼さを感じる物言いだった。


「暑さも寒さもわからないとは、少し便利に聞こえてしまいますね。」


と声に笑いを含む。


『便利じゃないよ。とても危険なの。』


少し声のトーンを落として呟く。


『暑さを感じないという事は、汗をかくことができない。寒さを感じないと言うことは、身体が保温をしようと機能しない。つまり、自分で体温調整ができないの。痛みも同じ。痛くないと骨折も切り傷にすら気が付かないの。命の危険に気がつけなければ、野生では生きていけないの。』


と、灯りの主は淡々と述べた。


「では、焚き火をしていたのは暖を取る為ですか?」


『それもあるけれど…獣よけが目的。』


なるほど、と一息つくが…

痛み、暑さ寒さを感じないとはどんな感覚なのだろうか?

確かに砂漠や南国では、汗をかかないと体温調整ができない。

雪国や雨風が強い日などは、毛穴が閉じなければ体温を保とうとする事ができない。

痛みを感じないとはどういう感覚なのだろうか?

私は(これ以上踏み込むな)と主の瞳を察し、カバンの中から、折りたたみ式のスプーンを取り出し、灯りの主に言う。


「少し言葉や態度を選べば良かったですね。嫌な思いをさせたかった訳ではないのです。銀のスプーンなどを入れると、早く冷めると聞いたことがあります。良かったら使ってください。」


スプーンを持ち、相手と1歩離れた所で膝をつき、手渡しを試みた。

少し俯き、やや上目で私と私が差し出したスプーンを交互に見る。

謝罪を受け入れてくれたのか、灯りの主はスプーンを手にしてくれた。



灯りの主は、手にしたスプーンでかき混ぜながら、息を吹きかけ続ける。

私は所定の位置に戻り、静かにお茶を啜る。

少しすると、『ズズ…』と音がした。

主もようやく1口飲むことができたようだ。


『お花の匂いがする…美味しい。』


どうやらお気に召したようだ。

先程のやり取りもあり、少し胸を撫でおろした。



私は、小腹を満たすために鞄を漁った。

携帯食料を取り出す。数はあまりなく、主にわけるか考えていると


『私は食べなくても平気だから気にしないで』


と、先手を打たれてしまった…。


「ならば、干したぶどうを少しどうですか?火を着けてくださったのはあなたですし、私に1晩火を貸してくださる訳ですし。」


主は、顎に手を当てて少し考えた。


『私が着けた火だけれども、貸すと言っても元々は森の恵のおかげで、私に感謝する必要はないのよ。』


と、諌めるように言った。


「お茶と相性の良い干したぶどうです。私1人だけ食事をしているのも淋しくて。少しですが召し上がってくださいよ。」


ボロだが清潔な布に包み、主の1歩手前で膝をつき、乞うように差し出す。

主はその包みを見つめて、軽くため息をつき受け取ってくれた。

私は思わず微笑んでしまった。

主は私の微笑みに少し驚いたのか、目を少し大きくあける。


「私の顔に何かついてますか?」


私は自分の顔をぺしぺしと確認する。

主は


『あ、いえ、食べ物を受け取っただけで笑ってくれるとは思わなくて…』


と、俯きながら包みを両手で持ち直した。


「あはは、周りからは愛想がいいと言われます。」


自分の頭をガシガシと掻きながら、元の位置に戻る。



携帯食料を少しづつ齧りながら、次の湯を沸かし始める。

主は包みを開き、干したぶどうを1粒とり眺めている。

毒の類を怪しんでいるのだろうか?

勿論、私はそんな事はしない。

動物を狩り肉は自分用に加工し、皮などは行く先々で売り路銀にしている。

他にも薬になりそうな草や花、少額にしかならない様な大きさの鉱石を拾っては売り旅をしている。

人様に差し上げる物に毒なんて以ての外だ。


「毒の類は入ってないですよ」


と声をかけると、主はピクっと動いて止まった。

図星だったようだ。


『あ、怪しんではいない、よ。でも、注意はした方がい、いから、変色してないか見てただけで…』


と、少しバツが悪そうだったのには思わず微笑んでしまう。


「まぁまぁ、安心して召し上がってください。お茶との相性もいいですよ。」


この主はとても面白い人だ。

性別は未だにわからないが、少し子どもっぽい所が私には面白いと思ってしまう。

少しむくれながらも、干したぶどうを1つ齧った。

少しの沈黙が、風で木々が揺れ、夜に活動する動物達の動く音が微かに聴こえる中で


『甘い。』


と、沈黙を破った。

そして、スプーンをさしたままのカップのお茶を啜る。


『お茶が甘い。お砂糖入れてないのに。』


どうやら、初めての組み合わせだったようだ。

灯りの主は私を観察していたが、今は主の反応を観察している私がいる。


「悪くない組み合わせでしょう?」


と少し鼻を高くしながら言うと、相手は首を何度も上下させる。

火で反射する瞳がキラキラ輝いているように見える。

私は、お茶に合う焼き菓子や、ジャム、干した果物、今まで飲んできたお茶の話を聞かせた。

目をキラキラさせながら、私の話を聞く灯りの主はやはり少し幼く見える。



軽い食事を終わらせ、私は寝る支度を始めようとしていた。


「テントや寝袋はお持ちですか?」


主の横には鞄や背負子の類がない。

少し湾曲した剣しか見えない。


『火の番してるから、寝てていいよ。』


さも当たり前かのように言う。


「いやいや、それは交代でやりましょうよ。私1人ぐーすか寝る訳にはいかないです。」


寝袋に入ろうとしていたが、夜通し火の番をさせるのは申し訳ない。


『お昼寝しすぎて眠れないの。』


と、足を抱えて太めの木で火をつつく。


「いや、交代で火の番をしましょう。」


寝袋の上で正座をし、火の向こうにいる主に異議申し立てをする。


『荷物を盗ったりしないよ。』


私と目が合う。


「それは疑ってはいません。ですが、火の番を任せ切りにするのは男が廃ります。」


私は手を軽く握り、正座している腿の上に置き、少し胸を張りながら主張する。


『火をね、絶やさずに眺めていたいの。それと、考え事もしたいから、お願い。』


伏せ目がちで、か細い声でそう答える。

私は腕を組みうーんと悩む。

目の前にいる人は、男性なのか女性なのかわからない。

荷物を盗られるようなヘマはしなくとも、女性だったのならば、男としては守りたいと思うところ。

だが、主は一向に引く気がない。


「ならば、眠くなったり何かあったら必ず起こしてくださいね。」


念を押すように言うと


『わかった』


と、か細い声が返ってくる。

ここはこちらが折れる方が良いと思い寝袋に入る。

火に背を向けて「おやすみ」と言うと

『おやすみなさい』と返事がくる。

そして、私は眠りについた。



夜が明け、小鳥の囀りで目が覚めた。


『おはよう。』


と、灯りの主が声をかけてきた。

まだ寝ぼけている頭、草の上に寝袋で寝ていたため固まる身体。

それらを吹っ切るように伸びをする。

寝袋から出て灯りの主に


「おはようございます。」


と言おうとして、私は止まった。

目の前に居るのは本当に昨夜出会った灯りの主だろうか?

肌は白く、手足はスラッとしていて、朝日に照らされた髪は艶やかで、伏せた瞼はまつ毛の長さが際立ち、瞳の色に戸惑った。

綺麗な容姿だけでなく、その瞳の色に。

片方は髪と同じ漆黒なのに、もう片方は真っ赤な瞳なのだ。

夜、しかも火を焚いていて、火を跨いで見ていた相手の色までは認識できていなかったのだ。


『どうかしたの?』


首を傾げ、掠れた声を発する主。

肩幅は男性に近いが伸びた髪と、顔は中性的でますます女性なのか男性なのかわからなくなった。


『まだ夢の中なの?』


その一言に


「いや、起きてます。」


と素手返す。


「あ、いや、そ、その、この辺りに水辺はありませんか?」


怪しい吃りで目線を逸らす。


『私の後ろの木の少し先に、湧き水があるよ。寝ぼけてそうだから、顔を洗って来た方が良いと思うよ。』


「そうさせていただきます…」


そそくさとその場から離れ、教えてもらった水辺まで小走りで向かった。



「…目が覚めました。」


『改めて、おはようございます。』


灯りの主は軽く頭を下げる。

瞳の色が赤い事が気になりつつ、私は寝袋をしまう。

聞いてもいいことか、踏み込まずサラッと流すべきかモヤモヤしていると


『お茶、まだある?あなたが飲むならもう少し薪をくべるけど…』


と、薪で火元をつつき、申し訳なさそうに聞いてくる主。


「あー昨日のはあれだけでして。あ、別のものならありますが…試してみますか?」


まだ開封していない茶葉がある事を思い出し、主に聞いてみると目を少し開き、やたらキラキラした眼差しをしたかと思えば、激しめに頭を上下させている。

…髪燃えるぞ?



昨夜使ったカップを水辺で洗い、湯沸かし用のポットに水を入れる。

戻れば薪をくべ、火を強めにしている主がいた。

昨夜のお茶の話が面白かったのか、お茶に興味を持ったのか、やる気がビシバシ伝わってくる。

同じ手順で湯を沸かし、新しい茶葉をあける。

今回はキャラメルと言う甘い香りがする物を持っていた。

飲んだ事のある物ならば、開けずに別の町で路銀の足しにするが、今回のは初めての茶葉だ。

簡単に人に売るよりも、自分で試して感想があるかないかで値段が変わることもある。

私の人間性と共に味や香りの感想があれば、大抵の人は少し高めに買い取ってくれる。


『昨日のと、どう、違うの?』


茶葉の香り、味が気になったのだろう。

早速食いついてきてくれたようだ。


「昨日のは花の香りでしたが、これはキャラメルの風味がするそうです。」


キャラメルのワードに、更に目がキラキラし出す灯りの主。


『キャラメルは食べたことあるよ。それがお茶になるんだね。不思議だね。』


昨夜よりも警戒心を解いてくれたのか、やや饒舌になっている気がする。



さて、お湯を沸かしている間に大きな荷物からお茶請けを探す。

今回は色々な品物を売るために荷物の中は種類は豊富だ。

花の香りがするお茶とは違い、キャラメルのまろやかな香りには何が合うだろうか?

干した果物では甘すぎてしまう。

パンとも相性はいいが、今持っているのは携帯用で硬く風味も落ちている。

うんうん唸りながら荷物を漁っていると


『お湯沸いた?』


と、主から声がかかった。

火元を見れば、湯沸かしポットから湯気が立っていた。

すぐにお茶用ポットに茶葉を入れ、少し高い位置からお湯を注いだ。

フワッとキャラメルの香りが漂ってくる。


『キャラメルの匂いだね。』


膝をたてて座り、膝に手を乗せて、微かに身体を左右に動かしている。

お茶が気に入ったのだろうか。

表現の仕方が独特だ。


「このキャラメルの茶葉は細かいので、少し早く飲むことができますよ。お茶請けは何がいいですかねぇ?」


また荷物に視線を戻しながら呟くと


『おちゃうけ?』


と、首を傾げながら聞き返してくる。


「お茶を飲みながら楽しむお菓子のことですよ。昨日の干した果物やケーキ、クッキーなどです。」


おぉ〜と声を出しながら、視界の端で主が更に左右に揺れる。

思わず顔がにやけてしまう。

その時、日持ちのするクッキーを仕入れた気がしたのを思い出した。

少し大きめな厚みのあるクッキーだった。

試食をしたのを覚えているが、バターが少ないのか風味はそこまで感じないが、ほのかな甘みがし日持ちがすると言うことで購入した物を入れていたのを忘れていた。

クッキーを取り出し、カビが生えたりしていないかチェックをし、ボロだが綺麗な布に3枚ほど包み、茶葉がどのくらい開いてるか確認をする。

ポットには、程よく開いたいい香りのしたお茶が出来上がっていた。

カップを取り出し、茶こしを使い注いでいく。

クッキーの包みと、主のためにスプーンをカップにさした物を主に渡す。

主は、足を伸ばしクッキーの包みから受け取り、それを腿の上に置き、カップを手に取った。

受け取ってすぐにお茶を冷ますために息を吹きかける。

私も元の位置に戻り、主と同じくカップにそそいだお茶を冷ます。

キャラメルの香りが辺りを漂い、木々の間から光が指す。

自然の中で迎えるいい朝だ。

2人でお茶と素朴なクッキーを楽しんだ。



『キャラメルのお茶ってもっと甘いのかと思った』


使ったカップを洗い、主はそれを拭いてくれている。


「お茶に香りをつけているだけなので、そこまで味はしないものなんですよ。香りを楽しみながら、甘いお菓子を楽しむものなんです。」


『奥が深いのね...』


スプーンを真剣に磨きながら呟く。

朝のお茶会は終わり、私は身支度を整える。

焚き火は、湯沸かしポットに余ったお湯で完全に消した。

灯りの主は、拾って余った薪を草むらに投げていた。


「何故薪を草むらに?」


と聞くと


『人がどのくらいここに居たか、形跡をわからなくするため。』


その言葉を聞き、少し間を開けて


「...もしや、誰かに追われている身です?」


『それはないから安心して。』


と、すぐに返答があった。

拠点にしていた所から歩き、森をぬけ街道らしき所に出た。


『人がたくさんいるのはあっちの方向だね。』


と街道の先を指さした。

私は自前の地図を開き、来た方向と向かう場所を探す。


「その方角は私の目的地ですね。」


『じゃあ、ここでお別れだね。』


「え、町に行くのではないのですか?」


『町に行くなんて言ってないよ?』


少し首を傾げる主。

そこで私は気がついた。

挨拶もしていなければ、互いの名前も旅の目的も話していない。

していたのは、私が一方的にお茶の話をしていただけだ。


「お互い、何故森に居たのか、名前も目的も言ってませんでしたね...。」


『してたのは、お茶の話だけだね。』


項垂れる私に追い打ちをかける。

商人として、自己紹介やらなんやらを全部すっ飛ばして、商品の話だけをしていたのだ。


「あの...。」


『なあに?』


首をこてんと傾げる主。


「今から自己紹介をしませんか?あの、今更なんですが、今後何処かでまた会うかもしれませんし。」


取ってつけたような言い訳をしつつ


「私の名前はルトと申します。背負子1つで旅商人をしています。あなたのお名前を教えてください。」


『わたしのなまえはーーー』





あの人は大きく手を振りながら、目的の方角へ向かって歩きだした。

私はこれから何処へ行こうか。

刀についたベルトを肩にかけて空を仰ぐ。


『まだ、この世界の神様には見つかってないみたいだね。』


ボヤいても誰も返答はしてくれない。

身体はまだアレを欲してはいない。

まだアレは摂取しなくても大丈夫。

空を仰ぎながら、あれこれ考える。


『あの人とは、反対の道を行こう。何処に行ったって、神様に見つからなければ、私はまだここにいられるから。』



黒い夜のカーテンのような髪を持ち、その身を黒い服で隠し、赤黒い鞘の刀を持つ彼女は歩く。

目的も宛もない。ただ歩く。

世界は神様の箱庭。

彼女は世界の爪弾き。

神様に見つかるその時までは、その世界に留まることができる。

彼女の旅には終わりがない。

それでも彼女は歩き続ける。


fin


読んでいただきありがとうございます!

不定期ではありますが、短編を上げていきたいと思います。

その時はまたよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ