06.『彼女』
読む自己。
流されないとか言っておきながら少しだけ、意識というのを変えてみた。
来てくれるのを待つのではなく彼女の席に行ってみたりとか。
一緒にご飯食べよう、一緒に帰ろうとか、そういうの。
やりすぎると嫌われるので、できるだけ変化が小さいよう心がけて。
……あれから加藤さんと関わっていないので、正しいのかどうかは分からない。
だって相手が金井さんや佐々木さんだからね。
「凪、卵焼きちょーだい」
「えぇ……」
問題なのはお母さんの卵焼きが狙われること。
多く作ってもらってるからいい気はするけど、どうせなら全部自分が食べたいものだ。
「凪、土曜日出かけようぜー」
「いいですけど、お金が全然ないんですよね」
貯金するという癖がない。
漫画、お菓子、飲み物、ゲーム。
貯めてれば一気に高い物を買うタイプで、大金がお財布の中に留まることは全くなく。
「ま。前に行きたかった喫茶店行くだけだし、それくらい奢ってやるよ」
「え、悪いですよ……それに後からそれで脅してきそうじゃないですか」
「あ? ……そんなやつに思われてるのかよ」
「……冗談ですけど、申し訳ないですし」
お母さんがお小遣いくれるかな?
あ、でも、前借りすると後半にお金なくて詰むのか……。
だけどせっかく何回も誘ってくれてるし、……断りたくない。
「おい、断るのなしだぞー」
「……断らないです……けど」
「はははっ、ついに凪も折れたか!」
「違い……ますよ!」
金井さんが言っていたように、敬語というのも一長一短だと学んだんだ。
それに何回もお母さんに「京子ちゃん連れてこないのっ?」と聞かれるから、しつこいからこれは仕方ないこと。まあ、金井さんが家に来るとは言ってないけども。
とにかく、別に私が望んでるわけじゃ……ないから、勘違いされては困ってしまう。
「凪ちゃん」
私は固まった。
なぜだか金井さんがかばうようにして間に立ってくれる。
「翆、やめてやってよ」
「私は……謝りに来たんだけど……必要ないのかな」
「それなら謝ればいい。ただ、もうああいうのはやめてあげて」
なんかこの目の前の背中がめちゃくちゃ格好良く見える。
大丈夫だって教えてくれているような気がした。
「京子ちゃんとすごい仲良くなったんだね、凪ちゃん」
「は、はい……本当にそれが申し訳なくてですね……」
彼女がどいていつもどおりふわふわピンク色が見えるようになった。
なんとか返した。……手を強く握りながらでも、逃げることはしなかったのだから問題ない。
「……この前は……ごめん」
「いえ……私こそ、なんかコソコソとしてて……すみませんでした」
そう、他人経由で知ることの痛さを知っていたというのに、私たときたら……。
しかも誰かを使っての非難は1番嫌いだし、してはいけないことだった。
「凪ちゃん、今週の土曜日に私も行っていい?」
「あの……それは……」
「むぅ、京子ちゃん好きすぎないかな?」
「前に断ってしまったので、その埋め合わせといいますか……」
「しゃあないな~麗ちゃんとお出かけしようかな~。でもさ、学校で……えと、一緒にいたいの」
「そ、それなら……はい……」
距離感が分からないなあ。
なんかまたマイナス思考してる! とか言われて喧嘩になりそうだ。
ゆるふわピンクちゃんが席に戻って行って、私は格好良いに向き直る。
「あの……ありがとうございました」
「別に。ただ普通のことをしただけなのに、お礼なんか言われても困るんだけど」
「もぅ……格好つけちゃって……」
タバコ吸ってたら格好良いおじさんみたいだ。
いや……若くて綺麗で暖かくて優しくて……いい子だけど。
「金井さん、最近、髪の毛綺麗ですね」
「あ? あーまあね、あたしの母さんもうるさく言ってくるようになってさー、だるいけど仕方ないっていうか」
「……その方がいいですよ」
「正直どうでもいっけどねー、別に誰かに気に入られたいわけじゃないし」
「勿体ないじゃないですか、加藤さんだって振り向いてくれる可能性が高まりますし」
案外、彼女が加藤さんに甘えるかもしれない。
なんかすごく可愛く見えるだろうし、要所では守れる強さがあって格好良くて、いいと思うんだよなあ。
佐々木さんと付き合ってもいいカップルになれる。
ぶっきらぼうだけど相手のためを思って行動して、佐々木さんの方も全面的に信用して。
面白い。相手が誰でも彼女のいろいろな面が見られそうで。
「あんたは好きな人いないの?」
「あははっ、いないですよ、まだあなたにも敬語をやめられないくらいですよ?」
少し甘えてみたくもなるけど、彼女が好きなのは加藤さんだから邪魔はできない。
佐々木さんも実は金井さんが好き! とかありそうだし。
「ふん。ま、見つかるでしょいつか」
「はい、そのときがくればいいんですけどね」
好きになりかけていた子に裏切られて私は泣いた。
そんなときはくるのかな。誰かを心から信じて生活できるときが。
「……凪、ちょっと廊下行こーよ」
「いいですよ? 行きましょうか」
お弁当箱を片付けて廊下に出る。
ちょっと歩かないかと言われたので、お散歩をしていたときだった。
「凪……」
「どうしたんですか?」
手を掴まれて見てみると、彼女はすごく切なそうな表情を浮かべていて。
「……どうすれば翆に振り向いてもらえるかな?」
「あ、えと、それじゃあ今週の土曜日にお出かけしたらどうですか?」
「あんたとの約束あるし……」
「いいですよ、そちらを優先してもらった方が私も嬉しいですから。お世話になるだけなってなにも返せないのが嫌なので」
安心してもらいたくて手を握り返す。
「お出かけするならパーカーとズボンとかではなく、少なくとも下を可愛らしくスカートにするとかどうですか?」
「あ……まぁ、嫌ってわけじゃないけど」
「あ! その前にまず加藤さんをお誘いしましょう!」
手を離して教室に戻り加藤さんを連れてきた。
「それではあとはおふたりで!」
「ま、待ってっ、……ひとりじゃ……」
「あははっ、仕方ないですね!」
不思議そうな顔でこちらを見ている加藤さんに「もう少し待ってあげてくださいね」と笑いかけて、彼女が話すのを待つ。
「す、翆……今週の土曜日どっか行こーよ」
「え、凪ちゃんとお出かけするんじゃなかったの?」
「こ、こいつに用事ができてさ……いや、なんか母さんが出かけようって言ってきたんだって! だから……だめかな?」
「うん、いいよ私は! 一緒にお出かけしよっか!」
「お、おう……あ、ありがと……」
……私の存在必要なかったなこれ……。
静かにそろりそろりと教室に戻って、席に座り窓の外に視線を向ける。
天気予報で土曜日は晴れだって言ってたし、多分いい結果になることだろう。
お出かけはできなかったけど、これが本来正しい流れだ。
幸せになってね金井さん!
そして土曜日。
起きたらすぐに『頑張ってくださいね』とメッセージを送信して、とにかく後はだらだら過ごそうと決めた。
ご飯食べたり、本を読んだり、お母さんとお話ししたりと、そういうの。
ただ――
「気になるっ……上手くいってるかなあ……」
お昼を超えた頃だけど、金井さんから一切返信がないのだ。
だから分からない。分からないからこそ気になってしまう。
それでも私といるときよりは楽しいだろうし、後は信じるしかないだろう。
「なーぎ! お母さんお買い物行ってくるからね!」
「あ、私も行くよ!」
「じゃ、行こっか!」
このままもやもやしてゴロゴロしているよりかはずっといい。
私たちの家の近くに比較的値段が安い食材を扱っているスーパーがあった。
安いとついつい多く買ってしまうというもの、今日もまんまと乗せられ大きな袋を持って歩いて帰る。
「お母さん……重いよこれぇ……」
「い、いつも私はこれを持ってるんだよ? たまには凪も犠牲になってくれないと困るよぉ……」
気軽に「私も行くよ!」とか言うんじゃなかった。
それでも買いすぎていたんだろう……取っ手に限界がきて破けてしまう。
「あぁ!?」
昔、スーパーから出て車まで運ぶ際、カートが溝に引っかかってカゴの中身ぶちまけたことがあったな。
卵とかなくて良かったけどさ。