07.『綺麗』
読む自己。
拾おうにも破けてるしと、どうしようもなくて放心していたとき――
「大丈夫ですか? これ、使ってください」
「あ、ありがとうございます……」
綺麗な女の人がエコバックを渡してくれたので、ひとつずつ拾っていく。
というかその人も手伝ってくれて割とすぐに集め終わることができた。
「ほ、本当にありがとうございました! でも……あなたもお買い物に来たんじゃないですか?」
「そうですけど困っていたようでしたから」
「ありがとうございます! あ、だけど……これどうしましょうか」
「月曜日に学校で返していただければそれで大丈夫ですよ」
「え? あ……そ、そうですか……」
その人は優しい笑みを浮かべて「気をつけてくださいね」と言いスーパーの方に歩いて行った。
あのクラスで言えば金井さんに似ている気がする。
身長も髪色も同じような感じで、また会いたいと思える魅力があった。
……すぐに薄情なお母さんを追いかけた。
月曜日。
無理やりどうだったのかを聞くべく金井さんに付きまとっていた。
しかし、答えてくれない。諦めず何度も聞いてみたものの答えてもらえず。
あっという間にお昼休みがやってきて、今日はひとりを食べることになった。
金井さんは加藤さんと楽しげに話している。
なんかそれが少し見たくなくて、私は外を見ながら卵焼きをもぐもぐと食べていた。
「木下さん、こんにちは」
「あっ、ど、土曜日の……えと……ちょっと待ってくださいね!」
鞄の中を漁って確認――……ないっ、忘れた!
「す、すみません……わ、忘れてしまいまして……」
「ふふ、大丈夫ですよ、今日は改めて自己紹介をと思いまして。私の名前は金井宮子といいます、よろしくお願いします」
「え……か、金井……さんですか? あ、あそこにいる……」
「はい、京子ちゃんは私の妹ですよ」
姉妹揃って美人とかずるくないですか?
……冗談はともかく、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「あ、明日絶対持ってくるので……すみませんでした」
「……京子ちゃん、少し来てください」
「ね、姉ちゃん……」
なんで綺麗なお姉さんが来てこんな嫌そうな表情を浮かべるんだろう。
私が妹だったら「お姉ちゃん!」って抱きついているところだけど。
「どうして木下さんは敬語なんですか?」
「そりゃ……姉ちゃんが年上だからだろ?」
「本当にそれだけですか?」
「……ま、細かいことはいいだろ。凪もおどおどすんなよな」
「それより金井さん! 加藤さんとは上手くいったんですか!?」
そう、お姉ちゃんよりいま気になっているのはそれだ。
「くどい! そういうところ直せ」
「だって……気になったんだから仕方ないじゃないですか」
自分のことじゃないのにもやもやして土日は落ち着かなかった。
結局、夜になっても次の日になってもメッセージの返信がこなかったからだ。
「なるほど、よく分かりました」
「「え?」」
「いえ。木下さん、よろしくお願いします」
「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします」
金井先輩は戻って行った。
私は席に座ってお弁当の続きを食べ始め――
「卵焼きもらい!」
「あっ!? もぅ!」
……だというのに今日来てみれば彼女らしからぬイチャイチャ模様! ……やっていられない。
自分だけスッキリして、楽しそうで彼女はいいよね。
「はぁ……席に戻ってください」
「なんだよ。不機嫌になるなよ、卵焼き食べられたくらいで」
「お母さんの卵焼きが1番好きなんですよっ」
「面倒くせーやつだなー」
なにが面倒くさいだよ。
やっと落ち着いた昼食タイムに戻れる。
「凪ちゃん、卵焼きちょーだい!」
「もぅ……」
食べられていく……。
金井さんにでも作ってもらえばいいのに!
「え……そ、そんな怒った顔しなくても……」
「……怒ってないですよ。ところで、土曜日はどうだったんですか?」
「うーん、楽しかったよ! けどなあ……」
「なにか不満な点があったんですか?」
私とか好きじゃない人の前でなら、なにも飾らずいられるってことなのかもしれない。
でも、本命の前ではそれができず、加藤さんを満足させられなかったのかも。
「あなたがいてくれないとつまらないのよ」
「それやめてくださいよ、その喋り方でこられるとあのときのことを思いだして……怖くなるんです」
まだ加藤さんとふたりきりだと怖い。
いつか変わる日がくるのかな、これは。
「いや……凪ちゃんがいてほしかったなって」
「私がいたって空気悪くするだけですよ」
私は彼女の想いを知っている。
邪魔なんてできるわけがないのだ。
「だから、やめてくださいね。それに……近くで見たくないんですよ」
「き……嫌われちゃったのかな……」
「違います。ほら、なんかイチャイチャを目の前で見せられても微妙じゃないですか! 加藤さんからしてみても、金井さんが佐々木さんと仲良くしてたら微妙に思いませんか?」
「……少しは……」
「ですよねっ、そういうことですよ! それに私は面白い話が言えるというわけではないですし、学校で会えるくらいがいいんです」
もう取られないようにしっかりと食べてお弁当箱に蓋をする。
「ありがとうございました、そう言ってくれて嬉しかったですよ。あ、偉そうかもしれないですけど、金井さんと上手くいくといいですね」
彼女に「トイレに行ってきますね」と言い教室を後にした。
いやまあ本当のところは偉そうに言ってしまったので出ていくしかなかっただけだ。
「凪、待てよ」
「……なんですか?」
「な、なんでそんな喧嘩腰なんだよ……」
「加藤さんなら教室にいますけど?」
「いや……ありがとうって言いに来たんだよ。た、楽しかったからさ……あり、がとな」
ありがとうって言うけど、私はなにもできてないじゃないか。
土曜日の約束だって私から言ったわけじゃない。
本命とお出かけしたいと思うのは当然で、それを優先しただけじゃないか。
なのにどうしてお礼なんか言うんだ。
「やめてくださいよ、私がなにかしたわけじゃないんですから」
「いいだろそれくらい……珍しいことなんだから素直に受け取っておけよ」
「言わなくていいんですよ、だって私は助けてもらったじゃないですか」
「それとこれとは違うだろ?」
「だからもういいんですってっ、加藤さんのところにでも行ってください! トイレ行くんですからっ」
あんなんじゃ加藤さんに怒られるぞいつかっ。
個室にこもってスマホをいじる。
……うるさい……くそ……。
「もうなんですか!?」
「……なんでそんな不機嫌なんだよ」
「違いますよ、使用したいなら代わりま…………加藤さんにすればいいじゃないですか」
ひとり用なのに入ってきて壁ドンなんて……。
しかもなんでか分からないけど鍵まで閉めてるし……。
「凪、本当は妬いてるんでしょ?」
「違い……ますよ」
「じゃあなんでそんな不機嫌なの? 卵焼きを食べられただけにしては、その後の反応は辻褄が合わないよね」
「……やめてください……加藤さんが悲しみますよ?」
身長が低いのを利用して潜り個室から出た。
それからすぐに手も洗わず廊下へ出て教室まで走る。
勘違いされたら困ってしまう。
綺麗だからって自意識過剰、自惚れは気をつけた方がいい。
先生が来るのを待っていたら、問題児がやって来て言った。
「凪、どうして見たくないの?」
「じゃあ、あなたは私が加藤さんと仲良くしているところを見て、なにも思わないんですか?」
「仲いいんだな~くらいにしか思わないけど?」
「私は違うんですよ、そういうのいつも見る側で辟易としているんです」
そりゃ家で盛り合うくらいだったら咎めないし、できもしないけど、教室とか周りの目がある場所でもいちゃつくから質が悪い。
「嫉妬じゃないんだ?」
「当たり前じゃないですか、自惚れるのもいい加減にしてください」
「おい」
「……すみませんでした」
そんな怖い顔をするくらいなら来なければいいのに。
多分、加藤さんからしてみても私の存在は邪魔というわけだ。
だったら空気を読んで、少しだけ距離を取る必要がある。
それもばれないくらいに慎重に。
「あ、せ、先生来ましたよ」
「……戻る」
「はい……」
上手くできるかな……。
でも、頑張らないと!
さて、京子はなにをするのかな。