5 新学期
夏休みも終わり、今日から二学期が始まる。
「シロ、いちいちルナリアに抱き着くな」
「ルナがいいって言った」
「一言もそんなこと言ってないだろ。ルナリアが歩きにくいから離れろ」
「やだ」
「言うことを聞け」
「シロの主人はアネット様だけ」
「~~ったく。姉さんも何でこんな奴を.......」
シロはアネット様の命により、今日から育成科へと通うこととなった。
ディオン様とシロの相性は、どうやら悪いようで領地を離れてからずっとこの調子だ。
「ディオン様、わたくしは気にしてませんので。お気遣いありがとうございます」
シロは、寮を出てからずっと私の腕にしがみついていた。
シロは基本、無口だ。
グラニエ領でも、メイドや執事とは一切話そうとしなかったし、話しかけられても素っ気ない態度を取っていた。
だが、私やアネット様、クロエさんには人が変わったように甘えん坊になってべったりとくっついてくるのだ。
シロは孤児だった。
数年前。グラニエ領の山に白い悪魔が現れ人々を襲うという噂が立った。
白い悪魔は子供の容姿をして、その白い肌や髪を血で真っ赤に染めるのだと。
白い悪魔の真相を調べに、アネット様とクロエさんが山に入ると死体の中心に座り込み返り血で真っ赤に染まったシロを発見したのだと聞いた。
当時のシロは、言葉は一切話せず人間を憎んでいた。
獣の如く、襲い掛かるシロをクロエさんが捕縛しアネット様はシロを邸に連れ帰ることを決めた。
シロを捕縛してからは、クロエさんの調教を受けアネット様がシロに言葉や人というものを教え込んだ。
シロは人の言葉を覚え、人の温もりを知った。
シロの外見は異様だ。
そのせいで、周囲からは奇異な目や嫌悪感を顕にした目を向けられた。
その為、アネット様やクロエさんと共に外に出たり、一人で邸内を歩いていると中傷的な言葉が聞こえてくることは少なくなかった。
シロは、人の温もりを知ったがアネット様やクロエさん以外には懐くことはなかった。
しかし、一度人の温もりを知ったシロは、愛情を求める子供のように、気を許した者には甘えるようになったのだとアネット様から聞かされた。
だから、私はシロが満足するまで甘えさせて、余裕が出来れば、少しずつ他人にも慣れていってくれるのではないかと思っている。
「シロ、これからお会いする方々に粗相だけは絶対にするなよ」
ディオン様がそう指摘するも、シロは知らんぷりで返事をしない。
「ディオン様、シロはわたくしにお任せ下さい」
「まあ、こいつもルナリアの言うことなら聞くからな。頼んだよ」
「承知致しました」
二学期が始まる今日。
新たな人物が、私が通う学園にやってくる。
同盟国からの留学生にして、恋の障壁としてヒロインの前に現れるはずだった攻略対象者達だ。
新生徒会長となったディオン様と、ディオン様の推薦で副会長に任命されたエメの主人でもあるリシャール様が留学生達の接遇を任されることとなった。
因みに、副会長就任にあたり、リシャール様はディオン様と同じクラスに移動となった。
「ディオン様、おはようございます」
応接室へと向かうと、中に入ろうとしていた者が此方に気付いて挨拶をする。
「おはよう」
相手はリシャール様で私はディオン様の後ろから頭を下げた。
リシャール様の背後には、エメとブリスさんを連れ立っており、二人とも頭を下げていた。
「お前達は予定通り給仕の準備に取りかかってくれ」
「御意」
ディオン様の指示に育成科の私達は、彼等と別れ給仕の準備に取りかかった。
「おはよう。ルナリア、シロちゃん」
「おはようエメ。ブリスさんもおはようございます」
「ああ」
エメの挨拶にシロは無言で頷いた。
シロは今日から育成科へと通うのだが、エメやブリスさんと会うのは初めてではない。
生徒会メンバーには夏休み前から、留学生が来ることが事前に知らされていた。
そして、教室に移動するまでの間、給仕係として私やエメ達が選ばれた。
他に、育成科で成績優秀なクロードさん、コームさん、リサ様が人選された。
昨日、生徒会を交えて話を聞かされた為、彼等に会うのは今日で二日目である。
「御機嫌よう、ルナリアさん」
「御機嫌よう、リサ様」
「本日は精々足を引っ張らないようにしてくださいませ。分からないことがあれば、自力で何とかしようなどとおこがましい真似だけはなさらないでくださね」
「はい。分からないことがありましたら、リサ様に一声かけさせて頂きますね」
「まっ、まあ、粗相をされるよりはいいわ。仕方がないから教えてあげなくもないわ」
「ありがとうございます」
リサ様は合同授業でアメリーに仕えていた方だ。
彼女は金髪縦ロールで物言いも上からなところもあって、高飛車に見られがちだが、とても優しい御方だ。
ディオン様に冤罪がかかったときも、協力してくれようとした。
それに、私は育成科に入ってまだ日が浅い。
留学生の中には、同盟国の王族もいる。
その為、心配してくれたのだろう。
それに、粗相が出来ないことは事実だ。
言い方はともかく、分からないことがあれば教えてくれる気があることが、私は嬉しかった。
「そういえば、コームさんの姿が見当たりませんね?」
昨日呼ばれたときもそうだったが、当日となった今日もコームさんの姿が見当たらないことに首を傾いだ。
「ああ、コームならまだ主人と一緒じゃないかな?ルナリア嬢、グラニエ領にいた時に合わなかったの?」
「グラニエ領で、ですか?」
質問に近くにいたクロードさんが答えてくれたが、グラニエ領でコームさんとは一度も会っていない。
それに、主人がいたなんて初耳だ。
「あいつ、夏休みの間は主人のアストルフォ様と一緒にグラニエ領に行くことになってると言っていたが、アネット様の所じゃなかったのか?」
確かに、夏休み期間中、一度だけアストルフォ様がアネット様の元に訪れたことがあったが、彼はすぐに別の場所へと向かった。
アストルフォ様が領地をたって、数日アネット様の元気がなかったのをよく覚えている。
それにしても、コームさんの主人がアストルフォ様だったとは驚きだ。
だが、合点がいった。
法廷でアネット様は、中立的立場を守るドーバントン家のコームさんが訳あってグラニエ家に手を貸してくれていると言っていた。
アネット様の婚約者であるアストルフォ様を主人としているのであれば、手を貸してくれたことにも頷ける。
「おい、育成科の生徒達。留学生の方々が到着された。決して、粗相のないように給仕にあたれ」
生徒会メンバーの一人がそう告げに来たことによって、私達は話を切り上げ応接室へと向かった。




