悠久図書館
――――『イシュタル国立図書館』新人司書アスターの報告書。
一応、国立であるこの図書館は、常に王宮からの監視下におかれているため、採用された新人が勤務地とその内容を報告するために書類を書くことになっていた。
これはその報告書の練習文章である。
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本日より、この【イシュタル国立図書館】の司書として配属されました、この私『アスター・フライン』がこの手記を綴らせていただきます。
業務は図書の貸出、管理、整頓、修理など。
私は新人なので雑務が主な仕事になっています。
私の容姿を一言で言うと『とても可愛い』です。
スタイル抜群、顔は可愛い系の美少女! 現在の年齢は十七です!
図書館にいらっしゃる皆様に、癒しをお届けする自信はあります!
私の種族は【獣人族】の中でも、ダントツで指示されている『猫族』になり、耳としっぽはもちろん、お手てと足もフサフサしており、肉球も――――
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「アスターくん、ちょっと良いか?」
「はい。何でしょうか、アテュス館長」
「え~と、これは……」
「まだ出だし部分ですが、どうでしょう?」
「内容、書き直し。君の容姿の部分はいらない」
「えぇ~~? 人の記憶に残そうと思ったのですが……」
「いらない。直す。しかも、自分で可愛い……って……何?」
「いいじゃないですか、可愛いの…………分かりました。直します……ちぇ……」
アスターはしぶしぶ文章の一部を消して修正を始める。
「仕方ない。これだけは書くか……」
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本日より、この【イシュタル国立図書館】の司書として配属されました、この私『アスター・フライン』がこの手記を綴らせていただきます。
業務は図書の貸出、管理、整頓、修理など。
私は新人なので雑務が主な仕事になっています。
この図書館は【精霊族】の都である『カルタロック』ができた頃と同時期に建てられ、実に五百年の歴史を誇る建物と伝えられております。
我が図書館の館長は『アテュス・バングル』。
彼は【精霊族】の種である『風のエルフ』の一族で、見た目二十代前半ですが何歳かは分かりません。
アテュス館長は、ハッキリ言うと“本の虫”というところでしょうか。図書館の蔵書は殆ど読み尽くしたという噂もあります。大昔の本や難しい専門書が解るうえに、読むのに何年も掛かりそうな本も熟知しています。この年齢でそんなに読めるものなのでしょうか?
ファッションの本も読んでいるはずですが、あんまり流行りの服とかは着ていません。
ハッキリいって昔からいる魔法使いみたいです。
なので、金髪の眼鏡インテリイケメンですが、中身はおじいちゃんかもしれません。
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「…………アスターくん、書き直し……」
「またダメなんですか?」
「私の名前は国の機関は知っているし、種族や容姿もいらない」
「『眼鏡インテリイケメン』も削ってしまうんですか?」
「………………いらない。あと、他のところは完全に悪口だからね?」
「はぁい……でも、今ちょっと『イケメン』のところ、迷いましたよね?」
「迷ってない、直す」
アスターは「絶対迷ったのにぃ……」と、口を尖らせてぶつぶついいながらも修正する。
「仕方ない……業務内容を書くか……」
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本日より、この【イシュタル国立図書館】の司書として配属されました、この私『アスター・フライン』がこの手記を綴らせていただきます。
業務は図書の貸出、管理、整頓、修理など。
私は新人なので雑務が主な仕事になっています。
この図書館は【精霊族】の都である『カルタロック』ができた頃と同時期に建てられ、実に五百年の歴史を誇る建物と伝えられております。
ここの図書館の特徴は、通常の本の他に魔法による書物も多く、職員が来館の皆様にあらゆる知識を提供できることです。
魔法書には通常の紙の書籍の他にも、石、金属、液体など、他では見られない本も取り揃えております。
面白いのは『自我のある本』で、うっかり開いた方が本に食べられそうになっているのを、よく助けたりします。
この間、体が半分本に埋まってしまった人が、助けを求めて受付まで匍匐前進をしてきたのには驚いて、つい観察してしまいました。
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「アスターくん、これ……『面白いのは』ってところから消そうか? 面白くないからね?」
「また直しですかぁ? 体験談も含めて書いたら良いかと……」
「いや、良くないよ? これ、かなり怖いからね? 来館者来なくなっちゃうからね? ……っていうか『驚いて、つい観察』って、どういう心境? まず助けてあげようか? 君、変なところで度胸あるな、オイ」
「女は度胸と愛嬌です♡」
「社会人は正確さと誠実さ。はい、直す」
「ふぁ~~~い……」
アスターは「ちゃんと事実を書いたのに……」と、自分の誠実さをぶつぶつと訴えながら、言われた部分を消していく。
「うーん……面白味がないとなぁ……」
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本日より(以下、中略)
ここの図書館の特徴は、通常の本の他に魔法による書物も多く、職員が来館の皆様にあらゆる知識を提供できることです。
魔法書には通常の紙の書籍の他にも、石、金属、液体など、他では見られない本も取り揃えております。
これは、様々な魔法を封じ込めているという点もありますが、来館される皆様も種族に関係無く、安心して閲覧できるということに特化させた結果であります。
しかし、残念ながら年々、本の劣化が激しいと先輩から聞いております。
そこで沢山の本を守るために、こちらからのクレームとしては、
【獣人族】の皆様は爪が本に引っ掛かるので、ちゃんと切ってきましょう。あと、毛はブラッシングしてから読んでいただけると、ページの間に抜け毛が挟まりにくくなります。
【精霊族】の皆様は水や炎に変化せずに、ちゃんと人体のままでの閲覧をお願いします。自然の姿は美しいのですが、やはり本の媒介に紙が使われている場合はふやけたり灰になってしまいます。
【魔神族】の皆様は、他の来館者への態度を改めてください。偉そうなのは嫌われます。貴族の多い種族なので、少しは寄付をお願いします。あと、魔法を使えるのは分かりますが、見せ付けるように図書館内で披露しないでくださいね。それくらいなら【精霊族】の方が、魔力も強いし種類も豊富ですからね。
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「くぉらぁっ!! アスタ―――っ!!!!」
「うわっ!? 館長、いきなり呼び捨てなんて……まさか、新人で若く可愛い私を『俺の女』扱いをするつもりですか? セクハラですよ!」
「セクハラとちゃうわ!! おんどれ、【魔神族】に喧嘩売るつもりけ!? こんなん書きよったら国際問題になるっちゃろがぁぁぁっ――――……うっ!? ゴホゴホっ!!」
「あーあー、大丈夫ですか? 館長ったら急に叫ぶから……はい、お水です。と、いうか……今、どこの言葉しゃべってたんですか?」
「ゴホ……き、気にしないでくれ……思わず郷の訛りが出た……いや、それよりも“クレーム”の部分は全部カットで。こんなの国にあげて、運悪く【魔神族】の監督官なんかに報告がいけば、最悪【精霊族】との戦争を引き起こしかねないからね?」
「えー、百年前の『精魔戦争』は【獣人族】の大半が中立でしたけど、本心は【精霊族】の味方が多かったんですよ~? だから、もっと自信を持って【魔神族】と張り合って良いと思います。というか、私【魔神族】あんまり好きじゃなくて……」
「…………君、分かって書いたのか? なら余計に削除だ。差別的な内容など、滅多なことを書くんじゃない。貴族たちに目をつけられれば、他の【獣人族】が困ることになる」
「はい……」
アスターは今までがわざとやっていたのかと疑うほど、当たり障りのない報告書を書いて提出した。
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賑やかな都から少し離れた湖畔の森の中。
木洩れ日の中に美しい庭園と、古めかしくも立派な石造りの建物が存在する。
『イシュタル国立図書館』
寿命の長い【精霊族】でも、この施設が建てられた正確な年月は分からないと云われている。
そのため、この図書館を『悠久図書館』と呼ぶ者も多い。
イシュタルの館長は『アテュス・バングル』。
彼は若作りでも超人でもなく、見た目通り二十代前半である。ただ、種族が寿命の長いエルフであるため、よく誤解されているのだ。
代々この図書館の館長は彼の家系が勤めあげ、彼も子供の頃からここに出入りしていた。そのせいか、端から見れば正式には一体何年勤めているのか、みんな分からなくなるということも年齢不詳の原因である。
「よう、どうだ? 新しい猫の娘は?」
「あぁ、父さん。まぁ……悪くはありませんね。最初はおバカかと思いましたが、少しは考える頭はあるようです」
「おいおい、アスターちゃんは私の友人の娘さんだぞ。もう少し評価してくれ」
「だいぶ好評価なんですがね。私に訛りを使わせました」
「あははは! そうかそうか!」
あまり大きくないが、壁の全てが本棚でびっしりと何万冊も並んだ部屋。
それだけでは飽きたらず、床の一部の収納にも書物が納まっている。
ここにある本は、全て閲覧可能にするために修理や翻訳が必要なものばかりだ。
「しかし、お前も奇特な奴だ。仕事をするなら、ちゃんとした執務室があるだろうに……」
「ここの方が落ち着きます。職員にも居場所は伝えてありますし、暇があればここの本は私が手掛けておきますので」
部屋の中央には粗末な絨毯が敷かれ、そこに小さな座卓が置かれていた。その脇には辞書のように分厚い書類の束が、幾つも重ねてある。アテュスはそこで一日のほとんどを過ごしているのだ。
アテュスは昔からアルバイトでこの部屋にいたので、館長室の椅子に座っているよりも、本と一緒に床に座った方が落ち着いて事務処理ができている。
「そういえば、もう少しでカルタロックの都の収穫祭だな。数日くらいなら私が館長代理になるから、お前も王宮関係者として顔を出してくればいい。今年は都の『恒例の大会』までいれば、王家の姫とお近づきになれるかもしれないぞ?」
都で行われる収穫祭は年に一度。さらに五年に一度【精霊族】の王家が取り仕切る『特別な大会』が開催される。
その大会の優勝者はどんな願いも、国王陛下によって叶えてもらえるという最大の特徴がある。
「遠慮しておきます。カルタロックはここから馬車でも二時間は掛かりますし、どうせ王宮には各地から【魔神族】の貴族たちが集まるのでしょう? 今年はどの姫が大会の賞品として“生け贄”にされるのか……と、その噂ばかりでうんざりしています」
運が良ければ、その時の年頃の姫を妻に迎えることもできるという。
しかし、優勝は毎回決まっているように【魔神族】の貴族の子息である場合が多い。
「簡単に『姫と結婚』と男どもは浮かれますが……大体は決まりきった結果であり、【魔神族】との政略結婚が目的です。飾りの妻にされる“生け贄の姫”には、毎回同情するばかりですよ」
「アテュス、いくら館内でも口を慎め。大会が近いと奴らは情報収集のために使い魔を飛ばしていることがあるからな……」
「ここは私の統治領域です。勝手なことは……いや、分かりました……気をつけます」
百年ほど前まで【精霊族】は【魔神族】と戦争状態であった。
千年間続いたと云われる争いは、双方平等の『和解』という形で落ち着いた。
しかしそれは表向きで、実際は【精霊族】の敗北と思われる内容で『和平』が成立しているのだ。
「私もアスターくんを笑えませんね。どうしても自分たちを【魔神族】とは『違う人間』として区別しておきたい感情がありますから」
【精霊族】も【魔神族】も、そして【獣人族】も同じ『人間』の括りである。
だが現実は【魔神族】が世界の主権を握り、その他の種族を差別する傾向が見られる。そして、さらに全部の種族から下位に見られる『人間』もいて、この世界はまだまだ平等と平和からは程遠い。
「『区別』は構わない。しかし『差別』はよくないな。“差”を作れば、その隙間に足をとられかねない」
「解っています。『人間は全て平等』……だから、この図書館は何者も拒むことはしません」
アテュスは深くため息をつく。
本さえ丁寧に扱ってくれれば文句はないのだが……
そう思いながらも、この部屋へ修理に回される本たちを守ってやれる術はほとんどないのが現実。
例え抜け毛がページに挟まろうと、
例え本が水没や焦げの被害に遭おうと、
例え偉そうな奴が本をぞんざいに扱おうと、
他の『人間』の行動を押さえ付けることはなかなかできない。でもこれは今に始まったことではなく、世界の『人間』全ての悩みだと言える。
「……アスターくんのクレーム、何かに使えるかな?」
“クレーム”を“お願い”にすれば聞いてもらえないだろうか?
アテュスは館内に『注意事項』を書いて貼るための紙を、アスターに買ってきてもらおうと立ち上がった。