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光落つる屋敷 

掲載日:2019/12/16

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくんと史跡をめぐるのは、もう何年ぶりくらいになるかねえ。ここのところ、お互いの都合が合わなくて、伸び伸びになっていた計画だ。ようやく実行に移すことができて嬉しいよ。

 このお寺だと、樹齢1000年以上にもなる大きなクスノキが有名なのだとか。日本各地で多くのご神木があるのも、元々、神社の類を樹の周りに作ったことに端を発するらしいね。これらを僕らの生まれる前より語り継いできたことで、今やその神格はしっかり確立したといえるだろう。

 語り継がれるものは残り、語られないものは残らない。なんとも世知辛いと、僕は感じるね。何かが語られる上で、どれだけのものが踏みつけられてきたんだろうと。

 ひょっとしたら、今語られているものより、優れた中身を持つものが、歴史の影に消されてきた可能性も考えられる。いや、これは多少なりとも負け犬の立場を知るようになった人間の妄想かな? 勝者と敗者以前に、受け継いじゃまずいものだってあったのだろう。

 そのうちのひとつになるか分からないけど、僕の地元に、ある史跡を巡った不思議な昔話が残っていてね。休憩がてらその話を聞いてみないかい?

 

 むかしむかし。僕たちの地元に、各地を渡り歩く盗人が訪れたらしい。手――つまりは仕事だね――を変え、顔を変えて流れ歩き、そこを離れては廃墟から金目のものを引っ張り出していく……うーん、ゴミ漁りの方が近いのかな?

 引き際は潔い男だから、ちょっとでも足がついた気配を感じたら、すぐにその場を離れる。おかげでお縄を頂戴したことは、これまで一度もなく。僕たちの地元を訪れたのも、前の場所から逃げ出してきた途上でのことらしい。

 

 旅用の変装をしたまま、盗人は領境を越えてこの地域に入ってきた。すでに陽が暮れて久しく、いつもならどこかの馬小屋の片隅で夜を明かすところだったという。

 その彼の目が、遠くにそびえる山の影に釘付けになる。かつて小高い山の中腹から、巨大な観音像が半身をのぞかせているのを、彼は見たことがあった。だが今回は、明らかに巨大な屋敷がはっきりと彼の視界の中で輝いている。真昼の太陽を思わせる白い光が、この闇の中でもはっきりと、建物の姿を映していたからだ。

 近くに別の光源は見当たらない。あの屋敷そのものから発せられている光に違いなかった。一体、いかなる人が住むところなのだろうか?

 

 翌朝。彼が確認したはずの屋敷は、すっかり姿を消していたらしい。用心深い彼は、いきなり山へ踏み込むのをよしとせず、情報収集にとりかかる。

 海に面するその地域では港もそれなりに発達していた。彼は日雇いの人夫として潜り込み、仕事の時間の合間を縫って、山の中に見えた屋敷のことについて尋ねてみる。

 ある程度歳のいった者たちは、さほど良い顔をしなかった。そのうえ口上はそろって、彼の見間違いであろうことを告げてくる。隠し事をしているのは明白だった。

 ついで年若い者たちに探りを入れたところ、この辺りでは不定期的に、件の屋敷が姿を現わすとのことだった。夜にのみ出現するその屋敷の正体を探ろうと、これまで何人もあの屋敷へ向かったらしい。中にはあの山の中へ住まって、内情を探ろうとした者もいたんだ。

 だが、その正体についてははっきりと分かっていない。屋敷に向かうといい、そのまま戻ってこなかった者が何人もいるのだとか。帰還した者たちが語ったところによると、彼らは「風にさらわれた」「土にかえった」などという抽象的なことしか告げなかった。

 それからも似たような事件が次々と起こり、今から数十年前には、このことを公に話題とするのは禁忌となってしまったそうだ。その一方、無事に帰り着いた者は、翌日から多くの富に恵まれ、その大金を持っていずこかへ越していった者もいたと伝わっている。

 

 盗人改め漁り屋の彼は、自分の血がむくむくと沸き立つのを感じていた。このようなものに出会いたくて、自分は各地を巡っているのだから。

 彼は馬小屋生活を続けながらも、ある程度の旅費を稼ぐや、すぐさま件の屋敷へ向かう準備を整えた。とはいえ、あまり大がかりな買い物をしては目立つので、調達したのは食料と衣類の替えと、護身用の道具くらい。

 やばい雰囲気を感じ取ったら、さっさと退く。彼の身軽さをたとえるような軽装備だったという。

 

 実行に移した日の深夜。彼はあの山の上の屋敷が浮かび上がったのを確認し、寝床である馬小屋からそっと外へ出た。あの屋敷は毎晩現れるわけではなく、最初に姿を見てからすでにひと月ほどの間が開いていた。

 これまで仕事の合間に、何度かこの山を登ったことがある。たとえ見えなくても、件の屋敷と思しき場所のアタリだけでも、つけておこうと思ったんだ。実際、彼が山中で見つけたのは、針金で結わえられてすき間なく並んだ板塀だった。

 背丈の数倍はある塀には、ところどころ板がめくれている箇所があって、忍び込むことはたやすい。ただ、中へ広がるのはだだっ広い野原のみで、屋敷らしい影は見えずじまいだった。

 すでに夜でもさほど迷わないほど、道は熟知している。加えて、今は目印となる屋敷の輝きがある。進んでいく方向からして、間違いなく板塀のある方向だ。

 近づくにつれて、彼は気がついたことがある。おのずから光を放つ、その屋敷の屋根の中央、その真上の空から、黄金色の粉がさらさらとこぼれ落ちているんだ。屋敷を包んでいる色合いと同じそれは、おそらく屋敷を彩るものとして降り注いでいるのだろう。

 とうとう板塀のそばまで寄ると、屋敷は塀など物ともしないほどの高さを誇ることが分かる。それどころか、塀の向こうには屋敷にしがみつきかねた粉たちが地面にもこぼれており、まんべんなく広がる様は、いずこかの水辺や野原のように男には思えた。

 夜中らしからぬ光の照り返しに、男は手をかざして目を細めてしまう。ざっと見て、屋敷の高さは三層の天守を誇る城と大差ない。これほどの大物を相手取るのは初めての経験で、忍び込むための足掛かりを得ようと、彼は黄金の原を歩き出す。

 

 10歩ほど進んだところだろうか。不意に地面が揺れたかと思うと、一気に足元が右へ傾いた。とっさに身をかがめて踏ん張ろうとした彼だが、目の前の屋敷がぐらついて、あっという間に横倒しになる。板塀に囲まれた域は広く、屋敷が倒れても塀に触れることさえなかったが、問題はすでに地面へまき散らされた金の粉だ。

 傾斜に伴い。一気に流れ落ちてくる粒たちは、男の足をさらうに十分な速さと質量を持っていた。不動の姿勢を貫かんとする彼の足元のわずかなすき間へ入り込み、その安定を崩す。すってんと思いがけずこけた男は、半身になって滑っていく。

 

 もう後は止まらなかった。傾きはいよいよその激しさを増し、彼の身体ももはや地面と離れるかいなかという瀬戸際へ来ている。

 もし完全に離れてしまえば、今やはるか下に座する地表へ叩きつけられて一巻の終わりだろう。彼は腰に差していた小刀を抜き、先ほどから粒越しの地面へ突き立て、どうにか分離を免れているところだった。

 勢いを殺すのに必死になっていると、横倒しの屋敷が突然、浮き上がった。すわ向こうの方が先に限界が来たかと思ったが、落ちていく様子はない。むしろその場に浮き上がりながら静止して、彼の滑落を悠然と眺める姿勢に見えた。

 浮遊し、動きの止まった屋敷からも落ち続ける金の粒。それがますます男を滑らせる道連れを増やし、ますます抵抗が難しくなってくる。

 そう悟るや、小刀の刃がすっぽりと地面から抜けた。抑えを失った彼の身体は、何度も後方へでんぐり返しながら、屋敷との距離を開いていく。どちらが上で下なのか、はっきりと確認できぬまま転げ落ちる男は、やがて背中に強い衝撃を受け、意識を手放してしまったんだ。

 

 目が覚めた時、すでに夜は明けていた。男は自分が背中を預けていたのが、大樹の一本であることを確認するが、それ以前に、自分の装備に驚いた。手にした小刀は芯までぐずぐずに溶け、自分の装備もまた半分以上、生地を奪われている。こちらもちぎれたというより、溶けたと表現した方が良い途切れ具合だった。

 全身に痛みはあるが、動けないほどじゃない。彼は滑り落ちてきたであろう方向へ向かい、とぼとぼと進んでいくと、やがて例の針金で結わえられた板塀にたどり着く。件の屋敷の姿はやはりなかったという。

 彼はのちにこれを、天の洗濯場と表現した。あの屋敷は天に住まう誰かが洗う道具の一種で、板塀は我々が扱うタライがごとき存在。そしてあの金の粒は、天にとって惜しげもなく使える水だったのだろうってね。

 



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