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〔ケース2:野球ボール(分類:不思議体験)〕

 これは執筆時を2021年とし、約25年前のお話です。


 前回の鬼の形相をした何か分からない物体を見た時の後だったかと思います。

 当時、私は毎年夏になると父の実家に里帰りということで家族と一緒に行きます。その間、猫は祖父母に来てもらってお世話を任せてました。


 父の実家は九州の天草諸島。私の住む神奈川から偉く離れたところにありますが、今も昔も変わらず良いところだと思っています。


 その当時は行きも帰りも車。その時だけは確か橋が出来ていなかったのかフェリーで行っていました。記憶違いの可能性もあります。


 片道数十時間の長旅で漸く天草の祖父母宅へ到着しその日は夕食を取って風呂に入って寝ました。


 父の実家は海に面しており、晴れた日には島原半島が見えるのです。余談ですが、戦時中に父の父、つまり私の祖父が長崎原爆のきのこ雲を見たと語ってくれました。あの光景は一生涯忘れないとも話してくれたのを記憶しています。


 話をやや戻し、里帰りした当時も祖父は米を作る傍ら漁もする人で、良く蛸を釣ってきては干していました。干しダコです。これが旨いのなんのって。


 それはそれとして、家の造りは私の家よりも広すぎる位に広いのです。


 玄関は南側にあり右手に8畳ほどのリビング、襖で仕切られて北へ行くと12畳以上もある広い部屋、その対面に台所と脱衣場、風呂、そして廊下の末端にガレージがあってその先は道路を挟み港と真っ青な海が広がっています。


 ガレージ前の階段を上がると間取りは覚えていませんが部屋が4つとベランダがあったかと思います。


 祖父母の他に父の兄弟や親戚も多く当時は毎年夏に行くのが楽しみでしょうがありませんでした。


 さて話を戻してこの話、実は恐怖体験ではなく、不思議体験なのです。


 翌朝になって6時頃、2階で寝ていた私は下に降りて台所で母と祖母が朝食の準備をしており、おはようと声を掛けたことを記憶しています。


 そして親戚の子供が良く集まるリビングへ向かいました。しかし親戚は大体昼頃になって遊びに来るので早朝には誰もいません。


 その部屋は南に窓があり、カーテンで覆われていましたが遮光してありません。なので光が部屋を照らして薄暗い程度でした。


 入口から入って正面にはマッサージチェアと大型テレビ、そして玩具の入った棚が置いてあり、北側の襖の上には般若のお面がふたつありました。子供の頃はそれが怖くて、目を合わせないようにしていました。今でも怖いかも。


 朝食を待っている間に私はその部屋で玩具を覗いているとソレは起こりました。


 突然左端から白い玉、野球ボールのような物が視界に入るや否やそのまま棚に突入。物が割れる音がしてびっくりした私は一目散にその場から離れて台所へ向かいました。


 祖母と母親と一緒にリビングへ行き、ソレが飛び込んだ場所を覗きましたが何もありません。というより割れてもいないし、何ら変わっていなかったのです。


 これまたその一度きりで結局あれはなんだったのだろうかと今でも思っています。もしかしたら座敷わらしさんが遊びに来てくれたのかも?


 その後、私は小学校6年の夏を最後に天草へ行くことはありませんでした。そして毎年電話だけを祖父母にして、終に再び逢うことは出来ませんでした。


 祖父母が亡くなった後は親戚の方が住んでいるそうなのですがまだあの現象は起きているのでしょうか。


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