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12 弟登場

今更何の用があるっていうの?



その言葉だけが、グルグルと頭の中を回っていた。



「私も行こう」



同伴を申し出たディオン様だったが、お断りした。



留学生の案内をしている大事な時に、私情で生徒会長でもある彼を抜けさせるなんて出来ない。



だけど、アネット様からの指示もあるから此処はシロに着いて来て貰った。



「ルナ、顔色悪い?」

「大丈夫、ちょっと緊張してるだけだから」

「弟のせい?」

「違うわ。わたくしが臆病なだけよ」



心配そうな顔をするシロに、苦笑で返す。



弟が怖いのではない。



その背後にある、両親の影が怖いのだ。



一度植え付けられた恐怖はなかなか消えない。



子供にとって親とは偉大だ。



箱入り娘の私にとって、私の世界は両親の言葉が全てだった。



今なら、親の教育方針は間違っていたのだとわかる。



だけど、育てられた環境しか知らない私にとって、前世を思い出すまでは親が間違っているなど思いもしなかった。



出来ない。やれない。



失敗するのは、全て自分が悪いのだと。



私の要領が悪く、両親を怒らせてしまうのだと思い込んでいた。



「シロがついてる」

「ふふっ、ありがとう。とても心強いわ」



臆病風に吹かれる私を励ますようにシロはぐりぐりと頭を寄せた。



身長の低いシロの頭を撫でて礼を述べた。



可愛いらしいシロだが、いざという時は頼りになる。



シロがいてくれて良かった。



「姉上!」



正門に向かうと、二人の男性が立っていた。



「ノエル、それにレイモンさんまで……」

「ルナリア様お久し振りでございます」



ノエル・アングラードは、私と同じアメジストの髪に翡翠の瞳をした少年だ。



ノエルの付き人として、着いて来ていたのは私やノエルのいとこであるレイモンさん。



彼は、私の二歳年上の十七歳だ。



「姉上、可哀想に。本当に婢女(はしため)として扱き使われているなんて」

「ノエル、どうして貴方が此処に?」

「僕は.......」

「ノエル様はルナリア様が平民に落とされたと聞かされ、家を飛び出されてしまわれたのです」

「え!?」



俯いて言葉詰まるノエルの後をレイモンさんが引き継ぐ。




思いもよらない発言に驚愕した。




その時だった。




パァン──



乾いた音が鼓膜に届く。



レイモンさんの頬が赤く染った。



「僕の断りもなく、勝手なことを話すな」

「ノエル!なんてことを──」

「ルナリア様、わたくしが悪いのです。ノエル様、勝手にお話してしまい申し訳ございませんでした」



レイモンさんは、私の言葉を遮り、ノエルに頭を下げる。



おかしい。



こんなの、おかしいよ。



本来ならば、アングラードを継ぐのはレイモンさんだったはずなのに。



レイモンさんの父上は、私の父の兄上にあたる。



だが、レイモンさんの父上は家督相続を放棄した。



家族三人でのんびりと田舎暮らしをしていたが、レイモンさんがまだ小さい時に住んでいた村が賊に襲われて両親が殺された。



一人生き残ったレイモンさんを、私の父が捜し出してアングラード家に迎え入れたのだ。



しかし、迎え入れたのは彼を家族としてでは無く、召使いとしてだった。



レイモンさんは、すぐにノエルの従者としてつけられた。



『縁もゆかりも無い赤の他人だったら、本来見捨てているところを血縁者だから拾ってやったんだ。有難く思え』



レイモンさんに対して父がそう言っている場面を目撃したことがあった。



「姉上、下僕には下僕としての立場をちゃんと分からせないといけないのです」



本当に……



腐った家族だ。




人を人とも思わない扱い。



弟は、間違いなくアングラードの血を継ぐ者だった。



パァァン──



気が付いたら、手が出ていた。



顔を横に向けて呆然とするノエル。



私は、痛む掌を左手で握った。



「いい加減に、なさい……」



久し振りに言葉を交わす弟とのやり取りが、こんなことになるなんて思ってもみなかった。



ノエルに対して、憎しみや恨み、嫉妬は一切ない。



だけど、あの腐った両親に育てられ、その環境に馴染んでしまっているノエルに我慢ならなかった。



「な、んで。姉上……」

「叩かれたら痛いでしょう。叩かれるのは嫌でしょう」

「僕……父上にも母上にも叩かれたことないのに」

「そうでしょうね。貴方は、叩かれた人の痛みを知らない。だから、人を叩く。叩いてもいいのだと思う。それは間違っているわ。ノエル、レイモンさんに謝りなさい」

「な……んで。姉上は……僕のことが嫌いなの?僕は、姉上が不当な扱いを受けてるって聞いて……可哀想だと思ったから、父上と母上に姉上のことを許して頂けるように頼んでいたのに……」



ノエルは、叩かれた頬を抑えポロポロと涙を零す。



ノエルの言葉に絶句した。



殆ど言葉も交わしたことも無く、姉弟としての親交も関わりも滅多になかったというのに、ノエルが私のためにそんな事をしていたなんて思いもしなかった。



「ノエル、打ったりしてごめんなさい。だけど、叩かれると人は痛いの。人を傷つけることは、いけないことなのよ……」



私は、涙を流すノエルを抱き締めた。



ノエルはまだ十一歳だ。



充分、改善出来る。



「僕、痛いの嫌だよ。レイモンも同じ気持ちだったんだね……。ごめんね、レイモン」

「いえ、わたくしはノエル様に仕える身。出過ぎた真似をしたのはわたくしの方でございます」



長年、アングラード家に仕えて来たがゆえ、レイモンさんもまたアングラードの悪環境に汚染されていた。



二人をこんな風にした両親に、怒りが湧く。



だが、私は既にアングラード家から勘当された身である。



私が、今更どうこう出来る問題ではなかった。



「姉上、僕家を出てきたんだ。だから、数日姉上のところに泊まらせて欲しいんだ」




ノエルは知らない。




私が、ディオン様と同室であることを。




恐らく、両親と喧嘩してしまい、家を飛び出したものの行く宛てがなく私の元に来たのだろう。




しかし、既にアングラード家ではない私には個室はないため、ノエルとレイモンさんを泊めてあげられる部屋などない。



どうしようかと悩んでいると、シロが私の裾を引いた。



「ルナ、泊めてあげよう」



シロの判断に目を丸くする。



「だけど、ディオン様に確認を取らなくては」

「大丈夫」



何が大丈夫なのか分からないが、シロが真っ直ぐと私を見つめて頷いた。



「アネット様が許す」

「え、あの。ディオン様に聞いた方が」

「アネット様の方が強い」

「けれど、ディオン様の部屋ですし」

「アネット様の方が偉い」

「わ、わかったわ……」



アネット様の名前を出されると、納得するしかなかった。


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