2 シロとの特訓
はっきり言ってシロの扱きとも呼べる訓練は何度も死を覚悟した。
口で教えるよりも、体に叩き込む教え方だったのだ。
しかし、そのお陰で夏休み残り約一週間と言う頃には、見違える程に武術が身に付いていた。
「今では短剣でシロの相手が務まるほどに上達したようね。正直、此処までやるとは思っていなかったわ」
「シロについて行くのに一生懸命でしたので……。気を抜くと走馬灯が走るんです」
遠い目をしてアネット様に報告すると、乾いた笑いで返された。
「まあ、それは扠置き。貴女の発案が許可されたわ。正式に取り掛かるのは学園が始まる頃だと思うから、私とクロエは数ヶ月領地に詰めることになるわ」
「本当ですか!?ですが、アネット様やクロエさんに御負担をかけてしまったような気がします……」
「気にしないで、ルナリアちゃん。貴女の案はこの先長い目で見るととても必要な事よ」
そう言って、アネット様は安心させるように微笑んだ。
私が、グラニエ領に来てシロとの訓練が終わった後にアネット様に書斎に呼ばれた。
内容は、今後領地を発展させる為に新しい事業に着手するには何かいい案はないかと尋ねられたのだ。
アネット様は既に道路・交通体系の方針や整備を成功させ、水路事業にも着手し計画は順調に進んでいた。
グラニエ領は他の地域に比べると既に、住みやすい街になっている。
それでも、まだまだ改善は必要で、王子妃教育を受けて来た私の知恵を借りたいと乞われた。
私が挙げたのは、水軍の創立や農作物の改良、運搬事業の発展等。
その中で、吟味した結果アネット様が選んだものは水軍の創立だった。
昨今、戦が激化する中、職を失い土地を失ったゴロツキ達が山や海に逃げ出し山賊に海賊が増え、海上は無法地帯に近いものとなっていた。
グラニエ領には港があり交易がされている。
しかし、海賊が増えた頃年では商船が狙われることが多く、被害が甚大化していた。
被害を抑える為に、アネット様は既に動かれていた。
海賊衆を雇い、商船の護衛船として契約を結んでいたのだ。
だが、今回の企みは国が後ろ盾となり正式な軍としての設立が目的である。
「しかし、アネット様は既に水軍の設立をお考えだったのではないですか?」
「海賊衆を創ったりはしていたけれど、軍として創立するほどの案が無かったのよ。だけど、ルナリアちゃんが提示した提案書は完璧だったわ」
今回、水軍の創立を発案するにあたり王子妃として学んできた貿易理論や国際学が役立った。
「まだまだ危険は多いけれど、私の目にはそう遠くない未来、海の先にある未知の国々とも貿易が出来て港が栄える姿が見えるわ。何れ、この貿易は勘合貿易と呼ばれるわね」
「ふふ、わたくしもアネット様と同じ未来が見えましたわ。アネット様が着手されるのであれば間違いありませんね」
勘合符は用意されており、近々導入される予定だ。
海上での安全が確保されれば更に、国は発展するに違いない。
これで、またアネット様の名が全国に拡がることだろう。
「これからシロとの訓練がありますので、本日はこれで下がらせて頂きます」
頭を下げて部屋を出ようとすると、アネット様に呼び止められた。
「そうそう。今回の発案だけれど……。いえ、やっぱりいいわ。お疲れ様」
アネット様は何かを言いかけてやめた。
話の先が気になったが、主人の発言を言及するわけにもいかないため、再度挨拶をして部屋を後にした。
「ルナ。疲れた?」
「はぁ……はぁ、まだ……やれるわ」
シロとの訓練が始まって、一刻が経とうとしていた。
肩を上下に揺らし息を整える。
短剣を握る手は痺れて、本当は既に限界に近い。
だけど、シロとこうして格闘術を教えて貰えるのも残り僅かだと思うと、時間を無駄になどしていられなかった。
「今日はお終い」
「え?」
「ルナ。無茶だめ」
シロは短剣を下ろして鞘に仕舞う。
私の傍まで歩み寄って来ると、グリグリと額を私の胸元に押し付けた。
「ふふっ、分かったわ。心配してくれてありがとう、シロ。少し休みましょうか」
「ん。シロ眠い」
ウトウトとしだしたシロの手を引いて、一本の木の幹まで向かう。
用意していた二枚の布を取って、シロと自分の汗を拭った。
「いい天気だし此処で少し休んでから戻りましょう」
「シロ、ルナの膝枕があれば何処でも寝れる」
「ふふ、シロったら。今日も稽古ありがとう」
「ん。明日、最後だから……厳しく……」
シロは話の途中で私の膝を枕に寝入ってしまった。
木の幹に背を凭れながら、天を仰いだ。
立派な入道雲が流れ、空は青々としていて穏やかな時が流れる。
この穏やかな時間も明後日で終わりだ。
明後日には王都に向けて出立しなければならない。
長いようで短い夏休みが終わる。
シロとの訓練も明日で終わりだ。
シロの綺麗な髪を梳くように撫でると気持ち良さそうに、寝顔を綻ばせた。
「ディオン様と会えるのは嬉しいけど、シロと離れるのは何だか寂しいな……」
思わず感傷的になってしまった。
だけど、アネット様やクロエさんともまた当分会えないのかと思うと寂しくなってしまったのだ。
草木が風に揺れる音だけが、空間を包み込んだ。
次第に瞼が重くなり、開閉を数回繰り返して私も睡魔に誘われるまま眠りに就いた。
「んんっ」
左肩に重圧を感じ、寝苦しさに薄らと目を開けた。
シロかと思ったが、シロは膝の上に頭を置いて眠った状態と変わらない状態でいる。
左肩にある重圧感は何だろうと目を向けると、茶色の柔らかそうな髪が見えた。
何だ、アネット様か……
安堵して再び目を瞑ろうとしたが、慌てて見開いた。
アネット様の髪って、亜麻色だよね?
こんなに濃い茶色じゃない……
それに、髪も短いし……
半寝状態だった意識は覚醒し、脳をフル回転させる。
「な……何で彼が此処に……」
漸く絞り出した声は震えていた。
左手に違和感を感じて動かして見ると、がっちりと手首を掴まれていた。
私の左肩に頭を乗せて眠っていたのは、王都にいるはずのディオン様だった。




