生と死 一目散 処女喪失
病におかされ、寝たきりとなっていたウンピョコ丸は今まさに生と死の狭間をさまよっていた。
「さぁ、こっちへおいで」
目の前には黄金色に輝く大きな川があって、その向こうで母親のいとこの弟の友達の妹の娘の彼氏のお義母さんの彼氏の彼氏の飲み仲間の男が手招きをしていた。
川を覗いてみるとわりと流れが速く、中をそうめんやスーパーボール、蛾やマントヒヒが気持ちよさそうに泳いでいた。
「さぁ、こっちへおいで」
先程と同じように、感情のまったく篭っていないような声で呼ぶ飲み仲間。
しかしウンピョコ丸は彼のことを1度しか見たことがなかったので、ほとんど記憶になかった。
あれは3年前の夏のことだった。
しっこを売って歩いていたウンピョコ丸に故郷から手紙が届いたのだ。
『よんにょぷちゃんのとこの下の子が初節句だから、みんなで集まってお祝いするよ。来週の水曜日ね』
来週の水曜日といえば明日じゃないか!
そう気づいたウンピョコ丸は用事を切り上げて故郷へ走った。
しかしよく考えるとウンピョコ丸は〈よんにょぷ〉という人物を知らなかった。
ただ、親戚の集まりでは知らない人が来るのが当然になっていたので、そこまで気にはしなかった。いつも知らない人だらけなのだ。
会場に着くと、モヒカン頭の男女が数百人立っていた。
会場の真ん中あたりでは、高さ約3メートルのシャンパンタワーのテッペンで赤ん坊がハイハイのポーズをしていた。
「はっぴばーすでー灯油〜♪ はっぴばーすでー灯油〜♪」
灯油ちゃんという名前だそうだ。
久しぶりにこんなキラキラした会場に来たウンピョコ丸はとてもときめいていた。
「あたい、アイドルになゆ!」
会場に響き渡るウンピョコ丸のデスボイスに皆目を丸くし、赤ん坊はチョコレート色の屁を3発ぶちかまして一目散に逃げていった。
灯油ちゃんは3日後、スーツ姿でオヤジ狩りをしているところを通りかかった妖怪に保護されたそうだ。
主役がいなくなった会場は無法の地と化し、掘る掘られるの事態となった。ここでウンピョコ丸は何者かの手によりおケツの処女を喪失した。
「あなた、あの会場にいた人ですよね」
川の向こうで手招きをしている男は「いえあ」と言ってサムズアップした。
「もしかして、あの時ボクちんのおケツに突っ込んできたのって⋯⋯! そうか、だから貴方が川の向こうに現れたのか!」
「ああ、それなら君のお父さんがやってたはずだよ」
「ナンデスッテ!?」
驚きを隠せない様子のウンピョコ丸は、そのまま3秒に1回ずつ「ナンデスッテ!?」と叫びながらカクカク歩き、やがて川に落ちた。
川の中は暖かかった。
アンモニアの臭いがした。
少しだけ甘かった。
ウンピョコ丸は幸せだった。
やがて彼は、しっこの川で死ねるなら本望だと言わんばかりの笑顔を見せ、永遠の眠りについた。