47 アネットが王都に来た本当の理由
アネットが王都に来た本当の理由。それは……
私は今、アネット様とクロエさんらと共に騎士団の訓練所へと来ていた。
裁判が行われた翌日、丁度学園はお休みでアネット様に付き合ってくれと頼まれて朝からこんな場所へと来ていた。
因みに、ディオン様は王都にあるグラニエ邸でナゼール様に付いて手伝いをしているとのこと。
「今日はね、ルナリアちゃんに合わせておきたい人がいるのよ」
「合わせておきたい人……ですか?」
「そ。私の旦那様に♡」
「だ、旦那様ですか!?」
「いえ、まだ婚約者殿です」
唐突な発言に驚愕に目を見開く。
アネット様程の御方が婚姻されていない方がおかしいのだが、今までそんな素振りも存在も無かったからてっきり独り身なのかと思い込んでいた。
だが、驚いたのも束の間。
クロエさんから冷静な指摘が入る。
「何よ、クロエ。私はもうあの人の妻のつもりなんだから旦那様でもいいじゃない!」
「まだ、婚姻もお済みではないじゃないですか。婚約者殿です」
「……この頭でっかち」
アネット様はボソリと呟いた瞬間。
付かず離れずの距離で付き従っていたクロエさんと主人のアネット様は双方一瞬にして距離を取った。
二人は向かい合うと、ダガーを取り出し構える。
「ちょっ、アネット様、クロエさん!何をなさっているんですか!」
「ルナリアちゃん、いい?侍女を調教するのもご主人様の務めなのよ」
「ルナリア、よく覚えておけ。主を正すのも侍女の務めだ」
二人は本当に主従関係にあるのだろうか。
互いに抜き身の刃を向ける二人にそう思わずにはいられなかった。
すぐ近くには、騎士団の訓練所がある。
もし、こんな場面を誰かに見られれでもすれば大変だ。
慌てて二人を止めようとした時。
アネット様を影が覆った。
「やあ、こんな所で何をしてるんだいハニー。俺に会いに来てくれたのかな?」
突如として訓練所の方から姿を現した人物はアネット様を背後から包み込むようにして抱き締めた。
クロエさんは彼の登場に嘆息を零して、ダガーを下ろした。
後ろで一つに纏めた金の髪に琥珀色の瞳。
巷に姿を現せばたちまち人集りが出来、貴族のご令嬢達がアタックしては玉砕していると噂に名高い人物がそこには立っていた。
彼は、アネット様や王太子殿下、その妻のカトゥーリン様と同じ十九歳で、その若さにして一番隊隊長を務める程の実力者アデラール・バシュレ様だった。
彼が、アネット様の婚約者なのだろうか。
驚きもしたが、大いに納得した。
美男美女でとても絵になる二人だ。
「アデラール様。今すぐその不躾な手を離して頂けないでしょうか。刺すわよ」
「ちょ、痛い痛い。もう刺してる」
アネット様はあからさまに不機嫌な表情を浮かべて、アデラール様の頬にダガーの切っ先を突き立てる。
「顔は辞めてくれと言っているだろ。俺のチャームポイントなんだから」
「最前線に出て国民を守る騎士様が何を貧弱な事を言っているのかしら。男なら、傷は男の勲章くらい言って見せなさいな」
「あ、あの。アネット様が言う旦那様って言うのは……」
「え?何!?旦那!?アネット嬢、俺のことそんな風に紹介してたの?何だよ。アネット嬢も俺の事が好きなんじゃん」
私が遠慮がちにアネット様の背後の人物を見遣ると、彼は目を輝かせた。
「寝言は死んでから仰って下さいませ」
「いや、死んだら喋れないから。死人に口なしだから!?」
「では、一生喋りやがるなですわ」
アネット様はアデラール様の抱擁から抜け出して真顔で毒を吐く。
彼を見つめるその目は……本気だった。
この短時間で分かった事は、二人の関係は夫婦でも婚約者でもないということ。
そして、アデラール様はとてもチャラい御方でアネット様に気があるということ。
アネット様はアデラール様をあしらいながら訓練所へと向かう。
私とクロエさんは未だ攻防を続ける二人の後に続いた。
「いい加減、ついて来ないで頂けるかしら。貴方も偶には真面目に訓練でもしたらどうなの!?」
とうとう、アネット様は堪忍袋の緒が切れたのか肩に回ったアデラール様の腕を振り払いながら彼と向き合う。
その時、またも二人を影が覆った。
「人の女に何をしてる。小僧」
そこに居たのは、騎士団長の次に腕が立つと有名な二番隊隊長がいた。
「アストルフォ様!此度の遠征お疲れ様でした。此度も大きな怪我もなく無事にお戻り頂けてアネットは嬉しゅうございます!」
「嗚呼、マルクスの活躍のお陰で今回も早く帰還出来たよ」
「まあ、それは素晴らしいですわ。流石マルクス様ですわね。わたくしも、第二番隊の方々が無事にお戻り頂けるように毎日お祈りしておりました。わたくしの願いを聞き届けて下さった神には感謝しても感謝しきれませんわ」
「おいおい。俺もその遠征に行っていたのに随分と扱いの差が酷くないか」
「お黙りなさい。貴方は殺しても死なないから大丈夫よ」
私は三人の話についていけず、その様子を呆然と眺めた。
「あっはっはっはっ。二人は本当に仲がいいなあ。だが、そろそろ俺の女を返してもらおうか」
アストルフォ様は豪快な笑い声を上げると、丸太のように太い腕を伸ばしてアネット様の腰を抱き引き寄せる。
「ちっ……俺は認めてないからな!あんたではアネット嬢を幸せに出来ない。平民上がりのあんたじゃな!すぐにあんた何か追い越してやるからな!首を洗って待ってろ」
アネット様がどさくさに紛れてアストルフォ様に抱き着く姿を見て自分より長身の男を睨み付けた。
アデラール様はそう宣戦布告をすると訓練所に戻って行った。
「まるで負け犬の遠吠えだわ」
アネット様……
それを言っては元も子もありません。
同じ事を思わなかったわけでもないが。
しかし、彼は何がしたかったのでしょうか……
「アデラールの姿が見えなかったから探しに来てみれば、案の定人の女を口説いてやがった」
アストルフォ様は呆れた溜息を零した。
「彼にはアストルフォ様を見習って欲しいものですわ」
「だが、あの若さで一番隊隊長を務めるとは恐れ入るよ」
「まあ!ですが、アストルフォ様は若干十五歳にして史上最年少で隊長に昇進なされたではないですか!それに、齢十で入団試験を受け自分より年上の男性を100人倒し、此方もまた史上最年少記録だと伺っておりますわ」
「昔の話だ。それに、あいつはああ見えて強い。俺でも骨が折れる相手だ」
「何を仰いますか。戦神と呼ばれ全騎士団を纏める、騎士団長の右腕にして鬼神と恐れられるアストルフォ様ともあろう御方が」
「ははっ。これは参った。俺の婚約者殿はどうにも手厳しい」
アストルフォ様は楽しそうに大口を開けて笑う。
「そうでしたわ。本日は改めてわたくしの従者となったルナリアを連れて来ましたの。ルナリア、此方の御方がわたくしの未来の旦那様で現在婚約者であるアストルフォ・オクレール様よ」
アネット様に紹介された方は、騎士団長を務める王弟殿下の右腕で前一番隊隊長死後、彼に負けぬとも劣らぬとしてこの国一番の矛を務めるかの有名な騎士団二番隊隊長、年齢三十歳の大男だった。
答え……最愛の人に会う為




