神虎をめぐる冒険
「しんこしんこ~、大好き大好き愛してる~」
これはどういう罰ゲームなんだ。
薄暗い洞窟で俺は座らされ、白髪の村長は旗を振りながら気色悪い呪歌を歌っている。
村長はその歌で俺が神虎とまぐわいする気にさせるよう、必死で洗脳中らしい。
そんな事をしてもそんな気になるはずがないのだが。
俺の村の西には古くから西王母が祀られ、そこで選ばれた娘を『神虎』と言って西王母の使いとした。
村の男の代表は神虎とまぐわう事で村に繁栄をもたらすとされていた。
そして俺は村の男の代表に選ばれた。
誰からもうらやましがられ、自分でもいい思いができると思った。
しかし、神虎に選ばれたのは若い娘じゃなく、ひげの生えたおっさんだった。
おっさんだったのだ。
筋肉も隆々でひげも生えて、水浴びも嫌なのか、常に異臭が漂っているようなおっさん。それが今回の『神虎』だった。
まぐわい?
想像しただけで気持ち悪くなってくる。
いや、そういう人もいるのは知っているし、自分と関係ない所では別にいいのではないかと認めている。
しかし自分でそっちの道へ行こうとなんて思いもしまい。
この事態に危機を持ったのが村長だった。
なんせ、神虎とのまぐわいがなければ村が滅んでしまうかもしれない。
ずいぶん昔に神虎とまぐわいがされなかったため、村が飢饉に陥った事があるのだという。
「ほら、村のためを思えば、簡単じゃないか。神虎とやれば、村長や助役の上にいけるぞ」
「いや、いきたいとは思いませんし」
確かに神虎とまぐわいをすれば、みんな尊敬の目で見てくれるだろう。けれど、その裏にある、「あいつ、男とやったんだ」っていう冷めた目に俺は耐えられない。
「男も女もやった事がないなら、男ぐらいやってもいいだろう!」
村長はなおも説得する。
そう、村の男の代表は神虎とまぐわうまでは他の相手とやってはいけないのだ。
以前、節操のない男が村の代表に選ばれた事がある。
その男は神虎とまぐわう前に村の色々な女性とまぐわっていた。
その事に西王母は怒ったのか、神虎とまぐわったにも関わらず、その年はカエルが大量発生して作物を育てるどころではなくなったらしい。
「一生童貞でも良いのか!」
「神虎とするぐらいなら、一生童貞でもいいかもしれません」
あまりに煮え切らない俺の返事に村長はとうとうしびれを切らし、俺を洞窟に連れて行った。
そして先ほどから神虎を好きになる歌をずっと歌って俺を洗脳しているのだ。
「村長!大変です!」
これからどうしようと思っていると、洞窟の入り口で村長を呼ぶ声が聞こえた。
「どうしたのじゃ?」
「神虎が嫌がって逃亡しました!」
突然の報告で村長は絶句する。
まあ、そりゃそうだろう。
俺も嫌だったし。
そんな訳で急遽、神虎を捕まえる対策会議が行われる事になった。
会議の最初の一時間は「どうして神虎が逃げたのか?」を討論する、不毛な会議だった。
いや、考えなくてもわかるだろう?
あっちだって男と男でまぐわいたくはないはずだ。
だが、村長たちは「西王母から選ばれた、名誉ある役なのに」などと首をかしげている。
そりゃ、男とやる必要がなければ、神様から選ばれた名誉ある役になるだろうが。
そこでふとひらめいた。
「これ、村の代表を男じゃなくて女にしてもいいんじゃないか?」
今までは慣例として村の代表を男でやってきたのだが、この代表を女にしてしまえば、万事解決するのではないかと思ったのだ。
「だが、今までは男でやっていたのだから、女にしたらどういう弊害が出てくるか分からんだろう?」
「しかし、俺は神虎とやるつもりはないし、あっちだって逃げたんだ。まぐわいをやらなくて村を滅亡させるか、少しぐらいの弊害が出てもまぐわいを行うか、決めるのは村長だ」
俺は村長に二者択一を迫った。
実は選択支の中には、『俺と神虎を無理やり捕まえてやらせる』もあったりするのだが、それは嫌だから選択支の中には入れてやらない。
村長は眉根を寄せてひどく悩んだが、長い息を吐いて、村の代表を女にすることに決めた。
「女は誰がいい?」
「村長の孫娘でいいんじゃないか?きっと喜ぶだろう」
そんな感じで村の女の代表は決まり、神虎を探すことになった。
そんなに遠くには行っていないだろうという事で、近くの村々に神虎の居所を聞くことにした。
「神虎はどこだ?」と聞いてもどの村も反応はなかったが、「体臭の酷い男は来なかったか?」と聞くと、西のはずれの村にいるという事がすぐに分かった。
俺たちはすぐさま神虎を追って西のはずれの村に向かった。
神虎は最初俺たちを警戒して会おうとしてくれなかったが、俺とまぐわう必要がないという事を懇切丁寧に説明すると、やっと会ってくれる事になった。
「神虎はどうしてこの西のはずれの村に逃げてきたんだ?」
「いや、俺が神虎になったのがどうしてもおかしくて、西王母様に直訴しに行こうと思ったんだ。西王母様というからには、西の果てに行けば会えるんじゃないかと思って」
神虎は少し頭の緩い男だったようだ。
それにしても、ひどい体臭だ。話しているだけで鼻が曲がりそうだ。
「ところで、村の代表が男から女に変わったというのは本当なのか?」
「ああ、だから安心して戻ってこればいい」
「いや、女と言っても俺の母親よりも年上かもしれない。そんな女では俺も抱くことはできないぞ」
神虎は頭は緩いが警戒心は強いようだ。
「安心してくれ。相手は村長の孫娘だ。それなら歳も器量も申し分ないだろう?」
「それなら安心だ。さっそく村に帰る事としよう」
こうして俺たちは村へ戻った。
村では神虎が戻ってきたという事で、お祭り騒ぎになった。
これでまぐわいをすれば、多少の弊害はあるかもしれないが、村はこれまでと同じように繁栄することになるだろう。
良かった、良かった。
みんながワイワイと飲み食いをしていた時だ。
「村長!お孫さんが見当たりません!」
なんと、村長の孫娘がどこかに行ってしまったというのだ。
どうやら、孫娘は村の女の代表になるのを嫌がったらしい。
そこで村長は洞窟へ連れて行って、
「しんこしんこ~、大好き大好き愛している~」
の呪歌を歌って洗脳したそうだ。
孫娘は無事洗脳されて、まぐわいをする時間まで洞窟で待っているはずだったのだが、いつの間にかいなくなっていたそうだ。
「どうしてこうなったのじゃ~!」
村長が頭を抱えて叫んでいるが、どうしてあの歌で洗脳できると思えるのかが分からん。
孫娘はきっと、洗脳されたふりをして逃げ出したのだろう。
村人総出で孫娘の居場所を探したが、どこにもいなかった。
とりあえず、その日はそのまま解散することになった。
変化は二日後に起こった。
「邪教の村というのはここかー!」
村の前でキラキラとした鎧を着た軍団が列を成して構えていた。
どうやら、話に伝え聞く聖教騎士団らしい。
村長はびっくりして騎士団の団長と思われる人に話をしに行った。
「これはどういう事ですか?」
「実はこの村では邪教を信仰しているというタレコミがあったのだ。どうもか弱い女性をいけにえにして、村の豊作を祈願する祭りをしているらしいとな」
タレコミをした人物は村長の孫娘で間違いないだろう。
「いえいえ、そんなことはございません。そもそもこの村で祀っていますのは、西王母様でございます」
「ほう、不老不死を与え、とこしえの楽園を管理するという仙女か。確かにそれは邪神ではないな」
「はい、そして西王母様から『神虎』という巫女が選ばれるのです」
「それがいけにえというわけか。けしからん!その神虎とやらを連れてこい。事情を聴いて、処罰してくれる!」
騎士団長は義憤に駆られて怒っていた。
どうやら、この団長、相当のフェミニストらしい。
女性が無理強いをさせられるが相当嫌だと思われる。
村長は俺に神虎を連れてくるように促した。
「神虎、騎士団の団長がお前に話を聞きたいらしい。フェミニストらしいから気をつけてくれ」
「フェミニストってなんだ?」
「まあ、男女平等な考えの持ち主?まあ、女性が嫌がると思われる事はやらないと思っておけばいいんじゃないか?」
「村の女の代表の事は大丈夫だろうか?」
「ああ、あれは名誉な事だから大丈夫だと思うが……」
いや、待てよ。
村長の孫娘、村の女の代表になるのを嫌がっていたというしな。
「神虎、ここは一旦、まぐわいは俺とするという事で騎士団の団長には話をすることにしておこう。それなら、たとえフェミニストの団長でも、女性に嫌な事を強要しないと思ってくれるだろう」
神虎は嫌そうな顔をしたが、了承してくれた。
俺たちは急いで団長の元へと戻る。
俺が神虎と話をしている間に村長は西王母を祀っている事、神虎の事、村の代表の男の事、まぐわう事で村の繁栄がもたらされる事を詳しく話していた。
少しでも詳しく話して、この村が邪教を信仰している事、女性をひどい扱いしていない事を伝えたかったのだ。
説得に功を奏したのか、団長の顔は穏やかになっていた。
「ああ、遅かったな。それで、神虎という巫女はどこにいるんだ?」
「はい、この男が神虎になります」
「ちょっと待て。神虎とは女ではないのか?なんど、その臭いおっさんは?」
「実は、今回はこの男が神虎に選ばれてしまったのです」
「その男と女がまぐわうのか?それならば確かに邪教の村だとタレコミがあっても仕方あるまい」
「そ、それはどういう意味ですか!」
神虎がびっくりして怒る。
なんだ、神虎よ。もしかして自分が女にモテるとでも思っていたのか?発言があるならとりあえず水浴びをしてからにして欲しい。
「い、いえ、今回はたまたま男が神虎に選ばれてしまっただけで、いつもは……。はっ、神虎とまぐわうのは村の男の代表ですので、女とする事はありません」
村長はおどおどしながら言い訳をする。
団長は先ほどまで穏やかな顔をしていたが、今度は真っ青になった。
「お、男同士でまぐわうなど、邪教以上の悪行ではないか!即刻そのような行事はやめられよ!」
「で、では女性を使って……」
「馬鹿者!神虎とまぐわうという行事は今後禁止にすればいいのだ!」
「そんな!それでは村は滅亡してしまいます!」
「言い訳無用!やめぬというのなら、ここにいる騎士団で村を焼き払ってしまうぞ!」
「それだけは!それだけは!」
団長の青かった顔が今度は真っ赤になっている。
このまま神虎とまぐわう事がなければ村は滅ぶし、強行しようとすれば騎士団によって滅ぼされることになるだろう。
「わかりました。神虎との行事はやめる事にします。ですから、騎士団の方にはお帰り頂いてもよろしいでしょうか?」
村長は震える声でそのように告げた。
団長は満足して、騎士団を引かせた。
村長は長い事その場で意気消沈していたが、日が傾く頃になると、緊急会議を開くように伝えた。
会議では最初に今後、神虎とまぐわう事を禁止となった。
それに続いて村を放棄する事、村人をいくつかの班に分け、周辺の村々に移民することを告げた。
そんな事をする必要はないと誰もが思った。
しかし、村長は強権を発動し、すぐにその様に動くことになった。
一月後、俺は西のはずれの村の住人となった。
元の村はなんと、イナゴの大発生があって、全てが食い尽くされてしまったそうだ。
前は村長に不満タラタラ言っていた元村民たちは、村長の英断に絶賛しているらしい。
後から知ったのだが、俺の村はかなりの量を国に税で納めていたそうだ。
その量はありえない程のもので、西王母の力と神虎との行事が関係していると見ていいだろう。
その行事を取り潰してしまったため、村は滅び、収穫もなくなってしまった。
国はその収穫分を丸々無くなってしまって、責任を聖教騎士団の団長に取らせようかとしているらしい。
俺はそんな情勢とは関係なく、西のはずれの村でのんびり暮らしている。
最近は彼女も出来て、結婚も視野に入れている。
ただ一つ、不満に思っている事は、神虎が同じ西のはずれの村班になっている事ぐらいだろうか。
女の子が寄り付かないと愚痴をこぼしているが、その体臭なら、誰も寄り付かないと思う。
また今度、水浴びにでも誘ってやるかと俺は思った。