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てっていてきにざまぁを 2

「殿下」

「王太子殿下」


 人垣が左右に分かれ、その間からあらわれたのは、王太子殿下である。


 いらっしゃっていたんだ。ということは、この茶番をきいていらっしゃったのね。


 演じているのはガブリエルだけど、恥ずかしさでいっぱいになってしまう。


 いまのこの一幕は、多くの貴族が目の当たりにしている。


 王太子殿下も、今後図書館にやって来てわたしと会話をかわすのがイヤになっているにちがいない。


 そうかんがえると、さみしさと悲しみでいっぱいになった。


 そこではじめて、わたしは王太子殿下のことを想っているのだと気がついた。


 畏れ多すぎることではあるけれども。


 王太子殿下は周囲の挨拶の言葉を気にもとめず、わたしたちの前に立った。


 こんな王太子殿下の表情ははじめて見た。


 険しい表情でガブリエルをにらみつけている。


「王太子殿下?」


 ガブリエルは、当惑している。


「ラムサ公爵子息、アリサから手を放せ」


 王太子殿下が静かに命じた。


「は?」

「きこえなかったのか?彼女から手を放せと命じたのだ」

「え?ど、どうして……」

「いいから放せっ!その汚らわしい手で彼女に触れるのではない」


 王太子殿下の怒鳴り声に驚いたのか、わたしの腕からガブリエルの手が離れた。


 その瞬間、王太子殿下に腕をつかまれ引き寄せられてしまった。


「アリサ、ケガはないかい?」

「は、はい」


 火傷の跡をさらしたまま、王太子殿下とはじめて目と目を合わせた。しかも、こんなに至近距離で。


 不愉快な思いをさせてしまっている、ととっさに手が髪にのびようとして……。


「かまわない。アリサ、そのままでいい」


 王太子殿下の神々しいまでの美形にやさしい笑みが浮かんだ。


「公爵子息、きみは見下げ果てた男だな。同性として恥ずかしいかぎりだ。だが、きみがアリサとの婚約を破棄してくれたことには感謝している。アリサを自由にしてくれてありがとう」

「はい?どういう意味……」

「わたしは、ずっときみという存在が疎ましかった。他の貴族令嬢たちと散々遊んでいながら、いたずらに彼女をしばりつけていたのが腹立たしかった。どれだけきみをどうにかしたかったことか。どれだけきみから彼女を奪いたかったことか。だが、それももう終わりだ。きみ自身の愚かさのお蔭でね」

「殿下、そんなクズに気をつかう必要はありません。そんなことより、はやく彼女に告白してください」


 ソフィアの言葉に、王太子殿下の顔が真っ赤になった。


「アリサ、きいてほしい。わたしは、きみのことがずっと好きだ。昔、はじめて出会ったあの日、わたしはきみに一目惚れしてしまった」

「王太子殿下?」


 王太子殿下の言葉は、ガブリエルの暴挙よりもわたしを当惑させ、混乱させる。


「その想いは、日に日に増してゆく。だが、王子という立場がかえって不便にさせてしまう。軽々しい行動が出来ないからだ。思いあまって、きみの親友であるソフィアに相談をした。彼女は応援してくれると言ってくれて、実際、彼女はきみにいろいろと働きかけてくれた。遊びに行こうとか、サロンに行こうとかね。そこで偶然を装い、図書館以外できみとつき合えればとかんがえていた。が、きみは頑なに誘いにのってくれない。火傷の跡のことと、きみ自身の性格だということは、いまは理解している。だが、わたしにすれば、きみが公爵子息を愛していて、彼以外には興味がないのだとしかかんがえられなかった。ソフィアは、ちがうと断言してくれていたけどね。だから、何かと理由をつけては図書館に通い、束の間でもきみとすごした」


 わたしの頭も心も混乱している中、王太子殿下の言葉は続く。


「きみの顔をじっと見つめていたい。だけど、きみに気を遣わせるだけだと、わざと視線を合わせないようにした。きみさえよければ、顔を隠す必要なんてない。それと、今回のことはソフィアと計画したことなんだ。ひとえに、愚かきわまりない公爵子息をぎゃふんと言わせるためにね。だが、まさかあんな暴挙に出るとは……。きみを傷つけてしまった。すまない」


 固まったままでいると、王太子殿下の指先がわたしの火傷の跡をなぞった。


「陛下」

「国王陛下」


 人々のざわめきとともに、今度は国王陛下がいらっしゃった。


「マルコ、わが息子ながらじつに不甲斐ない」


 国王陛下に挨拶しようとすると、陛下におしとどめられてしまった。


「諸外国のやり手外交官にたいしては容赦がないのに、なにゆえ一人の女性を口説くのにそこまでくどくどと遠まわりをするのだ?たった一言、『愛している。妻になってくれ』この一言ですむではないか」

「父上……」

「陛下のおっしゃる通りです。さあ、殿下。回りくどいことは抜きにして、はやくはやく」


 ソフィアが言うと、周囲の人々も「はやくはやく」と叫びはじめた。


 王太子殿下の胸がふくらんだのを感じた瞬間、


「アリサ・クースコスキ伯爵令嬢、わたしの婚約者になってほしい。いや、妻になってほしい」


 殿下が力いっぱい叫んだ。


 一瞬にして、頭の中が真っ白になってしまった。


「アリサ、事情はすでに息子からきいている。きみの懸念も承知している。将来、次期国王の正妃として国民や諸外国の貴人たちの前に立つことになる。きみは、もっと自分に自信を持つ必要がある。アリサ。きみは、自分で思っている以上に美しい。きみの火傷の跡のことをとやかく思ったり言ったりする愚かな輩に勝てるだけの、強い心を持ってほしい。いや、それはすでに持っているはずかな?親バカにきこえるだろうが、息子はわたしよりはるかに良き国王になれる。きみには、その息子を支えてやってほしい。聡明で献身的なきみなら、それができるはずだ。アリサ、わたしには娘がいない。ぜひ、わたしに娘を得る喜びをあたえてほしい」


 国王陛下は、やさしい笑顔で頭を下げた。


 こんなわたしに……。


「本当に、本当にこんな顔のわたしで……」

「アリサ、あなたもじれったいわね。顔なんて、白粉でどうとでも隠せるでしょう?これを機に、あなたも一歩踏み出しなさい。殻に閉じこもっているだけじゃなく、広い世界を見なさい。陛下のおっしゃる通り、自分に自信を持ちなさい。だって、こんなにあなたを一途に愛してくれている人がいるのよ。それは、あなた自身がすばらしいからでしょう?」

「ソフィア……」

「アリサ、父上とソフィアの言う通りだ。そのドレス、よく似合っている。美しさで目が眩んでしまうよ。わたしがソフィアに頼み、あつらえてもらったんだ。気に入ってくれているといいんだけど。アリサ、かならずしあわせにする。他国の図書館にも連れてゆく。だから、わたしの願いをきき届けてほしい」


 ギュッと抱きしめられた。


 迷う必要なんてない。これからは、何を言われても気にしない、顔のことを気にしないだけの強さを持たなければならない。


 いいえ。それ以前に、自分の想いに従うだけの強さを持たなければならない。


 愛する人に「愛している」、と伝えられるだけの強さを持たなければならない。


「お受けします。わたしも殿下のことを愛しています」


 大広間は、しばらくの間歓声に包まれた。

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