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45 罪の意識


私達は別室に用意された誓約書にサインをして帰宅するように、言い渡された。



「あの……アネット様」

「なぁに?ルナリアちゃん」



前を歩くアネット様を小声で呼び止める。



アネット様は足を止めて振り返った。



少し進んだ所でディオン様も気付いて足を止める。




「申し訳ございませんが少々お花を摘みに行っても宜しいでしょうか」



ディオン様に聞こえないように出来るだけ小声で話し掛けた。



本当は、花摘みでも御手洗でも無い。



少しだけ一人になりたかったのだ。



アネット様の見透かしたような視線が刺さる。



やはり、本当の事を言った方が良かっただろうかと思いかけた時。



「分かったわ」



アネット様はあっさりと承諾して下さった。



そして、



「ディオンには上手く言っておくから落ち着いてから戻って来なさい」



耳打ちをした。



「私達は先に行っているわね。ディオンも行くわよ」



アネット様はディオン様とクロエさんを引き連れて歩き出した。



私はその後ろ姿に頭を下げ、三人が遠ざかってから人気が無い場所へと向かった。



外は完全に日が落ちて、薄暗い廊下を蝋燭の灯火だけが道を照らす。



人気の無い吹きさらしの廊下で立ち止まる。



吹きさらし廊下の横には小さな庭がある。



その庭先を月の光芒が射していた。



「……っ、」



私は壁に凭れて蹲る。



「ごめん……なさい……」



足を抱え顔を埋めると自然と謝罪の言葉が溢れた。




嗚咽が喉をせり上げる。



双涙が頬を濡らす。




「うっ……うう~……」



これは全て私とアメリーが招いた結果だ。



私がもっとしっかりしていれば。



私が冤罪をきちんと晴らしていれば。



私がもっとパトリス殿下に寄り添っていれば。



全ては未然に防げたこと。



彼等の未来が絶望に変わることは避けられたことだ。



私とアメリーは似て非なるものであると同時に、非して似たるものでもあった。



アメリーはこの世界が自分中心で廻っているのだと勘違いし、周りの者達を巻き込んで人の道を外した。



私の場合は人の道を外れる事は無かったけれど、アメリーに巻き込まれて関係ない者達が道を外すのを黙って見て見ぬふりをした。



「私がパトリス殿下を……彼等を陥れた……」



狙って行った事では無いとはいえ、彼等が道を誤った根源は私にある。



ディオン様は私が婚約破棄をされた後に、冤罪を晴らす話を持ち掛けて来た。



あれは、私だけではなくパトリス殿下やその他アメリーに巻き込まれた人達を助ける事が出来る最後の望みでもあったのだと今ならば分かる。



彼等の輝かしい未来は閉ざされていただろう。



それでも、人道的な刑罰を与えられるだけで彼等の努力次第ではそれなりの人生を歩めたはずだ。




やり直せる人生を奪った主犯は私。




取り返しのつかない行動に走らせたのも私。




アメリーは欲望に満ち、私は自己保身だけを考えた。




その結果、大切だった人を地獄へと突き落としたのだ。




アメリーに関して言えば自業自得と言えなくもない。



だが、他の者達に関しては……




「私の……せい」

「それは違う。」



私の呟きに返事が戻って来る。



驚いて顔を上げるとどこからともなくディオン様が現れた。



光芒が彼の姿を照らす。



「如何して……此処に……」



瞠目してディオン様を見つめた。



「一人で泣いていると思ったから」



私の問いに表情一つ変えることなく、答えるとディオン様は私の元まで歩いて来る。



「何故……」

「君が自分を責めていると思ったからな。来てみれば、案の定一人で泣いていた」



ディオン様は目の前に立つと私に向けて手を差し出した。



私は慌てて袖で涙を拭い、差し出された手に戸惑いつつ手を伸ばす。



「きゃっ」



すると、伸ばした手首を握られると一気に手を引かれて立ち上がりかけた体はバランスを崩した。




バランスを崩した体は目の前にいたディオン様に倒れるようにして飛び込んだ。



彼は私の頭部に手を回して抱き留める。



「ルナリアのせいじゃない。ルナリアは殿下を正そうとしていた。俺はそれを知っている。……君はパトリス殿下を隣で支える為に、昼休みや放課後、殿下に見えない場所で努力して来たのも知っている。その君の努力を才能と言って勝手に卑下してルナリアの言葉に耳を傾けなかったのはパトリス殿下自身だ」

「何故それを……いえ、ですが、パトリス殿下の気持ちを考えわたくしがもっと彼に寄り添うことが出来ていればこのような結果には……」

「アメリー嬢の甘言に惑わされたのはパトリス殿下の自分に対する甘さが原因だ。ルナリアには言っていなかったが、姉さんの計らいで王太子殿下との仲を取り持とうとした事もあったんだ。」



パトリス殿下と王太子殿下の仲は良いとも悪いとも言えないものだった。



なんでも器用にこなせてしまう王太子殿下に引け目を感じて、パトリス殿下は自ら王太子殿下と距離を取った。



そして、卑屈になってしまっているところにアメリーが現れた。



同情し、慰め、励ますアメリーの姿勢は彼にとって心の拠り所となるのにそう時間はかからなかった。



「だが、既にパトリス殿下はアメリー嬢に耽溺した後だった。王太子殿下も積み重ねた努力の賜物でその地位についておられる。しかし、その言葉に耳を貸さずに跳ね除け隣で支える君ではなく上辺だけの甘言につられ無責任に甘やかすだけの女に入れ込んだ殿下の弱さにも責はある。」



ディオン様の言葉に何も反応出来なかった。



それでも。



それでも、私がああしていれば。



こうしていれば。という考えが巡る。



「君にも非があるとすれば、それは周りに助けを求める友人を作らなかった事だ。そして、君がパトリス殿下だけしか頼れなくしたのは俺が原因だ。ルナリア、君が心の置ける友人を作れなくなったのは俺の責任でもあるんじゃないか?」

「それは……」

「俺は君の境遇を知っていた。君がパトリス殿下の婚約者になれば更に鎖に縛られ枷を付けられる事など安易に想像出来たと言うのに。姉さんにも叱られたよ。パトリス殿下の婚約者となったルナリアが心から信頼出来る友人等作れるわけないってな」



他のご令嬢は全て敵。



そう、教え込まれた。



寄り付く令嬢は私の家柄の権力が目的か、私に成り代わってパトリス殿下の婚約者の座につこうと追い落とす機会を狙っている者達なのだと。



心を許してはいけない。



心につけ込む隙を与えてはいけない。



心の壁が作り上げられる頃には内側にいるのはパトリス殿下しかいなくなっていた。



「すまなかった。ルナリア一人に重責を負わせてしまった。パトリス殿下や彼等の事はルナリアだけの所為ではない。殿下の側近だった俺の力が及ばなかった事にも責任はある。だから、一人で抱え込むな。彼等に処罰を下したのは陛下の決断だが、罰するに至らせたのは俺と……姉さんだ。ルナリアが責任を感じることではない」



私を抱き締める腕に力が込められる。



頭部に手をかけられているから、自然とディオン様の胸に顔が埋まる。



彼の温もりに全身が包まれる気がした。



じわりと涙が浮かぶ。



私は、誰かにこう言ってもらいたかったのだろうか。



胸の内に重く重くのしかかっていた重石が少しずつ、溶けだすような軽くなったような気がした。




まだ、奥深くにしこりは残っている。




だけど、彼の言葉は私が背負うべき責の一部を共に請け負ってくれるものだった。




このままの状態が続けば、遠からず彼等は処罰されていた。




来たるべき日を待たずして、早めに罰するようにしたのはディオン様とアネット様の考えでもあったのだろうか。




アネット様は他の生徒達が見ている前で、私がグラニエ公爵家の庇護下にあることを公言して手出し出来ないように牽制した。




グラニエ家の名前を出すことで、私に手を出した者はグラニエ公爵の名の元に制裁を下すことが出来るからだ。



そして、アメリー達は私を陥れるつもりがアネット様の逆鱗に触れてしまった。




従者を大切に扱うアネット様だ。



彼女は学園での忠告を無視して、自分の従者に手を出されたという理由で裁判を起こした。




それはつまり、ディオン様やアネット様が間に入る事で、本来私が一人で背負うべき重責を二人も共に背負ってくれていると言うことだ。



それも、恐らくこの裁判を起こし、王太子殿下や陛下に根回ししたであろうアネット様が一番に彼等に対する責任を負っている。



その事に気付いたと同時に、私達は大人の手を借りて守られてるに過ぎないまだまだ未熟な子供なのだと悟った。



私が、気付いたと言うことはディオン様はとっくにその事に気付いていたのだろう。



姉さん、と発した言葉が僅かに力んだのはそのせいかもしれない。



彼等の人生を奪った罪の意識に私やディオン様が押し潰されないように、全てはアネット様の計らいによるものだった。




「俺は……姉さんよりも力をつける。こういった事態が二度と起こらないように。そして、俺の力で君を守れるように……」



ディオン様は絞り出すような声で言葉を紡いだ。

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