02.『目的』
読む自己。
「は? 土曜日までに家に来てほしい?」
放課後まで散々迷ったもののまだ彼女に怒られるだけで済むということで、金井さんに頼んでいた。
「そうなんですよ、お母さんがそうしないと家から追い出すって……」
「き、厳しい家庭だな……」
「ま、それは冗談なんですけど、金井さんにしか頼めないんです!」
「なんで?」
「え?」
そこで「なんで?」なんて聞き返されると思っていなかったから、アホみたいな反応になった。
「翆でいいでしょ」
「いやー……金井さんの方が正直楽と言いますか……」
「あ?」
「そうやって真っ直ぐに反応してくれるからですよ」
人間、優しすぎるのも問題なんだ。
特に可愛い子がめちゃくちゃ優しいと少し違和感を覚えてしまう。
その点、金井さんならズバズバ言ってくれるし、案外優しいので気に入っていた。
「って、髪の毛きちんとしてくださいよ!」
「あーもう、うっさいうっさい! はぁ、分かった、行ってやるから髪についてはゆーな!」
「もぅ……でも、ありがとうございます」
せっかく綺麗なんだから整えればいいのに。
そうすれば加藤さんだってきっと振り向いてくれるはずなんだ。
それどころか他の子だって彼女のことを好きになるかもしれない。
「金井さんとお友達になれて良かったです!」
「あ? はぁ、やれやれ」
ま、とにかく彼女を連れて家に向かう。
しかし、なぜかその途中で「やっぱ帰る」と言いだした。
だから強制的に腕を掴んで連行し、リビングへと誘うことに。
「連れてきたよお母さん!」
「ふむふむ、なるほど……髪の毛梳いていい?」
「母親もかよぉ……」
お母さんは「冗談だよ~」と笑う。
うん、自分の母にしては若く可愛らしい大人の女性だ。
「木下眞子です! あなたのお名前は?」
「えと……金井京子……です」
ふふふ、金井さん可愛い。
こう同級生以外には強気でいられないところが魅力的かもしれない。
「おい、なにニヤニヤしてんだよ!」
「はっ!? あはは……金井さんが可愛らしいなって」
「はぁ、翆にでも言ってやればいいんだよそんなの」
可愛いのに……あ、叫んでしまうのは自信のなさからきている可能性もある。
「金井さん、綺麗ですよ!」
「やめろ」
「いやいや、こうオドオドしたときは逆に可愛いですし!」
「おい」
「そうやって少し視線を逸らしながら――いったっ!? うぅ……」
額を叩かれてうずくまる。
すぐに手が出てしまうところはマイナス点だ。
「あ、お母さんはちょっとお買い物に行ってくるね~」
「行ってら~気をつけてね~」
目的は達成できたので私はソファに寝転ぶ。
「おい、パンツ見えてるぞ」
「でもほら、私と金井さんしかいないですし」
「……汚れてるぞ」
「嘘っ!? そ、それは……お目汚し失礼しました……」
慌てて座り直した。
いや、断じて汚れてるわけじゃない!
多分、目の毒でそうやって言っただけだよ……。
「姉ちゃんとかいないの?」
「そうですね、ひとりっ子ですよ」
「ふぅん、ま、興味はないけどね。さて、そろそろ帰ろっかな」
「待ってくださいよぉ、いてくれてもいいじゃないですか!」
新しい家は大きいけど、大きいからこそひとりだと寂しい。
それに彼女は間違ったことを正してくれるので、もうお友達として好きになっていた。
「言っておくけどさ、人の家に行くとか苦手なんだよ……」
「え、なんか居座ってそうですけど……」
「どんなイメージだよ……調子に乗りやがって……」
「ご、ごめんなさい……でも、接しやすくて、本当にありがたいんですよ?」
お友達ができるか不安だったところに優しくしてくれたから本当に感謝してるんだ。
だというのに誤解されるのは嫌だった。
「金井さん……」
お父さんとお母さんを落とせる必殺の上目遣いをしてみたものの、
「あーもう……あんたうざい!」
「えぇ……」
彼女には効かず。
でも、それも当たり前のことだ。
だって彼女は加藤さんのことが好きなんだから、効かなくてもおかしくない。
寧ろ加藤さんのへの気持ちの強さに気づけて、嬉しくなる、そんな感じで。
「金井さん、協力しますよ? 一緒に頑張って加藤さんを振り向かせましょう!」
「なんだよあんたは……。それに頑張っても振り向いてもらえなかったら悲しいじゃん」
「あーもう可愛いなあ! もう、もう!」
「や、やめろっ……」
いけないいけない。
こんな抱きついたりして金井さんが私を好きになっちゃっても困るし、やめておこう。
「どうして加藤さんに一生懸命にならないんですか?」
「……あんたは本当のあいつを知らないだろ?」
「本当の加藤さん、ですか?」
「……ま、いーよ。大丈夫、多分すぐに知ることになるから」
本当の加藤さん……実はパッドでした! とかだろうか。
それならそれで反則性がなくなるので大いに結構だけど。
……すぐ分かるって言ってたし、なにも想像せず待つとしよう。
「凪ちゃん、どうして私を誘ってくれなかったの?」
「え……あ、金井さんの方が楽だと思ったので」
「ふぅん、どうして?」
現在はお昼休み。
ご飯を食べようとしたときに加藤さんから絡まれて食べれずにいた。
「私、だめなことはだめって言ってくれる人が好きなんです。そういう点では金井さんはそうなので、誘わせてもらったんですけど」
友達だからってなんでも擁護してきたり、甘くしてくれる人よりよっぽど信じられる。
別に加藤さんが違うと言うつもりはないけど、なんとなく金井さんの方が真っ直ぐ信じられるのだ。
「だめじゃない、それじゃあ」
「へっ……」
彼女は少し意地悪な笑みを浮かべて頰に触れてきた。
「もう1度言うわよ? どうして私を誘ってくれなかったの?」
「あの……ちょ、顔が近い……」
「質問を変えるわ、どうして私じゃだめだったの?」
「それは……加藤さんだと甘えてしまいそうでしたから……」
違和感があったのはそうだけど、本当のところはこれだった。
一方的に甘えるということをしたくなかった。
だから金井さんみたいな子を選ばせてもらっただけだ。
「ふぅ……もー今度からは私を誘ってよねー」
「あ、はい……」
お弁当を食べていく。
今回はきっちり落とさないように丁寧に味わって食べて。
「凪ちゃんっ、卵焼きちょうだい!」
「え……」
「だめなの? ねえ、だめなの?」
「……ど、どうぞ……」
「ありがとー!」
怖い……加藤さま怖い……。
食べ終えてお友達とお話ししている金井さんの所に行くことに。
「か、金井さん……」
「だから言ったでしょ、翆はああいうところがあるから気をつけなよ」
「そういう点で言えば金井さんの方が好きですぅ……」
「それは勘違いだよ、あたしはいい人間なんかじゃない。だから気をつけなよ、むやみに信用すると痛い目見るから」
「そんなこと……」
「でも翆のことは勘違いしてたでしょ? それと同じだよ」
うーん、なんだろう。
素直に喜んでくれればいいのに、私のこれまでの生き方を否定されてるみたい。
大体こうやって言っておけば少なくとも波風立たない生活を送ることができていたのだ。
だけどここに来てからはこんなのばっかり。
可愛いや綺麗は耐性が高いのかな?
「ふぅ、あんたはただ普通に過ごしておけばいーの、だからそんな顔してないで席に戻れ」
「はい……」
なんか悔しい。
そう。見てくれが良くないからこうやって言葉で頑張らないと印象に残らず終わってしまう。
嫌われるくらいなら目立たない方がいいけど、だからっていなかった者扱いされるのは嫌なんだ。
それはそれで悪口言われる。「なんのために学校に来てんだろうね」と他の子を笑ってたところを見たことがあるから。
彼女たちと全然レベルが違うから相手にされないのかな。
どうすれば私は彼女たちと少しでも同じような立場になれるのかな。
周りの子みたいにスカートを短くするとか? 髪の毛をくるくるさせたりとか?
それとも堂々として敬語をやめるとか、……なにをしても追いつけなさそうだ。
転校生だからこそ印象に残りたいってのはあるのかも。