第1話 日常
「互いに引かれ合い決して離れることのない二重星、白鳥は黙って見てるだけ・・・。入り込む隙間のない恋愛を眺めているヒロインの無力感を表すのにこう表現するのは面白い試みね」
「急にどうしたんですか先輩」
唐突に星の話を振ってきたと思ったら恋愛話にシフトしてきた先輩に、星野紘は当然のように聞き返した。
「この間、紘君が貸してくれた漫画の話よ。私、普段は少年漫画とかあまり読まないけれど面白かったわ」
「ああ、もう読んでくれたんですか。もっとゆっくりでもよかったのに。」
「人から借りた物をずっと持ってるのは気が引けるタチなの。それに、紘君のおすすめしてくれた作品なら早く感想とかもお話したかったから」
そう答えたのは、紘より一学年上の女子生徒。彼女の名前は夕月燈、紘が所属する天文部の先輩である。艶のある綺麗な黒髪を腰辺りまで伸ばした彼女は、品行方正容姿端麗学業優秀と完璧な尊敬すべき人だ。
そんなある種大人の雰囲気を出している先輩が、紘が部室で読んでいた少年漫画を興味津々に見てきておすすめの漫画を貸してほしいと言ってきたのだ。普段は小説を主に読んでいたから意外だった。
「そうやってからかうのはやめてくださいよ・・・。でも、感想を語り合える相手ができてうれしいです。あの漫画、なかなか知っている人がいなくて」
「からかってなんかないのに・・・紘君はいけずなのね。そういうところも嫌いではないのだけど」
「俺みたいな何の取り柄もない普通の男子がモテるわけないって事ぐらいわきまえてるんですよ。自分で言ってて悲しくなるけど。それで、読んでみた感想はどうでした?」
「紘君はもっと自身を持って良いと思うわ・・・。そうね、主人公の男の子がヒロインへの気持ちを自覚してからの怒濤の展開には燃えたわ。特に主人公と居るのが辛くなって引っ越すヒロインの出発時刻に間に合わせようと走るシーン、あれは神回だったわ」
「フッフッフ、あの回は実は雑誌連載時のあおり文も含めて読むと更に良いんです。これは担当編集がその週の内容に合わせて入れて単行本収録の時に消えてしまう部分ですけど、雑誌掲載の連載作品を読む上で個人的に大事だと思ってます」
「え!それは気になるわ!どうして一緒に雑誌も貸してくれなかったのよう・・・」
「鞄に入らなかったんです。明日持ってきますから、それで勘弁してください」
「むぅ・・・ゆるす」
むくれてる先輩は可愛い。というか、かなり可愛い。
紘達が通う私立館山高校は、東京都内某所に位置する至って普通の学校である。紘はここの二年生だ。
現在の時刻は午後4時。眠くなるような午後の授業を終え、先に部室に来ていた先輩と駄弁っているところだった。
天文部という部活は基本、夜にならないとやることが少ない訳なのだが、常にお茶菓子常備で読書にも丁度よい空間ということでなんとなく居心地が良いのだ。
ちなみに、紘達の所属する天文部の部室は二つある校舎の内の部室棟、その屋上に建てられた簡易プラネタアリウム付きの小屋だ。
「そういえば紘君、手に絆創膏が貼ってあるけれどどうかしたの?昨日の部活の時には無かったわよね?」
ふと、どら焼きをほおばっていた紘に燈が話を振ってくる。
「ああ、昨日の帰りにトラックにひかれそうになりまして・・・。直前で避けて向こうもハンドル切ってたみたいだったので大丈夫だったんですけど転んじゃって」
そう、夕べ部活を終えて愛する妹が待つ我が家へ帰ろうと自転車を走らせていた紘に向かってトラックが突っ込んできたのだ。ついに異世界転生物のテンプレに巻き込まれる運命がやって来たのかと思い覚悟を決めたものだったのだが間一髪で助かった。
「先週は坂を下っているときに自転車のブレーキが効かなくなったらしいじゃない。悪いことが立て続けに起こってるみたいだし心配だわ。お祓いとかしてもらった方が良いんじゃないかしら」
美人で可愛い先輩に気にかけてもらえていたのは素直に嬉しかったりする。
「まあ最近メンテナンスをしてなかった俺が悪かったんで・・・。でも、心配してくれてありがとうございます。先輩もおまじないとか信じてる人なんですか?」
「あら、女の子はいつの時代もおまじないとか星占いに一喜一憂したりするものよ?たとえそれが根拠の無いようなものだったとしても。天使や悪魔だって、居ないとわかっててもみんな知識として知っているでしょう?案外、心のどこかでいるかもしれないって思っているからかもしれないわね」
「そういうものですか」
消しゴムに好きな人の名前を書くとか、シャープペンシルの中に好きな人の名前を書いた紙を忍び込ませるといったものなら紘も知っている。さすがに高校生にもなってやっている人がいるとは思えないが、メジャーなものが確立されている以上女の子はいつの時代も通る道なのかもしれない。
「そろそろ日も落ちる時間になってきたし帰りましょうか。5月とはいえ、まだ暗くなるのは早いものね」
燈に言われて外を見ると、確かに外は沈み始めた夕日が輝いており、窓から入り込む風は制服のブレザーを通り抜けて身体を冷やしていく感じがした。燈と話していると時間が経つのが早い。
「俺、もう少しでこの本読み終わるんで先輩は先に帰ってください。戸締まりはしっかりするんで大丈夫です」
「そう、わかったわ。さっきも言ったけど、気をつけて帰ってね。何もないとは思うけど、先輩としてやっぱり心配だから」
「はい。帰りは普段の三倍くらい警戒してゆっくり帰るんで大丈夫です」
そう答えると、「ならよろしい。」と言って燈は部室を後にした。
やがて、読みかけだった小説を読破した紘は椅子の背もたれに寄りかかってリラックスした体勢をとる。
「・・・先輩としてかぁ」
わかっているつもりでも、少しは期待してしまうものである
でも、こんな日々が続くのも悪くない。楽しい先輩と毎日とまでは言わずとも会って談笑できるのだから、こんな日常を十分贅沢だと思っている自分が居るのも事実だ。次はファンタジーの作品でも薦めてみようか。天使物は意外と少なかった気もする。
ふと外を見ると、夕日が沈みかけていたので慌てて文庫本を鞄にしまう。
そして戸締まりをしようと窓辺に向かったその時だった。
―――紘の視界が一瞬、真っ白になった。
「なっ!?」
机の上に置いてあった紙束が一斉に吹き飛んだ。驚いた紘も同時に吹き飛ぶ。
何も分からず吹っ飛ばされて、紘は床にずっこけた形になった。最近はこんなんばっかりで嫌になる。
外の街灯でも点灯したのかと思い、紘は確認のために窓の方を見た。
そこには・・・
猛禽類に見られるような大きく立派で、それでいて透明に見えてしまいそうな程の純白な羽を備えた高校生くらいの少女。少し癖のある金色の神を揺らして机の上に立つその美しい姿は
―――正真正銘の天使様だった。
こんにちは!秋木水希です!プロローグから1週間経っての1話目です!更新頻度はわかりません!それでいいよって方は暇潰し程度に流し読みしてやってください!
今回は第1話ということでキャラを出しつつ読みやすい会話を目指しました!
できてたかどうかは知りません!
会話文の前後を空けてみたのですがいかがでしたでしょうか・・・?
というわけで、次もよろしくお願いします!